アニーのアトリエ~レギオスの錬金術士~   作:Flagile

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第四話 尾行

 そして夜も明けようかという時間。レイフォンとニーナのバイト先である機関部の付近で私たちは待機していた。

 

「寒いね」

「もう、甘いよ!気合が入ってないよ!」

 

 ミィフィがサングラスにマスク、そしてロングコートという不審者スタイルで言う。

 

「あっ、出てきたね」

「おーい、レイと~ん!」

 

 レイフォンが出てきたので合流する。まだニーナは出てこないようだ。

 

「さて、任務を説明する」

「いや、任務もくそもないぞ?」

 

 まだ続けるつもりのミィフィにナルキが冷静にツッコミを入れる。

 メイシェンは持ってきていた温かいお茶をレイフォンに振る舞っている。

 

「隊長さんは?」

「班長に呼ばれてたから、まだ中にいるはず」

「よしよし……じゃあ、待ってから後をつけてみよ」

「普通に帰って寝ると思うけど……」

「ん~にゃ、訓練が終わってから様子を見てるけど、バイトに行くまで訓練してただけだから、なにかあるんならこの後だよ」

「え?訓練してた?」

「うん、ばっしばしに気合の入ったのをしてたよ」

「たしかに、鬼気迫るという奴だった」

「…………ああ、やっぱり」

 

 レイフォンが何か納得したように呟く。

 

「ん?なんだ?」

「いや、なんでもないよ」

「……あ」

 

 メイシェンの呟きで、四人は一斉に出入り口を見た。ニーナが出てきた。白い息を吐きながら、まだまだ寒いと言うのに武芸科の制服だけで何も羽織っていない。肩に下げたスポーツバッグという姿は訓練が終わった後と何も変わらないように見えた。

 

 暗い中、街灯が落とすオレンジ色の明かりの下でもわかる、ニーナの横顔には濃い疲労の翳りが宿っていた。その様を心配そうに伺うレイフォン。私たちはレイフォンとナルキの指揮のもとニーナの後を追う。こういう時誰よりも率先してやりそうなミィフィもニーナ(武芸者)に気づかれては堪らないと静かにレイフォンの指示に従う。

 

 だが果たしてミィフィだけだったとしても気づかれただろうか?それほどニーナの背中は隙だらけだった。

 

「疲れているな」

 

 ナルキが呟く、それに頷く私達。ニーナが疲れ切っている。それは見れば分かる。問題はなぜ疲れ切っても止まることができないのか、だ。この間の試合で負けたことが直接の原因だと推測はできるのだが、私にはそれ以上分からない。

 

「どうして止まれないのかしら?」

 

 そんな疑問がつい溢れてしまう。返答はない。だが、レイフォンとナルキ(武芸者)には何か感じるところがあるらしく、答えようとして止めたような気配だけがある。

 

「……どこに行くんだろう?」

「だね」

 

 メイシェンとミィフィが首を傾げ合っている。それも疑問ではある。ニーナはずっと都市の外側に向かって歩いていた。ニーナの住んでいるアパートに向かう道はとっくに過ぎている。

 

 ついにニーナは建物が一切ない外縁部にまでたどり着いた。都市の脚部がもたらす金属の軋む音が強い風に乗って、一塊になって迫ってくるようだ。私たちは風除けの樹木の陰に潜んだ。そこから先には身を隠せるようなものはない。放浪バスの停留所からも遠く、あるのは不可視のエアフィルターの向こうで渦巻く、汚染物質を含ませた砂粒の嵐だけだ。

 

 月の姿も見えないほど分厚い雲が不気味に踊る。メイシェンがレイフォンの袖を握りしめるのが見える。ニーナは段の少ない階段を降りて、広場のようになった空き地の真ん中に来ると、肩のスポーツバッグを下ろした。そしてスポーツバッグの中から何かガラスの容器のような物を取り出し、一気に呷る。空になった容器は無造作にバッグの中に突っ込む。

 

「あれは……私のスカッシュティー?」

 

 かなり遠目なので確信が持てないがこの前ニーナが買っていったスカッシュティーなのだろう。その事に眉を顰める。確かに栄養剤として作った物だが、こんな無理をさせるための物ではないからだ。

 

