翌日、というより今日の朝。私は錬金科長に呼び出されていた。ろくに眠っていないので眠い、眠気覚ましに飲んだ濃いコーヒーが効いてくるのはまだ先だろう。
呼び出された先は何時ぞやの会議室だった。室内には前回よりも人が少なく錬金科のみが集められていると分かる。他の錬金科の生徒たちも徹夜続きなのだろう。顔色が悪い人間が多い。ハーレイもその会議に参加していた。ハーレイの横に座ると
「さて、全員集まったようだな」
錬金科長がそう言って始める。
「昨夜、二度目の探査機が映像を持ち帰った。これがそうだ」
そう言って錬金科長が端末を操作しプロジェクターに映像が映る。その映像にうめき声をあげる生徒たち。そこには見間違えることなく汚染獣がいた。岩山の稜線に張り付くように眠りでもしているのか、背中から生えた翅は折りたたまれ、細長い胴体はとぐろを巻いている。
「ツェルニは進路を変更しないのですか?」
生徒の一人が悲鳴じみた声で問う。
「ツェルニは進路を変更していない。このままいけば明後日には汚染獣に察知されるだろう」
再びうめき声を上げる生徒たち。予想して準備していたとしても受け入れがたい事実なのだ。
「これは事実だ。我々は受け入れて万全の準備しなければならない。レイフォン君には明日出発してもらう予定だ。それまでにできることは全てやりきらなければならない」
錬金科長が訓示する。そして各々の準備状況の説明へと移っていく
「
ハーレイが胸を張って自身の成果を報告する。今まで顧みられていなかった観点からの開発とはいえこの短時間で新しい錬金鋼を生み出した努力は素直にすごいと言えるだろう。錬金科長も満足げだ。
「都市外装備の改良もどうにか終わりそうです。いえ終わらせます」
「栄養補給ゼリーも準備できています。試食してもらった結果も良好です」
「ランドローラーも準備完了しています」
私とハーレイも含めて準備はだいぶ整ってきているようだった。
唯一都市外装備だけが少し不安が残るが完成させると断言したからには完成させるのだろう。
「都市外装備チームはあと少し頑張って欲しい。他に報告すべきことはないか?」
「えっと、一応爆弾を作ったんですけど持たせても大丈夫でしょうか?」
「……爆弾かね?威力はどれほどなんだ?」
「幼生体なら一撃で吹き飛ぶぐらいです」
「……安全ならレイフォン君に任せる事にしよう。後、そう言った物を作る時は事前に申請を出すように」
「はい……分かりました」
怒られてしまった。だが許可は得た。
そして翌日、ついにレイフォンが出撃することになる。私たちは都市の地下に潜っていた。機関部よりさらに下、都市の脚部と繋がる腰部とも言える場所、その隙間のような空間に私はいた。脚部の修理のような都市外での作業を行う場合にはここから外にでるとの事だった。その場所にレイフォンとかリアン、そして錬金科の生徒、数名がいた。
「問題ないです」
レイフォンが何の感情も感じさせない厳しいだがどこか機械的な声で答える。その言葉に都市外装備を担当したチームが安堵に胸を撫で下ろしているのが目に入る。徹夜に徹夜を重ね突貫作業でようやく完成した都市外装備に問題がなかったことに喜んでいるのだ。試作品にはトラブルが付き物だが今回はとりあえず問題なかったようだ。
「それは良かった。後は、フェイススコープだが……」
錬金科長がフェイススコープを手渡す。フェイススコープとは汚染物質が吹き荒れる外で視界を確保するための装備だ。念威繰者の念威端子が内蔵されており様々な情報を武芸者に届ける。今回はある意味当然ながらフェリが情報処理を担当する。錬金科長が通信機で専用の部屋を与えられたフェリに連絡を入れる。すると
「へえ……」
レイフォンが感嘆したような声を漏らす。私からは何も変わったように見えないがレイフォンの視界にはフェリからの視覚情報が送られてきたのだろう。
「完璧です」
フェリからの通信にレイフォンが答えるのが聞こえる。視界が現在位置に移動したのだろう。レイフォンの視線が私達を捉える。それに合わせてハーレイが
「これで、準備は万端ですね」
渡された錬金鋼を剣帯に吊るしながらレイフォンが答える。特に大きい複合錬金鋼を含めて
「レイフォン、これも持っていかない?」
そう言いながら私は爆弾――フラム――をレイフォンに見せる。
「それは……この前言っていた爆弾?」
「そう、計算上幼生体を一撃で倒せるわ……役に立つと思うのなら持っていって」
「……ありがとう、アニー持っていくよ」
そう言ってレイフォンはフラムの内一個を私から受け取ると錬金鋼とは逆の腰に付ける。
「移動にはランドローラーを使ってもらう」
黙ったまま控えていたカリアンが側にあるものを示した。車輪式の移動機械、ランドローラ。荒れ果てた大地を長距離移動することはできないため主流ではなくなった過去の遺物だ。とは言え短距離なら速度など優位性を維持してることもありどの都市にも何台か用意されている。レイフォンがランドローラーに跨り、機関を始動させる。
