「まどか、貴女にはどんな未来が見えるの?」
何となく、聞いてみた。
特に意味はない。ここは夢の中で、目の前にいるまどかが本物だとは限らない。
悪魔だって夢くらい見る。魔女の結界とは違って、ここは本当の夢の中。まどかが、私と仲良くしてくれる夢の中。
この椅子も、テーブルの向こうのまどかもきっと夢でしかない。
だから聞いても、それがまどかの答えとは限らない。
「わたし?」
「ええ。貴女がどんな目で未来を見ているのか、聞いてみたくて」
まどかはたっぷり考えた後で、わたしに向かって答えてくれた。
「わたしは、ずっとこのままかなぁ、って思う」
「そう?」
「みんなが居て、ほむらちゃんが居て。そんな今まで通りの未来が、きっとずっと続くんだと思うよ」
「それは、まどかが見たい未来なの?」
「どうかな……? でも、何も代わり映えしなくて、ちょっとつまらないかも?」
「そんな事ないわ。素敵よ」
「そうかな?」
「そうよ」
素晴らしい未来の筈だ。
まどかの側に、まどかを愛してくれる人達が居る未来。素敵で、だからこそ実現するのは難しかった。本当に、難しかった。
「ほむらちゃんには、どんな未来が見えるの?」
不意にまどかが尋ねてくる。
ストローで紫のジュースを飲みながら、本当に何の事もない、ただの世間話みたいに聞いてくる。
きっと、まどかにとってこの会話は大した事じゃない。
あまり真剣に答えたら、重たいと思われるかな。少しだけそう思ったけれど、やめた。
「私にはね」
答えようとして、言葉が出てこなくなった。
「ほむらちゃん?」
「っ……私……私の、未来は」
まどかの不思議そうな目が貫いてくる。
そうだ。私に未来への希望なんかない。絶望すらもありはしない。
私が見ているのは。見えているのは。
「今」
「今?」
「そう。今が、見えるの。未来という名前の、今が見える」
表情を見なくても分かる。まどかには意味が伝わらなかっただろう。私の気持ちを理解する必要なんて、まどかには一つもない。
「そう。貴女には分からないよね。いいの、まどかはまどかの見える世界を大切にしてくれたら、それで」
まどかは私の顔を見つめて、心配そうにしている。
「わたしね、今が凄く幸せだよ。ほむらちゃんは、違うの?」
「……」
幸せかどうかで聞かれれば、答えは一つしかない。私は悪魔だけれど、まどかとまた会えた。リボンを返せた。だから私は、
「幸せよ。これ以上ないくらい」
「そうなんだ」
まどかは安心してくれたのか、笑いかけてくれる。
私も、その表情で安心した。まどかの心に負担をかけたくなかった。
「あのねっ」
そんな安心を胸にしていると、まどかは身を乗り出して、私に顔を近づけてくる。
「この先の未来も、きっと幸せになるって信じようよ」
まどかは眩しい程に輝いた面持ちで、楽しそうに私の両手を握った。
「この今が、ずっと未来まで続きますようにって!」
希望に満ち溢れた、慈悲すら感じさせる声。
それは私の心に入り込んで、拒む暇すらないほど素早くとけ込んでいった。
まどかの手は柔らかい。思わず握りしめてしまわない様に、そっと手を離す。
「ほむらちゃん」
「……その、目よ」
「え?」
「まどかの目には、とっても綺麗な未来が見えているのね」
挑発的に笑おうとして、失敗した。自分でも驚くくらい弱々しい声が出てしまった。
不敵な笑顔を作ろうとしていたのに、昔みたいな弱い顔が出てしまう。しかし、今の私はもうまどかに慰められていいモノじゃない。
「それでいいわ。貴女はその瞳で、未来を見ていればいい。貴女が、貴女としてそこにいる。そんな未来を夢見ていいの」
まどかの顔を見ない様に、目を伏せながら続ける。
「どんなに傲慢だと思われても、どんなにおぞましい物だと言われても、どこまで嫌われてしまっても、どれほどのモノに否定されたとしても」
一度言葉を切って、続きを言うべきかと迷う。
でもこれは夢だ。だから、本当の気持ちを言っても誰も困らない。
「……貴女が、当たり前の様に来る筈だと思ってる、そんな未来を形にしたいの」
まどかがまどかのままで、まどかという女の子のままで居られる様に。
まどかがどこにも行かない様に。
「その為に、貴女のいる庭を守ってみせる」
そっと顔を上げて、まどかの顔色を伺った。
まどかは首を傾げていて、そこには理解の色はない。
やっぱり、まどかには何一つ伝わらなかった。伝わらなくて良かった。
「ほむらちゃん、難しい事言うんだね」
「……妄想癖なのよ。幸せなのが怖いだけ」
顔を逸らして、まどかの眩しさから目を背ける。
そんな事をしていたからだろうか。
まどかは椅子を蹴って立ち上がり、私の横へ来た。
「まどか?」
「それなら、ほむらちゃんが怖くない様に、一緒にいるね」
ぎゅっと私の肩を抱き、こんな私に寄り添ってくれる。
弱い自分が溢れるくらい嬉しかった。
「……ありがとう。でも」
それでも。
もう、まどかに救われる訳には行かない。
「ごめんなさい」
小さく手を叩く。
ぱちん、と。そんな音が響いた。
それだけでまどかは眠って、私に倒れ込んできた。まどかの体に負担がない様に抱き止め、支えながら座り込む。
まどかはあったかい。生きてるんだ。それがまた、泣いてしまうくらい嬉しい。
「その優しさは、もっと身近な人達に向ければいいの」
眠るまどかの耳元で、うるさくない様に囁いた。
「もう私は大丈夫。大丈夫だから。貴女の幸せさえあれば、私には未来も過去もいらないから。この為に私の全てがあるんだから」
例えここが、まどかにとって檻の中でしかなかったとしても、まどかを縛る鎖でしかなかったとしても。
それでも、まどかが沢山の人達と一緒に笑えるのであれば。
それが檻の中でも、鳥かごの中でも、構わない。
「……」
まどかの頭を撫でながら、私は歌う。
まどかが安心して眠れる様な、そんな歌を。
「ふぁ……ほむらちゃん……」
「ん、んー……?」
「夢オチ?」
「えっと、あれ? んー。あれ?」
「……誰と話してたんだっけ?」
「……いっか。夢だし」
おはよう、まどか
「え?」
「……空耳、かな?」
「んっしょ。んんっー。さてっ」
「おはよー、パパ!」