ついに対抗試合が始まる。
試合前、レイフォンは緊張しているようだ。いや、あれは何か迷っていて結論がでないのに変にプレッシャーだけ掛けられた結果だろうか?明らかに様子がおかしい。というかこの期に及んでまだ決められないとは一体何を抱えているのか気になるところだ。
試合前にメイシェンの手作り弁当を渡したのだが、この調子では喉を通らなかったのだろう。バスケットは手を付けられず控室にそのまま置かれていた。メイシェンがここまで積極的になったのだから少しは気がついて欲しいところだが、試合前の重圧に負けて目にも入っていないようだ。
「レイとん、大丈夫?」
「ん、大丈夫……大丈夫」
僅かに頷き、そう言うがどう見ても大丈夫には見えない。とは言え私にできることはないだろう。悩みを打ち明けてくれると嬉しいのだが聞き出せるような雰囲気ではない。もし聞き出すのならもっと早く動くべきだった。踏み込む事に躊躇してしまった事をちょっと後悔する。
仕方なく他の隊員に目をやる。ニーナも緊張しているのかさっきからぶつぶつと作戦を練っている。その姿は明らかに追い詰められているような雰囲気を漂わせている。正直に言えば隊長であれば追い詰められていたとしても泰然とした態度を維持すべきだと思う。というかあの様子ではまともに他の隊員の様子も目に入っていないのではないだろうか?小隊の初陣とは言え気負いすぎのように私には見える。
シャーニッドは年長なだけあってその緊張をうまく受け流しているように見える。いつも通りの飄々とした雰囲気は今は頼り甲斐すら感じる。フェリは、どうなのだろう?私にはいつも通りに見える。無表情で黙り込んでいるその姿にやる気は感じられない。
ニーナのやる気だけが空回りしているようなまとまりのない雰囲気の中、嫌な沈黙が控室を満たしている。これ以上いてもできることはない。そう判断し私は雰囲気の悪い小隊のロッカーを後にする。そしてメイシェン達と合流して試合観戦する事にしたのだった。
「……レイ、とん。食べてくれた?」
メイシェンが私にそう尋ねる。
「試合前の緊張で喉を通らないってさ、楽しみは後にとっておくんだって」
「そう、そっか……」
メイシェンが少しばかり落ち込んだ様子を見せる。が、ここで嘘をついてもしかたないだろう。
そして試合が始まる。最初、レイフォン達17小隊は劣勢に立たされていた。人数の少なさという誰の目にも明白な弱点を突かれたのだ。レイフォンが土に塗れながらゴロゴロと転がり攻撃をどうにか躱している。その姿をメイシェンが泣きそうな目で見ている。粘っているが時間の問題だろう、そう思った時の事だった。
突然、レイフォンが何事もなかったかのように立ち上がると同時に
それとほぼ同時だっただろうか激しいサイレン音が鳴り響く。武芸者ではない私には一体何が起こったのか全く理解できなかった。ただレイフォンが度を越して強いという事だけが分かる。これが生徒会長がレイフォンを武芸科に引き込んだ理由の一端なのだろう。そしてレイフォンの迷いの一端もここにあるのではないか、そう思う。
「フラッグ破壊!勝者、第17小隊!」
17小隊の勝利を告げるアナウンスが会場に流れる。
それに合わせるように観客がどっと沸き立つ。
その声に押し倒されるようにレイフォンが倒れるのが見えた。
「あっ!」
メイシェンがさらに泣きそうになり、身を乗り出す。救護班がレイフォンに駆け寄る。意識がないのを確認すると持ってきた担架に手慣れた様子で乗せる。担架で運ばれていくレイフォンを見ながらメイシェンに尋ねる。
「保健室に見舞いに行こっか?」
「う、うん」
「そうと決まればさっさと行こう」
そういう事になった。保健室ではレイフォンが寝ていた。しばらくその場で待っているとシャーニッドが現れる。レイフォンの様子を見に来たようだ。私達がいるのを確認するとあっさりとその場を任せ、打ち上げするから伝えておいてくれとだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまう。
寝ているレイフォンを無理に起こすのも何だったのでみんなで飲み物を買い行く。戻ってみるとレイフォンはちょうど起きたところのようだった。
「あ、レイとん起きてる!」
手に紙コップを持ったままミィフィが大きな声を上げた。その声に引かれるように後ろからメイシェンが保健室の中を覗き込む。
「どうどう?大丈夫?てか、すごいじゃんレイとん。びっくりしたよう」
ミィフィは単純に強かったレイフォンを讃えているようだ。
「あそこまで強いとは思わなかったな。あれは、すごいぞ」
私達の中で唯一の武芸者であり、おそらくレイフォンが何をしたのか理解しているナルキがそう言う。
