『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」   作:城元太

5 / 9
第拾五話

 夕刻の空に、(ねぐら)へと帰投するプテラスが4機舞っていた。マグネッサーの響きが夕日に呑み込まれていく。赤銅色に染め上げられる車宿(くるまやどり)の端、小次郎はディバイソンの牽く牛車の元に佇む都人の姿を見止めた。声を掛けようと近づくが、その人は静かに和歌(うた)の詠唱を始めていた。

「――久方の 緑の空の 雲間より 声も仄かに 帰るプテラス――

……おひとが悪いのう将門殿。その様な場所に居らずこちらに御出でなされ」

 暫し都の幽玄に浸っていた小次郎は、足音を潜めて進み出る。

吟唱(ぎんしょう)に聴き入っておりました」

 素直に心の内を吐露する。藤原師氏(もろうじ)は無言のまま苦笑していた。陰に潜んでいた後ろめたさもあり、小次郎は言葉を繕う。

「御尊父忠平様には一方ならぬ御恩を受けました。また蔵人頭殿にもお世話になっております。都は屋敷の中と(いえど)物騒(ぶっそう)ゆえ、少しでもお護りできればと」

「私などせいぜい従四位止まりの身、お気になさるな。それに将門殿とはほぼ同輩ゆえ、堅苦しい言葉遣いは抜きに願いたい」

 摂政忠平の四男にありながら、師氏に気負った様子は見受けられない。視線を空から地上に移し、小次郎に歩み寄る。

「どうです、滝口は慣れましたか。判らぬ事があれば何なりと問うてくだされ」

「毎日無聊(ぶりょう)(かこ)っております。これでは腕が鈍ってしまいます」

 都は暫く平安であった。無部(むべ)も無い。海賊衆を鎧袖一閃で払い除けた碧い獅子に、群盗も鳴りを潜めたのだ。小次郎は左の腰に提げた鎬造(しのぎづくり)の古太刀に左手を当てる。

「さすれば師氏殿、桔梗の前について何か御存知で在らせられるか。私が都に上がった時、我が愛機の村雨ライガーを狙い襲ってきた女群盗です」

 師氏が深い嘆息をついた。改めて小次郎の顔を見つめる。

「貴殿は桔梗の前とやり合ったのか。道理で海賊衆も手が出せぬわけだ」

 師氏は驚嘆と畏敬の表情を浮かべた。

「私も詳細は知らぬが、彼奴は土蜘蛛の新城戸畔(にいきりとべ)の一族と聞く。群盗の女頭目で、検非違使も太刀打ちできぬ輩、噂によれば下野(しもつけ)の生まれとも。坂東では女も男も荒々しいな」

 笑いながら語る師氏を横に、小次郎は改めてあの女群盗の姿を思いだしていた。桔梗紋の示すものは陰陽五行に繋がる星紋(セーマン)を示す。下野の唐沢山には、奇門遁甲の城が聳えると聞いていた。妖しい美しさを秘めた女であっただけに、小次郎は不思議に納得をしてしまっていた。

「下野といえば、俵藤太のエナジーライガーは、いま追捕の対象となっておったな」

 藤原秀郷=俵藤太は、下野の掾の位まで登り詰めたと聞いていたが、(そぞ)ろに公儀への反抗を繰り返していた。小次郎は思わず声をあげる。

「秀郷殿が、ですか」

 幼い日、父良持と共に見た悲痛な光景が蘇った。

 詳しい罪状はわからない。良持も仔細を息子に語る事はなかった。

 小次郎の記憶の中で、十八人の従類と共に追捕の舎人に捕縛され、鋼鉄の鎖にぐるぐる巻きにされた哀れなエナジーライガーが夕日に解け込みながらグスタフの荷台に牽かれて行った。少年小次郎には、エナジーライガーの関節にまで食い込んだ鋼鉄の鎖が、東夷と見下される坂東武者の屈辱として目に焼き付いていた。下野の土豪ゆえ、その地の治安を保つため公儀と衝突したのかもしれない。

