『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」 作:城元太
冷たい雨滴が村雨ライガーの碧い装甲を叩いている。天空に聳えるケーブルが黒々とした影となり、鉛色の雲に吸い込まれソラへと伸びていた。
季節は無慈悲に巡っていく。小次郎が都に昇って一年が経過し、藤原忠平は就任以来二十回目の物忌みに入った。
小次郎は上洛以来、出会ってきた人々を思い起していた。主君として仕える藤原忠平は、政治の中心に有り、駆け引きに長けた為政者ではあるが、決して権謀術数を以て政敵を陥れるようなことはなかった。その四男師氏にしても温和な性格で、蔵人所では相変わらず
(都に巣食う悪人とは誰なんだ)
個人に責任の所在を捜してみても、
(朝廷組織の歪みが、民を苦しめているのではないか)
律令の制が定まり百数十年が流れている。民の精気を吸い取る旧来の巨大な官僚組織が、時代の変化に追いつけず、そしてまた形式に囚われた儀礼主義が、政体の硬直化を起こしているのではないかと。
初めは添い遂げたい女の懇願によって仕官を目指した筈だった。しかしいつの間にか、恋した女の顔は、醜悪な都の現実に遮られ霞んでいる。代わりに思い浮かぶのは、あの
(藤原純友よ、貴様は何を為そうとしている)
「将門殿、積み荷は左京区を抜けた。我らが務めはここまでだ。後任の者と交代だ」
ディバイソンの装甲風防を開き、伊和員経が近寄る。見れば車列は羅城門を遠く過ぎ、朱雀大路から
「心配するな。戻るぞ、村雨」
大粒の雨滴が降り注ぐ空を見上げ、二機のゾイドは滝口の詰所へと帰還した。
詰所に戻った小次郎に、厄介事が控えていた。
蔵人所を介して藤家の名で届いた親書には「任意ながらも」との言葉は添えてあるものの「ゾイド五
「やむを得ぬこと。仕方がない」
太郎貞盛は、何度か共にした夕餉の席で小次郎に語る。常陸の国香伯父も、寄進の品を集めるのに奔走しているらしい。小次郎より上位の左馬允であれば、それ以上の付け添えも必要なのだろう。
だが、蒐集された物が庶民の手に渡る様子はなく、届いたゾイドも寝殿の宴に消えていく。
接待と言う詰まらぬ儀礼を催さなければ政務が進まない。
物忌みが行われるたびに滞る。
聡明にも見える忠平でさえ故実の呪縛を解けずにいる。下級官吏に至っては尚更だ。
都は繁栄の裏側で、硬直し切った儀式によって構造が膿んで軋みを上げている。書面を見ながら、小次郎は紙面に皺が寄る程、強く手紙を握り締めていた。
もう一通手紙が届いていることに小次郎は気付いた。差出人を見ると大葦原四郎とある。
「将平か」
整然と書かれた文字は、四郎の几帳面さを忍ばせる。小次郎は故郷の香がする書面を手にすると、滝口に落ちる水音を聞きつつ文面を追った。
「……将門殿、如何なされた」
書面に目を通すにつれ、表情の暗くなる小次郎を気遣った員経が声をかける。小次郎は声を発することなく、力なく頷いた。
書には、小次郎を暗澹たる思いに突き落とす文面が書き連なっていた。
――兄上が鎌輪を発って以来、日に日に常陸の国香伯父や上野の良兼叔父、良正叔父達が下総の所領を蚕食し始めました。最初は領内の部民を徴用するとのことで十数人の奴婢とゾイドを連れて行きましたが、それが戻ることは無く、久慈から那珂に掛けて我ら部民のモルガが雑徭を負わされておりました。
根付くのを待ち侘び、生育させていた若いジェネレーターの樹々も、早々とレッゲルを搾取され立ち枯れの様相を呈しております。鳥羽の淡海から鬼怒の湿地帯にかけ、漸く我らが開墾した耕作地も無慈悲に囲い込まれました。守谷の大木村須賀家八代当主、
三郎兄上のケーニッヒウルフも多勢に無勢のため守り抜く事
兄上の都での仕官を心待ちにしておりましたが、最早検非違使の位など望むべくはありませぬ。
なにとぞどうか、お早いお戻りを――
所領を巡り同族が対立することは珍しい事ではない。在庁官人たる国香が下総に勢を伸ばすのはある程度予測されたことであった。だが殊もあろうに、嵯峨源氏の護と組み、甥の小次郎の所領を奪うとは許し難かった。源護が、
事態は一刻を争う。小次郎は直ぐに身辺の整理を始めた。
(太郎には何と言う)
小次郎の脳裏に都での暮らしを支えてくれた友の顔が過る。だが今はその父親の国香が、自分の所領を奪っているのだ。小次郎は事実を伝えることを避け、都を去る決心をした。
奇しくも、危急を告げる呼子が滝口の詰所に響く。伝令が回廊を慌ただしく駆け回り、詰所に残る滝口の武士達に告げた。
「桔梗の前が群盗を率いて襲来。検非違使の報告によれば敵の装備はロードゲイルに非ず、シザーストーム、レーザーストーム、スティルアーマー、そしてセイスモサウルスの大毅(大部隊)!」
荷造り途中だった小次郎は手を止め、天井を睨む。
願ってもなき僥倖、決着をつける機を得た。
小次郎は愛機の待つ車宿へと駆け出した。