とあるハンターとギアノスの奇妙な関係   作:いちごの入った大福

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その関係を聞けば、青年はこう答えるであろう。
「好敵手」である、と。


後編

雪が降り積もり、凍てつく風が肌を刺す、人々の間では単純に「雪山」と呼ばれる山地。

 

そのとある場所にある洞窟で、激しい戦闘音が鳴り響いていた。

 

「うおぉぉぉ!!」

「ガァァァァ!!」

 

対峙するは、飛龍の鱗などで作られたと思われる真っ赤な鎧を着た一人の青年と、ギアノスと呼ばれる小型の肉食動物。

 

片や青年は、盾で巧みに攻撃を躱しつつ、おおよそ普通の人間では真似できないようなアクロバティックな動きで片手剣を振るう。

 

片やギアノスは、目にも留まらぬ速さで縦横無尽に駆け周り、一瞬の隙も見逃さずに飛びかかる。決定打を与えられないと分かると素早く下がって追撃を許さない。

 

その一進一退の攻防を見る他人がいれば、大半は慌てふためくか首を傾げる事だろう。

 

まずこの青年は装備や動きからして、ハンターと呼ばれる狩猟集団の中でも若いながらも腕の立つベテランだという事が分かる。今更小型の肉食獣に後れを取るような人物ではない。

 

そして対峙するギアノスは、本来このようなレベルの速度を出すことは出来ない。ましてや人の意識の隙間をついた高度な攻撃をする知識もない。にもかかわらず、このギアノスはそんな常識をあざ笑うかのような高度な動きで翻弄するように戦っている。

 

そして分かる人には分かるであろう。この一人と一匹は、実力が完全に均衡している事を。

 

「クッ…おりゃぁぁぁ!!」

「グルル…ガァァァ!!」

 

同時に放たれた互いの剣と牙による必殺の一撃が交わり、大きく距離を取り合う。そして…

 

バタリ

 

同時に倒れこんだ。実はこの一人と一匹、かれこれ数時間はこうして戦い続けている。お互いに致命傷はないものの、体力切れが同時に訪れたのであろう。

 

「ハァ、ハァ…ちくしょう、また引き分けかよ!」

「グル…」

 

互いに動けなくなるまで戦い、勝負がつかなければ引き分け。長年の付き合いの中での暗黙の了解であった。

 

しばらくそのまま息も絶え絶えに休んだあと、青年とギアノスは静かに起き上がった。

ギアノスは自身の傷を癒すようにペロペロと舐め、青年はそんなギアノスを気にもとめずに火を起こして即席のキャンプを作り始めた。

 

これも長年の付き合いから習慣化したものである。出会うたびに力尽きるまで戦うものだから、その日はまともに活動出来ない。

そのため戦う場所は洞窟のような雨風のしのげる場所で、戦ったあとは互いに拠点とする妙な状況が出来上がっていた。

互いに不意打ちをするようなことはない。そんな無粋な真似は望んでいないと互いに理解していた。

 

「ほれ、餞別だ」

 

青年はこんがり肉にかぶりつきながら、生肉をギアノスの方へ放り投げる。ギアノスはそれを器用に口でキャッチすると、まるで警戒もせず貪り始めた。

 

青年は苦笑いしながらその光景を見る。毒を混ぜたりはしないが、相変わらず無警戒すぎる、と。

無論、このギアノスは普段からこんな無警戒ではない。むしろ過剰なほどに警戒心が強い。ひとえに青年を心の何処かで信頼している証であり、この関係の奇妙さを表していた。

 

 

歪な関係。このような関係が長く続いたのは奇跡だったのかもしれない。

綻びは間近まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年はいつものように酒場で依頼を探していた。

 

依頼は緊急時でない限り、掲示板に張り出される。その中でもランクごとに張られる場所が決まっており、青年は主に飛竜の討伐などの中~上位のクエストを中心に受けていた。

 

「ん?」

 

ふと、ひとつの依頼書が目に留まる。

見ている場所には似つかわしくない、浮いた依頼書だ。

 

「ギアノスの討伐…?」

 

はて、自分は見る場所を間違えたのだろうか。

もう一度見るが、やはり間違えてはいない。

思い出されるのはあのギアノス。妙な胸騒ぎを感じつつ、依頼書を受付へ持っていく。

 

「なあ、これって何でこんなにランク高いんだ?」

「これですか…これは中位のハンターが敗退したクエストです。正直、何かの間違いだとは思いたいのですが…」

 

あぁ、まさか。ついに来るべき時が来てしまったのか。

綻びはついに止められない場所まで来てしまっていたのだ。

 

「その個体は少し特殊な外見でして…背に大きな斬跡があるらしいんです」

 

その言葉に確信を得た青年は、見えない何かが砕ける音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ」

「…………」

 

対峙する青年とギアノス。既に数えることすら億劫になるほど何度目かの光景。

こんな関係を何年も続けてきた。

変わらない関係に、青年が一石を投す。

 

「そろそろ、終わりにしねぇか?」

「…………」

 

終わりにする。つまり、この戦いに決着をつける。

互いに分かっていた。止めを刺さないように、どこか手加減をしていたことを。

こんな関係がずっと続けばいいと思っていたこと。

 

だが、それももう終わりなのだろう。

 

「お前の討伐依頼を受けてきた」

「……グルル」

「誰かに討伐されるくらいなら…俺がお前を倒す」

 

