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「おい、大丈夫か?」
エリーザベトは未だに笑いを引き摺りながら悪戯が成功した時のような子供のような顔をしながらいっせいに声をかけた。
その様子を見て彼女と浅からぬ仲の赤龍帝ことドライグは呆れるばかりであった。
「う、腕が……
え、え、え!?」
いっせいはエリーザベトのことなど耳にも目にも入らずただただ混乱し、いや、この場合は恐怖するのみであった、
理由は簡単である、
突然、自分の腕が得体の知れないものに覆われたのだ。
ある意味、それは当たり前の反応である。
さらにはそこから謎の声が聞こえて来たのだ。
ただの子供がそんな不気味なことに動じないはずがない。
あるとすればそれは子供の皮を被った怪物か、最初からそれを知っている知ったかぶりをしたい者ぐらいだろう。
「安心しろ。いっせい
そいつは
「……え?味方……?」
いつまでも不安に思いそうないっせいを見てエリーザベトはもう少し彼の慌てる姿を楽しみたいと思いつつも彼の不安を払うために少し複雑気にそう言った。
「ああ、そいつは「赤龍帝の籠手」と言ってな。
とある龍を封印しているものなんだ。
で、さっきの声はその籠手の中にいる龍だ。
なあ、ドライグ?」
『……エリーザベト。
もう少し、そういう説明は早くしてやれ』
「うわぁ!?」
エリーザベトに丁寧に説明されても自分の身体から異なる声が出ると言う普通の人生であり得ないことにいっせいはやはり驚く。
「いっせい。驚くのはそこまでにしておけ」
「い、いや、だって……」
「安心しろ。そいつはお前を傷つけたりはしない。
それだけは保証しておく。
なあ、ドライグ?」
『……ああ。よろしくな小僧』
「え、えっと……よろしく……」
エリーザベトに言われるままにドライグは彼女に多少の不満を覚えながらもいっせいに呼びかけ素直な少年であるいっせいは自然と応えた。
とても挨拶と呼べるものではなかったが、それでもいっせいがドライグを恐ろしいものと見ないですむということはとても重要なことであった。
「……あれ?でも、なんかこれ見たことあるような……?」
『あ、おい!?やめろ……!!』
自らの左腕に現れた「籠手」を目にしたいっせいはそれにどこか見覚えがあった気がして記憶を辿った。
しかし、それを思い出そうとするといっせいはなぜか嫌な気持ちになっていった。
当然である。
なぜならばそれは
「うっ……!!」
『……くっ。遅かったか……』
己を殺しかけた人間が己に向けて来たものと同じであったからだ。
「はあはあ……!!」
「はあ……無理に思い出すな……
ちょっと待ってろ……」
再び、いや、先程よりも痛みと苦しみ、恐怖、そして、「死」を思い出していっせいは呼吸を乱す。
それを見ていっせいはやれやれといっせいを窘めると部屋の中にある薬棚へと足を運び棚から一つの小瓶を取り出した。
「ほら。これを飲め」
そう言って戻って来たエリーザベトはその小瓶の口をいっせいの口へと運び、そのままそれを傾けて中の液体をいっせいの口に流し込んだ。
エリーザベトにある程度、心を許していたいっせいはいわれるままにそれを飲もうとしたが
「ぶふっ!!?」
それが半分ほど喉を通り過ぎた途端に思わず吹き出してしまった。
「ゲホゲホっ……!!
に、苦い……」
「あっはははははははははは!!!」
『エリーザベト……お前……』
「いや~……すまんな。
まさか頑迷な蝙蝠や教会の狗どもが喉から手が出るほどに欲しがる秘薬を苦いというだけで拒むとはな……
連中がこれを聞いたらと思うとな……
あっはははははははははは!!!」
いっせいがエリーザベトの薬を拒んだ理由。
それは単純である。
その薬が余りにも苦過ぎるからだ。
良薬は口に苦しと言う言葉がある。
エリーザベトの差し出した錬金術によって作り出した秘薬は魔法薬としても医療品としても最高の逸品である。
しかし、彼女は味には全く配慮を示さないためにそこをカバーできていないのである。
それでも彼女の秘薬を求めて多くの人間や人外は多額の金を出す。
ちなみにいっせいが吹き出した小瓶の中身は一本六桁はするものである。もう一つ加えておくと、味も整えられなくもないがその場合は手間賃として一割の料金が上乗せされる。
それをいっせいは半分も無駄にしたのである。
ここに彼女の秘薬の価値を知る者がいたら卒倒者であるがエリーザベトはただ笑うだけであった。
彼女は少年の素直な反応が見ていて楽しかったのだ。
「うえ~……」
「すまん。すまん。で、いっせい?
