Ark Fantasy   作:山田山彦

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まどろみに横たわる安寧と倒錯 1

男は真実に辿り着いた。それは、想像を遥かに上回るものだった。王は、全ての民を騙していたのだ。人間を救う箱舟など存在せず、滅亡へと導く怪物の生成を進めていた。予言書を議会に認めさせ、それを基盤に政策を実施する。しかし、彼らが用いたのは預言書などではなく、太古の人類が遺した負の遺産。あまりに危険すぎる魔術のため、封印されていたものだ。発動をするためには膨大な魔力が必要で、地質的にも豊富に魔力が含まれている領域を選ばなければならない。

 もともと破滅願望のあった王は、自らが終焉へと導かれていることを知りながら、政策の実施を止めなかった。必要となる魔力を犠牲によって確保し、魔力の含有量が多い王都を発動の地として選択する。全ては滞りなく成果を出し、このまま世界は緩やかに滅亡を迎えることが、ほとんど確定事項として決まっていた。

 けれど、異分子として男が存在した。男は未来の人間ではない。どこかの歪みで紛れ込んだ、過去の人間なのだ。異なる存在だけが、世界の運命を変えることができる。

 男は王の蛮行を阻止すべく、様々な街で出会った同志を集め、反王政組織を結成した。

 名を、魔装霊団という。

 街や村の襲撃を繰り返し、段々と力を蓄えていく。襲撃する場所も規則性がなく、少数精鋭であるため、平和を司る衛兵達も彼らを止められずにいた。そして、その動きを知った王は、ひどく焦った様子で、魔装霊団を潰すことを命じる。けれど、衛兵達の努力も虚しく、組織の中核に傷をつけることはできなかった。

 男は魔装霊団の長を務めており、構成員は既に街一つ分ほどになっている。時期を待ち、反逆のナイフを水面下に潜める。崩壊へと導く、狂った王政を打ち破るために。ただ息を殺して耐える。

 そして、その時はやってきた。

 最上級衛兵の不在を狙った、中央都市への襲撃。王は最悪の状況に晒されることになる。高い戦力を持つ衛兵達は出払っており、僅かな戦力は為す術もなく打ち倒されていく。

 王城が陥落するのも、時間の問題だった。

 男の作戦は全て期待通りに進み、犠牲を最小限に抑えられ、襲撃は成功した。

 中央都市の侵略後、男は負の予言書をすべての人間に公開する。

 "この本は、古い人間が遺した負の遺産である"

 "前体制の王は、世界を滅亡に導くための政策を進めていたのだ"

 "民には何も告げることなく、王と議会の人間のみが知っていた"

 "我々が存在しなければ、世界は何も知らずに死んでいただろう"

 "しかし、この侵略で全てが明らかになった"

 "破滅を与える使途は、地獄へと逃げ帰っていった"

 "世界の終焉は防がれたのだ!"

 民は、最初は半信半疑だったが、予言書の複製を見た途端、たちまち現体制を信じるようになった。その複製には細工が施されており、読んだ者の心理状態を操作することができるのだ。

 男は王政という制度を消し去り、民の合意の元に政策を進める方針をとった。選ばれた人間のみ入ることが許された中央議会は、民衆で溢れている。けれど、男はそれに参加することはない。彼は、離れた街で隠居生活を始めた。その街には、二百年前に亡くなっている妻の墓が作られている。そこへ訪れ、晴れ渡る空を仰ぎ、再会の言葉を呟いた後、物語は終幕となる。

 本を閉じて、寝返りをうつ。

 長い間読み耽っていたので、小さく息をつく。

 ベッドの上に横になって、本の続きを読んでいた。上巻に比べ、下巻は物語が流れるように進み、とても読みやすかった。一瞬、書いている人間が別なんじゃないかと疑うほど。

 序盤は特に気にしなかったが、終盤は物語に無理があるような感じを受けた。そういうものだと言われれば、終わりなのだが。結局、男が時間移動した理由もわからなかった。私が読み飛ばしてしまっただけだろうか。よくわからない。

