翌日、学校でいつもの四人が集まる。今までは晩御飯や朝御飯も一緒に食べたり、一緒に登下校していたので、一人で登下校すると言うのは中々新鮮であると共に一抹の寂しさを感じる。
「ねぇねぇ、昨日は何だったの?」
「うん、生徒会長から小隊付きの錬金術師になるように言われたって話はしたでしょ」
「やっぱり、その話だったか」
「あっ、気付いてたのね」
「ああ、呼びに来た人が小隊のバッジをしていたからな」
きっと気づいたのは目聡いミィフィなのだろう。
「なるほどね」
「でね、隊長さんがレイフォンを小隊に勧誘したんだけど、拒否は許さないし、いきなり腕試しで気絶させるしで、何というか猪突猛進な人なのよ」
「へー、それで隊長が務まるのかな」
「出来たばっかりの小隊って話だし、経験は浅そうだったわね」
「ちょっと不安だな」
「そうね、まぁ、私は直接戦う訳じゃないし調合するだけだから良いんだけど、レイフォンが心配ね、あんまり乗り気じゃないみたいだったし」
「そっか、それは心配だな」
「ううっ、心配だね……」
これ以上メイシェンを心配にさせても仕方ないと思い話を変えることにする。
「ところでミィ、お願いがあるんだけどちょっと良いかな?」
「なぁに?このミィフィ様に任せなさい……まぁ、できない事はできないけど」
「大丈夫。ミィ向きの話だよ。さっきも言ったけど私、生徒会長から武芸大会に協力するように言われてるんだけど」
「うん、その一環で小隊付きの錬金術師やることになったんだよね」
「そう。で、武芸大会について調べて欲しいの。他にも小隊についてとか知りたいんだけどお願いしていいかしら」
「敵を知れば何ちゃらってやつだね……分かった。このミィフィ様に任せなっさい。バッチリ調べてきてあげるから」
「ありがとう、ミィ」
「お礼はケーキでいいよ」
「それぐらい良いけど……太るよ」
「ぐっ、大丈夫、基礎体温高いから……」
そんな事を話していると教師役の上級生がやってきて授業開始の鐘が鳴る。そして放課後、レイフォンに話しかけようかと思っていると、ハーレイがクラスにやってきた。昨日言っていた通りレイフォンの錬金鋼を作るために来たのだろう。見学したいと言ったので私もハーレイとレイフォンについていく事にする。
「ごめん、今日もちょっと行ってくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
「気をつけて、ね」
「何か面白い事があったら教えてね」
「うん、行ってくる」
錬金鋼の調整ができて楽しそうなハーレイと対照的にげんなりした様子で、しかし真面目に答えているレイフォンの様子を見ながらハーレイの研究室までやって来る。錬金科では定期試験で上位になったり、良い論文を発表できたりすると研究室が貰えるらしく、ハーレイ達も班で研究室を持っているらしい。そう考えると入学早々アトリエを貰えた私の扱いはかなり特別な物らしい。それだけ生徒会長に期待されているという事だろう。
研究室は雑多そのものだった。真っ黒く焦げたような色をした粘つくものが床に張り付いていたり、ドア横の壁に雑誌やら紙の束やらが積み上げられていたり、埃が全体的に薄く堆積していたり、縁の汚れたマグカップや食べかけたまま放置されている乾燥したパンがあったりする。
男の一人暮らし……それも最悪のレベルがそこに実現されている。私は目がくらむような思いをする。几帳面な性格に見えたのだが、それは自分の興味があるものに限定されているようだ。多少の汚さなら許容できるがこれはない。
「いくらなんでも汚すぎます!これじゃあ研究もしづらいに決まってます!今から掃除するので道具を貸してください!」
「え?良いよ、ちょっと汚れているけど使いやすいし……」
「駄目です!掃除をします!」
「いや、レイフォンの錬金鋼が……」
「あの、僕も掃除した方が良いと思います」
