赤く白くゆらゆらと ~嘘企画版~   作:笛のうたかた

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今年は投稿したよ!


嘘企画な火種

 

 

 【――Another side――】

 

 

 

 アインツベルンの夜は静かだった。雪に音が吸い込まれる様子はまるで静寂が降りしきるようであった。それを白とするなら、冬木の夜は黒だ。日が暮れてなお人の営みは衰えを知らず、文明の歯車が埠頭にまでその音階を響かせる。

 

「切嗣って、タバコ吸うのね」

「……昔は愛用していたけど、アイリと会ってから吸ったことはないよ。身体にいいものじゃないし」

「でも久宇、舞弥さん? は用意していたんでしょう? 身体に悪くても、その舞弥さんは必要だと思ったのよね? 切嗣もここまで持って来ちゃったわけだし?」

「…………つい昔の癖でね。でも今はもう必要ないから、後で捨てておくよ」

「ふーん、切嗣はせっかく舞弥さんが用意してくれた物を簡単に捨てちゃう人なんだ?」

「………………アイリ」

 

 背後で繰り広げられる夫婦の攻防にセイバーは口の端を緩ませた。

 夫の不貞に目を光らせる妻の如し。だがアイリスフィールの口調に毒気はない。

 実際に嫉妬しているわけではなく、嫉妬する妻という役柄を楽しんでいるようである。ホムンクルスとして造られた彼女にとって、知識でしか知らない行為をなぞることも大切な経験になるのかもしれない。

 夫婦のじゃれ合いが一段落した頃を見計らい、セイバーは既に疲れた様子の切嗣へ声をかけた。

 

「今更ですが切嗣、このまま敵が現れなければどうしますか?」

「来るさ。来ないはずがない。名門の魔術師は見栄(プライド)の塊だ。今回の聖杯戦争には遠坂時臣以外にも、時計塔のロード・エルメロイが参戦している。これだけ(・・・・)挑発されてじっと潜んでいるなんて、彼らの矜持が許さない」

 

 ――莫大な魔力がセイバーを中心に渦巻いている。

 

 明確な力として発現せず、ただ己の魔力を全身に充溢させる。人払いの結界を敷いた空っぽの埠頭で、完全武装のセイバーはまるで太陽の如くその存在を輝かせていた。

 

「あの赤い服の少年をアサシンと仮定すると、受けに回るのは危険だ。工房に籠もって知らない間に寝首を掻かれるのが一番怖い。……だから、敢えて注目を浴びる。他のマスターとサーヴァントの前で暗殺を実行すれば存在の露見に繋がるし、そのリスクを無視したとしても、警戒しきりの僕たちよりは無防備な背中を狙いたくなるだろうさ」

 

 現時点で、切嗣はアサシンの奇襲を防ぐ術はないと断じた。

 情報が足りない。必要なのは、観察する時間。

 アサシンの真名か気配を隠蔽する絡繰を見破れなければ、何もできないまま聖杯戦争が終わる。

 故にこれは時間稼ぎ。セイバーは騎士として真っ向勝負を挑めばいい。その間にアサシンの介入があればこれを防ぎ、なければ正々堂々敵を打ち倒すだけ。

 

「……実にシンプルな策ですが、シンプル過ぎませんか。このままサーヴァントが釣れたとしてもアサシンが現れるかは不明。暗殺よりも(けん)に徹し、手の内を探るだけに留まれば本末転倒でしょう」

「確かにそれが合理的決断だ。戦わず、姿も見せず、情報に執着し、疲労を誘い、隙を窺う。暗殺者の本分だ。――だけど、アインツベルンに侵入した時もそれは同じ」

 

 埠頭に煙る闇を見透かすように、切嗣は両目を眇める。

 

「僕たちが想像できる範疇において、アサシンの行動は合理性を欠く。自らの優位性を捨てる必然がない。だとすれば、その行為には非合理的な余分が含まれると考えるべきだ。思想か、美学か、余裕か、性格か、ただの考えなしか。……人間は、機械じゃないからね」

 

