Ark Fantasy   作:山田山彦

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まどろみに横たわる安寧と倒錯 2

 その次の日、働いているとモーゼルが訪れて、私の担当時間が終わった後に話ができないかと頼まれた。この日も客の入りが少なく、特に忙しい訳ではなかったので、了承を出した。それを聞いた彼は、またサラダを二つ注文する。肉や麦が嫌いなのかと尋ねると、なぜか苦笑いをして答えを濁した。よくわからない人間だと思った。

 そして担当時間が終了し、私は普段着に着替え、指定された喫茶店に向かう。現在は夕刻であるため、日暮れの色が街を染めていた。今日の夕陽は、検問所の彼方へと沈んでいく。

 喫茶店は検問所の近くに建っており、この酒場から少し離れている。衛兵達がよく入る店なので、あまり良い印象は持っていなかった。けれど、向こうが指定しているのだから、仕方がない。

 入り口の扉だけ、過剰に装飾されていた。少し邪魔だなと思いながら、店の中に入る。席はほとんど埋まっておらず、私服の衛兵らしき人間がちらほらといるだけだった。厨房からだろうか、焼菓子の匂いが店内に漂っている。担当の時間が終わった後、何も食べずに来たので、お腹が空くのを感じた。

 店内を見回して、モーゼルが来ていないか確認する。とりあえず、私の目に見える範囲にはいないようだ。店の奥側にも椅子があるようなので、そこで待っているかもしれない。

 そうしていると、背の高い店員が近づいてくる。

「一人ですか?」

 と聞かれた。

「……はい、モーゼルという人と、会う予定なんですけど」

 店員の顔を眺めるには、頭を後ろに傾けなくてはいけない。私と頭二つ分くらい違うのではないか。首が痛くなるのを感じた。

「ああ、その人ですね。奥の席で待っていますよ。こちらです」

 店員はよそ行き用の笑顔を見せると、その席に向かった。私はその後に続く。

 奥側の席は一つを除き空いていた。そこに、モーゼルが座っている。彼はこちらに気づくと、何やら不気味な笑みを浮かべる。私はどう反応したものか迷ったが、とりあえず軽く頭を下げた。

「では私はこれで。ご注文がお決まりになりましたら、お申し付け下さい」

 背の高い店員はそれだけ言うと、静かに戻っていった。私はモーゼルと対面の椅子に座る。

「や、やぁハスノさん」

「どうも」

 彼の声を聞いて、彼が緊張していることに気づいた。

「……どうしたんですか?」

「いやね、その、初対面の人とか、一度会ったきりの人とか、その場限りの関係なら遠慮なく喋れるんだけど、こうやって何回か顔を合わせるのは、どうにも苦手でね」

 少しだけ早口でそう言った。それを聞いて、先ほどの不気味な笑みは、緊張によるぎこちなさから生まれたものだと気づく。

「そうですか」

「うん……あんまり気にしないでくれると、嬉しい」

 私は頷いておく。

「よかった、ありがとう……」

 モーゼルは安心したように息を吐く。

「あ、そうだ。仕事が終わったばかりで疲れているだろう。何か頼むといい」

 彼は品書きを私に向けて開いた。その顔は真剣だった。

「いえ、別に大丈夫ですよ」

 私は品書きを差し戻そうとする。

「ダメだよ、ハスノさん。せっかく僕の為に時間を作ってもらってるんだから。これくらいはさせてほしい」

 彼は負けじと品書きを私に向けて開く。相変わらず、目は私をまっすぐに見ている。

「でも……」

 少しだけ恩着せがましい男だと思った。どうやって断ろうか考えていると、

「あと、僕もお腹が空いているから」

 彼は表情を崩して、恥ずかしそうに言った。

「……そうですか」

 その雰囲気の落差が少しだけおかしいと感じ、僅かに笑みが零れる。そして、彼に見られる前に表情を修正する。きっと、彼は表情の変化に気づかなかっただろう。気づかないでいてほしいと考えた。

「じゃあ、いいですか?」

 私は品書きを手元に引き寄せる。

「もちろんだよ」

 品書きを眺めると、見慣れない文字列が目に入ってきた。私には、それらがどんな味を含んでいるのかわからず、今は無難なモノを選んでおこうと思った。前に一度だけ、エマに食べさせてもらったことがある。

「シフォンケーキで、お願いします」

 そう言って、私は彼に品書きを渡す。

「うん、ありがとう」

 彼はそれに目を通すと、目的のものを見つけたらしく、すぐに閉じてしまった。

「すいません」

 カウンターで立っている店員を呼んだ。店員はすぐに反応して、私達のテーブルの前にやってきた。

「ご入用でしょうか」

「えーと、パウンドケーキとシフォンケーキを一つずつ。それと紅茶を二つ。ああ、そうだ。プレートにクリームもお願いします」

 彼は慣れた様子で注文をしていく。飲み物は頼まなくてもいいだろうと考えていたが、今は彼の好意に甘えることにした。

「承りました。注文は以上でよろしいですか?」

「はい」

 背の高い店員はメモをとることなく、カウンターの方へと戻っていった。ちゃんと覚えていられるのだろうか。と、少しだけ不安に思う。

「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」

 モーゼルは真面目な雰囲気に戻って、そう言った。

「今日は、君に依頼内容を詳しく伝えに来たんだ。この間は、自己紹介するのに手一杯で、そこまで気が回らなくてね。申し訳ない」

 彼は軽く頭を下げる。

「そうしたら、早速だけどお金の話だ。誰にとっても、一番大事なことだろう」

「お金……ですか」

「そう。依頼元が大きな組織だから、報奨金はかなり高い。おそらく、金貨で五十枚は下らないだろう」

「金貨で、五十枚」

 それを聞いて、私は内心驚いていた。エマの酒場で働いて与えられる給金は、一月で銀貨五十枚程度。王都での貨幣価値は、銀貨百枚で金貨一枚。スラム街における貨幣価値は王都より安いが、それでも十分すぎるほどの額だった。

