雪が融けぬ内に   作:月見肉団子

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始まり、そして……

 目に写るのは、一つの線。

 空に向かって伸びる、一つの雲。

 

 それは送り届けた証。

 雲を突き抜けていく一筋の線はどんどんと速度を上げ、離れていく。

 

 手を翳す。……届かない。

 どんどんと離れていくのに、私はここにいる。

 月へと向かって伸びるその船は距離を伸ばし、地上から離れていく。

 

 翳した手はその雲を掴もうと、ギリギリまで伸ばされる。

 

 ……届かない。

 

 煙と血にまみれた手が、やたらと歪んで見えた。

 

「待って……私は……まだ」

  

 

 

 

 

 

 ゆったりと晴れた朝。まだ、幻想郷に紅い霧が立ち込める前のこと。

 

幸鬼(ゆき)?」

 

 チュンチュンと小鳥の声が境内に届き、日光が転がった酒瓶に反射する。

 そんな境内を要する神社の中、霊夢は布団でうなされる少女に声を掛けた。

 その少女は、何か呻いた後にゆっくりと身体を起こす。銀髪の長髪が朝陽を反射し、煌めき、寝巻きのようにゆったりとした和装からはこぼれそうな胸が激しく自己主張をしている。

 血のような紅い目を擦り、ふわぁーと欠伸を繰り返す目元には、涙が浮かんでいた。

 ゆったりと頭を振りつつ一言。

 

「あ゛ー頭痛い」

「そりゃ、あんなに飲むからでしょうよ」

 

 博麗神社の境内には、転がる酒瓶を始め、まだ片付け切れていない宴会の痕があちらこちらに残されおり、煩雑な状態となっていた。

 当然ながら、霊夢も幸鬼も参加しており、昨晩は大騒ぎ。珍しく深酒をしていた幸鬼は、酒樽を何個か空けた後、気絶するように寝てしまった。

 

「馬鹿ねぇ」

「霊夢に言われるとは……不覚」

 

 痛む頭をおさえつつ顔をしかめる幸鬼。霊夢は後片付けをし始め、カチャカチャと食器を鳴らす。

 はぁー、と面倒臭いと溜め息をつきつつも、手早く片付ける霊夢を横目に見つつ、ちゃぶ台に身体を預け、幸鬼は声を上げる。

 

「霊夢ー、みずー」

「うっさい、自分でやりなさい!」

「おっきい声出さないでよ……頭痛いんだから……」

 

 幸鬼は耳栓をするように耳に手を当てつつ、ぐったりとしていると、片付けが一段落した霊夢がちゃぶ台にコトン、と水の入った湯飲みを二つ置き、よっこいしょと一息つく。

 

「おぉう、感謝感謝」

「はいはい」

 

 生き返るー、なんて言いつつも水をごくりごくりとやっていると、そういえば、と思い出したかの様に霊夢は幸鬼へと問い掛ける。

 

「さっきうなされていたわよ?」

「うなされる? ……あぁ、そうね」

 

 霊夢の言葉を聞き、そんな言葉と共に幸鬼は外に目をやる。庭に向いたその瞳は少しだけ寂しそうな色を称え、霊夢を吸い寄せる。

 そんな、興味のままに霊夢は問い掛ける。

 

「何かあったの?」

「えぇ……まぁ、遠い昔にね」

 

 ふーん? とばかりに片付けを再開しようと腰を上げる霊夢。

 そんな霊夢を横目に見つつ、幸紀はひとりでに語り出す。

 

「むかーし、むかーしあるところに」

「……聞いてないんだけど」

「寂しいからそんな事言わないでよぉ、幸鬼おねーさんの昔話だぞぅ?」

「……はぁ」

 

 上がりかけた腰を落ち着け、霊夢は幸鬼の真っ正面へと移動する。

 

「で? つまらない話なら途中で聞くのやめるからね?」

「ま、飽きたら飽きた時にと言うことで。昨日があまりにも綺麗な満月過ぎて色々と思い出ちゃったのよ」

「あー、はいはい、お茶を沸かすからちょっと待ってなさい」

 