 どこか自嘲気味にそう告げた男の傍らへ、アイリスフィールが寄り添う。

 支え合う夫婦を視界の片隅に捉えながら、セイバーは吐息を押し殺した。マスターたる男の言葉に、胸の奥で心臓が波打ち、軋んだ。

 違う。衛宮切嗣は、アルトリア・ペンドラゴンとは違う。戦闘機械に等しい冷徹な思考を持ちながら、切嗣は人の心を理解している。大を生かし、小を殺しながら。同じような選択をし続けたアルトリアとは逆に。“人の心が分からない”。そう嘆かれた自分と違って。

 それとも。

 それとも、理解したのか。

 理解できるようになったのか。

 戦場では余分な思考であるはずの心を、捨て去ったはずの情を、切嗣は取り戻したのか。

 そんなことが、可能なのだろうか……?

 夫の支えとなる妻の姿を、セイバーは見つめた。見つめて、そっと頭を振る。

 益体もない。どうしようもない。毒にも薬にもならない考えを振り散らす。

 

「!」

 

 不意にセイバーは表情を引き締め、彼方を見遣った。

 

「切嗣。一騎、近付いています」

「来たか。待ちくたびれたよ」

「纏めましょう。アサシンの介入を前提とします。私の役目は敵サーヴァントと戦いながらアサシンの警戒。目的は戦闘での勝利ではなく、切嗣とアイリスフィールの護衛。理想は他の陣営をアサシンが襲う間に対策を見つけること。間違いありませんか?」

「相違ない。積極的攻勢に見せかけながら、真実は消極的防衛。できるだけ長引かせろ。……本音を言えばもう何騎か釣りたいところだ。是非派手にやってくれ。僕は名誉だの誇りだのを理解できない人間だが、戦争で英雄が持て囃される事実は否定しようがない」

「……何が言いたいのですか?」

「衆目を浴びるのは得意だろう、と言っているのさ。可愛い騎士王様?」

 

 毒がある。棘がある。セイバーは秀麗な眉を顰めた。頑なな態度こそ薄れたが、衛宮切嗣は根本的に騎士という人種が嫌いらしい。

 だがセイバーと切嗣の間にピリリと張り詰めた冷たい空気を、更に寒々しい空気が断ち切った。

 

「……切嗣――?」

 

 その、声。

 ギシリと男の総身が凍り付き、対岸の火事たるセイバーでさえ冷汗を禁じ得ない、荒涼とした声。

 

「ねえ、切嗣。本音と建て前は使い分けるものよ。違うかしら? 私、処世術としてあなたからそう教わった気がするのだけど、記憶違いだった?」

「……あ、ああ。その通りだアイリ。僕が間違っていた。すまないセイバー、謝罪する」

「え、ええ。分かりました。謝罪されるというなら、私が受け取らぬ道理はありません」

「よかった! これで二人は仲直りね!」

「「……」」

「ね?」

 

 こてりと首を傾ける挙措の、なんと恐ろしいことよ。

 母は強し。

 本当に、アイリスフィールがいてよかったと、震え上がりつつもセイバーは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 【――Side on Assassinators――】

 

 

 昼時。

 アサシンの持ち込んだ情報から綺礼は時臣陣営へ渡す内容の取捨選択作業に精を出す。更にその裏付けを取るよう教会スタッフに指示するなど、全てを遅滞なく済ませた綺礼は空腹に席を立った。

 

「……」

 

 思ったより暇だ。

 いやこの表現は誤解を招く。余裕があると言うべきだろう。

 直接的な脅威となるサーヴァントの情報収集がアサシンの手により大よそ片付いてしまった。真名や切り札など探るべき項目はまだ残っているが、より深い情報は一朝一夕に行かない。間桐、アインツベルンなど個別に貼りつき誰かが口を滑らせるのを待つことになる。

 

 ……私としてはアインツベルンを探りたいところだが。

 

 “魔術師殺し”、衛宮切嗣。

 さながら綺礼の心を映すように、時臣から借りた資料は片付けられることなく、テーブルの端を占有する。それは渇望の表れである。何一つ執着を持たない綺礼が抱く、一筋の希望と同義である。衛宮切嗣が何を聖杯に望むのか、その願いこそが言峰綺礼の魂を形成するピース足り得るのではないか。綺礼はそんな身勝手とも取れる期待を捨てられずにいる。

