Ark Fantasy   作:山田山彦

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1.グリーフ・ボーン

 それは、寒い雪の日だった。

 レオンは、父親の帰りを待ち続けていた。

 家の中は暗く、温度も低い。彼は、毛布を何枚か被り、寒さに耐えている。

 いつもは、父親が明かりを灯していた。レオンの身長では、ランプまで手が届かないからだ。なので彼は、暗い玄関に座り込んで、扉のノブが回るのを待っている。

 けれど、その扉のノブを回すのは、いつも彼の掌だった。

 外を確認しても、父さんはいない。雪が規則的に降り積もり、街灯に照らされる道を埋めていく。通りを行く人は、段々とその数を減らしていく。諦めて、扉を閉めて、また玄関に座り込む。

 一向に帰ってくる様子はない。

 家の中は、とても静かだ。

 日没から、かなりの時間が経過していた。普段なら、夕飯を食べ終わって、父さんに本を読み聞かせてもらっていただろう。昨日は、いいところで寝る時間になってしまい、本の続きが気になっていたが、今は興味も沸かない。ただ、父さんと会いたかった。

 徐々に、不安が襲ってくる。

 もしも、帰ってこなかったらどうしよう。

 一人になってしまったらどうしよう。

 悪い想像が、彼の頭を埋め尽くす。

 いくら振り払っても、いつの間にか戻っていて、その度に心臓の近くが痛くなる。

 はあ、と息を吐くと、白い空気が現れて、すぐに見えなくなる。

 そのうち、いてもたってもいられずに、家を飛び出した。

 もうすぐ、街の人達は眠りにつく時間になる。

 広い通りを走り、父さんの形を探す。けれど、そのどれもが違っていた。彼に必要なものは、どこにも存在しない。

 息を切らして、足を動かして、寒空の下を走り回る。身体の末端の感覚がわからなくなっていくが、全く気にならない。

 走っていると、雪で隠れていた段差に気づかずに、つまづいて転んでしまう。雪を被り、膝と肘に痛みが走った。

 その衝撃で、我慢していた感情が溢れ、景色が滲んで見えなくなる。

 街灯や生活の光は、煌々と街を照らしていた。幸せそうな影が、あちらこちらで動いている。

 母親の手料理を食べ終わって、家族仲良く談笑している少女。

 暖かいベッドの中で、父親に絵本を朗読してもらっている少年。

 きっと、彼等は今日も幸せなのだろう。

 今の僕には、ないものだった。

 少し前までは、傍にあったのに。

 いきなり、目の前で取り上げられてしまった。

 それが、羨ましくなって。

 また一つ、大切なものを失ったのだと知って。

 どうしようもなくなって。

 涙が零れる。

 必死にそれを押し止めようと。

 ぐしぐしと腕で目を擦って、

 痛みを堪えながら立ち上がって、

 また歩きだそうとする。

 もう、探し回る気力はなかった。

 家に帰って、眠ってしまおうと思った。

 そうすれば、今までの事は全部夢で、夜が明けたら、幸せが戻っているだろうと。

 そんな、淡い期待を抱きながら。

 彼は歩きだそうとする。

 その時、

「ちょっと、止まってくれる?」

 レオンの隣に、馬車が止まった。誰かの命令で、止まったようだ。彼がそちらに目をやると、閉じられていたカーテンが開き、綺麗な黒髪の少女が顔を出す。

「そこのあなた、大丈夫かしら?」

 そして、声をかけられる。レオンは涙を堪えて、少しだけ俯き気味に彼女を見た。

「……何でしょうか」

 彼がそう言うと、

「膝。怪我してるじゃない」

「え……」

 彼女に言われて、初めて気づく。膝に視線を落とすと、布が擦り切れて、血が滲んでいるのが見えた。先ほどから鋭い痛みを感じるのは、これが原因なのだ。

「お嬢様。お気をつけ下さい。いくら少年といえども……」

 馬車の前面から、鎧を着た男が現れる。彼の手は、剣を包んでいる鞘に当てられていた。この近くではあまり見ないが、騎士のようだ。

「いいの。怪我しているのに放っておける訳ないじゃない」

 少女は男の行動を制する。

「しかし……」

「貴方は座っていて」

「……はい」

 少女の言葉に、男はただ従う。けれど、その視線はこちらを向いていた。明らかに、レオンの事を警戒している。

 馬車の手綱をとっている御者は、何も喋らない。前方を向いて、指示を待っているようだ。

「その怪我だと、歩くのは辛いでしょう? 家までだったら送らせるわよ」 

 少女は笑顔を作って、レオンに話しかけてくる。そう提案されて、彼は迷った。送ってもらえるのは嬉しかったが、今の自分の姿をじっくり見られるのは嫌だと思った。あと、いつ感情が溢れ出すかもわからない。

