「わたしはニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている」
そう硬い声で名乗った金髪の真面目過ぎて怖い少女とレイフォンは戦っていた。武芸者の戦闘は高速すぎてどちらが優勢なのか良く分からないがとりあえず戦いにはなっているようだ。
話は若干戻る。
銀髪の美しい少女に連れられて来た先は一年校舎よりもさらに奥まった場所にある、少し古びた感のある会館だった。案内してきた銀髪の少女は一つの部屋に入ると無言のまま部屋の隅に移動する。
部屋の中には先程まで案内してくれた銀髪の少女とこれまた硬い表情をした金髪の少女、そして寝そべっている長身の男と機械油と触媒液で緑と黒の斑になったツナギを着た男がいた。
何のまとまりもない集団に私は戸惑う。戸惑いながらも私たちが部屋に入ると金髪の少女――ニーナと名乗った――が出迎えた。そして突然始まる小隊の説明。
説明不足も甚だしいが要は生徒会長から話があった小隊付き錬金術士の話だろうということがようやく私にも当たりがついた。レイフォンは状況がまだよく分からないのか、あるいは分かった上で理解したくないのか視線をあちらこちらへと泳がせている。
「わかったか?」
その態度に不満があるのかニーナが強い口調でレイフォンに確認する。
「あ、はい」
明らかに分かっていないであろう空返事をするレイフォン。
「あの、それで、僕がどうしてここに呼ばれたのですか?」
そこにさらに油を注ぐような事をいけしゃあしゃあとのたまうレイフォン。これがもし演技なのだとしたらとんでもない役者だと思う。これからの付き合いも考えないといけないだろう。だがそうじゃないのだろう。ニーナの片眉が引きつるように震えたのを見て慌てたように付け加える。
「いえ、ここにいる人たちがエリートだというのは、さきほどの説明で十分にわかりました。でもだったら……だからこそ一年の僕がここに呼ばれる理由がわかりません」
やはり分かった上で理解したくないのであろう。ここまでお膳立てされていてとぼけた返答するのはそういうことなのだろう。きっとレイフォンに小隊に参加する気はないのだ。
「ぶははははははははははははははははははは」
ニーナが落ち着こうと深呼吸してる隙に寝転がっていた長身の男が腹を抱えて笑い出す。きっと私も呼び出されたという緊張がなかったらこのコントのようなやり取りに笑っていただろうと思う。が、今はさらにボルテージが上がっていそうなニーナが怖い。
「シャーニッド先輩!」
ニーナが肩を震わせて長身の男の名を大声で呼んだ。
「ぎゃはは!は~ひいひいい……ああ、腹が痛い。ニーナ、おまえが悪い。もって回った言い方なんかするから、そこの新入生にとぼけられるような隙を作っちまうんだ」
「ぐっ」
「よっ、と」
シャーニッドが勢いをつけて起き上がると、軽薄そうな眦で私に対してウィンクを一つした後、レイフォンに向かって言う。
「俺の名前はシャーニッド・エリプトン。四年だ。ここでは狙撃手を担当している」
「はあ、どうも」
「で、我らが隊長殿に代わって、単刀直入に言わせてもらうとだな、レイフォン・アルセイフ、おまえをスカウトするために呼んだわけ」
「はっ?」
やはり、そうだったのかと思う。それよりもこのまとまりのない集団が小隊というエリート集団だとはとても思えないのだがそこは気にしてはいけないのだろう。
「おおっと、とぼけるのはなしだ。入学式の立ち回りはここにいる全員が見てるんだ。新入生だから実力が足りませんなんて言い分は通用しない。おまえさんの実力は、もう証明されてるんだ。で、俺たちは小隊にスカウトするに十分な実力を有していると評価した」
そこまでシャーニッドが語ると今度はニーナがごほんと咳払いを一つする。そしてニーナは改めてレイフォンの前に立ち言い放つ。
「レイフォン・アルセイフ。わたしは貴様を第十七小隊の隊員に任命する。拒否は許されん。これはすでに、生徒会長の承諾を得た、正式な申し出だからだ。なにより、武芸科に在籍する者が、小隊在籍の栄誉を拒否するなどという軟弱な行為を許すはずがない」
その言い草に流石にどうかと思いつい口を挟んでしまう。
