入学式の日がやってきた。
私達はかなり日程に余裕を持ってこのツェルニまでやって来ることができたが、これはヨルテムという交通の要衝から来たためだ。他の都市から来る際に必要な、まずヨルテムまで行くというワンクッションがないためにかなり楽にツェルニに来られたという訳だ。都市間移動には放浪バスという日程の予測が付きにくい手段しかない以上、余裕を持って行動する程度しか対策はない。
何が言いたいのかと言うと入学式当日にも新入生はやって来るという事だ。そしてそう言った出遅れてしまった学生はあらゆる準備ができていない。当然、住居や行事の日程なんかも知らされていないのだろう。荷物をどうにか空きを見つけたホテルに放り込んで入学式会場へ足早に歩いて行く姿が何人も見える。そんな遅刻者を横目に私達はゆったりと式場へと歩いていた。
入学式は何の滞りもなく進行していた……とは間違っても言えない状況になっていた。どうも敵対都市の生徒が鉢合わせたらしく、目での牽制が言葉のぶつけ合いに、終いには直接的な暴力へと繋がってしまったのだ。さらに運が悪いことに暴力沙汰を起こした生徒は互いに武芸科の生徒らしく剄の発する威圧感が、講堂一杯に広がってしまっている。
そして、その生徒を制圧しようとしている上級生や逃げ出そうとしている一般生、あるいは野次馬根性を見せて近づこうとする馬鹿まで多種多様な行動を一斉に取ろうとした結果、講堂の中の人の波は誰にも予想の付かない荒れ模様になっていた。
初めの方こそ私達ははぐれないように一緒になって避難しようとしていたのだが、すぐに人波に飲まれてバラバラに押し流されてしまう。私は無理せずに流れに乗るように押し流されていると大変な事が目に入る。
「あっ!」
私の声はざわついた雰囲気に飲まれ誰の耳にも届かない。私の視線の先では人の波に押し潰されて踏まれそうになっているメイシェンが見える。
助けないと
そう思うも波に逆らうことすらロクに出来ない。そんな時だった。どこから現れたのだろうか、一人の学生がスッとメイシェンを抱き起こし、波の空白地とでも言うべき場所まで移動させるのが目に留まる。そして、何事かメイシェンに囁いていたかと思うとその姿が一瞬にして消え去ったのだった。
次の瞬間。
騒ぎの発端となった武芸者二人が轟音を立てて地面に叩き付けられる。講堂内全ての視線が騒ぎの中心に集中し、足が止まる。それで終了だった。私は人を掻き分け急いでメイシェンの元へと向かう。結局一度沈静化した騒ぎは再び燃え上がることもなく生徒会が入学式の中止を指示し、解散が告げられる。そうこうしている内にミィフィとナルキも合流する。
「メイ、大丈夫?」
「メイっち、大丈夫だった?」
「メイ、大丈夫か?」
「う、うん。助けてもらったから……」
「あっ、見てたよ、あの人凄かったね~一瞬で騒ぎを鎮圧しちゃったよ」
「そうだな、一般教養科の制服を着ていたが武芸者だったのかな?」
「そうじゃない?一般人にはあの動きはちょっと無理だよ」
騒ぎが起きただけで何もできなかった入学式は終わり、それぞれのクラスへと移動していく。残っている今日の予定はクラスメイトとの顔合わせ程度だ。幸いなことに私達は全員同じクラスだった。幸いと言うよりある程度都市ごとにクラス編成しているためのようだった。先程のような事が起きないように仲が悪い都市を別けておきたいという思いが感じられる。
自分のクラスへ移動して雑談していると教師役の上級生がやって来る。それに気付いた各々が指定された自分の席に移動を始める。その時の事だった。一人の生徒が走ってきて引き戸をガラガラと開ける。
「すみません、遅くなりました」
あの生徒だった。
クラスの注目を一身に浴びている生徒は自己紹介でレイフォン・アルセイフと名乗った。グレンダンの出身らしい。自己紹介も終わり簡単な明日以降の説明も終わった所で教師役の上級生が解散を告げる。それと同時にレイフォンと名乗った少年に向かって生徒会室に向かうように言い、レイフォンを案内して行ってしまう。
