誰もが憂鬱な月曜日の朝。癖毛が特徴の少年もその例外ではなく、春のうららかな陽気に誘われて、目覚まし時計の音色も気にかけずスヤスヤと穏やかに眠っています。
「グダオー朝だよー!」
「んん……?」
ドタバタと騒がしく部屋に入ってきたのは彼のお姉さん、ダヴィエさんです。何処かの絵画に描かれていそうな長い黒髪と美しいお顔が特徴の、どこにでもいる普通の専業主婦です。
ダヴィエさんはまだ夢見心地のグダオくんの布団を引っ剥がし、無理矢理起こします。
「イテテ……姉さんは乱暴だなあ、普通に起こしてくれればいいのに……ってええ!?」
「普通にやっても起きないからこうしてるんだよ……で、どうかしたのかな?」
寝ぼけ眼を擦ったグダオくんは枕元の時計を見ると、先程までの眠気はどこへやら。飛び起きて忙しなく用意を始めました。
「もう七時五十分じゃないか! いつも俺、七時半には起こしてって言ってあるしアラームもかけてあったよね!?」
「いっけなーい忘れてた☆ アラームに関して言えば、昨日グダオの目覚まし時計をトーストが焼ける仕様に改造した時に、間違えて切っちゃったみたいだね」
「何その微妙に役立ちそうで役立たなさそうな便利機能!? あっ、でも早速役立ってる!?」
グダオ君がツッコミを入れている間に、ダヴィエ姉さんは手元の袋から食パンを二枚出して、天辺が異様に横長になった目覚まし時計で焼いています。一分待つと何ということでしょう。程よい焦げ目の付いた、出来立てホヤホヤのトーストが完成しました。
「……姉さん」
「何だい?」
「これ、わざわざ目覚まし時計で焼く意味ある?」
「んー……大してないね!」
「姉さんの馬鹿!!」
トーストをくわえたグダオくんは急いで着替えて家族の待つ居間に向かいます。いつも通り慌ただしく起きてきたグダオくんを、お母さんは呆れたように迎えます。
「もぐグダもぐ、昨日ちゃんと早もぐして用意しておきなさいとあれほどもぐ言ったじゃないですか」
「食べながら喋るなセイバー!まだまだご飯はあるから落ち着いて食え!」
光速でご飯を食べ進めるのはグダオくんのお母さん、アルフネアさんです。綺麗な金髪とアホ毛と、メタ発言と大食いに定評があります。忙しそうに空の食器を片付けながら新しい食器を運んでくるのはこの家の使用人さん――ではなく、お父さんのシロヘイさんです。アルフネアさんのことは何故かセイバーと呼びます。次から次へと料理を作り出すその様は、正に無限の飯製と言っても過言ではないでしょう。
「お母さん、もっとゆっくり食べなきゃ危ないよ! 美遊がね、あんまり急いで食べると喉に詰まらせて死んじゃうこともあるって言ってたもん!」
「美遊ちゃんは物知りなんですね、ご馳走様でした」
「食べ終わっちゃった!?」
頬にご飯粒を付けて満足気にテレビを見始めるアルフネアさんに、長女のイリヤちゃんは目をまん丸くして驚きました。イリヤちゃんは銀髪の可愛らしい小学四年生で、どうやらプリズマ次元の住人のようです。え? 一人だけ名前に変化がない? 何のことですかね?