「ちょっと待ってください!もっと個人の状況を考えてください!栄誉じゃ生きていけませんよ。レイフォンは……機関掃除しないと生きていけない孤児で!っ…………ごめん、これ言っちゃまずかったよね?」
つい自分が言うべきでない事を言ってしまう。
「……いいよ、事実だし、それより……ありがとう、後は自分で言うよ」
そう言うとレイフォンはニーナに向き直る。その視線は今までのように泳いでいない。これなら任せてしまっていいだろう。むしろ自分が変に手出しした事の方がまずかった気がする。
「先輩、僕は彼女が言った通り孤児です。本来なら機関掃除をしないとこの都市で生きていくことはできない予定でした」
「だが、私も!」
何かを言い募ろうとするニーナをレイフォンが制する。
「でも!でもです。自分の意に沿わなくとも転科する事に頷いてしまったんです。僕は。そして見返りに奨学金がAランクに引き上げられている。……だったらその責任は果たさなくちゃいけない。そう思います。だから、だから小隊に入ります」
レイフォンが自分の意志を迷いながらも示す。それにしても奨学金Aランクということは学費免除ということだ。そんな高待遇でのレイフォンの転科の背景にまだ何やらいろいろありそうだがここは黙っておく場面だろう。それよりもレイフォンがまだ何かを迷っているような気配がすることの方が今は気になる。
「……分かった。とにかく小隊に入るならとりあえず良い」
ニーナは何かを言いたそうに口を開けたり閉めたりした結果、そう告げる。それから今はポジション決めのために隊長と模擬戦をしている。どこかまだ迷いを残したような決めきれないような表情のままのレイフォンにニーナが挑みかかっているという構図だ。
間合いが開いたかと思うとニーナが突然問う。
「外力系衝剄は使えるか?」
そのあまりにも唐突な問いに何も反応できないレイフォン。
「外力系衝剄は使えるか?」
ニーナが重ねて問う。その問いの勢いに押されるように頷くレイフォン。次の瞬間だった。レイフォンが吹き飛ばされ全身を強かに打ち付ける。動かなくなるレイフォン。慌てて私は駆け寄る。
「良かった。息はあるみたい」
「当然だ。この程度で死ぬ武芸者であればあんな事はしない」
「先輩、その言い方はちょっと不謹慎ですよ!もう。あっ保健室に運ばないと……」
「むっ、すまない。保健室には……シャーニッド先輩、お願いできますか?」
「ん?あいよ、保健室に連れてけば良いんだろ?」
そう言うとシャーニッドと名乗った金髪のちゃらそうな先輩がレイフォンを担ぎ上げる。このまま保健室に連れて行くのだろう。
「ああ、アナスタシアは残ってくれ」
ついて行こうとするとニーナに残るように言われてしまい。レイフォンを見送る。私の代わりというわけではないだろうがあの人形のような先輩が二人についていくのが見える。
「さて、アナスタシア・リグザリオだな?」
「はい、初めましてアナスタシア・リグザリオです」
「リグザリオ、か……まぁいいニーナ・アントークだ。生徒会長から聞いているかも知れないが、君を呼んだのは小隊付き錬金術士についてだ」
レイフォンと一緒に呼ばれた段階で予想は付いていたが、やはり小隊付き錬金術士についてだった。話の流れ上、当然17小隊付きの錬金術士となるのだろう。
「はい、第17小隊付きの錬金術士となるという事ですよね?先輩」
「ああ、そういう事になる。何でも古式の錬金術を扱うとか何とかで、武芸大会への協力の一環として参加してもらうと言う話だったのだが……生憎と具体的な話は何も聞いていない。そこで君に問いたいのだが何ができるんだ?」
何ができるか?と来たか……さてどう答えるべきか悩ましい質問である。何せできることを増やすためにツェルニにやってきたのだ。今できる事だけ教えても仕方ないだろう。
「えっと、それなんですけどまだ見習いな者でして、今できるのはちょっとした薬を作るぐらいでしょうか?正直に言えば何をしたら良いのかまだ分からないんです。武芸大会に向けて協力するという大目標はあるのですが、武芸大会や小隊については全く知らないので何ができればお役に立てるのか分からないのです……今、何か困っていることがあればそこから何ができるか考えるのですが……」
そう逆にニーナに問うとニーナは一転困り顔になってしまう。