 レイフォンが何か言いたげに私を見る、がすぐにニーナに視線を戻す。ニーナは剣帯に下げた二本の錬金鋼を掴み復元する。まだ訓練しようというのだろうか、そう思う。ニーナは左右に鉄鞭を振り回し、叩き下ろし、あるいは横薙ぎにする。(一般人)の視点から見ても鬼気迫る姿だった。私たちは言葉を発することもなく、ただニーナの姿を見つめている。

 

 ただ見つめていた時の事だった。

 

「無茶苦茶だ」

 

 レイフォンが呟く、唐突な発言に私たちは驚いてレイフォンを見る。

 

「……レイとん?」

「え?でも、すごいと思うよ?ねえ……?」

 

 ミィフィが問い、メイシェンと揃ってナルキを見る。ナルキもまた、レイフォンの言葉の意味がわからないらしく、当惑を浮かべていた。私は一度は気づいたのに見惚れてしまった事実に驚く。

 

「なにが問題なんだ?」

 

 ナルキが問い、レイフォンが答え始める。

 

「剄の練り方に問題があるわけじゃない。動きに問題があるわけじゃない……隠れて訓練していることが問題なんじゃない。武芸者はいつだって一人だ。どれだけ足掻いたって強くなるためには自分自身と向かい合うことになるんだ。それは誰にも助けられない、助けてもらうべきことじゃないんだ。だけど……」

 

 レイフォンは首を振って、何か言葉を探し、そして続ける。

 

「がむしゃらすぎる……このままじゃあ、体を壊すよ」

「それは、そうだな……」

 

 はっと気づいた顔でナルキが頷く、学校に行き授業と武芸科での訓練、さらに放課後に小隊の訓練、訓練後に個人訓練、学校が終われば機関掃除があり、その後にさらに個人訓練、一体いつ眠っているのか?体を休めているのか?この様子では機関掃除のない日は、その時間を個人訓練に当てていそうだ。

 

「どうして止まれないのかしら?体を壊すぐらい分かっているでしょうに……」

「それは……」

 

 私の再びの問いにレイフォンが答えづらそうに言葉をつまらせる。

 

「……あたしは何となく分かるな、この間、手伝ってもらって思った。レイとんは強すぎるんだ。だから、肩を並べて戦うなんて、あたしなんかには到底むりだと感じたな、感じさせられたというか、それ以外にどう思えというぐらいだ。刷り込まれたって言ってもいい。そのことを寂しく感じたし、悔しくも感じたし……正直、嫉妬もした。その力に頼ってしまうことしかできないのは同じ武芸者としては辛いんだと思う。同じ小隊でやらないといけない隊長さんは、あたしなんかよりも強くそう感じたんじゃないかな?」

 

 ナルキが自分の実体験を基にニーナの心境を推察する。

 

「だから一人で強くなろうと?」

「それじゃあ、さらに僕はなにも言えない……」

 

 レイフォンがそう言う。確かにそう言う側面もあるだろう。明確に強い者が弱い者にアドバイスするのは難しいだろう。特にレイフォンのような天才型からすると不可能とすら思えるのではないだろうか。

 

「……どうして?」

 

 それまで黙っていたメイシェンが口を挟む。

 

「え?」

「……隊長さんが強くなりたいのはわかったけど、どうしてレイとんは何もできないの?どうして、レイとんだけで何かしないといけないの?……隊長さんは、勝ちたいから強くなりたいんでしょう?小隊で強くなりたいんでしょう?だったら、レイとんだけでなく、みんなで……」

 

 みんなで強くなればいい。当然のことだ。だが今この瞬間に限って言えばメイシェン以外の誰もそのことに考えが及んでいなかった。目標を見失っていたと言っても良い。

 

「協力?」

 

 レイフォンがメイシェンに確認するように問う。メイシェンは真っ赤になりながら頷く。

 

「協力……か」

「なにか変?」

 

 ミィフィが何がおかしいのか分からないと言った感じで尋ねる。

 

「そうだな、それが普通か……」

 

 ナルキが顎に手をやってしみじみと呟いていた。言われてみれば当然の話しなのだ。ニーナを理解しようとしすぎて、強くなるという武芸者としては当然の目標に目を奪われていたのだ。

 