「……大丈夫?」
そう言いながらメイシェンは紙コップをレイフォンに差し出す。男の子に自分から物を渡すなんてメイシェンも成長したようだ。その事に密かに感動する。
「ありがとう、落ち着いたよ」
その時、くぅ~というかわいい音がする。同時に赤くなるレイフォン、どうやらレイフォンの腹の音だったらしい。
「あっ!お弁当……」
「どうせ、控室に置いてきたんでしょ?取ってきてあげるわ」
「じゃあ、私も」
「あっ、わたしもわたしも」
控室にお弁当を取りに行くことにする。一緒に来るというミィフィとナルキはせっかくだからレイフォンとメイシェンを二人っきりにさせてやろうと言ったところだろう。押しの弱い幼馴染へのちょっとしたお節介だ。試練とも言うかも知れないが。
「さて、うまくいくかな?」
「う~ん、厳しいんじゃないかな?いきなり二人っきりにしても……」
にししっ笑うミィフィにそう言う。
「まぁ、なるようになるだろ」
ナルキがある意味突き放したように言う。今まで四人で行動することばかりでメイシェン一人で何かをする、させるという事が少なかったように思う。それが良いことなのか悪いことなのか分からないがせっかくメイシェンが頑張ろうとしているのだし、背中を押すのは間違った選択ではないだろう。レイフォンが相手ならば失敗したとしてもいい経験になる可能性が高いだろう、今までの付き合いから素直にそう信じられる。
弁当を控室から回収して戻ってみると二人は黙り込んでいた。とは言えそう雰囲気は悪いものじゃない。多少の失敗はあれど半歩前進と言ったところだろうか。それから夜に打ち上げを行うことを伝えて、少し話をして一先ず解散という事になった。
それから数日の時が経ったある日の事。夜遅くまで調合していた時の事だった。調合も一段落し、そろそろ寝なくてはと思った時、突然地面が揺れる。
激しい揺れに立っていることもできず近場にあった大釜に縋り付く。
揺れはしばらくすると治まった。幸い中身がこぼれることもなくアトリエの中を見渡しても被害は軽そうだ。
「都震?踏み外したのかしら?」
ヨルテムでは昔、弱い地盤の土地に迷い込んでしまったために都震が頻発した時期があった。そのため私はかなり都震には慣れている。大体の場合この後防災放送で都市が足を踏み外した旨が伝えられ、普段の生活に戻るというのがいつものパターンだった。
しかし、そんな私の楽観を裏切るように断続的にサイレンが激しく鳴り響くのだった。今まで訓練でしか聞いたことのない緊急事態を告げるサイレン。何かが起こったのだ。それも都市の運命を左右するような重大な事が。
まずはありったけの道具をバッグに入れる。そして、緊急時のマニュアルに沿って私は駆け出す。錬金科の生徒は即時避難のサイレン以外――即ち今回のサイレンだ――まず錬金科前のグラウンドに集合するように定められている。生憎と路面電車は停止しているため走っていくしかない。こんな時中心部から離れている事が恨めしく感じる。
どうにかグラウンドまで辿り着いた時、既に多くの人が動き始めた後だった。私は手近で比較的暇そうな、戸惑っているような人間を捕まえて話を聞く。
「すみません。今来たところなんですけど何があって、何をすれば良いんですか!?」
「えっと、君も一年生?汚染獣だ!汚染獣が来たっていう話だよ。一年は避難して欲しいとのことだ。君も早く避難しなさい」
「汚染獣!?そんな……っつ、分かりました。でも、薬を持ってるんです。何かの役に立つと思うんですけど……」
「薬?一年が?……まぁ、いい医薬品を持ってるならあそこのテントに行きなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
そこからは先は流れに飲まれていたと言っていいだろう。薬を持って来たと言ったら、すぐに外縁部付近に設立された応急救護所に向かうように指示された。そこからは運ばれてくる武芸者達の治療をひたすら行っていた。幸いな事に命を落とすような重症の人は運び込まれてこなかった。そうこうしている内に戦闘終結を告げるアナウンスが流れる。そしてそこから先がさらに忙しかった。今まで怪我していても前線で頑張っていた武芸者達が一斉に救護所に押し寄せたのだ。
途中レイフォンが運び込まれてきて、ここでは対処できないと病院送りになった事に焦ったりしたが、結局日が昇り始めたぐらいまでひたすら応急手当てをし続ける事になったのだった。
その後、一段落した時に私が一年であることが発覚しちょっとした問題になりかけた事はご愛嬌だろう。ともかく私の初めての汚染獣との(間接的な)戦いはここに幕を降ろしたのだった。