「レイフォン、気をつけてね」
私たちは別室にある制御室に移動する。汚染物質を避けるためだ。そして外部へのゲートが開かれるのが見える。レイフォンが昇降機に乗り込み地面へと向かって下がっていく。それを見送ることしかできない事に歯がゆさを覚える。
レイフォンが完全に見えなくなり、昇降機も元の位置に戻った後も、しばらく私はレイフォンの無事を祈る。そしてそんな感傷を封じ込めて私はニーナの見舞いに行くことにする。
「およ、アニーちゃんもニーナの見舞いかい?」
「ええ、シャーニッド先輩とハーレイ先輩もですか?」
「そっ、ん~、それともデートにでも行くかい?」
見舞いに向かうその途中でシャーニッドとハーレイに偶然会う。シャーニッドがいつも通りの軽薄そうに私を誘う。これが本気だったら考えても良いのだが、女性に対する礼儀とでも思っている感じなので適当に受け流す。
「もう、シャーニッド先輩ったら……見舞いに行きますよ」
「う~ん、残念、まっ、今回はそれで良いんだけどな」
目的地も一緒ということで一緒に病室へ向かうことになる。
「よっ、ニーナ。元気?」
「病人に尋ねる質問ではないと思うが」
「まったくもってその通り」
軽薄な笑いを振りまき、廊下を通りがかった看護師に片目を閉じて見せながらシャーニッドが病室に入っていく。ニーナは読書をしていたようだ。もしかしたら病室でも鍛錬してるかとも思ったのだが、流石に反省したのだろう。
「なに読んでんだ?って、教科書かよ、しかも『武芸教本Ⅰ』って……なんでんなもんをいまさら?」
「覚えなおさなくてはいけないことがあったからな」
「はは、ぶっ倒れても真面目だねぇ」
シャーニッドが呆れた様子で肩をすくめる。全くもってその通りだと思う。……だが、周りが全く見えないという状況は脱したらしい。
「それよりも、今日は試合だろう?見に行かなくていいのか?」
「気になるんなら、後でディスクを調達してやるよ。こっちはいきなりの休みでデートの予定もなくて暇なんだ……さっきアニーちゃんにも断られたしな」
そう言いながら私に一つウィンクをしてくる。
「しっかし、過労でぶっ倒れるとはね。しかも倒れてなお真面目さを崩さんときたもんだ。まったくもって我らが隊長殿には頭が下がる」
「……すまないとは思ってる」
うなだれようとするニーナに、シャーニッドはいやいやと言った。
「いまさら反省なんざしてもらおうとは思ってねぇって。そんなもんはもう、散々してるだろうしな。……それにな、今日は別の話があって来たわけ。悪いけど、見舞いは二の次なのよ」
「別の話?」
シャーニッドが錬金鋼を剣帯から抜き出す。その事に驚く、そして理解する。
「一度は小隊から追っ払われた俺が言うのもなんなんだけどな……」
手に余るサイズの錬金鋼を両手で器用に回しつつシャーニッドは続ける。
「隠し事ってのは誰にでもあるもんだが、どうでもいいと感じる隠し事とそうじゃないってのがあるんだわ。どうでもいい方なら本当にどうでもいいんだが、そうでもない方だと……な」
早業だった。
半ば覚悟して見ていたにも関わらず全く反応できなかった。戦闘状態に復元した二丁の銃の片方を背後にいたハーレイに向けたのだった。私の方にも照準はされていないものの銃が半ば向けられている。
「シャーニッド!」
ニーナが叫ぶ。シャーニッドは変わりのない笑みを浮かべている。それが逆に恐ろしい。この人は引き金を引く時も変わらないだろう。
「そんなもんを持ってる奴が仲間だと、こっちも満足に動けやしない。背中からやられるんじゃないかと思っちまう。例えば今だと、こいつが暴発するんじゃないか……とかな」
シャーニッドの目が、ハーレイの額に押し付けた錬金鋼に注がれる。
「ばかな」
ニーナが吐き捨てる。
「ハーレイはわたしの幼馴染だ。こいつがわたしを裏切るようなことをするはずがない」
「俺だってこいつの腕を疑っているわけじゃない。裏切るとか思ってるわけじゃない。だがな、たぶん、仲間はずれなのは俺たちだけなんだぜ」
「なに?」
やはりシャーニッドは気づいている。ハーレイと目が合う。こうなってはもう隠し通すことは無理だろう。というより元から無理だったのだろう。
「はぁ、こうなったらしかたないですね……良いですよね、ハーレイ先輩?」
「アニー?……ハーレイ?」
「……ごめん」
「やっぱアニーちゃんも知ってたか……お前がこの間からセコセコと作ってた武器、あれはレイフォン用なんだろ?あんなばかでかい武器、何のために使う?」
ニーナが何か考え込むような仕草を見せる。
「ばかっ強いレイフォンにあんな武器を持たせてなにやらかすつもりだ?大体の予想はついてるし、だからこそフェリちゃんもそっち側だって決め付けてんだが、できることならお前の口から言って欲しいよな」
シャーニッドがそう言って促す。どちらが話すかそんな意図を含んだ視線が一瞬交わる。
