深夜、寝苦しさを感じて目を覚ました加賀は部屋の様子になんとなく違和感を感じた。
あたりを見渡すとそ原因はすぐに判明、赤城がいないのだ。
起きてすぐは頭が働いておらず失念していたが、少し考えれば理由は簡単に思い浮かんだ、昨日の出撃である。
鎮守府から少し離れたところに発見された深海棲艦の群れを殲滅にするよう命を受け、その作戦は見事成功した。
ただし相手も強かったためこちら側も無傷とはいかず、作戦に従事した六艦のうち2隻が大破、そのうちの一隻が赤城だった。
帰航した赤城は普通なら一日を越える入渠が必要な程の大怪我だったが、それは高速修復材の使用によりすでに完治している。
あくまで体は、だが。
「赤城さん……」
現在赤城がしているであろうことを想像すると加賀は心にざわつきをおぼえたが、それを胸の奥に無理矢理しまいこんで再び眠りに落ちていくのだった。
私、翔鶴は焦っていた。
約束の時間を過ぎているのに相手が来ないのだ。
これがプライベートであれば苛立ったり怒ったりするところだけど、待ち合わせているのは今日からお世話になる鎮守府の方である。
いくらこれから先輩や上官にな人で方でも遅れてくるほうが悪い、って思えれば楽なんだろうけど、待ち合わせ場所が間違ってるんじゃないかとか、実は時間変更の連絡があったのに確認しそこなっているのではないかとか、嫌な考えばかりが頭をよぎって不安が増すばかり。
このまま悩んでいても仕方ないのでとりあえず電話で確認してみようと思った時、一人の少女がこちらに走ってくるのが見えた。
「お待たせしてすみません、会議が長引いてしまいまして」
申し訳なさそうに頭を下げる少女の様子からしてこちらに非はなさそうだ、よかった。
「気にしないで下さい、待ったといってもも少しですし」
事実たかが10分程度だった、ただパニックになりかけていたせいで私にはもっと長く感じられた。
「そう言ってもらえると助かります。あ、自己紹介がまだでしたね。私は秘書艦を務めている吹雪といいます、これからよろしくお願いします」
秘書艦といえば鎮守府の中でもかなり重要な役職、まさか一介の新人の迎えにそんな方がくるなんて予想外だった。
雑用みたいなことをさせられているにも関わらずこんなにも丁寧な対応をしてくれるなんて、余程職務に忠実なのか、ものすごくいい人なのか、もしくは両方なのか。
「翔鶴といいます。こちらこそよろしくお願いします」
礼を尽くしてくれた相手に失礼がないよう、私も出来る限りの笑顔で挨拶を返した。
提督への挨拶を終え、渡された地図を頼りに自室へと向かっている時のことだった。
「翔鶴姉ぇー!!」
私のことを姉と呼ぶのはこの世にただ一人だけ、こちらへ走ってきているのがが誰なのかは姿を見なくてもすぐにわかった。
「瑞鶴、あまり大声を出すとはしたないわよ」
「だって翔鶴姉ぇが来たって聞いて、いてもたってもいられなかったんだもん」
嬉しいことを言ってくれるじゃない、もちろん私だって愛する妹に会えるのを心待ちだけどね。
「私も同じ。とても楽しみだったわ」
「本当?」
「もちろん」
「そっか、えへへ。こほん、改めてこの鎮守府へようこそ、翔鶴姉ぇ」
「ふふ、歓迎してくれてありがとう」
「まだ来たばっかりだよね?色々案内してあげる」
「助かるけど、荷物を置きたいからまずは私の部屋まで連れていってもらえるかしら?」
大半の物は事前に送ったけど、貴重品とかは今日鞄に入れて持ってきたものもある。
そこまでの量ではないものの、歩き回るなら無い方が楽なのは確かである。
「あ、気が利かなくてごめん。じゃ、まずは私たちの部屋に案内するね」
「私たち……ああ、同室の相手は瑞鶴だったの」
「うん。あれ、聞いてなかった?」
「ええ」
二人部屋だということは教えてもらっていたけど相手が誰かというところまでは聞いていなかった。
知らない人と上手くやっていけるのか少し不安だったが、相手が瑞鶴ならなんの問題もない。
都合をつけてくれた提督に心の中で感謝をして、これから二人で過ごす部屋へと向かって歩きだした。
荷物を置いてから瑞鶴にドックや工蔽等々、鎮守府内を色々案内してもらった。
その間瑞鶴はずっと私の手を握って幸せそうで、それを見ているだけで私も同じ気持ちになる。
「だいたいこんなところかな、そろそろ部屋に戻ろっか」
「そうね、少し疲れたしゆっくりしたいわ」
「それじゃ早速……って、げっ」
二人で寮の方へと歩き出そうとしたその時、
「あら、見ない顔ね。新人の子?」
少し離れたところに立っている凛とした雰囲気を纏った女性から声をかけられた。
「翔鶴です。本日こちらの鎮守府にやってきました」
「翔鶴……ああ、あの子の姉ね。私は加賀よ」
加賀、ってあの加賀さん!?