「驚いたね、おんなじクラスだよ」
「そうだな一般教養科って言ってたし武芸科じゃないのかな?」
「分かんないよ~、生徒会に呼び出されてたしホントは武芸科の生徒かもよ?」
「まぁ、どっちでも良いじゃない」
「え~、そんな事ないよ。あっ!そうだ良いこと思いついた!武芸科かどうか賭けない?」
「賭けない、それよりもお礼言った方が良かったかな?」
「あう、お礼、したい」
「およ、メイっちが珍しい~、じゃあ待ってよっか、荷物まだあるし戻ってくるでしょ」
確かにレイフォンの席には彼の荷物がまだ残っていた。記者を目指しているだけあってさすが目ざとい。それからしばらく雑談していると、引き戸がガラガラと音を立てて開く。
「あ~~ほらほらやっぱり武芸科の人だったんじゃない。イエーイ、私の勝ちラッキーラッキー!」
そこには武芸科の制服を身に着けたレイフォン・アルセイフが居た。片手には今まで来ていたであろう一般教養科の制服を持っている。そして彼が武芸科の制服を身に着けているのを見てミィフィがピョンピョンと跳ねている。
「なんでだ、一般教養科だったじゃないか、制服が。そんなのってなんかずるいぞ。あたしは一般教養科の制服なんて持ってないんだぞ。なぁ、君、どういうことだ?」
「いや、これにはちょっとした事情が……」
「ほら、ナルキ彼が引いてるから、そこら辺にしときなさい。で、どんな事情なの?」
ナルキを静止するも、あたしは可愛くないから、一般教養科の可愛い制服はくれないっていうのかなどとブツブツと文句を言っている。
「ちょっと、ナッキもアニーも落ち着きなって、先にメイっちでしょ」
「ああ、そうだった。メイシェン、ほら」
「あの、ありがとう……ございました」
それだけ言うとメイシェンはナルキの背中に隠れてしまう。まぁ、男という存在を避けて生きてきたメイシェンにしては頑張ったほうだろう。ナルキとミィフィもそう思ったのだろう。
「悪いね、こいつは昔から人見知りが激しいんだ」
「それでも、入学式で助けてくれたからお礼をしたいって。ねぇ?」
ナルキはそう言うともう一度メイシェンを前に出そうとするが、メイシェンはさらに強くナルキの背中に隠れてしまう。
「まったくこの子は……自己紹介がまだだったね。あたしはナルキ・ゲルニ。武芸科だ」
「私はアナスタシア・リグザリオ。錬金科よ」
「で、私はミィフィ・ロッテン。で、こっちのかくれんぼしてるのがメイシェン・トリンデン。わたしたち二人は一般教養科ね。で、あなたのクラスメート。四人ともヨルテムから来たの。交通都市ヨルテム。知ってる?」
「知ってる。放浪バスの中心地だ。ここに来る前に立ち寄ったよ。僕はレイフォン・アルセイフ。槍殻都市グレンダンの出身だ」
「わお、武芸の本場ね。だからあんなに強かったんだ」
「いや、そういう訳じゃあ……」
何か言いづらい事情があるのだろうレイフォンは口ごもると困ったような顔をしている。それに気付いたのだろうミィフィが
「ねえ、こんなところで立ち話もなんじゃない?お腹空いたし。どっか美味しいもの探ししよ」
そう言って少し暗くなりかけていた雰囲気を洗い流す。その流れに乗って
「あら良いわね。美味しいものマップができたら教えてね」
「またマップを作るつもりなのか?他には何作るつもりなんだ」
「当たり前じゃない。美味しいものマップ、オシャレマップ、勢力マップ……作れるものはなんでも作るわよ。六年もあるんだから、作らなきゃ損じゃないの。あ、情報集めが私の趣味だから。なんか知らないことがあったら私に聞いてね。わかんなくても、絶対に調べてきてあげるから」
「まあ、腹が減ったのは確かだしな。……おまえにはまだまだ聞きたいことがあるしな、その小脇に抱えているもののこととか」
ナルキはまだ一般教養科の制服にこだわっているらしい。そこまで着たいのであれば作ってあげようかな?とちょっと思う。ナルキに可愛い格好をさせるというのも面白そうだ。錬金術で作れるかどうか検討するのも楽しそうだし、できそうになかったら自分で縫えばいい。
