いや、やっぱりあの作品偉大です。
「ああ……うぅ……」
深夜の公園の茂みの中、一人の少年が死を迎えようとしていた。
その少年はまだ6歳。
とても死を迎えるには早過ぎる歳であった。
全身がズタボロになり、四肢が千切れかけ未だに生きていることや意識が保たれているのが不思議であった。
なぜ彼は生きているのだろうか。
「……あいつは……だれなんだ……?」
少年をここまで痛めつけたのは少年と全く同じ顔を持つ人間だった。
ここで説明すると少年とその人間とは全くの面識がない。
さらに加えると少年には双子の兄弟もいない。
しかし、少年はその全くの赤の他人に殺されかけたのだ。
いや、正確には既に死を迎えようとしているので殺されているのだが。
そして、追い討ちのように公園に迎えに来た両親はその少年とそっくりな人間を少年だと思った。
既に少年は流れ出る出血が止まらず意識が薄れかけていた。
胸に感じた絶望も今や、少年の心すらも壊そうとしていた。
だが
死にたくない……
少年はそれでも心の底から願った。
それは全ての生命が根底から願う原初の願い。
少年はただそれだけを思った。
何もわからないまま死にたくない。
理不尽に死にたくない。
少年は地に倒れた身体を既に四肢として機能しないのに腕と脚を使って動かそうとした。
その度に激痛が走るも少年はそれでももがき続けた。
そんな時であった。
「……なっ!?おい、大丈夫か!?」
幻聴か分からなかった。
だが確かに少年は知覚した。
その声を。
「……あ」
少年は僅かに残った力を振り絞って頭を上げた。
そして、少年の目に映ったのは一人の人間であった。
その女は輝く黄金のような長髪を戴き、目には星空のような煌きが秘められていた。
しかし、少年の目に映った女の顔はそんな美しさを忘れているように焦りに満ちていた。
「おい!しっかりしろ!!」
女は少年の意識が途切れぬように呼びかけ続けた。
女はそうしなければ目の前の少年の命は失われると直感したのだ。
いや、これは女の長い経験の上でのことでもあった。
女は多くの死を見て来た。
ゆえにこう言った中で危険なのは安堵した時だと脳裏に焼き付いているのだ。
「……待ってろ!」
女は少年を仰向けにすると、手持ちの鞄を地に置き、その中から一つのものを取り出した。
女が取り出したのは一振りの鞘に収められた短剣であった。
女はそれを鞘から抜き出すと刀身を宙に向け柄の先を少年の口の真上に持って行った。
そして
「偉大なるケルススを越えしパラケルススの名の下に我は力を行使する。
流動せし水銀よ。燃え盛りし硫黄よ。中立なりし塩の下に生命の根源を生み出せ」
女はそう唱えた。
すると、周囲には金属のような冷気、炎のような熱気が生じ、女が持つ短剣に先に生まれた結晶にそれぞれの性質を体現したかのような色を帯びた力の流れが集約された。
最後に女が持つ柄の底の部分が展開しそこから一滴の雫が零れ落ちた。
そして、それは重力のままに少年の口に入っていった。
「……あれ……?」
その雫を口にした少年は安堵したかのように眠りに落ちた。
その直後に少年の千切れかけていた四肢や体中に刻まれた傷はまるで何もなかったように消えていった。
「これで一先ずは安心だな……」
女は少年が自らの師との研鑽の果ての秘薬を飲み終え、効果が表れたのを目にして安堵した。
しかし、女は内心未だに緊張が抜けていない。
「この少年は恐らくは大丈夫だろう……
だが、それでも不安だな……」
女が師と共に編み出した至高の術の一つ。
それは万能の霊薬の生成である。
しかし、それは噂の独り歩きに過ぎない。
なぜならば、それが本当ならば女は何度も絶望をすることはなかったからだ。
女は師と共に学んで得た人を救う術を使っているに過ぎない。
師と共に積んだ知識と自らに具わりし知恵だけで救ってきただけだ。
五百年と言う長い年月を生きても女は他者の死に悲しみを抱く。
