アニーのアトリエ~レギオスの錬金術士~   作:Flagile

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第六話 決戦

 荒れ果てて何もない大地、その上を私はランドローバーで疾走していた。放浪バスではまだ隔絶されていた世界が生で感じられる。その圧倒的な「無」の気配に総毛立つ。この場所には死すら感じられない。こんな無の世界にレイフォンは一人で飛び込んでいるのだ。

 

「フェリ先輩、もう戦闘は始まっていますか?」

「先程、始まったところです。忙しいので用がなければ後にしてください」

「分かりました。頼みたいことがあるので時間ができた時に呼びかけてください」

 

 既に戦闘は始まってしまったらしい。ここから戦場までどう急いでも半日、どんな結末であれその頃には戦闘は終わってしまっているのではないだろうか?レイフォンが心配だ。ランドローラーを走らせて早数時間、ようやく待ちに待ったフェリからの連絡が来る。

 

「戦闘が安定してきたので余裕が出てきました……それで何の用ですか?」

「まずは戦況の報告をお願いします」

「戦況はレイフォンが戦闘をコントロールしているように思えます。この調子でいけばいつかは倒せるのではないかと」

 

 この調子で行けばいつかは倒せる。それは決定打が存在しない体力勝負をしているという事だろうか?レイフォンの限界も汚染獣の限界も分からないのでなんとも言えないがとりあえず戦闘をコントロールできているのならレイフォンの邪魔はしないのがベターだろう。

 

「……レイフォンの映像をこちらに映すことはできますか、もちろん戦闘に邪魔にならない範囲でいいので」

「可能です」

「私にも見せて欲しい」

「分かりました……映像を回します」

 

 すると視界が切り替わり空から見た荒野が映し出される。その中心で砂煙を纏いながら地を這う黒い巨大な影が蠢いているのが目に映る。

 

「これが……汚染獣」

 

 足がない蛇のような見た目をしており、周囲の岩山と比べてもなお長大な体躯を誇る。鋭い牙のようなゴツゴツとした殻を持つ。動くだけでそこかしこに削り取られたような痕跡が大地に残る。

 

「レイフォンによると老性一期だそうです」

「っ老性って!?」

「なんだアニー知っているのか?」

「はい、レイフォンが言っていました。一番強い汚染獣だと、正真正銘の化物だと」

「そんな物とレイフォンは一人で……一人で戦っているのか」

 

 その時、視界で何かが動いたのが分かる。レイフォンだ。あまりのサイズ差に点にしか見えないが高速で動き回っているのが目に入る。フェリが気を利かせてくれたのだろう。視界が切り替わりレイフォンの姿を確認できる。あまりの高速移動に付いていくのがやっとだが、身の丈程もある大剣を片手にまるで舞うように戦っている。汚染獣の攻撃はまるで壁が迫ってきているかのようだが、それをするりするりとすり抜けて隙を見つけては斬撃を見舞う。だがその斬撃はあまりにも小さい。圧倒的な体躯の汚染獣からすると小さな切り傷ができた程度でしかないのだ。そんな作業を一体どれほど繰り返したのだろうか?汚染獣の体には無数の斬撃の後が残っている。

 

「フェリ先輩、安全と思われる位置まで誘導よろしくお願いします」

「ちょっと待て!レイフォンを助けに行くんじゃないのか!?」

「その前に状況確認です。危険だと分かっているのに危険の種類すら知ろうとせずに飛び込むのはただの愚か者です」

「それはそうだが、レイフォンが戦っているんだぞ!」

「そうです!だからレイフォンと協力しなくてはいけないんです!そのためにはまずはレイフォンに知らせる必要があります!フェリ先輩、レイフォンに余裕がある時に私達が迎えに来ている事を伝えてください」

「……分かりました。折を見て伝えます」

 

 それからはひたすらレイフォンが戦う姿を見続ける。それはまるで風車に挑むドン・キホーテのような無謀にしか見えないが、レイフォンはその身の限りを尽くしてそれを成立させている。一体いつまでこの綱渡りのような圧倒的な戦いは続くのか、気が気でない。