 けれど、それを差し引いても、最近読んだ本の中では一番面白かった。

 窓の外は暗く、気づいた頃には太陽がどこかへ消えてしまっていた。代わりに欠けた月が天上に浮いている。

 そろそろ眠ろう。明日は昼頃から働かなくてはいけない。夜更かしすると、起きるのが辛い。

 吊灯を消し、毛布を手繰り寄せ、小さくなって包まる。夜の温度で冷えた生地が心地よく感じた。

 目を閉じると、先ほど読んだ本の情景が、瞼の裏を緩やかに流れていく。それらを眺めていると、意識は段々と手元から離れていった。

 

 次の日、太陽が少し登った時間帯に起きて、いつも通りのパンを口に押し込む。相変わらず味気なかったが、腹を満たすために無理やり飲み込んだ。 

 そして、ベッドから降りる。窓の傍に置かれた鏡を使って、髪の癖を手で梳かしていく。今日はそれほど酷くなかったので、すぐに終わった。時々、肩まで伸びた後ろ髪が、あらぬ方向に曲がっていることがある。本を読んで、夜更かしをしたとき、変な体制で眠りに落ちてしまうからだ。そうなったら、もとに戻すのが面倒なので、できるだけ夜更かしなどはしないようにしている。

 私の担当の時間まで、まだ間があったので、昨日読んだ本を読み返すことにした。一度読んだ本は、あまり面白いものではないと思っている。一旦自分の記憶を消すことができれば、また楽しめるのかもしれないが。

 手早くページをめくり、並んでいる文字列から情景を想像する。見たことのある景色が頭の中を流れていく。結局、それは一回目とあまり変わることなく、同じものを再体験するだけに終わった。私が昨日抱いた疑問点は解決しそうにない。

 しばらくそうしていると、私の担当の時間が近づいてきた。本を途中で閉じて、枕元に放り投げる。服装を、寝間着からウェイター用の服に着替えた。黒を基調としたこの服は、酔っ払った客に汚されても見えづらいようになっている。

 部屋を出て、鍵を閉める。そして、階段を降りていると、他のウェイターとすれ違う。彼女が軽く頭を下げてきたので、私もそれに倣って同じ動作をする。名前は知らないが、何度か見たことのある顔だ。

 一階まで降りると、調理担当がせっせと注文されたものを料理していた。エマの姿は見当たらない。厨房から離れているのだろうか。今日は特に話すこともなかったので、気に留めなかった。

 近くの水場の前に行き、私の名前が刻まれたブラシを手に取る。蛇口を捻ると、茶色い水が流れ出してきた。今日は運が悪いようだ。仕方なく、その様子を眺めている。

 しばらくすると水が透明になり、手で掬ってみても、変な匂いはしなかった。ブラシを透明な水で濡らし、口の中を磨く。先ほど食べたパンの欠片が、歯の間に挟まっていることに気づいた。

 ある程度磨いた後、口に水を含んでゆすいでから、吐き出す。三回程それを繰り返し、ブラシを洗って元の位置に戻す。 

 そして、厨房の端に置かれている棚から、注文表と細身の木炭を取り出し、ポケットにしまう。トレイを脇に抱え、厨房を出た。

 今日はそれほど人は多くないようだ。席はまばらに埋まっており、来ている人達の外見も穏やかなものだった。そして、エマに与えられた役割をただ淡々とこなしていく。

 そのまま特に混雑するわけでもなく、閑散とするわけでもなく、程よく忙しい状態が続き、今日の担当時間が終了した。

 てっきりモーゼルは客として来るのかと思ったが、そうではなかったらしい。結局姿を見せることはなかった。少しだけ拍子抜けしたが、ウェイターとして話すのも面倒だと思い、すぐに意識から抜け落ちた。

 

