『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」   作:城元太

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第拾四話

 歓喜を抑えつつ、束帯に袖を通す。

 初めての出仕の日、小次郎は心地よい緊張を覚えていた。

 それまで寄宿していた興世王は、前日に饗宴を催し家人共々諸手を打って祝福をしてくれた。舎人となった以上この屋敷に戻ることは無い。太政官の警護のため終日詰所に待機し、あてがわれた宿舎で寝泊まりすることになるからだ。

「小次郎殿、都に出て初の仕官、まずは祝わせてくだされ。令外官とはいえ同じ舎人となったのだ。共に勤ることもあろうて。その折は宜しく願う」

「有難うございます。(いず)れは必ずこの恩義に報いたく思います」

 胸の奥に熱いものが込み上げる。興世王は頻りに祝いの言葉を述べつつ、まるで我が事の様に喜んでいた。翌朝も清涼殿に向かう小次郎の操る村雨ライガーを、中門まで見送ってくれたのだった。

 小次郎はまだ知らない。己自身が放つ見えない光背(カリスマ)が、興世王を惹き付けていたことを。

 

 清涼殿へは先の忠平との謁見以来二度目で、小次郎は迷うことなく別当の元に参じた。

「貴殿が忠平公の家人、平将門か」

 別当は名簿(みょうぶ)を確認し、小次郎の顔を見つめる。小次郎にしてみればいつの間にか藤原忠平の家人になっていたことに驚いていた。仕官の手続き上取られた方策であったのだろうが、その心遣いが嬉しく、感謝の気持ちで一杯になる。

 任官に当たり、最初に頭中将(とうのちゅうじょう)と呼ばれる蔵人所の実質責任者に案内され、滝口の控えの間に導かれる。途中の回廊で、水の(せせらぎ)が聞こえてきた。

「ここが滝口と呼ばれる由縁だ。軌道ケーブルに凝結した大気中の水分が集まり、滝となってこの御溝水(みかわみず)に注いでいる」

 それは故郷で聞いた懐かしい音だった。坂東では既に盛夏を迎えているだろう。しかし、赤道を越えた都では秋の香が漂う。郷愁を感じつつ、小次郎は滝口の詰所に向かって行った。

 馬場には整然と並ぶ高速ゾイドがあった。滝口は清涼殿の鬼門、つまり(うしとら)(丑寅)の方角にあり、縁起を担いだのか虎型ゾイドに混じってディバイソン、カノンフォートも装備されていた。貞盛のブラストルタイガーを含め、小次郎は多くのゾイドに出会えた興奮を禁じ得ない。十七門突撃砲と破壊衝角(クラッシャーホーン)は、栗楢院常羽御厩の別当、多治経明の愛機を思い起こし、小次郎は寸刻見上げたままとなった。

「小生のディバイソンがお気に入りですかな、坂東の君よ」

 気付けば傍らに狩衣を纏った壮年の武官が微笑みながら立っている。

「先日の海賊衆討伐、見事で御座いました。平将門殿とお見受けする。貴殿も立派なゾイドをお持ちですな。小生は播磨(はりま)から参った伊和員経(いわのかずつね)と申す。同じ滝口にて、判らぬことがあれば何なりとお聞きくだされ」

 狩衣(かりぎぬ)に標された二重亀甲剣花角(けんはなかく)の神紋は、遠く出雲に起源を発する氏族を示す。温和な笑顔の裏にも、滝口に任じられた勇壮さを潜ませている。武骨な武官であるからこそ、小次郎に惹かれたのかもしれない。

「相馬小次郎将門と申します、以後お見知りおきを」

 ディバイソンの隣に、滝口に新たに加わった村雨ライガーが誇らしく身構える。都に昇り居場所を定めた将門に、漸く都の風情を味合う余裕が生まれたのだった。

 

                   *

 

(かしら)よ、先の騒擾(そうじょう)為体(ていたらく)、あれでは滝口を増長させたに過ぎぬではないか」

 魁師(かいすい)の一人、津時成(つのときなり)が純友に詰め寄る。同様に、小野氏彦、紀秋茂も柳眉を逆立てていた。海賊衆は各地域に散在していた群盗集団が、日振島を根城に伊予の掾である純友の呼びかけによって結束し活動している。連合は緩やかな結び付きで、利害が一致しなければ忽ち崩壊する危ういものである。都の義倉から一応の戦利品は略奪して来たものの、ブラキオスとウオディックの大破は海賊衆にとって手痛い損害であった。攻撃部隊の指揮を執っていた藤原恒利は責めの矢面に立たされることとなったが、純友は敢えて同席を禁じていた。

「お前らの言いたいことは判る。だが、これを見ろ」

 純友の館の白壁に映像が浮かぶ。是基が記録したものだが、白刃を煌めかせ海賊衆のゾイドを薙ぎ払う碧き獅子に、魁師たちは一同に驚嘆した。

「相馬小次郎将門、又は平将門という者だ」

 佐伯是基が放った透破(すっぱ)は、碧き獅子型ゾイドを操る者の名を純友の元に(もたら)していた。

「ゾイドの名は村雨ライガー、背負うリーオの太刀の銘はムラサメブレード。奴は下総から来た荒武者で、腑抜けた都人とは違い恐ろしいほどの手練れ。何しろあの桔梗の前を一蹴したという奴だ」

「あの女盗賊が」という声が再び上がった。

 村雨ライガーの勇躍を映しつつ、映像の前に純友がやおら立ち上がる。

「滝口に将門がいる以上、直接アースポートへの攻撃は控えるべきだ。なあに、どれ程武勇に優れていても、立身出世競争に明け暮ればやがては奴も腑抜けになるであろう。もし腑抜けにならねば都から去るのみだ。

 皆も聞いてくれ。アーミラリア・ブルボーザの生育も順調だ。もしジオステーションが完成したとしても、今度は其れごと葬ればいい。(しばら)く俺は都に潜伏し、ソラの出方を監視する。日振島の事は恒利に任せる、いいな」

 言葉には(あらが)い難い迫力があった。また、映像にある村雨ライガーが誰の目にも手強い敵と判断された。不平の声が上がることも無く、その夜の寄合は解散となった。

 

 

 日振島、純友の館の奥、静かな寝息を立てる少年がいる。襖をそっと開き、安らかな寝顔を確認すると、純友は隣の間に音を潜めて去って行った。

「また都に参られるのですか」

 媚眼秋波(びがんしゅうは)な美女が酌をしつつ、不満げな声をあげる。

白浪(しらなみ)、そんなに妬くな」

 盃を手に純友は静かに笑う。

「お前には寂しい思いをさせる。だがこれも海賊衆の頭目の役目だ」

「わかっております。わかっておりますが……」

 白浪は純友に身体を寄せ、上目使いで見つめる。軽く肩を抱き、そのままの態勢で純友は語り出した。

「今度は都に重太丸を連れていく。そろそろ都の風を味あわせても良い頃合いだろう」

「妙な味は覚えさせませんように」

 純友の胸の中、白浪が幾分皮肉を込めて呟く。純友は苦笑した。

「俺は息子にも早く色々なゾイドを見せておきたいのだ。特にあのゾイド、村雨ライガーをな」

「私にはわかりませぬ……」

 潜めた声がやがてくぐもり、二つの影が一つとなって横たわる。

 やがて灯りが消え、波音響く日振島の夜は更けて行った。

 

 

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