赤を導きし錬金術師   作:オーダー・カオス

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変化と異常

「イッセー……その……」

 

「いいんだ……黒歌……

 ただ運がなかった……それだけなんだ……」

 

 イッセーと黒歌は師が滞在しているホテルへの帰路に付いている。

 しかし、イッセーの顔からはただ落胆だけが見えるのみであった。

 

「まさか、この町にいないなんてな……」

 

「イッセー……」

 

 イッセーは目当ての幼馴染の少女であり、初恋の少女に再会できなかったのである。

 イッセーがこの町を去ってから十年の間に故郷に変化があるのは当然、世界中を師と共に旅をし続けて来たことから頭の中に入っていることだった。

 人が住む場所なら必ず大きな変化が起きる。

 自然界においては変化は普遍的なものであるが、それが人間の住む世界となると世代交代や技術の発展もあってそれが加速するのが当然であった。

 その場に居れば、それは僅かな変化に感じるものであるが、離れた場所から訪れれば、それは大きな変化に思える。

 それを改めてイッセーは痛感させられたのだ。

 

「父さんと母さんが元気そうでよかった……

 ありがとうな、黒歌……」

 

「それは……」

 

 それだからこそイッセーは両親のことも気掛かりだった。

 しかし、自分が行けば自らの偽者と顔を合わせる可能性もあったことからイッセーはその黒歌に確認を頼んだ。

 結果、二人は無事であることをイッセ―は知ることが出来た。

 ただ、それでも自分と偽者の区別が出来ていないことに対してイッセーは悔しさと悲しみを感じていた。

 

 

「とりあえず、戻ろうか黒歌。

 ここはグレモリー領だけど、サーゼクスさんと違って妹さんが事情を知っていない可能性があるし……

 はぐれ悪魔として討伐されたら洒落にならないし」

 

「そうだにゃ……

 グレモリー家には白音のこともあるし、これ以上の迷惑をかけられないにゃ……」

 

 黒歌はサーゼクスの計らいで公式上では死亡扱いになっている。

 本来ならば、黒歌は冥界に身柄を差し出され、裁判と言う名の公開処刑を受けることになっていた。

 黒歌ははぐれ悪魔である。

 貴族社会の冥界においては転生悪魔が主である純血の悪魔を殺すことは大罪とされている。

 また、サーゼクスは魔王という権力の頂点に立っているイメージが強いが、政治においてはそこまでの権限がある訳ではない。

 かつての内戦における英雄とされているサーゼクスを始めとした現四大魔王は名目上では冥界のトップではあるが、その政治運営は旧四大魔王時代から残る貴族たちが行っている。

 これはサーゼクスがこれ以上の同族同士の内紛を恐れることから強硬的な中央集権を厭うことにある。

 貴族を始めとした既得権益という存在は己の特権を少しでも減らされることに反感を抱くものである。

 それはフランス革命前におけるアンシャンレジームや春秋戦国時代における法家による改革の際の反発といった人類の歴史の随所にも見られることである。

 下手をすれば、有力な貴族が旧魔王派と通じて大規模な反乱を起こしかねないことも考えられる。

 その為、サーゼクスたち、現四大魔王が転生悪魔の保護に回れないのはこういった背景も存在する。

 はぐれ悪魔の中には実際に本人の増長によってそうなった者もいるが、主人である悪魔の貴族の横暴な振る舞いや無理矢理転生させられたことが動機の者も少なくない。

 黒歌は後者である。

 そういった者の主人は貴族であり、反逆や殺害しかないのも事実である。

 黒歌の事件の背景が如何に同情に値するもので放免されるべきものであってもエリーザベトが彼女を隠し続けるのは貴族たちの特権にも等しい力が存在するからである。

 彼女を秘密裏に助けたのはサーゼクスなりに出来る最大限のことだったのだ。

 

「そういえば、そのサーゼクスさんの妹と先生は会っているのか……」

 

「そうだにゃ……

 確か、白音も……」

 

「黒歌の妹もか……」

 

 自分たちの師が今、会談に向かっている場にいる人物に対して、一誠は師が相対する人物に、黒歌は自分の身を犠牲にしてでも守ろうとした愛する妹の存在のことを思い浮かべた。

 

「俺の偽物もあそこにいるんだよな……」

 

「そうだにゃ……」

 

 二人は互いに共通して憎んでいる存在に対して、怒りを滲ませた。

 

「グレイフィアさんの話を聞いた時には冷静さを失いかけたにゃ……」

 