 

「ニーナ隊長、万全であればあの戦いに参加できましたか?」

「それは…………無理だ。足を引っ張るだけだろう」

「じゃあ、考えてください。何ができるのかを、私も考えますから」

 

 ニーナが悔しそうに自らの無力を認める。私も無力さを噛みしめる。こんな規模の戦いにおいて私が作った爆弾など一体どれほど役に立つだろうか?何の役にも立たないだろう。それでもレイフォンは持っていってくれたのだ。

 

 フェリの案内の元レイフォンのランドローラーがあった場所までたどり着く。ランドローラーは汚染獣に轢き潰されたのか無残な姿を地上に晒していた。戦場は既に移動しておりそれなりに離れている。ここからは砂煙しか見えないが、ここならとりあえず安全だろうという判断だ。

 

「フェリ先輩、伝えてくれましたか?」

「いえ、まだです。見ているなら分かるでしょうが一瞬の油断もできない戦闘中のようなので」

「そうですか、分かりました。私たちはここで作戦を練っています……ニーナ隊長、それで良いですよね?」

「……ああ」

 

 それからニーナとともに作戦を練る。少しでもレイフォンの役に立ちたいからだ。……結局できそうなのは囮になって罠に誘い込む程度の案しかでなかった。それでもやらないよりはマシだという事で罠に適した地形をフェリに探してもらう。

 

「すぐそばにあります。南西に二十キルメルほど行った場所です」

「シャーニッド、運転を頼むぞ」

「了解、隊長」

 

 ランドローラーに乗り込み目的地を目指す。

 その途中の事だった。

 

「!?汚染獣、方向を転換しました!目標、そちらへ向かっています!」

 

 フェリが珍しく焦った口調で告げる。内容は重大だ。汚染獣がこっちに向かっている。安全な距離だと思っていたが汚染獣の探知能力が想像以上だったという事だろう。

 

「レイフォンはどうしましたか!?」

「今そっちに向かっています」

「レイフォンと通信を繋いでください!」

「了解です」

「シャーニッド先輩、罠のポイントまで全速力でお願いします。このまま罠に掛けます」

「アニー、やる気なんだな?」

「はい!やるしかありません」

「分かった。指揮は私が採る、いいな?」

「それは……はい、お任せします」

 

 ニーナが指揮を採ると言い出したのは作戦の囮を自らが務めるということだろう。一瞬その是非について躊躇するが、言っても聞かないだろうし、ニーナがやるというのならそれは任せるべきだろう。何せ隊長なのだ。

 

「レイフォンとの通信を繋ぎます」

「隊長!なんでいるんですか!?」

 

 レイフォンからの怒りがこもった声が聞こえる。

 

「お前を放っておけなかった!お前は私達の仲間だからだ!」

「くっ……逃げてください!」

「聞け!今から汚染獣を罠に誘い込む、お前はその隙をつけ!」

「罠って……何をするつもりですか!?」

「いいか、お前の役目は後二十キルメル分の時間を稼ぐ事とトドメを刺すことだ!」

「ああもう!分かりましたよ!時間を稼げば良いんですね!?」

「そうだ、もたせろよ」

 

 後ろから圧倒的な存在が迫ってくる。突き刺さる視線すら、牙が生えているのかと思うほどに鋭い。あの無数の牙で噛み砕かれるのを想像せずにはいられない。腹を牙が貫き、溢れた内臓が舌の上を転がる様を想像する。想像して、その恐怖に身震いする。レイフォンはこんな恐怖の中戦っていたのだ。

 

「レイフォン!」

「もう無茶苦茶ですよ!」

 

 ランドローラーの上にレイフォンが降り立つ。片手に持っている複合錬金鋼は煙を上げていて限界が近そうだ。もう片方の手に持っている錬金鋼からは糸のような細かな線がかろうじて見える。鋼糸だ。今レイフォンは鋼糸で時間稼ぎをしているのだろう。

 