「いえ……大丈夫です」

「遠慮しなくていいのよ? 私達も帰るところだったから」

 レオンが断っても、彼女は引かずに問いかける。その口調は柔らかく、一瞬だけ揺らいでしまった。

 それを聞いた男の表情が、一層険しくなった。

「お嬢様」

「何かしら」

 少女は、男の方を向く。

「私はお嬢様の安全を第一に考えています」

「そうね。それはよく知っているわ」

「ですから、この少年を乗せることには反対です」

「どうして?」

 むっとした表情で、少女は男を睨んでいる。

「こんな時間に徘徊しているのは、頭が飛んだ人間しかいません」

「それは偏見じゃないかしら。確かに禁止はされているけども。何かしら事情があるんじゃないかしら」

「お嬢様、それがわからない以上、馬車に乗せるのは危険です」

 レオンを馬車に乗せるか乗せないかで言い合っている。それを見ていた彼は、

「本当に、大丈夫ですから」

 一言だけ告げて、馬車が来た方向とは反対に走り出す。自分の為に、誰かを困らせるのは嫌だった。それに、今は一人きりになりたかった。早く、家に帰って眠りたいと思った。

 少女の声が聞こえたように思えたが、それも、気のせいだったかも知れない。

 傷ついた膝が悲鳴を上げている。腕を振る度に、肘も痛む。帰ったら、簡単に手当をしなければ。

 どこかの家から、楽しそうな笑い声が聞こえた。

 それを振り切るように、また足を動かす。

 そして、一人きりの家に、戻っていく。

 

2.

 

 その次の日。

 レオンは昼頃に目を覚ました。窓が閉まっているため、部屋は暗い。ベッドの上でぼうっとしていたが、意識がはっきりと戻った後、起き上がり、部屋の窓を開けた。すると、眩しい陽の光が部屋を照らす。

 昨日の記憶を思い出して、心臓の近くが痛む。

 意を決して、家の中を見て回った。

 キッチンに入っても、焼き立てのパンの匂いはしない。

 レオンが起きる頃には、色彩豊かだったテーブルも、空のまま。父さんは料理が好きだったと、頭の片隅で思う。

 玄関に父さんの靴はない。

 父さんの仕事道具も、いつもの場所にはなかった。

 僕の見える景色は、昨日と同じ。

 何も、変わらなかった。

 誰の声も、聞こえない。

 唯一耳に響くのは、早くなる鼓動と呼吸だけ。

 昨日の出来事が、夢ではなかったことを理解して。

 段々と、視界が滲んでいく。

 また、失った。

 寂しさで、押しつぶされそうになる。

 レオンは座り込んで、嗚咽を漏らした。

 外の光がやけに眩しく感じて。

 自分はどこか、光の届かない場所にいるのではないかと。

 そんな、感覚を覚える。

 少しだけ泣いた後、

 もう一度、外を探そうと思った。

 もしかしたら、街のどこかにいるかもしれない。

 お酒を飲んで、酔い潰れているかもしれない。

 だから、昨日は帰ってこなかったのかもしれない。

 そうであってほしい、と思う。

 レオンは、棚に入っていたパンを口に入れて、ミルクで流し込む。湯気の立たない料理は、とても味気なかった。

 そして、外出用の服に着替えた後、家を出る。予備の鍵で施錠をして、父親を、探しに行く。

 家の前の道は、ローブを着た人達が、行き来していた。街の大通り間を繋ぐ小道に、この家が建っているので、人通りは多い方だ。

 レオンは大通りに出て、魔法教会へと足を運ぶ。そこでは、多くの人が歩いていた。露店が到るところに立ち並んでいて、様々な物を売っている。

 その中から父親の顔を探すが、一致するものは見つからない。どれも、彼とは関係のない人間ばかりだった。

 時折、似ている人に遭遇し、父親だろうか、と。じっと見つめていると、視線が交差してしまう。変な目で見られるが、回数を重ねる毎に気にならなくなっていく。

 今は、父親の顔を探すほうが重要なのだ。

 大通りを抜けて、魔法教会前の広場に出た。ここでも、沢山の人達がぶらついている。前衛的な形状の噴水があるため、自然と人が集まりやすい。

 魔法教会は、時計塔を改装して建てられた。レンガ造りで、空に近い建物は、見上げると首が痛くなりそうだ。レオンは中に入ったことがなかったので、内装までは知らない。

 彼が周りを見渡しても、探し人はいなかったため、他の場所を探そうと考えた。

 すると、

 父親らしき人が、露店の間の小道から出てきたことに気づく。レオンから離れた場所を歩いていたので、その姿が正しいものかどうかは、判断できない。なぜか、早足で歩いているようだ。

 レオンはすぐにそちらの方へと向かう。見失わないように、なるべく早く足を動かす。

 その人は、魔法教会の脇の林に入っていった。右手に、紙のようなものを持っていることに気づく。

 彼はその人に続いて、林に入る。普段は、人があまり立ち入らない場所なのだろう。徐々に石造りの道から、土の道へと変わっていく。

 どうして、こんな場所へと足を運ぶのだろうか。レオンは何度か考えたが、理由はわからなかった。

 徐々に道が細くなっていき、木々によって視野が遮られる。父親らしき人は早足で林の中を進む。レオンは来た道を忘れないように注意する。

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