「将門殿はお知り合いであったか」

「いいえ。ただ一度だけ姿を見たことがあるだけです」

 あの日の秀郷はしかし、精悍だった。エナジーライガーの脇、ほぼ野晒(のざらし)の荷台の上に繋がれた秀郷は、周囲に鋭い眼光を放っていた。瞳に秘めた屈辱を、少年将門に読み取る事などできなかったが。

「桔梗と俵藤太は繋がりがあるとの噂もある。私は将門殿のように坂東の民すべてが野蛮などではないと信じているが、概して都人は田舎人を卑下したがるもの。用心なされよ」

「お心遣い、痛み入ります」

 秀郷追捕を知った小次郎の中に、暗澹たる思いが広がっていた。

 

 夕刻。

 その日は伊和員経の操るディバイソンと共に、都の定時の警邏を行っていた。東の市で騒擾との知らせが入り、小次郎は村雨ライガーを駆って指示された場所へと向かう。

 起こっていたのは、傀儡(くぐつ)衆を集めて酒宴を繰り広げている無頼達の姿であった。既に都の風紀は乱れ、群盗ではないものの紙一重の無頼の者は散見されていた。小次郎たちのゾイドが到着すると、滝口のゾイドと分かった途端、下卑た嗤いを投げてきた。

「都の往来で酒宴を開くなど迷惑千万、即刻宴を解くように」

 勤めにより声をかけるものの、若い小次郎の言葉など聞く様子もない。遅れて到着したディバイソンの員経も同様で、酒宴は更に盛り上がりを見せてしまっていた。

(これならば、まだ群盗と戦った方がましだ)

 小次郎は閉塞した状況を破る術を知らなかった。

 無頼の中で男が立ち上がり、盃を持って寄ってくる。

「お若い滝口殿、いかがですかな」

 噎せ返るような酒の臭気の中、その男は不釣り合いな気品を保っていた。小次郎は直観する。(この男は酔ってなどいない)。

 男は哄笑しつつ盃を自ら飲み干した。

「失敬失敬。お立場上お困りであろう。この宴は吾が催したもの、すぐに引き上げる故、許されよ。是基、引き上げだ」

 その一言を機に、無頼衆は一斉に宴の引き上げを始める。鮮やかな手際に、小次郎と員経は呆気にとられた。

「今宵は貴方とお知り合いになりたくてのう」

 相変わらず不敵な笑いを浮かべる男の肌が赤銅色に光っている。

 地底族か、しかしこの男には潮の匂いがこびり付いている。小次郎の鋭い嗅覚が、たちどころに男の素性を読み取っていた。

「相馬の小次郎将門殿とお見受けする」

 男は小次郎の名を呼んだ。会った記憶もなく、名乗った覚えもない。

「驚くことはない。碧き獅子に乗る滝口など、貴公以外に居るまいて」

 男は小次郎の左肩を親しげに叩いた。殺気がなく、何ものにも変え難い出逢いに満悦する笑顔であった。

 不思議な男だ。

 小次郎はその男の放つ光と、自分の持つ何かとが共鳴している気がした。

「我が名は藤原純友」

「藤原純友!」

 途端に一陣の風が吹き、男の身体が宙に舞った。

 見上げれば、頭上に超低空でシンカーの群れが舞っている。

 そこから垂らされたケーブルに掴まりつつ、純友が叫ぶ。

「会い(まみ)えることができ、嬉しいぞ。貴方とはまた会うこともあろう。今度は美味い酒など酌み交わそうぞ」

 野太い声を韻々と響かせ、純友は夜空へと消えて行った。

「将門殿、怪我は無いか」

 目の前を去って行く傀儡(くぐつ)の一団を前に、員経が声をかける。

 短く礼を言った後、小次郎はまだ暫く夜空を見上げていた。

(あの男が、藤原純友か)

 将門と純友の、初めての邂逅であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。