 長話の予感を感じ取った霊夢は、座布団を持ちより、お湯を沸かし、聞く体勢へ。

 もう頭が痛む素振りを見せない幸鬼は、よいしょと座布団に座り直し、お茶が沸くのを待つ。

 ヤカンを扱う霊夢の後ろ姿を見つつ、多くの古傷が残る。博麗神社の居住スペースを眺める。

 

「何から話したものかなぁ……」

 

 そんな事を呟き、ちゃぶ台に上半身を預け、ゴロゴロとしていると、霊夢がお茶を入れ戻ってくる。

 

「おかえりー」

「ん」

 

 お盆からコトンコトンと再び湯飲みが置かれ、湯気が漂う。ゆらゆらと揺れる湯気の向こうには霊夢の姿。今だ成長途中の霊夢を見て、この子も成長したんだなーなんて実感をする。

 そしてニヤリとしつつ、幸鬼は言った。

 

「霊夢の小さい頃の話でもする?」

「さて、片付け始めますか」

「ちょ、ストップ! ストップ!」

 

 腰を上げかけた霊夢に慌てて静止の手を入れ、押し止める。まったく薄情ねぇ、なんて呟くと霊夢は少しイラッと来たようで、ムッとした表情で言葉を発する。

 

「あのねぇ、話す気が無いなら帰って頂戴な。時々、紫の事を思い出すような話し方してイラッとくるわ」

「紫、嫌われてるなぁ……いや、ごめんごめんて」

 

 手を合わせつつ謝り、なんとかなだめすかす。霊夢は溜め息を一つつき、さっさと話せとばかりに幸鬼をせっつく。

 

「それで、どんな話なのかしら?」

「そうだねぇ……本当に本当に最初から行きますか」

 

 頭を捻り、思い出すような仕種をした後霊夢の目を見る。キリッとした雰囲気が漂い始め、思わず霊夢を居住まいを正す。

 

「これは、本当に本当に昔のお話。まだ人と神が仲良く出来ていた頃。そんな中、一人の少女。……まぁ、私なんだけど。『雪笹』と名付けられた少女が居ました」

 

 

 

 

 そう、私は都に居た。

 あの、『永琳』の養子として………

 

 

 恐竜が支配する時代を終え、神が人と言う種を創り出し、繁栄させた。

 人という種は神の庇護を受けつつも、神と共存し急速に発展していった。

 住みかを創り、子孫を産む。神の恵みを受け、食物を得る。

 神から産まれた人類は神性を内包しており、ある種の権能を振るう事の出来る人類は長となり、人びとを指揮し、困り事の時は神へと願い奉る。

 

 その生活の中で、人間に友好的、あるいは有益な神はそのまま崇め、奉る。

 反対に敵対的、有害な神、あるいは人は、次第に妖怪と呼ばれ始め、人の世から隔離されていった。

 

 そんなサイクルの中で、人間に深く興味を持った神は人と共に暮らし、人の生活に知恵を貸す。造酒、稲作、人のみでは達成出来なかった高層建築。万病に効く薬品。あらゆる面で『神』は面白がりつつも力を貸し、人類を発展させる。次第に人類と呼ばれた種は独自の技術を持ち始め、知識を肥大化させていった。

 

 そして一部の人類は、長以上の権能を持つ神を目指し、努力を続ける。神は何故長寿なのか? その力の源は何か? どうやったら外敵である妖怪を駆除出来るのか。

 神、人間、妖怪を比較する中で、人類は『穢れ』という概念を発見し、寿命を飛躍的に伸ばす事に成功する。この成果は瞬く間に都へと広がり、『穢れ』はどんどんと駆除されていった。

 

 穢れを嫌うあまりに人間は外界との『壁』を建造した。結界を張り、物理的な外膜も張る。

 『壁』の内でのみ人類は是とされ、外にいるのは総じて妖怪とされる。神の恩恵により、自足自給は容易に達成され、人類は壁の外に出る必要が皆無となる。

 次第に人類は閉鎖的な生活に慣れ始め、人類は外を知らぬ世代が増え始めた。

 

 そうして、現代の『都』は完成された。欲しい物は全て手に入り、なんの不自由も無い理想郷。正しくここは人類にとっての『安全』な住処であった。

 