「いや、でも……ほら、メイシェンに迷惑じゃあ。彼女、人見知りするって言ってたし」
「……大丈夫です」
勇気を出したのだろう。メイシェンがちょっとだけ出てくる。すぐにナルキの後ろに舞い戻ってしまったが一言だけだとは言えこれはひょっとすると本気の本気なのかも知れない。俄然レイフォンに興味が出てきた。
そして場所は変わり、すぐ近くにあった喫茶店。レンガ造り風の落ち着いた雰囲気のある喫茶店だ。よく見るとレンガではなく何かの板に表面だけレンガのような塗装がしてあるのだと分かる、質感も再現されているが端の方が少しだけ剥がれ落ちているのだ。
ランチタイムからは少し間が空いているためだろうテーブルに客は殆ど居ない。そんな半ば独占状態の店の中で根掘り葉掘りレイフォンの事を聞いていく。どうも彼は喋ることがそう得意という訳ではなさそうなためかこっちが8話して2聞くぐらいのバランスに落ち着く。
その中で生徒会長によって武芸科に転科したことが分かる。そしてそれが不本意な事も簡単に察しがついた。本人は隠しているようなので突っ込まないで置いたが。話も一段落してデザートを食べていると就労の話になる。ナルキは警察官、ミィフィは情報系の出版社、メイシェンはお菓子屋、私は当然アトリエだ。こうして並べてみるとみんなしっかりと夢に向かっているような気がする。
「アトリエ?」
耳慣れない言葉だったのだろう。アトリエを経営すると言った私の言葉を鸚鵡返しにレイフォンが繰り返す。
「そう、アトリエ。私、錬金術士なんだ。錬金術を使って必要な人に色々な物を用意するのがアトリエ。レイフォンも何か困りごとがあれば頼ってね。何でもとは言えないけどできることなら色々作ってあげるから」
お祖母ちゃんならそれこそ何でも作れたと思うが、私にはまだまだできないことがたくさんある。それでも怪我した時の傷薬ぐらいは作ることができる。
「アニーはなかなか凄いぞ、ヨルテムでも独り立ちしてアトリエを運営していたからな。その経験を買われて特別生としてツェルニにやってきたんだ」
「いや、そんな大した事ないよ。単に珍しい技能ってだけ」
「そういや、レイとんはなんか就労するわけ?」
「……レイとん?」
レイフォンが摩訶不思議な表情をして問い返す。私はまた始まったと思った。ミィフィが親しくなりたい人間にあだ名をつけるのはいつもの事だ。私のアニーというあだ名もミィフィが付けたものだ。
「そ、レイとん。呼びやすいよね?」
ミィフィが楽しそうに同意を求める。
「ナッキ、メイっち、アニーにレイとん、そしてわたしがミィちゃんなわけ。オーケー?」
「おまえ一人がなんの捻りもないな。いや、あたしのそれも捻った感じがあるわけではないけどな」
「自分の呼び名なんか考えてもつまんないもんね。それになんか、『ミィっちって呼んでね♪』とか自分で言ってたら気持ち悪くない?」
「気持ち悪いな。すくなくとも、あたしは友達になりたくないタイプだ」
「でしょ。ならオーケーじゃん。。というわけで、レイとんはレイとんに決定なわけ」
「仕方ない、ではこれからもよろしくな、レイとん」
「そそ、レイとん、レイとん♪」
「……レイとん」
メイシェンにまでレイとん呼ばわりされて若干絶望したような目をするレイフォン。助けを求めるように視線は彷徨いまだ呼んでいなかった私にたどり着く。……が
「頑張れ、レイとん」
そのまま突き落とす。いや、これがミィフィなりの親愛の証だと知ってるからだが。レイフォンには諦めてもらうしかないのだ。私の裏切り(?)にレイフォンは言葉もなく固まる。
「で、レイとんはなにか就労するわけ?」
話を元に戻し、レイフォンがどうにか復旧する。まだ飲み込めていないようだが、そのうち飲み込める日がやってくるだろう。
「ん……いや、機関掃除をするよ」