翌日、私はメイシェンとミィフィとともにレイフォンのお見舞いに来ていた。ナルキは活剄の使いすぎでまだ寝ていたいと言うので自宅に置いてきた。病室を訪ねるとレイフォンは全身を包帯に包まれた状態だった。その様に倒れそうになるメイシェンを支えてレイフォンに声を掛ける。
「レイとん、見舞いに来たよ、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと汚染物質に全身焼かれただけだから、酷く見えるけど見た目ほど重症じゃないよ」
声には力があり、嘘ではないようだ。その言葉に安堵したのかメイシェンが前に出てくる。
「……レイとん、お疲れ様、でした……守ってくれて、ありがとうございます」
「そうだよ、レイとん、ありがとね」
避難していた二人がレイフォンにお礼を言う。
「そんな、お礼だなんて、いいよ。僕は……やれることをやっただけなんだから」
「でも、そんな怪我して……守ってくれたのはたしかだから」
「そこだよ!なんでレイとんだけ汚染物質に焼かれるような怪我してるわけ?」
レイフォンとメイシェンがそんな事を言っていると、突然ミィフィが割り込んでくる。確かにレイフォンが汚染物質に焼かれたということは外に都市外装備も付けずに出たということだ。
「えっと……ちょっと母体を倒しに行った時に都市外に出る必要があって……」
「母体ってなに?」
「今回の襲撃が幼生体によるものだって言うのは知ってるかな?要するに汚染獣の子供なんだけど……子供がいるってことは親がいるってことでそれが母体。母体が残ってると仲間を呼ばれるから早く叩く必要があってね……」
これは、とんでもない事を言っているのではないだろうか?レイフォンからはごく当然の簡単な事をしたような感じで言っているが都市外に出て母体をやっつけて肺が腐る前にすぐに戻ってきたと言ってるのだ、彼は。
「えー!レイとんそんなことしてたの!?」
「……あっ!これは内緒にしといてね」
「え?なんでなんで?すごいことしたのに秘密にしなくてもいいじゃない」
レイフォンがしまったという顔で秘密にするように私たちに求める。レイフォンがやったことは正しく英雄の所業だ。
「……もしかして、勝手にやったの?」
都市外装備を付けずに外に出たというところから類推して私は言う。
「うっ、うん、そう、なんだ。どうも汚染獣についてそんなに詳しくないみたいだったし……」
「呆れた。それでそんな大怪我?」
「……うう、ごめんなさい」
「謝られても困るわ。守ってもらったのは確かなんだし……でも、こんな無茶はこれっきりにしてね?」
レイフォンが頷くのを見て私は満足してあげることにする。さらにミィフィがいろいろ聞こうとした時の事だった。病室のドアが静かに開き誰かが入ってくる。
「レイフォン、幼生体を全滅させたあの武器だが……、あっ、お前達来ていたのか」
入ってきたのはニーナだった。その顔はしまったと言わんばかりに眉をハの字にしている。
「レイとん、幼生体も全滅させたの?」
「う、うん、やりました……」
驚いた。要するにレイフォンは幼生体を全滅させ、母体も倒したというのだ。圧倒的な戦果だ。むしろツェルニの武芸者は何をしたのだろうか?私の患者から聞いた話だとその幼生体もかなりの難敵だったようなのだが。
「ニーナ隊長、さっきレイフォンから
「…………ああ、そうらしい、な」
どう答えるかたっぷり悩んだ挙句ニーナは素直にレイフォンのやった事を認める。やっぱり一人で全部倒したらしい。独断専行がすぎるだろう。レイフォンが隔絶して強いことは分かったが、これは問題だ。
「レイとん、強いのは分かったけど、もっと他人を頼りなさい。頼りにならなそうでも、ね。一人で何でもできても一人でやる必要なんてないんだから」
「えっ?……うん、ごめん、アニー」
それからしばらく私が上級生と間違われて救護所で奮闘した話などをした後、私はアトリエに戻ることにする。復興のための資材の調合の依頼が舞い込んでいたからだ。
それから数日後、ようやく被害が回復してきた頃、私は生徒会長に呼び出されていた。生徒会長など最も忙しい内の一人だろう。だが、彼はいつも通りの一部の隙きもない完璧な姿で私を気遣ってきた。
「やぁ、呼び出してしまってすまないね」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、まず最初に呼び出したが別に何かを咎めようという話ではないことだけは先に伝えておこう」
その言葉に若干安堵する。思いの外緊張していたことに今更気づく。特に良心に疚しい事はしていないとは言え、都市の最高権力者に呼び出されるというのは中々に緊張することなのだ。