レイフォンが味方に付いてくれた。意外な援軍だ。
そのまま掃除をすると言って押し切った。掃除にはそれなりに時間がかかった。何と言っても触っていい部分と触っちゃいけない部分があるのだ。私も自分のアトリエを持っているから分かるのだが他人には触って欲しくない領域という物がある。どれだけ汚れていてもそう言う場所はできるだけ触らずに埃を落とす程度で済ませる。幸いだったのはレイフォンが掃除を得意としていた事だろう。私の指示の下テキパキと片付けていく。どうにか私が許容できる程度まで綺麗になったときには既に日が傾き始めていた。
「ああ~、もう時間がないよ、レイフォン、急いで錬金鋼作るよ!」
「えっ?今日やるんですか?」
「もちろんだよ、明日から訓練があるんだし、今日中にやらないと……時間がないから全部は試せないけど」
「ごめんね、レイフォン、でも頑張って!私も付き合うから」
結局、どうにか使う錬金鋼が決まったのは日が完全に沈んでからだった。まだ、色々と試したそうなハーレイに機関掃除のバイトがあるからとレイフォンの要望通りに青石錬金鋼の剣にした段階で切り上げたのだ。
「これから機関掃除って……大丈夫かしら」
数日後、やはり機関掃除と勉強と小隊を両立するのはかなり厳しいのだろう。昼休憩の時、レイフォンは何もする気が起きないとばかりに机の上に伸びていた。
「大丈夫?」
ミィフィがそう尋ねる。メイシェンと私も心配そうにレイフォンの方を見ていた。
「……大丈夫。や大丈夫。うん大丈夫だから」
説得力が全く無かった。何と言っても目に生気がない。そしていつもはピンとしている姿勢がだらしなく崩れている。
「その様子で大丈夫とか言われても説得力はないな」
教室に戻ってきたナルキがそう言う。右手には二つの紙袋が握られている。その片方をレイフォンの机に置いた。
「ほら。好みがわからんので適当だがな」
「あ、ごめん。ありがとう」
「これもどうぞ、ちょっとは元気になるかも」
そう言いながら私も一つのビンをレイフォンの机に置く。最近調合したスカッシュティーだ。このスカッシュティーは栄養剤のような効果があるお茶だ。今のレイフォンには最適だろう。
「気にするな。金はちゃんともらう」
「私のは試作品だから感想を貰えればそれで良いわ」
これでちょっとは元気が出れば良いのだが、根本的には何も解決していないのだからどうしようもないだろう。ナルキにお金を払って、レイフォンはスカッシュティーを一気にあおる。
「あっ!」
「え?ん、あ、ごっ、ごほ」
スカッシュティーの刺激的な味にむせるレイフォン。まさか一気飲みするとは思ってなかったので注意する暇もなかったが、これは私のせいだ。
「大丈夫?結構刺激的な味だから一気飲みするとそうなるよ」
「……大丈夫、もっと早く教えて欲しかったけど」
「それで、どうだった?」
「ん、何かガツンとくる味だったね、気分はすっきりしたよ、後……剄脈の疲れがとれたような……」
「う~ん、そういう効果もあるかも?」
「悪影響とかはないんだよね?」
「それは大丈夫だと思うよ」
一応、錬金科が所有しているシミュレータにかけて効果を確認はしてあるので、大丈夫だとは思う。とは言えシミュレータを借りたときに古式のは分からんこともあると言われたから確実とは言えないのだが。
「さて、どっちが原因なんだ?そっちか?それとも機関掃除の方か」
ナルキが剣帯を指差しながら言う。
「うん、仕事の方は全然大丈夫なんだけどね。意外に楽しいよ」
紙袋からのそのそとパンを取り出しかじりながらレイフォンが言う。
「じゃあ、訓練なんだ?そんなにしんどいの?」
ミィフィがそう尋ねる。周りの椅子を適当に集めてレイフォンの周りに腰を下ろす。
「対抗試合のための訓練なのだろう?なら大変なのだろうな」
