『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」   作:城元太

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第拾壱話

 潜航と共に気温が急激に下降し、艇内は夥しい結露に覆われる。ウオディック内部で、海賊衆の頭目は窮屈な烏帽子を直ちに脱ぎ捨てていた。

「〝アーミラリア・ブルボーザ〟の生育はどんな具合だ」

 操縦席には、肩を剥き出しにした単甲を纏う男がある。

「リゾモーフ(=菌糸の束)の伸長も順調で、間もなく堅固な剛性を会得する予定です。それにしても、よくあの様なことをお考えに成りましたな」

「元はうぬら佐伯(さえき)衆が保持してきた菌苗であろう。デルポイの妙な病が伝染せねば、クリプトビオシス(休眠状態)のまま忘れ去られていただろうに」

 浅度潜航の為、水面の(きら)めきがウオディックの眼窩に当たる気密式硝子を透して艇内に射しこみ、不規則な光陰を描く。

佐伯部(さえきべ)の起源は蝦夷の俘囚、それも茨城(うまらき)道の口(みちのく)で反駁を繰り返していた騒がしい者(バルバロイ)が転じ〝さえぎ〟と名付けられた屈辱的な(かばね)でした」

「勇猛果敢な海族大伴の同族と称され、大伴佐伯の家訓『海行かば』を讃えられたのも遠い昔のこと。忌々しきは中臣転じた俺達藤原氏族だ、判っている」

「古代ゾイド人の遺構を辿り、行き着いた先があの菌苗であったとは……皮肉なものです」

 明滅する陽射しに眼を細めつつ、純友は後方の席で脚を投げ出す。

茨城(うまらき)といえば、面白い噂を小耳に挟んだぞ。群盗の頭目、桔梗の前が獲物を討ち漏らしたというのだ。なんでも板東から来た荒武者で、青い獅子型ゾイドを操る奴だそうだ」

「なんと、あの桔梗の前が」

 佐伯是基(さえきのこれもと)は、思わず操縦席から純友を振り返る。

「俺も最初は信じられなかった。彼奴(きゃつ)が油断したか、さもなくば余程の手練れの者かだ」

(いずれ)れにせよ小気味良い話でありますな」

 純友は半身を起こし、滴る結露を指で拭う。

「他人事ではないぞ。我らが放った透破(すっぱ)(=忍者)によれば、その青い獅子は左馬寮に入ったという。東夷(あずまえびす)が仕官を願って上洛するのは珍しいことではない。もしそいつが左右衛門府の任にでも就いたら厄介なことになる、が――」

 そこまで言って、純友は壁面の水滴を忌々しく掻き乱した。幾筋の水滴が流れ落ちる。

「――所詮は田舎人。膨大な賄賂を寄越さずば、仕官など夢のまた夢」

「三年はかかりまするな」

「ああ」

 純友は、築き上げられた律令の矛盾が、謀らずも自分達海賊衆を守る皮肉を嗤っていた。

 

 海賊衆と呼ばれる海の集団は、最初から群盗を生業としていたわけではなかった。

 小規模な漁業や交易を糧としていた漁民集団は、古くからの交易路を使い、瀬戸の内海の運漕を担っていた。そして中央大陸に派遣される定期便〝遣央使〟の護衛や、東方大陸北島北端の大宰府が管理する鴻臚館(こうろかん)(=貿易管理所)に於いて、遠く西方大陸や暗黒大陸との貿易を請け負っていた。

 軌道エレベーター建造のための重量物打ち上げ施設として、赤道付近に位置する筑前国博多大宰府に大質量射出装置(マス・ドライバー)が設置された頃より、変化が始まる。マスドライバー建設、及び運用の利権を握らんとする有力貴族「勢家豪民」による海浜部の囲い込み(エンクロージャー)が進み、漁民集団は生活圏を追われた。その際、浮浪民と化していた漁民集団を国衙所属の舵取りや水手(かこ)集団として組織化したのが大伴氏や紀氏であった。