一瞬、躊躇した後、機関掃除をすると言ってきた。機関掃除と言えばきつい事で有名なバイトだ。高給に惹かれて申し込み、そのきつさに耐えられなくなるか、授業についていけなくなるかのどちらかだと言われるほど悪評高いバイトである。
「うわー、一番しんどい仕事じゃない。どうして機関掃除を?」
「武芸科は体力を使うと聞いているぞ。そんなところで生活リズムを崩して、大丈夫なのか?」
「……しんどい、よ?」
全員に心配されたレイフォンは思わずと言った風に苦笑すると
「ん。でも仕方ないよ僕は孤児だからね。奨学金以外に頼るものがない」
本人はさして気にしていないようだが、孤児という発言に驚く。まずレギオスにおいて孤児はそう多くない。さらに色々優遇されている武芸者の孤児など聞いたこともない。もしかしたらこれはヨルテムだけの話かもしれないが……とにかく孤児という存在は知ってはいても実物を見たのは初めてだったのだ。
「あ~そか、ゴメンね、がんばれ」
「うん、あたしにできることなら手伝うからな」
「……わたしも」
「栄養ドリンクでも作ってあげるね」
「いや、そんな……気を使わなくていいから」
私達の態度の急変に焦っているのだろうかレイフォンはさらに続ける。
「別にこれといって辛いと思ったことはないから、同情されると逆に困るよ」
そんな物なのかも知れないと思いつつもやはりどうしても孤児という言葉に引きずられてしまう。それはミィフィとメイシェンも同じらしい。
「よしわかった。気にしない」
ナルキが表面上とは言え動揺を割り切った事にむしろレイフォンは驚いたようだ。やはり色々あったのだろう。私もできる限り割り切らなくてはならないようだ。
「私も……気にしないわ」
ナルキに続いて宣言する。レイフォンの驚いた顔が面白い。
「ん?どうした?気を遣うなと言ったのはおまえの方だろう?」
「いや、うん、そうなんだけどね」
「なんだ?」
「いや、姉御だなぁと思って」
「なんだそれは?」
そのやり取りについ私は笑いを漏らしてしまう。その事に不満げにナルキに睨まれるが全く怖くない。そしてミィフィも同調する。
「あ、わかるわかる。ナッキって姉御肌だよね。こう、びしっと締めるとことか」
「……女の子にも好かれてるもんね」
「そうそうプレゼントとかラブレターとか、たくさんもらってた」
「あれは、困るな。どう対処して良いのか、いまだに分からん」
そうナルキがまじめくさって言うのをレイフォンが笑う。さっきまでのちょっとした断絶は今は見えない。
「あの……すいません」
笑って無駄話を続けていると、不意にその声がかかった。声の主を見て、全員が息を呑んだ。そこには完成された未完成の美があった。今にも動き出しそうなだが決して動くことのなさそうな人形のように生物と隔絶した雰囲気を持った少女が居た。最初に動き出したのはナルキだった。
「これは先輩、なにか御用でしょうか?」
「レイフォン・アルセイフさんは、あなたですね?」
ナルキを半ば無視してレイフォン向かって淡々と告げる。だが、無視したことに悪意などは全く感じられない。ここまでナチュラルに無視されると逆に小気味いいぐらいだ。
「あ、はい」
「用があります。一緒に来ていただけますか?」
「……はい」
「それとアナスタシア・リグザリオさんですね、あなたも一緒に来ていただけますか?」
「ハイっ!」
レイフォンに用事だと聞いてちょっと安心したところにクリティカルヒットした。変な声を出してしまった事に顔を赤らめながらレイフォンと一緒に立ち上がる。外に出る直前でレイフォンは代金を支払いに戻る。律儀なことだ。だが悪くないと思う。
「ごめん、行ってくる」
「了解した。行ってこい」
「うん、でも、なにがなんだか……」
そんな会話を遠目に見ているとようやく落ち着いてくる。さて、あの先輩は一体何の用なのだろうか?
放浪バス:レギオスを繋ぐ唯一の交通機関、多脚式のバス
槍殻都市グレンダン:武芸の本場、原作主人公レイフォン・アルセイフの出身都市