 しかしアサシンが既にやらかしたらしい。姿を見せて遊んだ、と備考に記されていた。それ以外は完璧にこなしているアサシンの意図がここだけ不明瞭で、不可解だった。時臣と璃正の手によりマスターの情報は集められたため、サーヴァントの調査に絞るのは間違っていないが、綺礼としてはもどかしくもある。

 

「アサシン」

 

 虚空へ呼びかけた。パスを通じた伝声の魔術によって契約したサーヴァントに己の声が……。

 

「……」

 

 届かない。

 それ以前に魔術の手応えがない。

 綺礼を無視したのではなく外からの干渉(魔術)無視(透過)したようである。

 そんなに邪魔されたくなかったのかと、ここ数日で多くなった溜息を一つ。

 綺礼にここまで呆れの念を抱かせる奔放さは驚嘆もの。

 つくづく、あのサーヴァントは聖杯戦争に参加している自覚が乏しい。

 やむを得ず地下工房から一階のリビングに移動した綺礼は、壁際のソファにぼんやりと座るアサシンを見つけた。コートを脱いだラフな格好だ。見目良い少女を隣に侍らせ、武装を解いた姿は若者が憧れる理想のカップルとやらに見えなくもない。

 ただし見てくれはともかく内実は鬼畜とその被害者であり、少年の肩にもたれかかる少女の目が虚ろだったり素肌にバスローブを着せられていたり手慰みに尻をまさぐられていたりするが、まあ気にしてはいけない。

 魔術世界の闇を思えば純潔の一つや二つは安いものだ。命どころか五体満足なのだから、不平すら烏滸がましい。

 仮にも神父なので、綺礼は小さく十字を切って神に祈った。哀れな少女に幸あらんことを。

 お祈り終了。

 

「さて、アサシン。お楽しみのところ悪いが報告の内容に疑問がある」

 

 今度はあやすように少女の頭を撫でていたアサシンが赤紫の目を瞬かせた。小首を傾げる動作すらなかったが、視線だけは綺礼に向けられたため話を聞く気はあるらしい。

 

「なぜ、セイバーとそのマスターに接触した? 戦力評価をするなら他陣営にも接触せねばおかしい。だが小競り合い程度としても直接刃を交えたのはセイバーだけ。理由を説明せよ」

「…………」

 

 ここで答えを急いてはならないと綺礼は学んでいる。アサシンは、言葉を尊ぶ。本人がそう思っているかはともかく、その節がある。元から多弁な性質でないことも災いし、殊更に鈍く見えるが、頭の巡りは悪くない。

 悪くないどころか、相当に切れる。

 はずである。

 赤紫の少年は記憶を辿るように目を細め、うっすらとその唇を微笑ませた。

 

「…………セイバー」

「ああ」

「…………可愛かった」

「……」

 

 また、女か。

 綺礼は、今度こそ頭痛を覚えた。

 英雄色を好むとて、気が多すぎではないか。

 もはやそれ以上の問答をする気にも慣れず、米神をグリグリ冷蔵庫に向かう。アサシンのたわごとに付き合うより空腹を解消した方が時間の有効利用である。

 

「話は変わるが、魔力の補充は?」

 

 それまでの会話をなかったことにして問いかけた。冷蔵庫の中身は思った以上にスカスカで――アサシンが嗜好品の類を食い尽くしたに違いなく――後ほど補充せねばと頭の隅にメモを張る。

 

「…………回路。開いた、だけ」

 

 目にも眩しい純白の牛乳をグラスに。フライパンに黄色いバターの塊を放り込み、火をかけつつ少量の白砂糖と卵を溶く。

 

「…………魔術とか、教えられる?」

「人には向き不向きがある。その娘を生贄ではなく魔術師に仕立てたいならまともな人選をしたまえ」

 