 

 そんな場所で、私は目を覚ました。

 私はどうやら難病で苦しみ死にかけたらしく、親も穢れを嫌い私は捨てられた、らしい。

 まぁそんなところを都一番の医者であり、神を統括する立場である、八意永琳が手を尽くし助けてくれた、と永琳本人から教わった。難病のせいなのか記憶が消えており、私は誰なのかがさっぱりだった。

 そんな私に住処と名前を与えてくれたのはまたしても永琳。自室の一角を貸してくれ養子として引き取ってくれた。そして名前まで彼女は与えてくれたのだ。

 

「今日からあなたは八意・雪笹・×××ね」

 

 ……残念ながら、なんど聞き返しても発音できる名前では無かったので、中間の名前だけ頂く事にして雪笹と名乗る事となった。

 

 ともかく、私は壁が建造途中である『都』の中で、八意 雪笹として産まれ、永琳の元で暮らす事となった。

 

 そう言えば、何故こんな命の恩人を呼び捨てにしているのかというと、本人たっての希望であり、「お母さん」である事を極端に嫌がったからである。とにかく母親であるという立場であるのは嫌らしく、友達の立場でありたいわ。なんて事を言われてしまい、始めの内はぎこちないながらも名前呼びをし、生活をしていたのだ。

 

 

 

 長かった壁の建造もようやく終わり、雪笹が永琳を呼び捨てするのに慣れた頃。永琳はある事を提案した。

 

「雪笹、助手をやってくれないかしら」

 

 日ごろから恩を返したいなんて思っていた雪笹はこれ幸いとばかりに飛びつき、医療行為を始め様々な事を手伝った。書類の整理、機材の調達。そして、薬草の採取。さまざまな事を手伝った。もともとなのか腕っぷしが強い事もあり、護衛として付いていく事も多く、すっかりと都に永琳のお付きの人、養子、隠し子なんて噂と共に顔が知れ渡っていた。

 

 

「融和させる能力?」

「そう、あなたにはそのような力が備わっているわ」

 

 ある日、すっかりと馴染んだ自宅で食事をとっている最中に永琳はそんな事を切り出した。雪笹は食事をとりつつもその能力について聞こうと耳を傾ける。

 永琳は澄ました顔で同じように食事をとりつつ、能力の説明を始める。

 

「この前の薬草を調合して貰ったことがあったでしょ? その時に通常じゃありえない程完璧に混ざりあっていてね」

「ふんふん」

「だから、しばらくあなたをモニタリングしていたの」

「ぶっ――」

 

 いきなりの監視してました宣言に思わず吹き出す、雪笹。そんな雪笹の態度を気にも留めず、永琳は続ける。

 

「監視した結果、あなたは混ざれーと念じることで能力が発動している事に気づいたの」

「あぁ、だから最近混ぜる物が多かったのね……」

 

 最近の行動を思い出すと、料理当番の時や、お酒など、やたらと混ぜ込みするものが多くあった事の説明が付いた。実験動物か、私は、なんてぶつくさ呟きつつも永琳に問いかける。

 

「で、それ以外に何か出来るの?」

「さぁ?」

「えー」

「こればっかりは、色々とやってみないと分からないもの。まさかあなたに能力が備わっているなんてね」

 

 永琳は知らないとばかりに首を振る。

 そんな態度には落胆をしつつも、食事を終えた雪笹は「薬」を取り出した。銀のケースに仕舞われたタブレット状のそれを一気に飲みくだす。

 その様子を見た永琳は静かに食器を片付け始める。そして片付けの最中に口を開いた。

 

「……その薬、忘れないようにね」

「はいはい、分かってますよー、これが無いと後遺症がでるんでしょ?」

 

 

 数十年の長い年月を経る間に何個とあったピルケースは減っていき、ようやく残る一つとなったケースを、手で弄びつつ雪笹は答える。 

 その態度を見て、何か悩む素振りを見せつつも、永琳は付け足した。

 

「その通りよ。あと、能力はひけらかさない様にね。広がると面倒だから」

「はーい」

 