「でも、そんなに貰えるなんて、危険な依頼じゃないんですか?」

「確かに多少の危険はある。だけど、この依頼は難易度が高いから報奨金を吊り上げているわけじゃない。ただ単純に、依頼をこなすことのできる人間が限られているからなんだ。依頼を受ける人が存在しなければ、達成することは決して不可能だからね」

 私が持っている力は、特殊なものなのだろうか。この力を手にしてから、あまり考えたことはなかった。もちろん最初は自身の力が怖くなった時もあったが、ほんの一瞬だった。私は力と完全な意思疎通をとることができる。

「この依頼を達成するために必要なのが、刻印?」

「そうだね。けど、刻印の力というより、対象を物理的に破壊する方法が必要なのかな。魔力を吸収する性質を持っているらしいから、僕の朱裝では傷をつけることはできない」

「対象は、人間?」

「いや、違う。対象は紅色甲冑と呼ばれている鎧なんだけど……」

「鎧?」

 私はてっきり対象が人間の依頼だと思っていたが、違うようだ。

「何と表現したらよいものか……。"意思を持った朱裝"といえば、わかりやすいかな」

 私は彼の言うことがよくわからず、首を傾けた。

「ごめん。正直なところ、依頼元もまだ情報不足のようで、対象についてはわかっていることの方が少ないんだ。僕が君に伝えている情報も、もしかしたら偽物かもしれない。けれど僕が調べた限りでは、それが一番正しい表現だと思う」

 彼は困ったような顔をしている。そして、段々と小さくなる声で呟く。

「人間ではない。けれど、魔獣でもない。それ以外の、何か」

 それを聞くと、かなり危険な相手に思えてくる。いくら報奨金が高かろうと、受けるのは悪手ではないだろうか。

 少し難しい顔をしていたようで、私の表情の変化に気づいた彼が、付け足す。

「でも、心配することはない。先遣隊の戦闘記録も残っていてね。彼等も長期戦で粘ったらしいが、器官を回収することはできなかった。けれど、そこで死んだ人間はいない。軽傷はいくつか報告されていたけど、どれも完全に回復可能なものだった。攻撃の種類や型はある程度決まっていて、その威力はかなり低い。魔力を吸収するという性質以外は、脅威となる存在ではないんだ」

 彼の口からは、淀みなく言葉が溢れてくる。この話が本当であれば、私が依頼を受けない理由が限りなく少なくなる。考えられることと言えば、酒場の担当時間の代わりを探すのが面倒なだけだろうか。

 もし私がこの依頼を受けて、報奨金を貰うことになれば、私はそれをどう使うのだろう。

 エマを少しでも楽にするために使うだろうか。

 自分の為に全部使い切るだろうか。

 まだ、よくわからない。

「その鎧は、どこにいるんですか?」

「ああ、場所は閉鎖された都市の東側にある、禁じられた区域だよ。最近、新たに探索可能な領域が発見されて、先遣隊が調査していたけど、この鎧が邪魔してきたようだ」

「ここから、どれくらいかかります?」

「行商人の荷車に乗って、二日と少しくらいかな。もし君がこの依頼を受けてくれるのなら、移動手段や宿などは僕に任せてほしい」

 六日か七日ほどで帰ってくることができるだろうか。一応、依頼を受ける選択も視野に入れて考えてみようと思った。

「話すべきことは、大体このくらいかな。一旦、僕が言ったことを整理するね」

「この依頼の成功条件は、紅色甲冑の器官を回収すること。場所は禁じられた区域の一角。報奨金は金貨五十枚。対象の戦闘能力は低く、魔力を吸収する性質以外には、特に危険な点は見受けられない。朱裝や魔導では太刀打ちできないため、物理的に破壊する力が必要である。だから、君に依頼をお願いしているんだ」

 話は大体理解することができた。けれど、私がそれを受けるかどうかは、また別の話だ。まだ私は、彼を完全に信用しているわけではない。

「……わかりました」

 どうしたものかと考える。エマに相談するべきだろうか。きっとこの話をしたら、彼女は断れと言うだろう。そう言ってくれたら、嬉しいと思った。

 静寂が訪れる。モーゼルは俯いて、口を閉じてしまった。私の回答を待っているのだろうか。それとも、私に考える時間をくれているのだろうか。どちらにせよ、彼は一言足りないことが多いようだ。

「お待たせいたしました」

 背の高い店員が、注文の品を持ってくる。私の前に、乳白色のシロップに覆われたシフォンケーキが置かれた。店内に漂っている甘い匂いがより一層強くなる。

 彼の前には、食べやすいように切り分けられたパウンドケーキが置かれた。

 最後に、白いクリームが乗せられた銀のプレートと、紅茶がテーブルに乗せられる。

「失礼いたしました」

 軽くお辞儀をして、またカウンターへと戻っていく。モーゼルは、少しだけ注文の品に視線を向けてから、顔を上げた。

「じゃあ、食べようか」

「はい」

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