「ごめん……今、レイフォンは汚染獣との戦いに向かっている」
ハーレイが端的に事実だけを告げる。
「そん、な……なぜ?いや……」
「やっぱりか」
シャーニッドはそう言うと錬金鋼を基礎状態に戻し、剣帯に戻す。
「で、なんで秘密にしてたんだ?」
「それは…………」
「レイフォンが望んだからです」
答えに詰まるハーレイに変わって私が答える。
「レイフォンが望んだって……どういう事だ?」
「ハーレイ先輩からは言いづらいでしょうから私から言います。……あなたたちが、いえあなたが弱いからです。ニーナ隊長」
私が断言するとニーナとシャーニッドが唖然とした表情をする。
「弱いって……アニーちゃん、言うね」
「物理的にもですが、精神的にもです。ニーナ隊長、もし知っていたらどうしましたか?」
「それは……もちろん一緒に戦ったさ」
想像通りの答えをニーナが返す。
「それが間違いなんです。幼生体に苦戦するような武芸者は足手まといでしかないんです。その事実から目を逸したまま戦場に出るのは自殺行為でしかありません」
「それは……そう、なのだろう……だが……だが……」
「ニーナ隊長、あなたは隊長です。隊長ならばまずすべきは何ができて何ができないか知ることです。そこがスタート地点です」
「確かに私にはレイフォンを助ける事はできないのかもしれない、だが、それでも助けに行きたいのだ!」
ニーナが吼える。その意気は良いのだが、ちゃんと現実を見てもらわないといけない。
「誰が助けられないといいましたか?単純な戦力として足手まといな事を認める事とレイフォンを助ける事は別の事です。その事を念頭にまずできることから始めてください。それが隊長の責任です」
私は言いたいことを全て言った。後はニーナがどうするか、だ。
「足手まといかもしれない。それでも私はレイフォンを放っておけない……」
絞り出すように自らの答えを紡ぐニーナ。
「……分かりました。とりあえず生徒会室に行きましょう。何をするにしても許可が必要です」
私がそう言うと何故か驚いたような気配が三人からする。何かおかしな事を言っただろうか?
生徒会室に向かう途中、ハーレイが懺悔をするように語りだす。
「彼なら大丈夫。そう思ってた……新しい錬金鋼の開発に熱中していて考えが足りなかったのは認めるよ。だけど、大丈夫だって思っていたのも本当なんだ……だけど、あの姿を見て、間違っているのかもしれないと思った。レイフォンは、なんだか……とても厳しい顔をしていた。当たり前だよね、そんなことは。汚染獣と戦うんだ、一人で……そんなことは当たり前なんだけど、でも、それだけじゃないような気がした」
生徒会室に入るとそこにはいつものように執務をこなしていたらしいカリアンがいる。そして後ろ暗さのまったくない顔でニーナたちを迎える。
「どういうことですか?」
ニーナがカリアンに詰め寄る。
「どうもこうもない、戦闘での協力者をレイフォン君自身がいらないと言ったんだよ。私は、彼の言葉を信じた」
「……っく、それで私には知らせなかったのですか?」
「おや……君なら絶対に行こうとすると思ったが、思い違いだったかな」
「いえ……さっきアニーに如何に私が足手まといなのかを説教されました」
「ふむ、冷静な判断ができるのなら話しても良かったかも知れないね。
……近づかせるなとも言われたのだよ。そして私はそれを受け入れて君に話さなかった。汚染獣との戦いは相当に危険なのだそうだ。どう危険なのかは武芸者ではない私には理解が及ばないが、安全というものを求めた瞬間に死ぬのだそうだ。そんな戦場に、安全地帯で控えている者なんて必要ないと、彼は言った。汚染獣と都市外で戦う時は、無傷で戻るか、それとも死ぬかのどちらかしかないと、そう思っておいた方がいいと……」
ニーナは息を呑んだ。私も似たような気分だ。厳しい、厳しいと想像していてもいつだって現実は想像を超える。
「それでも私はレイフォンを放っておけません」
「ふむ……行ってどうするのだね?君の体調は知っている。知っていなくてもそんな青い顔をしている生徒を危険な場所に行かせようなんて、責任者として許可できるものではないが?」
「あいつは私の部下です」
ニーナは即答する。
「そして仲間です。なら、ともに戦うことはできなくとも、迎えに行くぐらいはしてやらなくては……」
「ふむ……いいだろう。ランドローラーの使用許可を出すよ。誘導の方は妹に任せよう」
「その許可、私の分もください」
「アニー!?」
「どうせニーナ隊長は無理をします。一般人がいた方がちょうどいい重しになると思うのですが、許可していただけますね?」
「……いいだろう、ニーナ君の事は任せよう」
そういう事になった。私は初めての戦闘に身震いする。死ぬほど恐ろしい。私は本来行くべきではないのだろう。だが、同時に私が行くべきだろうとも思う。安穏と待っていて誰かの訃報を聞かされるよりは万倍マシだ。