 辿り着いたのは渓谷だった。かつては緑に埋もれ透き通るような清水が流れていたのかもしれない。しかし、今は乾燥しきって岩ばかりが目立つ。

 辿り着くまでにニーナが作戦を説明した。

 

「奴が追いつくのにどれくらいかかる?」

「三分ほどかと」

 

 念威端子からの返答にニーナは頷いた。

 

「降りるぞ。ランドローラーにこれ以上奥に行かせるのは無理だ。シャーニッド、アニーそのままランドローラーで射撃ポイントへ行け。レイフォン、わたしを運べ」

 

 ニーナには既に作戦に必要な情報が頭に入っているのだろう。その指示は迷いなく、従うのに不安感はない。背後から、岩石を砕く音が迫る。汚染獣はすぐそばまで来ていた。その音から逃れるように私たちはランドローラーを走らせる。目標ポイントにフラムを大量に設置する。その後射撃ポイントに移動する。後は待つだけだ。

 

「囮は、わたしがやる」

 

 通信が繋がったままなのかレイフォンとニーナの会話が聞こえる。

 

「わたし以外に誰がやる?シャーニッドにも仕事がある。アニーは一般人だ。お前には確実にしとめてもらわなければならない。無駄なことまでやっていては、今までと同じじゃないか」

 

 ニーナが平然と言ってのける。

 

「それで、今までやってきました」

「グレンダンには、お前の代わりがたくさんいるのだろう?天剣授受者というのは十二人いるそうじゃないか。なら、少なくともお前の代わりができる人間が十一人いる計算だ。それなら、お前が倒れてもどうにでもできる。だからこそできた戦い方だ。……ツェルニは違う。お前の代わりなんていない。グレンダンとツェルニは違う。グレンダンのやり方とわたしのやり方は違う。お前はわたしの部下だ。わたしは部下を見殺しにするようなことはしない」

「しかし……」

 

 レイフォンが何かを言いかけて止める。

 

「なぁ、レイフォン。私は何も出来ないのはもう嫌なんだ……どうすれば、強くなれる?どうすれば、お前の代わりとは行かないまでも、お前の側で戦う事が出来る?」

「それは……」

「いや、今はいい。お前は、グレンダンでの自分を捨てたいのだろう?」

「……でも、捨てられませんよ」

「捨てればいい」

「え?」

「ツェルニを守りたいと思ってくれる気持ちは、ここに来てから生まれたものなのだろう?なら、それを大切にしてくれ。グレンダンでの戦い方、生き方、考え方……捨ててしまえばいい。その気持のために必要なものだけを残して、後は捨てればいい」

「…………」

「都合がいいと思うか?だが、それがわたしの今の気持ちだ……何度でも言うぞ、わたしは仲間であり部下であるお前を死なせるつもりはない。そのためならなんでもやるぞ」

「わかりました。その命、僕が預かります」

「馬鹿を言うな……わたしは隊長だぞ。お前達の命はわたしが預かるんだ」

 

 このポイントからは全体がよく見える。ニーナが渓谷の中、涸れた川の中に一人残っている。レイフォンは鋼糸を利用してニーナの背後の崖を登っている。準備は揃いつつある。

 

 轟音が近づいてくる。

 汚染獣だ。

 現在の生命体の頂点。

 飢えに任せて突進してくる姿は傷だらけだ。

 レイフォンとの戦いの傷……あのまま戦っていれば勝ったのはどちらだったのだろうか?