依頼に出された以上、誰かがこれを引き受け、このギアノスを討伐する日が来てしまう。

その前に青年はこのギアノスとの決着をつけることにしたのだ。

 

「これから俺は、己の全てを賭けた一撃を放つ」

「……ガルル」

「……お前も、全力の一撃を放ってくれ」

 

言葉は通じていないだろう。だが、今まで妙な関係を続けてきた一人と一匹は、意思を感じ取るくらいのことは出来るようになっていた。

 

 

青年は構える。己が最も全力を出せると信じる構えで、全ての力を全身へ。今まで狩ってきた強者達で作り上げた最強の装備と最高の戦技を持って。

 

ギアノスは構える。最も速度が出せるよう体制を低く、獲物を掴み動きを封じるよう特化して進化した爪を構え、あらゆる相手を噛み砕いてきた必殺の牙を剥く。

 

 

 

奇しくも場所は始まりの地。一瞬とも一時間ともとれる空白の時間をにらみ合い、空気が研ぎ澄まされる。

 

ピチョンと、何処かで水滴が落ちた。その瞬間、寸分違わず同時に飛び出した。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぁぁぁぁ!!!」

「ガアアァァァァァァァ!!!」

 

 

 

勝負は一瞬でついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

洞窟の中に一人と一匹。風が吹き込む音が、互いの沈黙を強調していた。

 

「……なんでだよ」

 

青年が口を開く。その目に写っていたのは、予定通り「寸止めになるはずだった」剣と、それにまとわりつく不快な赤。

 

青年は死ぬつもりだった。今まで共に過ごしてきたライバルに、既に殺せない情が湧いていたのを自覚していた。

ならば、長年続いたこの戦いはこいつの勝ちだ。少なくとも野生であるこいつなら、俺を殺せるはずだ。こいつに殺され、血肉となれば本望だった。

 

「……なんでなんだよ!」

 

だが、こいつは自ら剣に斬られた。

同じだったとでも言うのか。野生に生きるこいつが、俺に殺される道を選んだとでもいうのか。

 

俺たちは…仲良くなれたとでも言うのか。俺と、お前が?ハンターと、モンスターが?

 

「チクショウがぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この感情を、私は知らない。

本能的に生きるはずの私が持った、この余計な感情。

弱肉強食の世界で生きるのに足枷となる、この感情。

この心を、私は嫌えなかった。

 

ずっと命を狙いあってきた、因縁の相手。

いつからだろうか。戦闘後に彼と過ごす時が、心地よいと思ったのは。

いつからだろうか。彼を殺さないように、急所を外してきたのは。

 

いつからだろうか。彼を殺すくらいなら、彼に殺されたいと思うようになったのは。

 

 

あぁ、泣いてる。知ってる、人は悲しいとき、鳴くんじゃなくて、泣くんだ。

 

泣かないで、笑って。私は笑えないから、代わりに笑って。

 

あぁ、私も笑えたら良いのに。

私も言葉を話せたら良いのに。

 

 

 

 

私も、人間だったらよかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆさゆさ

 

ゆさゆさゆさゆさ

 

 

 

がぶっ

 

 

 

 

「のわぁぁ!?」

 

突然首もとに流れた刺激に驚いて目を覚ます。

さらりと、顔のそばに真っ白な髪が触れたのがくすぐったかった。

 

「な、なんだ、お前か…」

「…………」

 

真っ白で長い髪の少女が、首に甘噛みをしていた。まったく、こういうところばかり昔から全然変わらない。

少女はこちらを無言でペチペチと叩いて外を指差した。窓の外は既に日が昇っている。

 

…日が、昇っている?

今日は確か、大規模討伐隊に参加する予定だったはずだ。

 

「…遅刻じゃね?」

「…………」(こくこく)

「……やばくね?」

「…………」(こくこく)

 

見つめ合うこと一瞬、ベッドから飛び起きる。

 

「やべぇ置いていかれる!?」

 

ガチャガチャと装備を大慌てで着替えながら、ふと横を見る。

そこには今から狩りに行くとは思えないほど軽装の少女の姿があった。それに特に驚くことも心配することもなく、声をかける。

 

「あれ?何でお前は既に準備終わって…」

「………」

「……ま、まさかお前、わざと起こさなかったな!?」

「(ニタァ)」

 

その言葉に嫌な笑みを浮かべる。どうやら俺の慌てる姿を見たかったらしい。

歪んだ性格の戦友に悪態をつきながらも、準備する手は休めない。慌ただしく着替え終わると、横から回復薬などの携行品を入れたポシェットが差し出された。

 

「おーサンキューな」

「……♪」

「……言っておくが、起こさなかった事は忘れてないからな」

 

頭を軽く撫でてやると、気持ち良さそうに擦り寄ってくる。本当、調子のいいやつだ。

 

「朝食は…食ってる暇ないな」

「………」

「いや、お前じゃないんだから朝からそんなデカイ肉を食えるかよ」

 

差し出された巨大骨付き肉を断りながら武器箱を開き、手入れされた片手剣と盾を手に取る。

隣で双剣を手に取る少女の姿を確認し、頷きあう。

 

「さて、今日も頑張るか!」

「………!」

 

勢いよく外へ踏み出す。背中を任せ、命を預けることの出来る最高の相棒と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その関係を聞けば、青年はこう答えるであろう。

「戦友」であり「ルームメイト」であり「大切な奴」である、と。




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