呉鎮守府 提督執務室
「本日より、鎮守府陸戦警備隊に配属されました、神崎覚です!若輩者ですが、よろしくお願い申し上げます!」
神崎が陸戦警備隊の藍色の警官のような制服に身を包み、この鎮守府のボスである提督に敬礼した
「話は今川から聞いてるよ。私はこの呉鎮守府を預かる藤田十蔵である」
そう答えたのは初老の老人だった
キチンと手入れされた白いあごひげ、衰えつつも熊のような大きな体格、その眼光は恐ろしく鋭い
「では、早速だが、鎮守府の案内をしようと思う。本来は教育担当の酒田軍曹がやるはずだが、あいにく警備隊は全員出払っててね、代わりに秘書艦に任せようと思う。川内、頼むぞ」
「オッケー、提督任せて」
提督の脇に立っていた二十代始めぐらいの少女が前に出た
「私は軽巡川内。ここの秘書艦もやってるわ。今日はよろしく」
快活そうな少女だ。神崎の第一印象はそれだった
肩口まで伸ばした黒髪に活発そうな顔つき、活力に満ちた瞳は黒曜石のように光り輝き、モデルのようなバランスのとれた肢体をフリルのついたオレンジ色の改造されたセーラー服のようなものをきている
手に持った深海悽艦を一撃で吹き飛ばす酸素魚雷さえ持ってなければ世の男子高校生がほっとかないような美少女であった
「今日はよろしくお願いいたします、川内さん!」
「川内でいいよ。さっ早く行こ行こ!」
神崎は川内に引きずられるように外へ出て行った
「さて、神崎さん。まずこの鎮守府に来たからにはいくつか守って欲しい事があります」
「何でしょう」
「艦娘との恋愛禁止、お触りも盗撮も匂いを嗅ぐのも出汁を取るのも禁止です」
「はい、わかりました!」
基本艦娘と内部関係者、警備隊や民間業者とは基本惚れた腫れた関係になることはNGであった
これは艦娘に無駄なストレスやトラブルを無くすための配慮でもある
「うん、素直でよろしい!で、ここが艦娘の寮、手前が駆逐艦寮その奥に巡洋艦寮、次が戦艦、空母、特殊艦艇寮ね、入り口に看板あるからよく見てね」
「質問よろしいでしょうか」
「うん、許可する」
川内はあまり軍人と接した事がないのか、楽しそうに質問を受けた
「特殊艦艇寮とは、どういう寮なのでしょうか?」
「うん、特殊艦艇寮は、補給艦とか潜水艦とか揚陸艦とかそういったた子達の寮だね。まだ確認された数が少ないから、外部のお偉い人のお泊まり場所になってたりするけどね」
「なるほど、ありがとうございます!」
神崎はメモを取りながらそう答えた
「で、ここが修練場ね」
次にやって来たのは内陸に作られたプールのような施設だ
艦娘は水上を移動しながら戦うために実戦に近い環境で訓練できる施設である
「あっ、川内さーん!」
訓練中と思しき少女たちが川内に手を振った
「ここはあなたはあまり来ないと思うけど、あそこの大きな建物、あそこは鎮守府陸戦警備隊の訓練場だから覚えといてね」
「はい!」
「よーし、次行こう!」
「ここは工廠ね、深海鋼を加工したり、新たに装備を作ったりしてるの、基本的に立ち入り禁止ね」
深海鋼は性質上加工する際、強力な放射能を使うため、技術漏洩や悪用を防ぐため内地や民間業者に委託せず、鎮守府での生産加工体制が整っている
「ちなみに、向こうにある建物、何かわかる?」
「はっ、見た所、銭湯に見えますが……」
「あれは入渠ドック、傷ついた艦娘が傷を癒す場所。みんなお風呂とか病院って呼んでる」
神崎の中でお風呂と病院という言葉が一致しなかった
「あそこは医療用微細機器《ナノマシン》を使って艦娘達が傷を癒すの。手順の関係上艤装や服を脱ぐから、男性は提督であっても近づいちゃダメ。最悪その場で死刑執行だよ」
「はい、覚えておきます!」
入渠ドック=死刑とメモ帳にメモした神崎だった
「やっぱ間宮のあんみつは美味しいなぁ」
現在二人は川内の気まぐれで休憩として間宮というお店に来ていた
ここは娯楽の少ない艦娘達のため給糧艦の二人が開いている甘味屋さんである
「新入りは艦娘に奢るのが習わしだよ!」とかいい、川内は美味しそうにあんみつを食べていた
ひまわりのような満面の笑みを浮かべてあんみつを食べている川内は本当にただの女子高生に見える
「神崎さんま食べないの?美味しいよぉ?」
「はい、いただきます」
川内に勧められて神崎も一口
(んん〜っ?なんだこれ、味が……)
神崎が無理に作った笑顔で美味しいと伝えるとそこへ二人の人が入って来た
「おっ鳳翔さんに間宮さんじゃーん」
「あら川内さん。こんにちわ」
そう答えたのは手元に野菜や食材を抱えた女性だ
茶色い髪を背中に流し、エプロンをしている団地の若奥様といったような風貌かもしれない
「あら川内さん、警備隊の肩とお茶だなんて、青春ですね」
