『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」 作:城元太
夕刻の空に、
「――久方の 緑の空の 雲間より 声も仄かに 帰るプテラス――
……おひとが悪いのう将門殿。その様な場所に居らずこちらに御出でなされ」
暫し都の幽玄に浸っていた小次郎は、足音を潜めて進み出る。
「
素直に心の内を吐露する。藤原
「御尊父忠平様には一方ならぬ御恩を受けました。また蔵人頭殿にもお世話になっております。都は屋敷の中と
「私などせいぜい従四位止まりの身、お気になさるな。それに将門殿とはほぼ同輩ゆえ、堅苦しい言葉遣いは抜きに願いたい」
摂政忠平の四男にありながら、師氏に気負った様子は見受けられない。視線を空から地上に移し、小次郎に歩み寄る。
「どうです、滝口は慣れましたか。判らぬ事があれば何なりと問うてくだされ」
「毎日
都は暫く平安であった。
「さすれば師氏殿、桔梗の前について何か御存知で在らせられるか。私が都に上がった時、我が愛機の村雨ライガーを狙い襲ってきた女群盗です」
師氏が深い嘆息をついた。改めて小次郎の顔を見つめる。
「貴殿は桔梗の前とやり合ったのか。道理で海賊衆も手が出せぬわけだ」
師氏は驚嘆と畏敬の表情を浮かべた。
「私も詳細は知らぬが、彼奴は土蜘蛛の
笑いながら語る師氏を横に、小次郎は改めてあの女群盗の姿を思いだしていた。桔梗紋の示すものは陰陽五行に繋がる
「下野といえば、俵藤太のエナジーライガーは、いま追捕の対象となっておったな」
藤原秀郷=俵藤太は、下野の掾の位まで登り詰めたと聞いていたが、
「秀郷殿が、ですか」
幼い日、父良持と共に見た悲痛な光景が蘇った。
詳しい罪状はわからない。良持も仔細を息子に語る事はなかった。
小次郎の記憶の中で、十八人の従類と共に追捕の舎人に捕縛され、鋼鉄の鎖にぐるぐる巻きにされた哀れなエナジーライガーが夕日に解け込みながらグスタフの荷台に牽かれて行った。少年小次郎には、エナジーライガーの関節にまで食い込んだ鋼鉄の鎖が、東夷と見下される坂東武者の屈辱として目に焼き付いていた。下野の土豪ゆえ、その地の治安を保つため公儀と衝突したのかもしれない。
「将門殿はお知り合いであったか」
「いいえ。ただ一度だけ姿を見たことがあるだけです」
あの日の秀郷はしかし、精悍だった。エナジーライガーの脇、ほぼ
「桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある。私は将門殿のように坂東の民すべてが野蛮などではないと信じているが、概して都人は田舎人を卑下したがるもの。用心なされよ」
「お心遣い、痛み入ります」
秀郷追捕を知った小次郎の中に、暗澹たる思いが広がっていた。
夕刻。
その日は伊和員経の操るディバイソンと共に、都の定時の警邏を行っていた。東の市で騒擾との知らせが入り、小次郎は村雨ライガーを駆って指示された場所へと向かう。
起こっていたのは、
「都の往来で酒宴を開くなど迷惑千万、即刻宴を解くように」
勤めにより声をかけるものの、若い小次郎の言葉など聞く様子もない。遅れて到着したディバイソンの員経も同様で、酒宴は更に盛り上がりを見せてしまっていた。
(これならば、まだ群盗と戦った方がましだ)
小次郎は閉塞した状況を破る術を知らなかった。
無頼の中で男が立ち上がり、盃を持って寄ってくる。
「お若い滝口殿、いかがですかな」
噎せ返るような酒の臭気の中、その男は不釣り合いな気品を保っていた。小次郎は直観する。(この男は酔ってなどいない)。
男は哄笑しつつ盃を自ら飲み干した。
「失敬失敬。お立場上お困りであろう。この宴は吾が催したもの、すぐに引き上げる故、許されよ。是基、引き上げだ」
その一言を機に、無頼衆は一斉に宴の引き上げを始める。鮮やかな手際に、小次郎と員経は呆気にとられた。
「今宵は貴方とお知り合いになりたくてのう」
相変わらず不敵な笑いを浮かべる男の肌が赤銅色に光っている。
地底族か、しかしこの男には潮の匂いがこびり付いている。小次郎の鋭い嗅覚が、たちどころに男の素性を読み取っていた。
「相馬の小次郎将門殿とお見受けする」
男は小次郎の名を呼んだ。会った記憶もなく、名乗った覚えもない。
「驚くことはない。碧き獅子に乗る滝口など、貴公以外に居るまいて」
男は小次郎の左肩を親しげに叩いた。殺気がなく、何ものにも変え難い出逢いに満悦する笑顔であった。
不思議な男だ。
小次郎はその男の放つ光と、自分の持つ何かとが共鳴している気がした。
「我が名は藤原純友」
「藤原純友!」
途端に一陣の風が吹き、男の身体が宙に舞った。
見上げれば、頭上に超低空でシンカーの群れが舞っている。
そこから垂らされたケーブルに掴まりつつ、純友が叫ぶ。
「会い
野太い声を韻々と響かせ、純友は夜空へと消えて行った。
「将門殿、怪我は無いか」
目の前を去って行く
短く礼を言った後、小次郎はまだ暫く夜空を見上げていた。
(あの男が、藤原純友か)
将門と純友の、初めての邂逅であった。