 窓から覗く街並みは黒く染まっている。多少肌寒かったので、毛布を腰までかけていた。

 私は自分の部屋のベッドで横になっている。食事と湯浴みを済ませ、いつでも眠れる準備ができていた。

 そして、丁度日付が変わる頃、私の部屋の扉がノックされる。

「ハスノ、起きてるかい?」

 エマの声だった。けれど、なぜか掠れている。疑問に思ったが、立ち上がって扉へ向かう。

「うん、起きてる」

 扉を開けると、エマの姿があった。疲れた様子で、私をじっと見つめていた。 

「遅い時間に悪いね。起こしちゃった?」

「ううん、まだ」

「それならよかった」

 そう言うと、私の頭を撫で始めた。エマは、一体どうしてしまったのだろうと思った。

「今日、あの男は来たかい?」

 頭にエマの手が乗ったまま、私は首を振る。それを見て、エマは微笑む。

「よかった、私が見てないところで何かされたら困るからね」

「そんなに、心配?」

 彼女の顔を見上げて、聞く。

「心配するに決まってるよ。うちの娘に手を出す人間は沢山いたんだから」

「そう、なんだ」

 私は自身の身くらいであれば、守れる力はある。けれど、エマはそんな事は関係なしに心配してくれる。その事実に気づいたとき、温かい気持ちに包まれた。

 撫でられている頭がとても心地よい。こんな感覚は、いつぶりだろうか。

 それを考えると、私の思考は音のようにはっきりとしたものになった。

 私が愛されたのは、いつだったか?

 考えないようにしてきた唯一の疑問。二度と与えられない現実に怯えて、私はそれらに蓋をしていた。けれど、思いもよらぬところで、それは溢れ出してくる。

 気づいた頃には、自分では止めることができなくなっていた。傷口が再び開くような不快感を覚える。私は、自身の思考に捕らわれる。

 確か、あの忌むべき家に住んでいた……。

 私が、殺さなくてはいけない人間……。

 必ず、復讐を果たす……。

 きっと……。きっと……。

 でも……。

 畏怖と憎悪に満ちた目が……。

 生を厭い、死を願う声が……。 

 怖い……。大きい……。嫌だ……。

 こんなに、苦しいのに……。

 どうして誰も……。

 ……。

 私は……。

 私は、悪魔なんかじゃない……。

「ハスノ?」

 エマに名前を呼ばれ、私は自身の思考を取り戻す。

「どうしたんだい? 随分怖い顔してるけど……もしかしてこうされるのは嫌だった?」

 私の頭を撫でる手が止まる。それが、なぜか残念に感じた。

「そ、そんなことない。ごめんなさい……」

 気分を害したかと思ったが、彼女の表情は変わらなかった。そして、私の頭から下ろす。

「そう……あの男の事だったら、いつでも相談するんだよ」

「うん、ありがと」

 短く返答して、笑顔を作ろうとする。けれど、少々ぎこちないものになってしまった。

 それを見た彼女は、なぜか悲しそうに微笑む。そして、その口が開いた。

「明日の担当は昼からかい?」

 私は頷く。

「そっか。じゃあ明日もよろしく頼むね」

「うん」

 彼女から頼りにされていることに、喜びを感じる。

「おやすみ、ハスノ」

「おやすみなさい、エマ」

 そう言うと、私の頭を荒っぽく撫でた。その大きな手は、私の体温以上に暖かい。

 そして、彼女は部屋から離れ、階段を下りていく。

 私は部屋の扉を閉めて、ベッドに横になる。頭に残った感触を確かめながら、布団を手繰り寄せる。もう少しだけ、その残滓を感じていたいと思った。夜はまだ窓の外に広がっている。

吊灯の明かりがゆらゆらと部屋を照らす。そろそろクリスタルの寿命が来たようだ。早く交換しなければ。けれど、交換をお願いするのも面倒だ。私の魔力で充填すればうまく点灯するだろうか。過剰な圧力で壊れてしまったら困るので、やっぱり交換するべきか。

 あの男はいつ来るのだろうか。もしそれが明日だったら、客として話さなければいけないので、厄介だと思った。できれば休みの日に来てもらうのが一番だが、伝える手段がない。泊まっている場所くらいは、聞いておくべきだったか。私が教えた場所に泊まっているのだろうか。そこへ行って、わざわざ教えてもらうのも億劫だ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、段々と眠気に包まれる。吊灯を消すのも億劫になり、目を閉じた。丁度よくクリスタルの魔力が尽きて、部屋が暗くならないものかと思う。そうでなくても、後で起きたときに消せばいいだろう。

 

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