 

「これが、あいつの見ていた世界か……」

 

 ニーナの独り言が聞こえる。

 

「だが、これからはお前一人にはやらせないぞ……お前にはわたしがいる。仲間がいる」

 

 シャーニッドが剄弾を打ち出す。汚染獣の生み出す轟音に比べればあまりにもささやかな音だったがそれは大空に長い余韻を残した。渓谷の端で突然、大爆発が起き岩肌が崩れる。シャーニッドの射撃がフラムを起爆したのだ。一撃は岩肌を崩し、連鎖的に岩と土砂が崩れ始める。

 

 いきなりの土砂崩れが、汚染獣に降り注ぐ。新たな轟音が汚染獣を呑み込み、咆哮が天を衝いた。それに合わせて巨大なボロボロの大剣を握りしめてレイフォンが愚直なまでに真っ直ぐに降下していく。そして一撃。

 

 それが終わりだった。

 

 汚染獣の死骸を検分する。改めてその大きさに圧倒される。よくもまぁレイフォンはこんな化物に勝てたものだ。まずは採取用のナイフで鱗を切ろうと試みる。予想以上だ。鱗の表面に傷すら入らない。それならばとレイフォンが切り裂いた部分、柔らかい内部ならどうだろうか?

 

 これもダメ。硬すぎてナイフが弾かれる。頭部に回ってみる。切り裂かれて頭殻からは未だに血が流れている。その血をビンに採取し、折れていた牙を手に取る。採取した物をバッグに入れフェリに話しかける。

 

「フェリ先輩、ちょっといいですか?」

「なんですか、アナスタシアさん」

「この周辺に汚染獣の破片は落ちていませんか?研究素材として持ち帰りたいのですが」

「ちょっと待って下さい……それならまっすぐ5分程行ったところにちょうど良さそうな物があります」

「ありがとうございます」

 

 フェリは丁寧な事に私の視界に周辺のマップと目的地まで出してくれる。目的地まで行くとレイフォンが切断したのだろう手頃な大きさの鱗が落ちている。持ってみると意外と軽い、幼生体の甲殻も意外と軽かったがそれよりも遥かに軽い。これが汚染獣があの体格で空を飛べる秘密なのだろうか?研究のしがいがありそうだ。

 

「ああ……まったくしまんねぇ」

 

 ランドローラーまで戻るとそこではシャーニッドが愚痴をこぼしながらタイヤ交換をしていた。

 

「そう言うな。良くもったと言うべきだろう」

 

 本当にそうだ。逃走中にもしパンクなどしていたら大変なことになるところだったのだ。それを考えれば帰ろうとした時にパンクというのはタイミングが良かったとも言えるだろう。

 

「こういう場合、かっこよく帰還すんのがお決まりだって。こんなシーン映画じゃ見られないぜ」

「映画じゃないからな、人生は。それよりも、早くしないと日暮れまでに帰れんぞ。食糧も底をつく」

「そう思うなら、ちっとは手伝おうって気にはならないもんかね?」

「病人を働かせようとは、お前はひどい男だな」

「へいへい、働きますよ。隊長殿」

「ふふふ、手伝いますよ」

「おおっ!アニーちゃんだけだよ優しいのは。お兄さん、涙が出ちゃうね」

 

 工具を片手にタイヤを交換しているシャーニッドに近寄ると大げさに喜ばれる。

 

「こいつも寝っぱなしだし。……まったく、俺は雑用ばっかりやらされてるよな」

「そう言うな、こいつも疲れているんだ」

 

 レイフォンはサイドカーでじっとしている。眠っているのだ。疲れていたのだろう。戦闘が終わり緊張がほぐれた途端寝てしまったのだ。それも当然だろうあんな化物と一日中一人で戦っていたのだから。心身ともに疲れ切っていることだろう。

 

「休ませてやれ」

「……おやさしい隊長に感謝しろよ、後輩」

「まったくだな」

 

 そう言いながらニーナが笑う。その顔からは以前までの頑なさが少し薄らいでいるように感じられる。きっと今回の件もいい経験になったのだろう。私にとっても普段絶対にできないような貴重な経験だった。そんな感じで最後まで締まらなかったが、とにもかくにも汚染獣との戦いはここに終わったのだった。

 




これにてサイレント・トーク終了です。
結構、難産な最後でしたが、どうでしょうか?
レイフォン視点を入れていないので分かりづらいと思うのですが、ほとんど原作通りなので入れるのもなぁ、と思って入れていません。
次回の投稿は一応5/7を予定しています。
三巻は書くことが少ないのでこれまた難産になりそうな予感です。
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