 それは突然のことだった。

 エリーザベトが依頼もなく、束の間の休暇を過ごしているとサーゼクスの妻にして、「最強の女性悪魔」とされるグレイフィア・ルキフルグスが彼女の許を訪ねて来たのだ。

 エリーザベトはサーゼクスだけでなく、現四大魔王とその眷属とも個人的な交友関係があり、グレイフィアとは友人同士である。

 そんな友人の訪問にエリーザベトは最初は驚くが、珍しくエリーザベトにとっては真っ当な友人であるグレイフィアの来訪は好ましく思い、直ぐにご機嫌になったのだ。

 ただエリーザベトはグレイフィアが来ると弟子たちには必ず『絶対にアイツに酒は飲ませるな』ときつく言いつけているが。

 また、一応個人的な同性の友人であるセラフォルーに関しては、グレイフィアに対しての扱いよりもかなりぞんざいである。

 そんなグレイフィアがエリーザベトの許を訪ねた理由は義妹のことに関してであった。

 いや、正確にはその義妹の新たな眷属となった「赤龍帝」のことであった。 

 その時、グレイフィアは本当の名前を隠し続けていたイッセーによく似た赤龍帝の少年がサーゼクスの実妹の眷属に加わり、先月実妹とフェニックス家の三男との婚約をかけてのレーティングゲームがあったこと、そして、その試合内容を説明したのだ。

 それはその場にいた全員が言葉を失くし、特に黒歌にとっては耐えられないような内容であった。

 

 

 

「率直に申し上げます。

 リアス・グレモリーさん。

 今回の件に関してはどうか介入しないでください」

 

「なんですって?

 私の領内で起きていることに手をこまねいて見ておけって言うの?」

 

 所変わって、駒王学園旧校舎オカルト研究部部室。

 今ここで教会の戦士である柴藤イリナとゼノヴィアの二人と駒王町を管轄する魔王サーゼクス・ルシファーの実妹であるリアス・グレモリーとの間で今回の聖剣強奪事件に関するお互いの一時的な協定を結ぶ会合が開かれていた。

 内容は今回の事件において悪魔側に対して、中立を保つ旨であった。

 しかし、貴族生まれの王妹からすれば、領地を争うとする敵がいるにも拘わらず、看過することはプライドが許せないらしく、反発してしまっている。

 本来ならば、彼女はそこまで無謀でもなく分別がつき、教会側の主張を受け止められる程の責任感と判断力を有している。

 けれども今の彼女にはそれがなかった。

 

「部長の言う通りだよ、イリナ。

 それ位なら、俺がなんとかできるよ」

 

「……っ!?」

 

 リアスは今、強力な力を持つ存在が自らの眷属になっていることから来る増長によってそれを失っている。

 この時、イリナはまるで全身を悍ましい蟲の大群に這われる様な不快感に陥った。

 既にこの部屋、いや、この町に来てから嫌悪感を抱いていたが、よりによってその嫌悪感の張本人に自らの名前を馴れ馴れしく呼ばれたうえにどこか自分を簡単に意のままに出来ると思っている傲慢さを感じてイリナの我慢は限界を迎えた。

 

「気安く私の名前を呼ばないで!!」

 

 イリナは「イッセー」と呼ばれる少年に自らの名前を呼ばれたことに強い拒絶感を露わにしてしまった。

 

「お、おい!?イリナ!?

 どうしたんだ!?」

 

「ちょっと、イッセーに対してその口の利き方は何よ!?」

 

「そうですわ。イッセー君に失礼でしょう?」

 

「あ……」

 

 その態度に相棒であり、ある意味ではイリナ以上に悪魔に対する態度が強硬的なゼノヴィアですら動揺を隠せず、少年の主人であリアスと彼女の眷属のまとめ役とである女王の姫神朱乃は夢中になっている異性を貶した事への反発を見せてしまった。

 元々、貴族主義で選民意識の強い悪魔社会の中でも珍しく転生悪魔に対する態度も家族同然の扱いが多くグレモリー家は「情愛の一族」と言われる程に主従と眷属同士の繋がりが強い。

 しかし、それに加えて今のリアス、いや、リアスだけでなく彼女の女性眷属は何処か狂気すら感じるほどに「イッセー」と呼ばれる少年を慕っている。

 イリナの行動はこの場においては失策どころか、策などすらでもない愚行だった。

 今、イリナの名前を呼んだ男はイリナにとっては憎むべき相手ではあるが、この場においてはイリナは勝手に自分で不機嫌になり、個人的な理由で会合と言う外交の席で相手の身内を貶めたという外交儀礼上では最も行ってはいけないことをしてしまったのである。

 

「す、すまない。

 イリナはこの町に来てから、どうも気が立っているらしい。

 どうか、大目にみてくれないだろうか?」

 

「ゼノヴィ―――

 ―――!?」

 

 自らの失態を少しでも弁解してくれる相棒の存在にイリナは希望を持ち、彼女の顔を見た瞬間、イリナは言葉を失ってしまった。

 

 どうして、あなたまでそんな顔をしているの……!?