 ジュゥジュゥと熱くとろけるバターの香りが室内に漂った。そこに六枚切りの食パンを投入し、適度に両面を焦がしながら満遍なく溶き卵を振り撒く。二枚焼きを三度繰り返し、最後にベーコンを軽く炙って皿に盛れば、簡素ながらもフレンチトーストが降臨する。

 いつの間にかアサシンが横にいて、瞬きの間にリビングへ消える光景にはもう慣れた。英霊の身で空腹も無かろうに、食い意地が張った奴なのだ。リモコンでテレビを点けてアニメを探し始めるが、朝早くから見つかるわけもなく、憮然とした無表情でニュース番組に落ち着いた。

 原稿を読み上げるアナウンサーの平坦な声音をBGMに、アサシンが赤紫の目を綺礼に向ける。

 

「基礎の、基礎でも。…………無理?」

「やけに拘るな。明確な理由があるなら私も否とは言わないが」

 

 アサシンが少女の手を引いてテーブルに連れてくる。少女が身に付けていた制服は洗濯したのか、それとも使えなくなったのか、寝間着用の白いバスローブを纏っただけのあられもない姿だ。膝下までの丈から素足が覗いている。綺礼に女物の下着を用意した覚えがないので、恐らく替えはない。

 

 ……教会スタッフに服ぐらいは用意させるか。

 

 下着すらまともに着られず、心労に加えて体調まで崩されては返って面倒だ。ついでに上手いこと話を運んでアサシンに恩を着せたい思惑もある。

 少女は食欲が湧かないのか、トーストを見つめたまま動かなかった。アサシンが牛乳入りのグラスを持たせると、それが命令だと思ったのか、恐る恐るアサシンの眠たげな無表情を――早くもフレンチトーストにかじりついている威厳の欠片もない横顔を窺い、ベーコンを口に運ぶ綺礼の様子を見て、グラスに視線を戻し、ちびちびと舐めるように飲み始める。怯えた小動物の風情。

 

「それで、教える理由は」

「…………面白いと、思う」

 

 トーストは満足いく味だったらしい。早くもアサシンは二枚目に手を伸ばした。ニュース報道が次に移る。年頃の少年少女と綺礼。三人でテーブルを囲む風景は家族の団欒に見えるか否か。無意味な自問に眉をひそめつつ、食事を進める。

 

「面白いでは何も伝わらない。お前はもう少し言葉を砕くことを覚えろ、アサシン」

「それは、もう。…………数え切れないぐらい、言われた」

「なるほど。死んでも治らなかったか」

 

 筋金入りだな、と綺礼は溜息に代えて呟く。

 

「じゃあ。…………起源と、属性だけでも」

「そこまで気にかけるだけの何かがあると?」

 

 綺礼は少女に目を移す。内容はともかく、自分が話題になっていることぐらい理解できるだろう。少女は綺礼の視線にビクリと震え、今すぐテーブルの下に隠れたいのがありありと分かる表情で身を縮こまらせた。

 

「……まあ、いい。簡単にではあるが調べておく」

 

 アサシンを働かせるには対価を用意し、取引の形で依頼することが肝要だ。聖杯戦争のためという題目では少年の姿をした英霊は動かない。だが翻って、明確な利益さえ提示できれば、これほど使いやすい駒もない。

 かの英雄王を動かす労苦に比べれば、格段にハードルが低いのだ。

 

「だが、起源と属性が分かったところで今回の聖杯戦争に寄与するものはなく、そのような余事に手を尽くしているほど私も暇ではない」

 

 つい先ほど暇だと感じた事実を一片も匂わせず、いけしゃあしゃあと綺礼は続ける。

 

「私に無駄な手間をかけさせる分は働いてもらう。異論は?」

「…………ない」

「ならば、いい。今日は間桐の屋敷に向かえ。だが、バーサーカーの調査ではない」

「?」

「間桐臓硯」

 

 冷やりとした空気が食卓に漂ったような気がした。

 臓硯の名はただ口にするだけで不吉を運ぶ。そう信じられるほど禍々しい言霊と化しているように、綺礼は思う。

 