「そうね、あくまで目的は武芸大会に勝つことなのよね。そのために一緒に強くなればいい」

 

 強くなることも重要な目的なのだろうが、何のために強くなるのか、そこを忘れてはいけなかったのだ。

 

「……それじゃあ、止めに行きましょう」

 

 そう言い、立ち上がる。レイフォンたちが一拍遅れて立ち上がる。そのまま私はニーナの元へと歩を進める。

 

「ニーナ隊長」

「……え?……アニーか?どうしてここに……それにお前ら、レイフォンも?」

「ニーナ隊長、それぐらいにしてください。体を壊しますよ」

 

 尾けられていた事に思い至ったのだろう。顔をしかめるニーナ。

 

「……だが、こうでもしないと追いつけないんだ!」

「ニーナ隊長、あなたの目標はなんですか?レイフォンに勝つことですか?」

 

 私はニーナへと問う。

 

「違う!ツェルニを守ることだ!」

「なら、ここで無理することが、一人で強くなることがツェルニを守ることに繋がるんですか!?」

「それは……守りたいから強くなりたいんだ!」

 

 半ば言い合いのようになってしまった私達にレイフォンが口を挟む。

 

「隊長、僕はその努力が無駄だとは思いません。冷たい言い方かもしれないですけど、死にかけないとわからないこともあると思います。それは誰に助けてもらうこともできないものかと。でもツェルニを守りたいなら……僕達を見捨てないでください、僕達には隊長が必要なんです」

「見捨てなど……」

 

 言いかけて、ニーナは口をつぐんだ。ここ最近の自分の行状を思い出したのだろう。

 

「そうだな……その点については反論のしようもない、な」

「先輩が強くなりたいのには、何一つ反対はしません。僕にできることがあるならします。僕がやった剄息の鍛錬方法を教えるぐらいですが……」

「レイフォン……」

「だから、今は訓練を、活剄を止めてください。それ以上は倒れるだけです」

「……わかった」

 

 レイフォンの言う通りに活剄を止めたのだろう。ニーナが突然バランスを崩し、鉄鞭にもたれかかるように倒れる。

 

「わっ!大丈夫ですか?」

「大丈夫、だ。力がちょっと入らないだけだ」

「……剄息の乱れは認識できましたか?」

 

 レイフォンが語りだす。

 

「ん?」

「剄息です。ずいぶんと苦しかったはずですけど」

「あ、ああ……」

「剄息に乱れが出るということは、それだけ無駄があるってことです。疲れをごまかすために活剄を使っていれば、乱れが出るのは当たり前なんです。普通に運動するときに呼吸を乱してはいけないのと同じです。最初から剄息を使っていれば、剄脈も常にある程度以上の剄を発生させるようになります。剄脈は、肺活量を上げるのとは鍛え方が違います。最終的には活剄や衝剄を使わないままに剄息で日常の生活ができるようになるのが理想です」

「レイフォン……?」

「剄を形にしないままに剄息を続けて普通の生活をするのはけっこう辛いですけど、できるようになったらそれだけで剄の量も、剄に対する感度も上がります。剄を神経と同じように使えるようにもなる。剄息こそ、剄の基本です」

 

 レイフォンが自分の知る強くなるためのコツを話している。それをナルキとニーナはどこか戸惑いながらも聞いている。

 

「剄脈のある人間が武芸で生きようと思ってるのなら、普通の人間と同じ生態活動をしていることに意味はないんです。呼吸の方法が違うんです。呼吸の意味が違うんです。血よりも剄に重きを置いてください。神経の情報よりも剄が伝えてくれるものを信じてください。思考する血袋ではなく、思考する剄という名の気体になってください」

 

 淡々とレイフォンが告げる。ニーナとナルキは黙ったまま、じっとレイフォンの言葉を聞いていた。ここで一旦レイフォンが言葉を切る。そしてメイシェンをちらりと確認し次の言葉を出すべきか躊躇した後、努めて無感情に告げる。

 

「武芸で生きようと思ってるのなら、まず自分が人間であるという考え方を捨ててください。僕が先輩に完全に伝えられるものがあるとすればこれだけです」

 

 レイフォンは言うべきことは言ったとばかりに黙り込んでしまう。

 

