『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」   作:城元太

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第拾弐話

「都の風に()てられたか」

 平太郎貞盛(たいらのたろうさだもり)は少し憂いを帯びた顔で微笑んだ。

「私も最初そうだった。此処は坂東とは別世界、心細くもなるだろう。

 自由にゾイドを(はし)らせる山野は無く、大空を舞うシュトルヒも無い。舞うのはフライシザーズという怪しげな(キメラ)型ブロックスばかりだ。

 大番として都に召され、坂東を離れて幾星霜。上洛直後は頼れる者などなく、従類(じゅうるい)郎党さえも故郷(ふるさと)恋しさに次々と去って行った。

 都で雇った奴婢(ぬひ)共は、東夷(あずまえびす)(あなど)って、命じても働こうともしないどころか、刑部卿(ぎょうぶきょう)に訴えられて何度会昌門(かいしょうもん)(※問注所=裁判所 の門)をくぐったことか。所詮、主従に重代の関係を望むなど叶わず、因獄司(いんごくし)(=裁判官)を味方につけると気付くまで、どれ程金子(きんす)を費やしたか」

 小次郎は、すっかり都に馴染んだと見えた従兄が、数多くの苦難を重ねてきたことを知った。

「……すまぬ、つい愚痴を(こぼ)してしまった。小次郎を見て坂東が恋しくなってしまったわ。

 最初は大番の任が終わる三年で帰る心算であったが、此方にも色々と伝手(つて)が出来てな。

『住めば都』とはよく言ったものだ。今となっては記憶の中の筑波峰の色も霞んでしまった。

 私は坂東に戻るつもりは無い。父(国香)より幾多の貢物を献上して来たのだ、必ずや今以上の官位を得て、子々孫々に渡り位階を遺してやらねばならぬ。それが我ら、(さぶら)う者の定めであるから。

 叔父(ぎみ)良持殿と、兄君将弘(まさひろ)殿は残念であった。悔やみ申し上げる」

 哀悼の言葉と、上洛してより初めて受けた労いに、小次郎は暫し黙する。

 故郷からの便りは貞盛の元に届いていた。貞盛は、眼前に聳えるブラストルタイガーを見上げる。

「驚いたか、別のゾイドに乗り換えていたこと」

「ああ。てっきりライガー(ゼロ)にまた会えると思っていた」

 ゾイドの事となり、小次郎はやっと口を開けた。興世王が馬寮の奥で他の舎人(とねり)と談笑するのを見遣りつつ、貞盛が振り向きざまに言い捨てる。

「献上したのだよ、グスタフごと、天上人へ」

 その顔に、己への憐憫が(にじ)んでいた。

「我が父国香が(かつ)て鎮守府将軍の地位を得ていたとはいえ、所詮は遠き大地の果ての話。直接官位を得るには最有力者である藤原氏に取り入る他ない。

 幸いにして、由緒あるライガー零とその具足(チェインジングアーマー)を求めていた藤原北家の上役(うわやく)が居り、俺の上洛と同時に所望して来た。

 都の(なら)いは父国香から聞いていた。『偉き者には()びよ』と」

 坂東武者として思いもよらぬことであった。幼き頃から共に山野を駆け巡ったライガー零を手放したことに、貞盛は一切悔恨の念を示さない。

「これが都での処世術なのだ。都人(みやこびと)にとってゾイドは財に過ぎない。良いもの、珍しいものは重宝され、そうでないものは売り払われる。操縦者と機体との繋がりなど、意味を成さぬ。

 代わりにこのゾイドを得た。

 ブラストルタイガーは、古の〝青の街〟のZi-Arms社が鍛えた良きゾイドだ。坂東では見かけぬ虎型だが、都では珍しくないゾイドだそうだ。稼働時間こそ短いが、狭い都には適した機体、どうだ小次郎、乗ってみるか」

 珍しいゾイドを披露しようという貞盛の気遣いは判るが、従兄の変わってしまっていた部分を小次郎は垣間見てしまったのだった。

 

 貞盛の人脈は、少なからず小次郎の滝口出仕に有利に働いた。貞盛の見知った公卿の伝手(つて)を辿り、菅原景行からの藤原忠平への推薦状の写しを、アースポートの一画に構える清涼殿に届けたという。

「遠からず呼び出しがかかるはず。期待して待っていればよい」

 貞盛の力強い言葉に、小次郎は漸く肩の荷を一つ降ろすことが出来た気がした。

 

                   *

 

 都に到着してより一月(ひとつき)が過ぎた。

 あれ以来小次郎の前に野盗群盗の類は現れないが、依然略奪は毎夜起こっていた。正式な押領師ではないので無闇な介入はできない。故郷に色好い便りを送る事も叶わず、興世王の館で小次郎はただ悶々と日々を過ごすのであった。

 摂関家は治安と衛生の問題により、普段はジオステーションに居を構え、滅多な事では地上に降りることが無い。その摂政藤原忠平が下向するとの知らせを得たのは、更に一月を経た頃であった。

「――兄時平の早世と入れ替わり、生前道真とも親交篤かった藤原忠平は参議に(げん)(にん)し、右大臣、左大臣、摂政と補され急速に官位を進めた。

 小一条忠平の道楽は、輸入した古来デルポイ文物の儀式に対する憧憬であり、政務とは別に実習と探求を兼ねた具体的な作法故実(さほうこじつ)を作り上げることなのだ――」

 見た目にも品質の悪い酒を(あお)りながら、相対(あいたい)の小次郎に興世王が告げる。

「――作法故実と有職故実(ゆうそくこじつ)研究の為には、如何様にしても、地上に降りて資料を漁らねばならぬことがある。『神々の怒り』や『惑星大異変』、それに先んじるへリック国の慣習法などだ」

 安酒に一度(むせ)び、眉を(ひそ)める。

天上人(ソラノヒト)下向の貴重な機会を狙い、多くの受領(ずりょう)のゾイド達が列を成して参内し、アースポート周辺は物々しい雰囲気になる。警邏番としては厄介極まりない」

 小次郎にはまだ他人事であった。

 興世王の世迷い言は夜更けまで続いた。

 

 忠平下向の日、小次郎は村雨ライガーの機上で軌道エレベーターを見上げていた。

 螺鈿(らでん)色に輝くレドラーに伴われ、ジオステーションからのクルーザーがケーブルを降下してくる。降下中、クルーザーが衛星軌道を漂うスペースデブリに衝突することの無いよう電磁障壁を輝かせていた。

 貞盛を含め、都の警邏は一斉に護衛に就き、小一条大臣忠平の下向を待っている。

 小次郎は、蒼空に青い羽根を煌めかせるレドラーの舞を見上げつつ、天上人たる小一条藤原忠平が如何様な人物かと思いを馳せていた。

 偉大な人物に違いない、そうでなければ、ここまで物々しい警備などないであろうと。

 

 同時刻、都鄙(とひ)の外れの海岸線より、小次郎の思いとは正反対の感情を抱きケーブルを見上げる者がいた。

「やっと降りて来たか、忠平よ」

 同氏同族の(かばね)を持つ海賊衆の頭領、藤原純友の姿が、アースポートの(ふもと)にあった。

 

 

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