「おはようグダオ、目玉焼きあるけど食うか?」
「ありがと父さん」
トーストを食べ終わったグダオ君はイリヤちゃんの隣に腰掛けると、大きく口を開けて目玉焼きを一気に一枚詰め込みます。苦しそうにうーうー唸りながらもどうにか飲み込みきり、牛乳を胃の中に流し込みました。
「お前も気をつけろよ、斜向かいの臓硯さんも急いで焼き鯖をかき込んだせいで骨が喉に刺さって、峠をさまよったそうだからな」
「焼き鯖を一気に食べたのが悪いんじゃないのそれ……?」
臓硯さんは斜向かいに住む、変人で偏屈なお爺さんです。このゆうひが丘には変な人しかいません。
朝食を食べ終わり用意を終えたグダオくんの元に、ちょうどよく友人が訪れました。
「藤丸ー! 登校しようぜー!」
玄関先から聞こえてきた声に、グダオくんははーいと大きく返事をして、向かっていきました。
引き戸を開けるとそこにいたのは旧友のセタンタ小島君です。セタンタというのは彼の幼名であり、大きくなったらクーフーリン中島に改名するそうです。グダオくんにはよくわかりませんでしたが、セタンタ君が野球好きのいいやつだということだけは理解していました。
ちなみに藤丸というのはグダオくんの名字です。これまでを見てもらえばわかるように、藤丸家の朝はとっても賑やかなのです。しかしまだ一日は始まったばかり、もっと面白い展開が待ち受けているはずです。きっと。メイビー。
「じゃあ行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、気をつけていくんですよ」
スーツ姿のアルフネアお母さんが見送ってくれました。藤丸家はお母さんが働き、お父さんが家事に専念するタイプのおうちなのです。アルフネアお母さんはこれでも一応社長なので、多少のんびり出ても融通が効くのがずるいな、とグダオくんは思いました。
「そういえばセタンタ、エジソン先生の宿題やった?」
「げ、アレ今日までか!まだ全然終わってねえよ……」
学校までの道のりを歩きながら、彼らは日課である雑談を始めます。
話に出たエジソン先生は彼らの理科を教える、ライオンヘッドが特徴の優しい人なのですが、残念なことにかれのだす直流に関する宿題は小学六年生にはなかなかに難しく、終わっている方が珍しい代物です。ドンマイセタンタくん(笑)
「なんか盛大に煽られた気がするんだが……うぉっ!?」
「ふーじーまーるーくん?」
セタンタくんをそこら辺のおうちの外壁に吹っ飛ばして現れたのは、同級生の花沢清姫子ちゃんです。小六にしては発育の良いぼん、きゅっ、ぼん、なぼでーと、何故かグダオくんの側を離れない、一途な性格が特徴です。セタンタくんには煙たがられています。
「や、やあ花沢さん……」
「藤丸くん、おはようございます♪ もしよろしければ一緒に登校しませんか?」
「うん、出来れば断りたいんだけど花沢さんの手元のマッチが怖いから頷いとくよ」
「嘘を吐かない正直な辺りも素敵です、ますたぁ♡」
清姫ちゃんは時々、グダオくんのことをますたぁと呼びます。グダオくんにはよくわかりませんが、アニメキャラか何かなのですかね。世の中はグダオくんの知らないことで溢れています。
「でもセタンタ君も一緒でいいよね?」
「藤丸くんが望むなら犬コロ程度、我慢しましょう」
「だーれーがー犬コロだコラァ!?」
いつの間にか復活していたセタンタ君がグダオくんと清姫ちゃんの間に割り込みます。清姫ちゃんは一瞬、不満そうな顔をしましたが、次の瞬間にはいつも通りの、ニコニコとした可愛らしい笑顔に戻っていました。
セタンタ君は何故か、犬関連のあだ名やら呼び方やらをすると怒ります。誰が発見したのかは定かではありませんが、そのせいで彼はよく弄られています。親しみやすいキャラクターなのです。
「花沢さんはエジソン先生の宿題終わった?」
「当然終わりました。藤丸くんは?」
「何とかギリギリ終わったよ。でも終わらせるために昨日は少し遅くまで起きてて、そのせいでちょっと眠いんだ」
「辛いならいつでも私は膝を貸しますから、いつでも言ってくださいね?」
「普通に枕がいいなあ……」
「して、セタンタさんは終わったんですか?」
「まだだよ! っていうかあんなもん、終わるわけねえだろ!終わる方がおかしいんだよ!」
「これだから頭の弱い輩は。ぷっ」
「弱くねえよ! んなもん解ける方がおかしいんだよ!! うちの師匠が『どれ、宿題か。見てやろう……ん、お前は理系の高校三年生だったか?』って言うレベルには難しいんだからなコレ!?」