「私は武芸者じゃないですけど、17小隊員です。ニーナ隊長が強くなるために手伝いますよ、何ができるのか分からないことも多いですけど、今の話を聞いて思いついたこともありますし、効果的な訓練器具だって作っちゃいます」

「アニー……」

 

 それから身動きもとれない事が判明したニーナを病院に運ぶ。嫌がるニーナを後遺症が残ったらどうするんだと説き伏せて病院で診察してもらう。当直の医師は簡単な診察をするとすぐに看護師たちに誰かを呼ぶように指示する。その間にハーレイに連絡を入れてくるというレイフォンを見送りしばらく待っていると、まず看護師が入ってきてニーナを病院着に着替えさせる。その後叩き起こされて不機嫌そうな新たな医師がやってくる。

 

「剄の専門医よ」

 

 気を利かせてくれたのか看護師が告げる。

 

「「よろしくお願いします」」

 

 私とニーナの声が被る。

 

「三年のニーナ・アントークだよな?」

 

 医者が不機嫌に尋ねてきた。ニーナのはい、という声、私は黙って頷いた。

 

「まさか、武芸科の三年にこんな初歩的な事を言う羽目になるとは思わなかったぞ」

「あの……重症ですか?」

「各種内臓器官の機能低下、栄養失調、重度の筋肉痛……全部まとめてあらゆるものが衰弱している。理由は簡単だ、剄脈の過労」

 

 やはり止めるのが遅すぎたらしい。結構な重症のようだ。医者に促されてうつ伏せに寝かされるニーナ。晒された背中に鍼を埋めていく。その手さばきに遅滞はなく、プロの存在しない学園都市だが信頼できそうだ。鍼を打ちながら医者の説教は続く。

 

「活剄はあらゆる身体機能を強化もするし治癒効果を増進もさせるが、そもそも剄の根本は人間の中にある生命活動の流れそのものだ。武芸者は剄を発生させる独自の器官を持っちゃいるが、その根本まで変わったわけじゃない。いや、武芸者にとっては弱点が増えたも同然だ。心臓と脳みそと同じに、壊れれば死ぬしかない器官だからな」

 

 一本、また一本と鍼は領域を拡大し体の全体に広がっていく。

 

「脳が壊れても植物状態で生きていられることもある。心臓も、処置が早ければ人工心臓に換えられる。だが、こいつだけは代替不可能だ。壊れたら、おしまい。大事にしろって、俺は授業でそう言ったはずなんだけどな」

 

 その時、レイフォンが静かに病室に入ってくる。それを横目で確認した医者は端的に告げる。

 

「気になってるだろうから言っておくが、致命的じゃないから後遺症もなく治る。だが、しばらくは動けないな。次の対抗試合は無理だ」

「そんな!」

 

 私からするとやはりという思いがあるが、ニーナには受け入れがたい事実だったのだろう。ニーナが暴れようとするが医者も予想していたのかあっさりとニーナを押しとどめる。

 

「こら、暴れるな。ん?そっちのルーキーと嬢ちゃんはあまり驚かないな?」

「そっちは、僕にとっては割りとどうでもいいことです」

 

 レイフォンがそう答えるので私も頷いておく。

 

「ふん、17小隊は変わり者だらけって噂は本当だな」

「レイフォン……」

「先輩、今は体を治すことだけを考えてください」

 

 最後の鍼を打ち終わったのだろう。

 鍼は腰を中心に手の甲、足のかかとにまで伸びていた。

 

「後は一時間ほど待って鍼を抜く、それで普通の患者になる。明日からは俺の患者じゃない……寝てしまっていいぞ、むしろ寝てる方が楽でいい」

 

 その言葉を残し、レイフォンの肩をぽんと叩いて医者は出ていく。

 

「レイフォン、私は……」

「隊長、今は休んでください。話は後で」

「分かった。す、まない……」

 

 無理をしていたのだろう。寝るように促すとニーナはあっさりと寝てしまう。先程まで荒かった息もだいぶ落ち着いてきている。そのことに安堵し廊下で待っている三人と合流する。ニーナはレイフォンとハーレイに任せて私たちは一度帰ることになった。病院を出るとそこは薄っすらと明るくなり始めていた。




原作通り過ぎる気もします。
どれくらいからがコピーでアウトになるんでしょうか。
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