気持ち悪いのはなくなったか?」
未だにいっせいが口に残るえぐ味と苦みに苦しむ中、エリーザベトは彼に状態を訊ねた。
「うぅ~……はい……」
その質問を受けていっせいは自らの口に残る諸々の刺激を作り出した張本人に恨めしさを残しつつも一応は今まで感じていた動悸などがなくなったことは事実なのでそう頷いた。
エリーザベトがいっせいに飲ませた秘薬は体力面や健康面だけでなく、神経にも作用する力が存在しエリーザベトがいっせいにそれを飲ませたのた主にこれ以上、いっせいがノルアドレナリンを出し過ぎないようにするためである。
「そうか。じゃあ、ほら」
「……え?」
いっせいの精神面が安定したことを見てエリーザベトはとあるものを差し出した。
「……チョコレート?」
それは茶色の板の形をした手に持つとまるで蝋のように溶けそうになる菓子であった。
「そうだ。
ほら、食べるがいいさ。
甘いものは人を幸せにする」
「うぅ……」
「おい、どうした?」
エリーザベトはいっせいにそれを差し出すがいっせいは先ほどの件もあってかそれを躊躇する。
『あのなぁ……エリーザベト……
流石にさっきのことがあれば誰だって警戒するだろう……』
「ああ、そうだったな。
わかったわかった。ほら、いっせい」
エリーザベトはドライグの指摘を受けるといっせいに差し出していたチョコレートの端を左手の指で掴むとそれをポキと折った。
そして、その一欠片をそのまま自らの口に運んでいき
「ん~、日本の市販のミルクチョコレートも中々いいな?」
味わうと感想を漏らした。
「ほら、いっせい。
食べろ」
「え、あ、はい……」
その後、エリーザベトはいっせいにチョコレートを手渡し、いっせいはエリーザベトが自らがチョコレートの安全性を証明したことを目にしたことでそれを受け取り口へと運んだ。
それを食べるいっせいはただただチョコレートの甘さを子供ながらに楽しんだ。
「本当はチョコだったら、故郷の物を食べさせてやりたかったのだがな」
『お前の故郷がチョコレートで有名になったのはお前がうまれたもっと後だろうが……』
「あっはははははははははは!
まあ、堅いことを言うなドライグ」
エリーザベトの言い分にまたもやドライグは呆れるがエリーザベトは気にせずにいた。
エリーザベトの故郷は確かに「チョコレートの四大技術革命」の一つを引き起こした国ではあるが、エリーザベトが生まれた時代とその革命が起きた時代は三世紀以上離れている。
それをお国自慢のように言うのでドライグは呆れたのであるが、この圧倒的な自由人な人道主義に片足を突っ込んだ享楽主義の錬金術師にとってはどうでもいいことであった。
「まあ、いっせい。
とりあえず、落ち着いたか?」
「え、あ、はい……」
エリーザベトは一転してチョコの甘さと自らの秘薬で心に余裕を取り戻せたことを確認しながらいっせいに優しい目を向けた。
「そうか……
じゃあ、これから話すことはお前にとっては辛いことだが……
落ち着いて聞いてくれ」
「え……あ、うん……」
そして、これから話すことがどれだけ目の前の幼い少年のことを悲しませ、苦しめ、傷つけることを理解しながらも憂いを込めた紫の目で少年に向かい合った。
それを受けていっせいは目の前の女が話すことがどれだけ自分にとって辛いことか心で理解しても受け容れようとした。
それは真実を知りたいという想いか、目の前の女を信じてのことか、それともその両方であるかはわからない。
「そうか……強い子だな。
お前は……」
エリーザベトは少年の魂が確かなものであることを彼の目を見て確信した。