四宮真琴の心が数年ぶりに動いたのは転校の前日のこと。
真琴は生来、幸運とは言えない運命に振り回されていた。悪運が強いと言えないこともないが、それは本人としては歓迎すべきところでもない。
親の財力は申し分なく、本人の能力は運動が苦手なくらいで学力は高い。小柄ではあるが稀代の芸術家が彫った彫像の如くその目鼻立ちは整っている。ただ、前髪で隠されているが故に根暗な印象しか周囲に与えない。それが仇となった。
「おら、こい」
「助けを求めるような目、すんじゃねぇぞ」
「大人しくついてこなきゃ殺す」
「笑え」
真っ昼間の大通り。真琴は明らかに堅気ではない若者四人に囲まれた。一瞬の出来事だった。
「おいおい、ビビってんじゃねぇよ」
「ちっテメェで歩きやがれ」
腕っ節云々とはほど遠い真琴は血の気が引いて腰が抜けた。それを支えるように腕をとられ、昼間にも関わらず暗い裏路地に連れ込まれる。
そんな時でも真琴は声を発することができない。それは恐怖のせいでもなり、そして怪我の後遺症が仕事して声帯が萎縮してしまったからでもある。
「ぁふぐぅッ! ぉえぅ! ……ふひぃっぁぅ……あぁ」
そしてやっと出た声は、男の一人が放ったボディーブローによって生み出された。
真琴は痛みで一瞬頭が真っ白になったが制御出来ない反射神経によって胃液を吐き出し地面をのたうち回る。痛み、恐怖、痛み、恐怖、同時に、そして交互に自己主張する肉体と精神への圧迫。
(なんでわたしだけ)
(なんでわたしばっかり)
(こわい)
(たすけて)
(だれかたすけて)
(おかあさん)
乱れ飛ぶ思考とも呼べない本能の叫び。
「お。こいつ結構持ってんな」
「なんぼ?」
「五万。可哀想だから小銭は許してやるか」
「あ、じゃあ俺もらうわ」
「アハハ、鬼だな!」
「
「なーにが知恵だよ。単なる強盗じゃねぇか」
「オマエモナー」
真琴という人間は基本的に
「悪者め」
真琴の前に背を向けて立つ男。その男は無駄な贅肉の欠片もない。
「見てたぞ。このクズども」
純粋に動くため、その膂力を発揮するための肉の鎧を纏っていた。
「なんだお前?」
「や、やべぇぞ、こいつバスコだ」
「え」
「なんでバスコが」
真琴からカツアゲしようとしていた不良四人はバスコの次の言葉で速攻で逃げ出すこととなる。
「殴ってやる」
真琴の前に、生まれて初めて白馬の王子が舞い降りた。
輝いて見えた。
入れ墨さえも神々しく真琴の目には映った。
それが、真琴とバスコの出会いであった。