 マスドライバー稼働中は、厩牧令水駅条(きゅうもくりょうすいえきじょう)などの例外的な措置もあり、主税上の諸国運漕雑物功賃条(しょこくうんそうぞうぶついこうちんじょう)が成立し、海上運漕(うんそう)は一時的にせよ繁栄する。

 だが、応天門のクーデターによる大伴、紀両氏の没落で、その管轄下にあった海浜集団も離散する。更に、惑星軌道上にケーブル懸架用のジオステーションが完成して以降、マスドライバーは遺棄され錆び付き、海浜集団は再び漂泊民と成り果てた。

 見せ掛けの繁栄に踊らされ、挙句に漂泊民となった海浜集団は、最初は散発的に、そして次第に大規模に、都への年量舂米(つきまい)への襲撃を始めた。これが海賊衆の発生である。

『賊党群起し、掠奪息むことなし』と官報に記されるまでとなると、ソラは正式に海賊追捕を命じるが、国境(くにざかい)を越えて活動する海賊衆に各国司は有効な策を講ずることができない。そのため新たに禦賊兵士制が敷かれ、取り締まり強化を図るが、その指揮者として赴任したのが、他ならぬ藤原純友であったのだ。

 

「あれはどうした」

 具体性を欠く指示に、是基が応じる。

「シンカー部隊であれば、土豪の高橋殿より手配をつけておきました。やはりその板東武者への備えですか」

「念のためだ。ソラの役人は自分の任期に騒動が起きなければどうでもいい奴らばかりだが、堕落を知らぬ田舎者には警戒せねばならぬのでな」

 

 純友の伊予掾赴任は、都への謀反を(あらかじ)(はら)んだものであった。在庁官人にして土豪の高橋友久(ともひさ)と結託した純友は、高橋氏麾下のシンカー部隊を率い、年量舂米としてのレッゲルの組織的収奪を開始する。

 腐敗した受領(ずりょう)と純友が異なっていたのは、在地の住民の不平不満を一手に引き受け、その憤懣を組織化し、海賊衆を率い蜂起させたことである。

 同時多発の海賊蜂起に警護使も追捕使も有効な策を講ずることが出来ず、ソラは止む無く純友にレッゲルを与え慰撫を試みる。レッゲルを大量に必要とする水上部隊にとって、官製の純度の高いレッゲルは必須であり、純友は一時襲撃を休止しレッゲルを受け取るが、遠からず海賊衆が再蜂起するのは明らかだった。

 

「俺がソラの都を落とす」

 純友が(うそぶ)く。見捨てられた民とゾイドの痛みを知る無頼の海賊は、己の特権に胡坐(あぐら)をかく為政者が許せなかった。

「その件ですが、都の奴らは軌道エレベーターのケーブルをアースポートから切り離す魂胆だと聞きました」

 今度は純友が耳を疑う番であった。「馬鹿な事を言うな」と、純友は身を横たえる。

「いえ、私も信じられなかったのです。軌道エレベーターの地上接合部であるアースポートを切り離したりすれば、ケーブルごとコリオリの力で振り回されると考えておりました。ですがソラは、大気圏すれすれの部分にスカイフックという浮遊施設を建造し、上方の軌道エレベーターケーブルの影響を相殺するだけの遠心力を発生させ、完全に地上からソラシティーを分離しようとしているらしいのです」

 技術的に可能かは、令外官(りょうげのかん)に於ける修理職(しゅりしき)ではない純友には判断できないが、或いは失われていた様々な技術が蘇っているとすれば有り得る話かもしれない。

「地上の疫病を尻目に、奴らは(けが)れを捨て去り、ソラに引き篭もるつもりなのです」

「ソラへの引き篭もりか。ならばその篭り戸を俺が蹴破るまでだ。

 待ち遠しいな、〝アーミラリア・ブルボーザ〟の生育が」

 水深が上がり、ウオディックの上面が白波を蹴立てて浮上する。

 目前には、純友たち海賊衆の根城である、伊予の日振島(ひぶりじま)が横たわっていた。

 

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