噂によると赤城さんとの一航戦コンビで、数十体もの敵艦を無傷で撃破したとかなんとか。
空母全員の憧れの存在と言っても過言でない方がこの鎮守府に居たなんて知らなかったけど、予想外の幸運だわ。
「お噂はかねがね聞いています。未熟な身ですが少しでも強くなれるよう精進しますので、お忙しいとは思いますが、時間のある時にでもご指導いただければありがたいです」
「ごめんなさい、おぼえが悪くて手のかかる弟子がいるので指導する時間をとるのは難しいの」
ううっ、駄目もとでお願いしてみたけど流石に無理だった。
しかし付きっきりで教えてもらえるなんて、ちょっとそのお弟子さんに嫉妬してしまいそう。
「ちょっとアンタ」
「あら、いつから居たの?」
「最初から居たわ!ってか『おぼえが悪くて手のかかる弟子』って誰のことよ!?」
ちょ、ちょっと瑞鶴、加賀さんになんて口のきき方してるのよ!?
驚く私を尻目に、二人の言い争いはさらに熱を帯びていく。
「その様子だとわかっているみたいだけど」
「そりゃアンタから教えてもらってるの私だけなんだから、わからないわけないでしょ」
「そうね。だから質問された時、そんな簡単な事もわからないなんて可哀想だと思ったのよ」
「なにをー!!」
話の内容からして、どうやら加賀さんの弟子というのは瑞鶴らしい。
なんて羨ましい、でもこの様子からするとあまり上手くいってないのだろうか?
「もう我慢できない、演習場で勝負よ!」
「構わないけど、あなたの連続敗戦記録がのびるだけよ?」
「ふん、今日こそ勝つわ!翔鶴姉ぇ、悪いんだけど部屋まで先に行ってて」
「え、ええ。わかったわ」
呆然と立ち尽くす私を残して二人はその場を去っていったのだった。
部屋に戻って荷ほどきをしていると瑞鶴が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。さっきは置いていっちゃってごめんなさい。つい頭に血が上っちゃって」
「気にしなくていいわ。それより、演習の結果はどうだったの?」
「負け。完膚なきまでに負けた」
深いため息をつきながら、ガックリと肩を落としてうなだれる瑞鶴。
「悔しいけどやっぱり格が違う。私の腕も上がってる筈なんだけどまだまだ足元にも及ばないわ」
かなり悔しそうな瑞鶴だったが、その表情から負の感情以外のものも読み取ることができた。
「いきなり喧嘩しているところを見たから心配してたけど、加賀さんのこと尊敬してるのね」
「いつも私のこと馬鹿するし、嫌みばっか言うし、ネチネチいびるし、大嫌いよ。でも実力は確かだし、指導はわかりやすくておかげで私の実力も上がってるし、そういうところは認めざるをえない」
ぶつかり合いながら腕を磨いていくのが二人の形なのね、不仲というわけじゃなくて安心した。
しかし、それをただ微笑ましく見守っているだけというわけにはいかない。
一日も早く戦力になれるよう、私自身を鍛えなくてはいけないのだ。
その為に一は人で鍛練を重ねるのはもちろん、可能ならば良き師を見つけて教えを受けたい。
そこでふとある考えに至ったので、瑞鶴に尋ねてみることにした。
「そういえば加賀さんがいるってことはひょっとして赤城さんもこの鎮守府にいるの?」
「うん、いるよ」
そうだと思った!
ふふっ、これですべきことは決まったわね。
「弟子にしてもらえるように頼みこんでみようと思うのだけど、どうかしら?」
「やめて」
私の問いに対する瑞鶴の答えは予想だにしないものであった。
「赤城さんはすごくいい人だよ。アイツと違って優しいし、もちろん実力もある」
赤城さんへの称賛の言葉を連ねる瑞鶴の表情は何故か険しかった。
「私もたまに練習を見てもらうけど、教え方も上手いよ」
それなら何故、と私が疑問の言葉を口にする前に、
「でもね」
瑞鶴は真剣な表情で、まっすぐ私の目をみつめながら言葉を続ける。
「あの人に近づきすぎたら駄目。絶対に駄目」
有無を言わせぬ口調で告げられた言葉に、私は困惑するばかりだった。