「困っていること、か。薬……薬、そう言われてみると細胞充填薬が高くて予算を圧迫しているから気軽に使える薬があると便利、か?……すまないぱっと思いつくのはこんな所だ」
「いえ、気軽に使える薬があると便利なのですね。それなら調合できると思いますので今度持ってきます。とりあえず授業や訓練、それに対抗試合でしたっけ?それを通して武芸についても学んでいこうと思いますのでよろしくお願いします」
ここまでの応答でニーナの性格はだいぶ掴めてきたように思える。彼女は非常に真面目なのだろう。その真面目さが行き過ぎている部分も若干目に着くような気もするが、美徳と言えるのだろう。少なくとも生徒会長のような悪人(?)ではないのは確かだ。
「ああ、よろしく頼む、後はハーレイ!色々教えてやってくれないか?」
「良いよ、錬金科のハーレイ・サットンだ。よろしくね」
「はい、ハーレイ先輩よろしくお願いします」
「さて、ここはうるさいし、聞きたいことがなければレイフォン君も心配だし場所でも移そうと思うけど、どうする?」
「あっはい。レイフォンが心配なので様子を見に行きたいです」
「オッケー、じゃあ行こっか」
レイフォンの様子を見に行くと、レイフォンは保健室の長椅子で背中を丸めてうなだれていた。とりあえず意識が戻ったことは良いことだと思うのだが、一体何があったのだろうか?思い当たるのはさっきの模擬戦ぐらいのものだが……
「あの~、レイフォン大丈夫?」
「あっ、えっ、アナスタシアさん、うん大丈夫だよ」
「良かった、気絶しちゃうから驚いたよ、後アニーで良いよ」
「武芸やってるとよくある事なんだけどね……えっと、アニー」
「そうなんだ、なんともなさそうだし良かったわ。……さっきはごめんなさい、勝手にあなたの身の上を話してしまって……」
「いいよ、さっきも言ったけど事実だし。隠すつもりもなかったし、結果はあんな感じになっちゃったけど……むしろ、ごめん」
「そんな!なんでレイフォンが謝るのよ。良いのよレイフォンが選択したことならそれで」
「……さて、そろそろ良いかな?」
レイフォンと謝罪合戦をしているとハーレイが口を挟む。正直助かった。このまま謝罪合戦をしていても埒が明かないような気がしたからだ。
「あっ、はい、えーっと先輩」
「ああ、ちゃんと名乗ってなかったね、錬金科のハーレイ・サットンだ。主に
「えと、レイフォン・アルセイフです」
それから小隊についての基本的な説明や練習時間、特典などをハーレイが講義してくれた。
「さて、何か質問はあるかな?」
「えーっと、大丈夫です」
「はいっ、錬金鋼を触ってみたいんですけどできますか?」
「へぇ、古式錬金術って言うのは錬金鋼も作れるのかい?ああ、錬金鋼を弄るのは大丈夫だよ、良ければ明日研究室までおいでよ」
もしかしたら自分の領域に手を出されるのを嫌がるかとも思ったが、そんな様子は全く見せず、むしろ興味を持ってくれて嬉しいと言わんばかりに誘ってくる。
「えっと、錬金鋼は専門外なのでよく分からないのですが、できるかも知れません」
お祖母ちゃんは錬金鋼の調合を行っていなかったのか錬金鋼に関する資料は数少ない。私も学校で習った新式錬金術の知識がほとんどだ。ただ、理論的に錬金鋼の調合もできるのではないかと思う。もちろん研究が必要なのだが……
「うーん、不思議だね。さすが錬金術の科学じゃない部分の究極って言われているだけあるね。……ああ、それとレイフォン、明日君の錬金鋼を作るから予定空けといてね」
それからしばらく古式錬金術と錬金術の違いなどについて話をした後、暇そうにしていたレイフォンにこれ以上は悪いという事になり解散となった。
「まずは傷薬か……いつも作ってたヒーリングサルヴで大丈夫かな?とりあえず作って持っていってみよう」
「材料は……植物と油、それに水だったよね、早速買いに行かなくちゃ」
何かいい素材が売ってるだろうか、そう思いながら私は歩きだすのだった。
剄:魔法のような不思議な力、武芸者は余分に剄を発生させる剄脈という臓器を持っている。
外力系衝剄:剄の使い方の一つ、剄を飛ばして攻撃する事
ヒーリングサルヴ:アトリエ定番の傷薬、塗り込んで使う。実はそのまま食べることもできる。