魔法少女まどか☆マギカに関する短編集   作:曇天紫苑

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「これをやる為に生まれてきた」そう思えることだけを考えていればいい。
アーネスト・ヘミングウェイ


悪魔になったその日の自宅で

 バタン、とドアを閉めて、鞄を椅子の上に置いた。

 

 見知った部屋、見慣れた机に、よく知った人気のない空気。何度も住んでいた筈なのに、かなり昔の事だった様に感じた。

 当たり前かもしれない。ずっと夢を見ていたんだから、現実のこの部屋に入るのは、体感ではもう一ヶ月以上前の事になるのだ。

 改めて、この部屋は殺風景だと感じる。夢の中の私は無邪気で、かわいらしいぬいぐるみなんかも置いていた。まどかみたいに。

 ここはただ、何もないだけの部屋だ。生活感も薄く、死体が暮らすにはいかにもお似合いの場所だと思えた。

 

 でも、私の家に帰ってきた。例え殺風景だろうと、まどかの家みたいな魅力がなくても、ここは私の家で、帰る場所だ。

 やっと安心できた気がする。うがいと手洗いを済ませた所で、実感が追いついてきた。

 

 時計は五時を示していて、夕食にはまだ早い。食べる必要は、あるのだろうか。

 ふと考えながら、ダークオーブを見つめた。これがソウルジェムとどこまで違うのか、完璧に把握はしていない。戦いに使えばはっきりするだろう。後で考えればいい。

 

 ひとまず壁掛けのリモコンで部屋のスクリーンを起動して、いつもの様に操作し、今の気分にぴったりの風景を映し出す。

 小さな丘の上の上だ。椅子は一つ以外、全部見えなくなる様に設定した。

 不思議な事に風を感じる。

 

 椅子に座ってみると、想像より心地よかった。

 月も崖も、ただ投射されているだけの光景に過ぎない。しかし、気分は良くなる。家に帰るまでの沢山の考え事も含めて、爽快感に近いものが洗い流してくれる。

 

 大きく息を吸って吐くと、ここが現実で、夢ではないという実感がより強くなった。

 

「……あはっ」

 

 笑い声が溢れてくる。

 これは夢ではない。その確信が喜びに変わる。

 私は、やり遂げたんだ。

 まどかは戻ってきて、家族の元に帰って、今頃は荷物を開けている頃だろう。それが分かる。

 両手をぐっと伸ばして、息を吐いた。今日は沢山の事があったけど、間違いなく私の生涯で一番強く意志を抱いた日になるだろう。

 

「ふふ、あはははっ」

 

 椅子から立ってその場で小さく踊る。

 家具の配置は覚えているから、ぶつからない様に気をつける。何もない部屋だから、そこまで気をつけなくてもいいけれど。

 特にリズムを取るでもなく、思うがままに体を動かす。

 私はきっと、幸せなんだろう。

 いや、幸せではないかといえば、私は間違いなく幸せだった。もちろん嬉しいし、喜んでもいる。まどかが戻ってきて本当に嬉しい。本当に幸せな気持ちだ。

 それを形にしたいのかもしれない。情けない事だけど、誰かに伝えられないから、こんな風に体で表現しているのかもしれない。

 ステップを踏み、それに合わせて鼻歌を歌った。

 

 どれほど踊っていたのかは分からない。

 ただ、気づいた時には喉が乾いていた。悪魔でも水分は補給するのだ。

 

 踊りながら、スクリーンで隠された冷蔵庫を捜し当て、飲み物を取り出し、戸棚からコップを取り出して、注いで口にした。

 冷たい飲み物が喉を通って、冷静さが戻ってくる。じくじくと、喜びで隠れていた感情が沸き上がってくる。

 

 ……軽く、吐き気がした。

 

 急に踊るなんて突拍子もない真似をするから、酔ってしまったのだろうか。そう思いたいけど、実際には違う。分かってる。

 でも、そんな弱さは許せない。コップを手早く洗って乾燥機に入れ、冷蔵庫に飲み物を戻す。

 

 そう。これで良かったんだ。

 これで良い。

 

「ふふ……」

 

 笑い声をあげたまま、ベッドに落ちて、枕に顔をうずめる。

 溢れかけていた涙が、枕のカバーに染み込んだ。

 

「……まどか」

 

 ごめんね、なんて。そんな言葉を口にしそうになった。謝るべきではない。

 私にそんな資格はない。彼女が抱いた勇気も願いも、何もかも奪ってめちゃくちゃにした私が、あの子に謝るなんて、許しを求めるなんて、あってはいけない。

 この身勝手な私を、私は貫き通さなければならない。まどかの意志をないがしろにして、踏みにじったのだから。正しいか間違っているかなんて、もはや関係ない。

 

 私は、私がやりたかった事をした。ただ、それだけの事だ。

 でも、気持ち悪さが増した気がする。

 少し体を起こして、髪をかき上げた。

 

 いつもより髪が乱れやすい。さっと髪を直し、慣れた感触がない事に気づく。

 リボンがそこにない。すっかり、そこにあるのが当たり前になっていた。

 

「返せた、のね」

 

 まどかの存在を信じる為の、唯一の品。でも、もういいのだ。まどかは、この世界に居る。

 あのリボン、まどかは捨ててしまうだろうか。急に抱きついて、意味が分からなかっただろう。そんな気持ち悪い人間に渡された髪留めのリボンなんて、不気味だろう。

 私なら、きっとそんな物なんか捨ててしまう。

 

 でも、それならそれで構わない。私にとってどれほど大切な物であったとしても、あの子にとってはただの髪留めだ。

 それにあれは、私とまどかを結ぶものだった。もう無くなってしまったって仕方がない。

 

 だからといって、髪留めが不必要にはならない。もう使わなくなっていたカチューシャを、タンスから取り出して、久しぶりに頭へ着けた。

 やっぱり、私にはこっちの方が身の丈にあっている。まどかのリボンは、ちょっと派手で、やっぱりまどかみたいな子の方が似合うんだ。

 

「……」

 

 あの子は、幸せにしているだろうか。家族と一緒なのは分かっている。きっと楽しくて、幸せなのだろう。でもそれは、今のまどかにとっては貴重でも尊くもない、普通の日常の一部なんだ。

 それでいい。まどかは今の自分の人生がどれほど貴重なのかなんて知る必要なんてない。

 

 明日からも、まどかは当たり前の様に学校へ通い、当たり前の様に友達を得て、そして勉強に遊びに、色々な、普通の女の子としての経験をする。

 誰にも邪魔はさせない。まどか自身にだって、これを捨てる事は許さない。もう覚悟は決めて、意志もしっかりと持った。後はもう、続けるだけ。

 

 制服を立てかけて私服に着替え、またベッドに倒れ込んだ。皺になってしまうが、構わなかった。

 

 目を瞑る。眠る気はない。ただ少し、疲れてしまった。

 

 誰かが私に囁いている。心が呟いている。

 

 「          」

 

 ……分かってる。そんな事は。

 

 明日からも、まどかの未来の全てが守られる様に。私は、その為だけに、あの子が得る筈だった幸せの為だけに戦い続ける。

 そこに、私の居場所が必要だろうか?

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