ナルキが自分のパンを食べながらしたり顔で頷く。だが、本当に訓練が厳しいからなのだろうか?小隊付きの錬金術師として訓練の見学もしている私から見ると厳しくはあってもレイフォンの体力が尽きているようには見えないのだ。
「……訓練がしんどいの?」
「ん、ん~」
煮え切らない返事だ。
「まあ、レイとんは好きで武芸やってる訳じゃないんだから、無理してがんばる必要もないんじゃない?適当にやるのが一番。しんどいんだから」
ミィフィが気楽に言ってのける。メイシェンも頷く。ナルキはちょっとだけ何か物言いたげだ。私は、どうなのだろう?やりたくなければやらなければいいとも思っているし、やるしかない状況に追い込まれているというのも分かる。
放課後、レイフォンと一緒に練武館へ向かう。頼まれていた傷薬、ヒーリングサルヴが出来上がったからだ。
「隊長、傷薬ができたので持ってきました」
「おおっ、もう出来たのか」
「はい、簡単な調合なので材料さえ揃えばすぐにできます。それで代金なんですけど……これぐらいになります」
「ふむ、大分安いな、使い方は傷口に塗れば良いのか?」
「はい、そうです。食べても効果があるみたいですけど基本的に塗ってください」
「分かった、ありがとう。効果次第だがこの安さなら常備してもいいと思ってる。次までに感想が言えるようにしておく」
「はい、よろしくお願いします」
もう集合時間は過ぎている筈だが、あのシャーニッドとか言う先輩がまだ来ていないようだ。それならある意味ちょうど良いだろう。
「それで質問なのですけど前回の武芸大会について教えてもらえませんか?」
「むっ、武芸大会か……あまり話したい記憶ではないのだが……」
「ルールとかは学んでいるのですが、具体的にどう動くのか分からないと何を調合して良いのかもよく分からないのです」
「そうか……まぁ、私が知っていることなら」
ニーナによると前回の武芸大会では2戦2敗だったらしい。外縁部での正面衝突と都市外からの潜入が大まかな戦場らしいのだが、ニーナは2戦とも外縁部での戦闘に参加したらしい。
1戦目はこちらがどう動いてもそれ以上に相手の対応が早く尽く攻め手を潰されて押し切られてしまったそうだ。2戦目は順調に攻め込んでいるように思えたのだが崩しきれずにいつの間にか潜入された部隊にフラッグを取られたらしい。
「なるほど、外縁部での戦いと潜入戦、それに対する防衛戦がある訳ですね」
対抗試合の攻撃側と防御側という想定もこの潜入戦を想定したものなのだとようやく分かる。
「ああ、こんな話で何か参考になっただろうか?」
「はい、いくつかアイデアが浮かんできましたよ」
直接的なドーピングは禁止事項が多く手を出しづらかったのだが、ニーナからの話でだいぶイメージが固まってきた。
「ほう、それは凄いな、どんなアイデアなんだ?」
「外縁部の戦いならば範囲で回復できるアイテムがあった筈なのでそれを作れるようになれば有利に戦いを進められるかも知れませんし、強力な睡眠薬なんかも使えるかも知れません。潜入するのに認識をごまかすマントなんかも作れるかも知れません」
できそうな事をニーナに伝えるとニーナは微妙な表情をした後に
「そうか、まぁ卑怯にならない程度に、な」
そう言う。どうも私がした提案はあまりお気に召さなかったようだ。まぁ、負けるよりはマシだと思っているようでもあるから気にしなくて良いだろう。そんな事を話しているとようやくシャーニッド先輩が現れる。
「遅いですよ、シャーニッド先輩」
「あ~、すまんね」
「もう、よしっ!訓練を始めるぞ!」
「あっ、それじゃあ今日はこれで失礼しますね」
「ああ、次も楽しみにしてる」
そう告げ、練武館を後にする。訓練も見ていきたいのだがそこまでしていると調合する時間がなくなってしまうのだ。だから最近は訓練が始まる前に退散することが多いのだ。さて、今日は何を調合しようか、そんな事を考えながらアトリエへ向かうのだった。