『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第二部「騒擾」 作:城元太
夕日がアースポートの端に懸る。
御簾には、烏帽子を被った蔵人頭藤原師氏の人影が映っていた。西日に目を細め、小次郎は冷えた晩秋の板の間に平伏する。
「相馬殿は
御簾越しの問い掛けは、微かに打ち沈んでいる様であった。
「思えば菅原景行公に薦められ、官職を得て下総に戻る心積もりでありました。然るに郷の鎌輪は今や遅しと
「そうか」
思い詰めた語り口に、師氏はそれ以上引き留めることはなかった。沈黙の後に小次郎は平伏を解き、御簾に背を向けた。
「将門殿、息災に過ごされよ」
回廊の角で振り向けば、簾を上げる師氏の穏やかな笑顔があった。
滝口の馬場に於いて村雨ライガーに旅装を積み込み、帰路のレッゲルを補給する。傍に名残を惜しんでか、伊和員経が歩み寄る。
「坂東に戻られるのか」
「員経殿にも世話になりました。いずれ又上洛の折には御挨拶させて頂きます。お元気でお過ごしください」
だが壮年の滝口は、別れを言いに来たのではなかった。暫しの黙考の後、決意を込めた低い声で告げた。
「お若いながら将門殿には徳があると見込んでの事です。この員経、将門殿の上兵として仕える故に、坂東までの同行を許してもらえますか」
唐突な申し出であった。
「滅相もない、私如きが伊和殿程の方を臣下にしようなどと。過分なお気持ちだけ受け取っておきます」
小次郎は当惑し、員経の顔を凝視する。作業の止まってしまったレッゲル注入用の水瓶を小次郎から受け取り、員経は村雨ライガーへ補給をしながら語った。
「驚かれるのも無理はない。だが思いつきで申しているのでもありませぬ。小生には最早都にいる意味を見出せなくなったのです」
水瓶を持ち替え、員経は故郷と覚しき方向を見つめた。
「と言うのも、播磨に残してきた家内と娘が先の便りにて身罷ったと知ったのです。海人系の渡来人が持ち込んだ質の悪い
どうか、小生の願い
小次郎は固辞して首を振るが、員経は静かに村雨ライガーの頭部操縦席を見上げ、そして改めて小次郎を見た。
「ではお伺いします。共に出立される
小次郎は口を噤んだ。
「怪我人を抱えては道中いろいろと難儀されるであろう。幸いにしてディバイソンは頭部操縦席の他、背部の後方警戒及び対空要員席があり、簡易の
密かに桔梗の前を坂東まで逃す筈であったのだが、既に伊和員経には見破られていた。
「御心配召さるな。密告する心積もりであれば到にして居ります。万一見つけられても、そこはほれ、小生の娘とでも誤魔化してやります。宮仕えが長かった分、将門殿よりは
(確かに自分は言い訳が苦手だ)
小次郎は令外官である滝口の武士に勤める間、坂東訛りの不便さを痛感してきた。
伊和員経であれば信頼できる。これまでの務めの中で、それは実感していた。
「宜しく、お願いします」
伊和員経は一息つくと、穏やかに笑う。
「小生も出立の準備は整っております。ではホバーカーゴの手配などはお任せください、将門の
それまで同輩として勤めて来た年長の武士に、〝
*
純友の座乗する旗艦ホエールキングの周囲に6本の水柱が次々と立ち上がる。
瀬戸の
「安芸の連中め、ハンマーヘッドを持ち出してきやがった」
「元は
「追捕北海凶賊使に近衛少将小野好古が任じられるとの知らせがある。越智の村上どもも怪しい動きを始めていた。おおかた備前介の藤原
近傍に激しい爆発音が響く。一瞬肩を竦め、純友は恨めしそうに天井を睨んだ。
「『賊を以て賊を伐つは軍国の利なり』がソラの連中の戦術、安芸の衆もまんまと策略に乗せられおって。時成、格納庫の菌苗は無事か」
「被弾はないが、このままではどこまで持つか。
頭よ、一体何なんだあの妙な
「あれはラウス
「分からん!」
津時成は苛立たしく舵輪を蹴とばした。
「父上、恐ろしうございます」
純友の腰の後ろから、息子の重太丸が震えながら抱き着いてきた。
「お前は間もなく元服し
心配するな、時成の舵捌きに任せておれば命中する事などない」
「これは畏れ多い」
津時成は思いきり舵輪を回し、刹那に重太丸を振り返る。
「頭にそういわれちゃ命中されるわけにはいかんな。砲撃手、連装エレクトロンキャノンで牽制。恒利ジジイの援軍はまだ来ないのか」
〝ジジイで悪かったな〟
通信機に不服そうな声が届く。電探には味方機を示す光点が一斉に点った。
「恒利、遅いぞ」
〝ハンマーヘッドは我らウオディック、シンカー、ブラキオスに分が悪いのは存じておろうが。これでも精一杯で駆けつけて来たのだぞ〟
通信に混じり、ホエールキングの装甲の外側を韻々と響かせる低周波の音響が伝わる。ウオディックの口腔から発射されたソニックブラスターが、水を媒介して僅かにホエールキングに伝わって来ていたのだ。幾つかの水中爆発の轟音が響き、数機のハンマーヘッドが撃沈されたことがわかる。
〝時成、ホエールキングの舳を
「策があるのだなジジイ」
〝この藤原恒利の指示に従え、悪いようにはせぬわ〟
再び毒づきつつ、時成は舵輪を逆転させる。マグネッサーシステムとイオンブースターの併用によりハイドロジェット航行を行う巨鯨の機体が、水流を逆巻き軋みを上げて変針する。
瀬戸の難所、海底の渓谷ともいえる屋島・
猛烈な弾幕が一斉に撃ち上がり、浮上した鋼鉄の撞木鮫を貫く。高出力ビームキャノン砲、12連装小型ミサイルランチャー、3連装魚雷ポッドの一斉発射が、全てのハンマーヘッドを呆気なく海峡の藻屑として葬っていた。
「恒利、何をしたのだ」
急転直下の逆転劇に、さしもの純友も驚嘆する。
〝なあに、屋島の沿岸に手下のシーパンツァー部隊を潜ませていただけの事。さすれば、安芸の
無線の向こう側で渇いた笑いが響く。老獪な海賊に抗うには、新興海賊衆の藤原倫実では荷が重すぎたのだった。
周囲に敵影の無い事を確認し、純友はホエールキングの浮上を命じる。
天に向かうにつれ太さを増していく軌道エレベーターケーブルのテーパー構造が夕日に映える。
「今度はいつ都に連れて行って頂けますか」
しがみ付き震えていたことも忘れ、少年は汚れなき瞳を父に向ける。
「ラウス肉腫ウィルスの培養に成功の後、
母が待っておる。重太丸、日振島に戻るぞ」
潮風が父子二人の頬を撫でていく。
純友の率いる海賊衆は、揚々として日振島へと
第二部「騒擾」了