人間と言う種は弱くて儚いからこそ、女が人を救う力があっても人を救いきれなかったことが幾度もあった。
此度も女は賭けに出た。
少年に具わっている生きる力と意思。
そして、まだ輝きを見せない魂の可能性に女は望みを賭けたのだ。
「やはり、あの三大勢力もまた……
一部の者を除いて節穴だな……」
女は呆れた。
この町において死にかけた少年を助けようともしないこの町を三分する三つ巴に。
支配とは即ちその場にいる全てを己の物にすることだ。
なのにそれらの責務を全うしない。
そのことに女は憤りを感じたのだ。
その中でも女は悪魔と堕天使に怒りを感じていた。
彼女が救いきれなかった多くの人が命を失ったのはその二つが大きく関わっているからだ。
「ミカエルの頼みで聖剣のメンテナンスに来たが……
まさか、死にかけの子どもを見かけるとはな……
サーゼクスとアザゼルよ。もう少し、お前たちは暴君にでもなっておけ……」
女がこの地、駒王町を訪ねたのは天界を束ねる天使長にこの町にある聖剣のメンテナンスを依頼されてのことであった。
基本的に女は中立である。
依頼があれば仕事を全うする。
ただそれだけである。
ゆえに三大陣営の首領とも知己である。
五百年の彼女の歴史は三つ巴とも深く関わっている。
たかが五百年、されど五百年である。
大戦を知らぬ身であれど、女の五百年の歩みは三つ巴の古株らに匹敵する。
しかし、それでも女は勢力は嫌うが知己は嫌わない。
たまに愚痴を言うだけである。
「やれやれ……
しかし、悪魔の目が節穴で助かったな」
女は少年の近くに寄った。
「……久しぶりの赤龍帝が死にかけとは……
なあ、
『……久しぶりだな。エリーザベト』
女は少年の右腕を見据えながら懐かしき友人と語り掛ける様に、いや、この場合はまさにそれだろう。
少年の右腕から響き渡る猛き声を耳にして女は嬉しそうになった。
「十年ぶりか?
しかし、今のお前は魂は変わらぬが力をほぼ失っているじゃないか?」
『……貴様には分かるのか?』
「そうじゃなかったら、目の前の少年が今の赤龍帝だと見抜けないさ」
『そうだったな……
今の俺は赤龍帝としての力を失った……
今生における宿主を襲った奴によってな……
今、ここにあるのは抜け殻の籠手と俺の魂だけだ』
女の言葉を受けて赤き龍は無念そうに現状を語った。
「……
神滅具の力を奪うとは……考えられんな?」
『それは俺にも分からん……
ただ理解できるのはあの小僧は俺の宿主のことを殺そうとする際に「この変態が!お前より俺の方が主人公に相応しい!!」と言っていたな……』
「……すまん。
五百年も生きて来たが何を言っているのか理解できん……」
『安心しろ。俺も分からん……
だが、情けないのはそんな奴に力を奪われたことだ……
これでは白いのにどんな笑われ方をすることか……』
赤き龍は嘆く。
永遠の宿敵足る白き龍に今の姿を見られるのは屈辱だ。
それほどまでに彼は今の己に不甲斐なさを感じている。
「……ドライグ。
お前は運がいいな?」
しかし、そんな龍を見て運がいいと語る。
『なんだと……?』
赤き龍はそんな古い友人の言い様に違和感を感じる。
今の己の状態を見てどこか運がいいのか理解できないからだ。
だが次の女の一言でその疑念は晴れることになる。
「……お前は私のことをなんだと思っている?」
『……!!そうかぁ……!!』
女の言葉を受けて赤き龍の声に希望と期待、そして、炎が宿った。
「幸い、お前もお前の今生における主も魂は中々のものだ。
何、たかが十年だ。
十年もあれば「赤龍帝の籠手」の性能は元に戻るさ」
『貴様が言うのだから間違いはないらしいな?』
「でなければ、この少年は死んでいたさ……
そして、お前は力を持たないことで転生すらままならなかったぞ?
それに……ドライグ。お前は本当に運がいい。
魂を奪われず、主にも恵まれている」
女は断言した。
女は少年のことを見てそう言った。