 ちゃちゃっと自分の食器を片付けつつ雪笹は元気よく返事をする。基本、雪笹は永琳には絶対服従。何故なら怒ると何をされるのか分からない故、絶対に怒らせない様に基本的には指示に従っている。

 だからこそ、優先権は永琳にあるものの、生活自体は円満であった。また、数十年間こうやって生きている内に、雪笹は永琳に絶対的な信頼を寄せており、また永琳もそれを楽しんでいた。

 

 食後のゆったりとした時間。飲み物で一服しつつ、永琳は雪笹に話しかける。 

 

「明日の予定はわかってるわよね?」

「明日は、蓬莱山家にご挨拶。だっけ?」

「はい、よく出来ました」

「えへへー」

 

 投げやりな褒め言葉を雪笹は素直に受け取り、照れたように笑顔になる。そんな様子に釣られたように永琳もフッと微笑みつつ飲み物を一口。

 そして更に言葉を続けた。

 

「くれぐれも粗相の無いようにね」

「はーい」

 

 

 そして次の日の朝、永琳と雪笹の目の前にあるのは大きなお屋敷。古風な木造の屋敷は周りに高層の建物が建つ中で異彩を放っており、雪笹を圧倒には十分過ぎるくらいだった。

 

「おぉう、凄い場所ですね。こいつは」

「えぇ、この中であなたは世話係をやって貰うわ」

「……はい?」

 

 聞き覚えの無い『世話係』という言葉に固まっている内に永琳はドンドン進んでいった。その様子を見て、慌てて雪笹は追いかける。

 

「ちょ、ちょっと! 世話係なんて聞いて無い!」

「えぇ、言っていないもの」

 

 実にいい笑顔で永琳はそう告げると、ついてくるように促した。時々出る永琳の無茶振りがまたしても降りかかり、内心で、また悪い癖がでたよぉ、なんて文句を垂れつつも雪笹は付いていく。

 玄関にいた使いの者に永琳は何事か告げると、使いの者は走って中へと入っていき中からこの館の主らしき人物がまず出てきた。

 そして、その人物に続くように姿を現したのは、絶世の美少女。

 

「……おぉ」

 

 思わずそう呟いてしまう程には、その少女は美しかった。腰あたりまで伸びた黒髪は夜闇を吸収したかの様に美しくそれでいて魅力的。その髪に負けない程眩い顔立ちは輝かんばかり。

 隣で、永琳が館の主。恐らくはこの少女の父親と挨拶を交わしている間、数歩離れた場所で雪笹は少女に見とれていた。

 

 そんな視線に気づいたのか、少女は美しい笑顔を雪笹へと向ける。視線を向けられた雪笹はドギマギし反応が遅れた。

 やり取りをしていると雪笹は永琳に礼をするようにと二人の前に引っ張りだされる。そして、雪笹が慌てて頭を下げると永琳が紹介をする。

 

「此方が、助手の八意 雪笹です。本日から姫様の世話係としてお仕え致します」

「あぁ、こちらが噂に聞く雪笹様ですね。輝夜をよろしくお願い致します」

 

 そんな丁寧な言葉を館の主から受けつつも、どうやらこの美少女の世話係らしいと感じた雪笹は、下げた視線をちらりと持ち上げる。すると黒髪の美少女は父親に続くように口を開いた。

 

「蓬莱山 輝夜と申します。よろしくね雪笹」

 

 そんな反応に、内心不安などを抱えていた雪笹はホッと胸を撫で下す。世話係なんてどうしたものやら。なんて考えていたがどうやら上手くやっていけそうだ。だなんて確信した雪笹の幻想は次の一言で見事に粉々にされる事となる。

 

「で、永琳。この子を好きに扱っていいのよね?」

「えぇ、構いませんわ姫様。煮るなり焼くなりお好きにして下さいな」

 

 そんな耳を疑うびっくりワードを聞いた雪笹は慌てて顔を上げる。すると、実に楽しそう笑顔を蓬莱山のご息女と永琳は浮かべていた。

 

 

 

 

 これが始まりだった。

 幸せだったあの頃の、楽しかったあの頃の記憶。

 

 

 私は、忘れられない。忘れられない。忘れない。

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