「では、最初に君に渡しておきたいものがある」
「私に、ですか?」
そう言って、カリアンは色あせた一冊の小冊子を渡してくる。タイトルはサンドラのアトリエと書いてある。
「これは……もしかして」
「そうだ。君のお祖母様がツェルニで営んでいたアトリエのパンフレットだ。古式錬金術研究会が所有していた物なのだが改めて調査したところ商品の説明欄に原材料名も明記されている事が研究会から報告されてね、君になら何か役に立てられるのではないかと思うのだが、どうだろうか?」
「はい……役に立つと思います。ありがとうございます……お祖母ちゃんのアトリエかぁ」
「今後も何か見つかったら連絡を入れるよ……さて、用件に戻ろう。」
やはり用件は別にあったらしい。小冊子をカバンに丁寧に入れ、姿勢を正す。
「はい」
「第17小隊では早速活躍してくれているようだね」
「そんな、大した事はしてませんよ」
これは事実だろう。レイフォンは大活躍だったようだが、私は大した事はしていない。
「特にヒーリングサルヴだったかな?傷薬の評判がとても良い。そこでだ。確認なのだがヒーリングサルヴには有機栽培された物以外――例えば金属――などを使用しているだろうか?値段からすると使用していないと思うのだが、どうだろうか?」
「いえ、材料は植物と油、それに水ですから、使ってません。油に鉱物性の物を使ってもできなくもないと思いますが」
ヒーリングサルヴの原料がどうかしたのだろうか?もしかして何かトラブルでも起きたのだろうか?もしそうならば、大変だ。
「いや、すまない。勘違いさせたようだ。むしろ金属を使用していない事が重要なのだ。実は現在主に使用されている傷薬、主に細胞充填薬なのだが、ごく微量とは言え製造に金属が使用されている。そしてその使用量も年間を通すと意外とバカにできない量になるのだよ。武芸科では怪我が絶えないからね。さらにこの前の事件だ。一気に備蓄していた分がなくなった。そこで、君の薬を細胞充填薬と一部代替し、備蓄しようという計画が持ち上がっているんだ。その件で君を呼び出したのだが、どの程度の量なら無理せずに――この場合の無理とは武芸大会への協力の妨げになる事だ――量産できるかね?もちろん代金は払う」
これは、ヒーリングサルヴが評価されたという事だろうか?都市のためになるというのなら多少の無理は喜んでするが、どれくらい作れるだろうか?無理しない範囲となると意外と難しい。
「そうですね……そんなに調合に時間が掛かる訳でもないので、まとめて作ればこれくらいが限界でしょうか」
「ふむ、ちょっと少ないが意外と量産できるのだね。まぁ、それだけあればとりあえず十分だ……後で発注書を届けるので頼むよ」
「はい、分かりました」
大口の契約が決まってしまった。にやけそうになる頬を必死で抑えて冷静に答える。とにかくこれで新しい調合素材を購入できる。
「それにしても材料は植物とだけ言っていたが何を使ってるんだい?……いや、興味本位の質問だった。忘れてくれて……」
「えっと、大丈夫です。と言うか言葉通り植物であれば大体使えます。もちろん売り物として効力や特性、品質といった出来を追求するのなら材料の厳選や調合手順の検討が必要になりますが」
「……それは本当に凄いね。古式錬金術研究会がレシピを研究しても同じものを作り出せない訳だ……」
カリアンが大げさに驚いたように言う。だがその驚きには本当の驚きも含まれていたように感じられた。
「それは作り手の技量が大きく影響してるせいかも知れないですね。同じ材料、同じ工程で調合しても祖母のと私のでは明らかに品質が違いますから」
「なるほど、本当に個人の才能によった技術なのだね」
カリアンとの商談を終え、私は上機嫌でアトリエに向かうのだった。
「えへへ、大きな仕事を受けちゃったよ、ヒーリングサルヴでこれならもっと凄い薬を作ればきっと売れるよね!あっ!そうだお祖母ちゃんのアトリエのパンフレット!……どんな物売っていたんだろう」
そこには今の自分では作ることができないような高度な調合品や便利なグッズが所狭しとならんでいた。
「わぁ、こんなのが作れるんだ……あっこれなら私にも作れるかも?うーん、これは作り方が分かんないや、これとか今の商品に応用できるかも!……さすがお婆ちゃんだなぁ」
パンフレットからは自分の未熟さと目標の遠さを感じさせたが、それ以上に自分もやってやるという前向きな気分になったのだった。
「ようし、これからも頑張るぞー!」
一時間遅れました。
ちょっと加筆修正していたら時間がかかってしまいました。
さて、とりあえず一巻分の終了です。