「魔術を継ぐ者がなく、師は間桐の第四次聖杯戦争への参加はないものと見ていた。だが蓋を開けてみれば出奔したはずの間桐雁夜を呼び戻し、マスターに仕立て上げている。あの老人の思惑が見えない」

「…………気まぐれ?」

「それなら私の杞憂で済む。時臣師もそこまで重く見てはいないようだ。しかし、何らかの陰謀を巡らせているなら、先に潰さねばならん。間桐雁夜が参戦を決めた理由も不明瞭で、教会の調べによると十年以上間桐家とは絶縁状態だった。……セイバーを擁するアインツベルンは第三魔法。ランサーを従えたロード・エルメロイは協会の魔術師足らんとして。ライダーを召喚した協会の学生は、恐らく実績を欲して。それぞれの思惑は違えど聖杯戦争に参加する動機らしいものはある」

 

 だが様子見に徹するはずだった間桐が、急に方針を変えた。その理由が知りたいと綺礼は語る。

 

「急造の魔術師が勝ち残れるほど聖杯戦争は甘くない。熟練の魔術師である時臣師、ロードの名を冠するアーチボルトの当主、悪名高い魔術師殺し……。この三人を相手取ると言うだけで大概の魔術師は尻尾を巻くだろう。にも関わらず参加を決めた。そうするに足るだけの願いがあるとすれば、それは何なのか。その辺りを重点的に調べろ」

「…………綺礼」

「どうした」

「…………やっぱり、いい」

 

 ? と綺礼は首を傾げた。口数こそ少ないが、この暗殺者が言葉を濁すのは珍しい。

 気になる。妙に、気にかかる。家具の配置が知らぬ間にほんの少しずれているような違和感。

 

「アサシン――」

 

 迷わせた言葉の先を追及しようとした、その時。

 グラスの割れる甲高い音が卓上を切り裂いた。

 

「…………奏絵(かなえ)?」

 

 こぼれた牛乳が床を汚す。アサシンに呼びかけられた少女はしかし、グラスを取り落としたことにも気付かないほど呆然とした表情で、テレビを凝視していた。

 

《――速報です。今朝早く、冬木市の民家で遺体が発見されました。新聞配達の男性が血の臭いを感じたと警察に通報したとのことです。まだ詳しい情報は入っておりませんが、一家は夫婦と子供二人の四人家族で、昨日までは普通に過ごし……え? いえ、失礼しました。一家の長女は先日から行方不明で、捜索願が出されていたようです。警察からはまだ何の発表もありませんが、冬木市で連続する二件の殺人事件との関連が疑われます。住民の皆様は夜、決して出歩かず、必ず施錠を確認し――》

 

「わ、たし、の……家……」

 

 現場の様子が映る。黄色いテープで封鎖線が張られ、警察車両が何台も停まった、どこにでもありそうな住宅街の一軒を、テレビが映している。

 え、でも、うそ。え、なんで、うそ。そんな意味を成さない言葉が少女の口から吐きこぼれ、際限なく床に降り積もる。アサシンが普段の茫洋とした態度をどこにやったのか、静かだが剣呑な眼差しをテレビに向け、少女に近寄りその頭を抱き寄せた。

 電話が鳴った。綺礼は嫌な予感がした。アサシンと少女を視界に収めたまま、黒電話の受話器を取った。

 

「私です」

《綺礼、連絡が遅れてすまない。『霊器盤』がキャスターの現界を示した。恐らくは昨夜の内だろう》

 

 父、璃正が告げた台詞に、聡明で知られる綺礼の頭脳は、一呼吸の間その活動を止めた。

 底知れぬ赤紫の瞳が綺礼を見ている。かの英霊は音と光、あらゆる粒子と波動を支配する。受話器から漏れ聞こえる声程度、聞き逃すなど有り得ない。

 

「綺礼」

 

 気配はない。重圧もない。

 

「キャスター。調べるから」

 

 ただただ、絶対の響きを帯びた声音に、綺礼は反論する術を持たなかった。

 

 

 

 





贄の娘は運命を外れた。辿り着く未来(さき)は誰も知らない。


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