もう一人は袴姿の若奥様だった
黒髪のポニーテールに落ち着いた物腰、少女にはない、大人特有の独特の包容力がある人だ
「始めまして、私は昨日付で呉鎮守府陸戦警備隊に配属になりました神崎覚と申します」
「あら、新人の方でしたか。通りで見かけない顔だと、私は給糧艦の間宮です」
茶髪若奥様、間宮は聖母のような微笑みを浮かべながらそう挨拶した
「私は軽空母の鳳翔です。神崎さん、よろしくお願いします」
「夜になるとここは鳳翔さん経営の居酒屋になるから、今から仕込み?」
「そうですね、間宮さんに手伝ってもらうんです」
「それじゃあ今日は楽しみだなぁ」
川内があんみつを食べながら朗らかに笑った
「鎮守府のメイン設備はこんなところかな、おぬしに教えることは、もうなにもないのぅ……」
艦娘が出撃する波止場で仙台はそういった
「はっ!ありがとうございます!川内さん!」
「もー、固い固い。もっとリラックスして、あたしは川内でいいから」
いたずらっ子のような、輝く笑みを浮かべた。背景の夕日をバックににやける川内はさながら夜の女神、妖しさと鋭さを秘めたその姿は実に美しく、神崎は見とれてしまった
「見た感じ、神崎とあたし、歳近いしさ、楽しくやってこ?」
「はぁ……」
「まぁそのうち敬語とかもやめてくれると信じてるよ」
ニコニコ笑いながら川内は視線を水平線に戻した
「……何を、待ってるのですか?」
「ん?今朝ね、遠征に向かった子たちがそろそろ戻ってくるはずなんだよ」
「遠征、ですか……」
「そう、確か中国から燃料を積んだタンカーの船団を護衛してる子たちだよ。最近やってきた子たちで、みんな同じ睦月型で仲がいいんだよ」
「へぇ、最近……」
「そう、びっくりしたよ。ちょうど製油所地帯の防衛に成功したころだから、一か月ぐらい前かな。いつもなら一人くらいなのに、今回は四人同時だもん。ちょっとしたお祭り騒ぎだったね」
一か月前、ちょうど孤児院から四人が連れ出されたのはちょうど半年前ぐらいだから、訓練期間や様子見で五か月かかったのだろう
「お、見えたよ!」
川内の一言に神崎も視線を水平線に向けた
大型のタンカーが二隻と識別灯が四つ
やがて桟橋に降り立ったのは四人の艦娘だった
「川内さん、第三護衛艦隊、無事帰投しました」
「うん、三日月ちゃんご苦労様。新しく警備隊の人が入ったから出迎えついでに紹介するね」
そういうと川内が神崎を前にやった
「……神崎覚です。元陸上自衛軍所属で、昨日付でこの鎮守府に配属となりました」
神崎は敬礼しながら、寿幸、もとい駆逐艦三日月にあいさつした
(間違いない、腕のミサンガ…まだ持っててくれたのか……)
「……あの、私の顔に何かついてますか?」
「……いや、失礼しました。知り合いに似ていたような気がして、おどろいたのです」
「あら、そうだったのですか」
「なぁ、早く戻ろうぜぇ。疲れたよ」
そこでけだるそうな声を上げたのは赤い淵眼鏡をかけた茶髪の少女だ
(多恵子……だよな)
「だめですよ、もっちーもちゃんとあいさつして!」
「んぁ、望月でぇーす」
「もっちー!」
「よろしくお願いします、望月さん」
「あぁ、望月でいいよ。めんどいし」
「じゃあ次は僕だね!」
望月を押しのけるようにして出てきたのは金髪をツインテールにした活発そうな子だった
「初めまして、僕は睦月型駆逐艦、五番艦の皐月だよ、よろしくね!神崎さん!」
輝く黄金のような、まぶしさすら幻想するような明るい笑顔と活力、髪と同じく
金色の色の瞳は夕日を浴びてさらに輝いていた
(エレナ、だな……)
その金色の髪と人懐っこい印象を受ける声、間違いなくエレナだった
「最後はあたしだねー、あたしはー文月って言いますぅ。よろしくねー」
望月と同じく茶髪にふわふわというか、語尾が伸びるような穏やかなしゃべり
(花梨、か……)
孤児院みんなの癒しだった花梨であった
誰も神崎に何もいわなかった。初めて会った人と接するように、なにも言わなかった
(でも、みんなよかった。ケガもなさそうで……)
神崎は涙をこらえるので精いっぱいだった。自分が命に代えてでも守りたかった少女たちが怪我なく、目の前でおしゃべりしててくれたのだ
「よぉーし!ちびっこども!ごはんにいくぞ!」
オォ~!!と川内を中心に五人が手を挙げた
「では、自分はここで」
「うん、ごくろうさん。なにかあったらあたしか酒田のおやじにいってね」
そういうと川内は四人を引き連れて食堂へ向かった
「……よかった」
姿がみえなくなったとたん、神崎は崩れ落ちてしまった
やはり、少なくない時間を過ごした少女たちから忘れ去られてしまうというのはひどく堪えるものがあった