 

 今、ゼノヴィアの顔はとても任務中とは思えないほどにどこか惚けていた。

 それはまるで、この場にいるリアス・グレモリーの眷属と同じであった。

 彼女の相棒として付き合いが長いイリナからすればそれはとても信じられなかった。 

 任務中の彼女は何だかんだで抜けているところはあるにはあるが、それでも戦士としての一面が強い。

 そんなゼノヴィアがまるでゼノヴィア自身が悪魔祓いとしての職務上、忌避している悪魔たちと同じ顔をするとはイリナからすれば、到底信じられなかったのだ。

 この突然の変化、いや、異変にイリナは言い様のない恐怖を感じた。

 

「まあ、ゼノヴィアさんも大丈夫ですよ。

 俺は別に気にしていませんから」

 

「そ、そうか……

 それは……ありがとう……」

 

「!?」

 

 そして、更なる衝撃がイリナを襲った。

 幼い時から変わらない想いを持ち続けるイリナからすれば、ゼノヴィアが件の少年に向けているものが何なのかは理解できるが、イリナは決して認めたくなかった。

 だが、哀しいことにゼノヴィアが「イッセー」と呼ばれる少年に向けている顔はどう見ても恋に近い感情を向けていることをイリナは理解してしまった。

 けれども、イリナは同時に理解してしまった。

 それは「恋」などでは断じて異なり「色情」であることを。

 イリナはゼノヴィアの異変に違和感を通り越して狂気すらも感じた。

 

 おかしいわ……

 あのゼノヴィアが出会ってすぐの男に……

 それも悪魔相手にあんな顔を……

 いや、彼女だけじゃない……!!

 

 イリナは改めて周囲を見回すと、この部屋の異常さを恐怖を抱いてしまった。

 この場にいる全ての女が目の前の自分にとっては忌まわしい存在に対して、色情に満ちた目を向けている。

 その光景がイリナの心を壊そうとしていた。

 

「それで、イリナ?

 君は何か言わないのか?」

 

「ひっ……!?」

 

 言葉は紳士的ではあるが、目の奥に存在する濁った欲望を感じ取り、イリナは女性としての危機を本能で感じ取り小さな悲鳴をあげてしまった。

 

「そうね。イッセーは優しいから謝れば許してくれるわ」

 

「ええ、そうですわね」

 

「はい。先輩はそういう人です」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

 最早、どちらが眷属で主なのかすら分からなくなってきたリアスとその眷属たちも少年に少しでも好感情を抱いて欲しくなり建前では謝ることを促してきた。

 

「そうだぞ、イリナ。

 ここは彼に対して、何か言うべきだ」

 

「ぜ、ゼノヴィア……」

 

 頼みであったはずの相棒すらもまるで、いや、ほぼ確実に目の前の女悪魔、いや、少年の虜と同じ様なことをお心に抱きながらイリナに謝罪を勧めた。

 

 助けて……

 

 自らの態度が悪いことは自覚している。

 けれども、ここで心を挫ければ大切なものを奪われると危機感を覚えて心の中で怯えて助けを求めた。

 ここで謝罪をしても相手はそれをいいことにさらに無理難題を押し付けて来ることを直感的にイリナは理解してしまったのだ。

 この場は異常だ。

 まるで、目の前の男だけが絶対的に正しく、目の前の男が蛮行を行ってもそれすらもこの空間では許されることになるとイリナは気付き、自らに逃げ場がないことを悟ってしまったのだ。

 イリナは既に泣きそうだった。

 せめて弱い自分をよりによって、この十年間で最も憎んで来た相手に晒したくないと思いつつもイリナは限界だった。

 けれども、それでも届ないであろう助けを求めた。

 

 イッセー君!!

 

 目の前にいる同じ名前と顔を持ちながらも決定的に違う、かつて大切な約束を交わした少年の名前を彼女は心の中で求めた。

 その時だった。

 

「失礼する」

 

 旧校舎の木造の扉を開き、そこから一人の女性の声が聞こえた。

 その声にイリナは覚えがあった。

 

「私の名はエリーザベト・ホーエンハイム。

 今回の堕天使による聖剣強奪事件に対して、天使長ミカエル殿の依頼を受けて教会側に協力することになった者だ。

 今回の事件における方針のことに対してリアス・グレモリー殿との協議を求めたい」

 

 その声の持ち主である金髪の美女は堂々とこの情欲と狂気に包まれた異常な空間にそんなものを振り払うかのようにその姿を現した。




個人的には転生悪魔の件はある意味、ローマ帝国の「パンとサーカス」みたいなものですから、サーゼクスも中々手出しが出来ない気がします。
割とこういったことで民衆の興が削がれると一気に求心力を失って内戦が再燃しかねないと思いますし。
何処も既得権益を崩すのは本当に大変なんですよね。
ルイ16世の改革や春秋戦国時代の楚の呉起による改革の失敗もそうですし……
韓非子てすごいですね。
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