セタンタ君のお師匠さんはスカサハさんと言って、とても綺麗な人です。道場で槍の師範をしていて、セタンタ君はそこに住んでいるのですが、シロヘイ父さんが子供の頃からずーっと変わらず綺麗なままのスカサハさんが一体何歳なのかは誰も知りません。ゆうひが丘の七不思議の一つです。
「あ、やばいぜ藤丸!」
「ああっ、チャイムが! 走ろう!」
「待ってください藤丸くんー!」
のんびり歩いていたせいかいつもよりも到着が遅くなってしまったようで、グダオくん達が校庭に入った時に丁度、チャイムが鳴り始めてしまいました。鳴り終わる前に教室に入れなければ遅刻です。遅刻となると、罰として放課後に掃除しなければなりません。貴重な遊べる時間を保守するためにも、グダオくん達は走るのでした。
「間に合ったぜー!」
「間に合いましたけど……」
「藤丸くん、遅刻である!」
「うへえ……」
運動が苦手なもやし少年である藤丸くんは、女子の清姫ちゃんにすら劣る体力なので余裕で間に合うことが出来ませんでした。居残り掃除が確定した瞬間です。
「全く君は……今日で今月二回目の遅刻だぞ? もし一ヵ月中に合計三回遅刻したら、保護者の方に連絡がいくから以後気をつけるように」
「うう……気をつけます……」
ダヴィエ姉さんめ、と内心悪態をつきながらグダオくんは座席に座ります。出席の確認を聞き流しながら、今日も平凡な学校生活が始まるのでした。
「きりーつ!れい!」
『よろしくお願いします!』
みんな同時に元気よく挨拶したあと、小さくお辞儀をして座ります。
あいさつ係であるマルタちゃんの号令で始まったのは一時間目の授業――ではなく、帰りの学活の時間です。本日もセタンタくんが廊下に立たされたり、パラケルススくんが理科室で勝手に実験を行って爆発事故を起こしたり、色々とありましたが無事に授業を終えることが出来ました。
「えー、今度保護者会があるので明後日までに出欠のプリントをお母さんかお父さんに渡して提出してもらうように。あと藤丸くんは居残り掃除なので絶対に帰らないこと。以上だ!」
「きりーつ!れい!」
『ありがとうございました!』
「うむ。気をつけて帰るんだぞ」
やんちゃな子たちが少しでも長く遊ぼうと、堪えきれずに教室を飛び出していく中、グダオくんだけはしょぼんとしたまま席を立ちませんでした。くそう、これも姉さんのせいだ。今日はセタンタくんと野球をする約束をしていたのに。帰ったら文句を言ってやる……そんなことを考えながら、ぐでーっと机に伏せました。
「…………」
そんな彼にこっそりと近づく子が一人。
「………ふーじーまーるーくーん……」
「うわっ!?」
耳元で聞こえたねっとりと囁くような声に跳ね起きると、そこにいたのは清姫ちゃん。指をつんつんとつっつき合わせ、何だかバツが悪そうにしています。
「あの……今日はごめんなさい。わたくしのせいで居残り掃除になっちゃって……」
「いや、花沢さんのせいじゃないよ。俺が遅れちゃったのが悪いんだから」
「でも……わたくしが落としたハンカチを拾わなければ、藤丸くんは間に合ったはずです!」
そうなのです。グダオくんは、階段を駆け上がる清姫ちゃんが落としてしまったハンカチを拾ってあげていたのです。紳士ですね。
「まあどうせ間に合わなかっただろうし大丈夫だよ」
「藤丸くん……」
「うーん……どうしても納得できないなら、一緒に掃除しよ? 二人でやればすぐ終わるし、手伝ってもらえるととっても助かるよ」
「はい……!ありがとうございます!」
こうして二人は仲良く掃除を始めました。嫌でも抜けられない清姫ルートへのフラグが立った瞬間です。
「ただいまー!」
居残り掃除を終わらせ野球を楽しみ、追手を撒いたグダオくんは速攻で家に帰ります。今日は見たいテレビがあるのです。しかし途中で、こちらを憎々しそうに睨む、何かの存在に気づきました。
「あら、グダオじゃない」
「あっ、ジャンヌオルタさん……」
ジャンヌオルタさんは隣のおうちの娘さんで、今は高校生のお姉さんです。しかし視線の主は彼女ではなく、彼女の連れているモフモフとした大きな何かでした。
「グルルルルル……」
「……ハチ、なんか機嫌悪そうだね」
「そう? 今日はいっぱい散歩したし、むしろ上機嫌よ? 人一人噛み殺しそうなくらいには」
「ひぃっ!?」
ハチと呼ばれたその犬(?)は隣のおうちで飼っている(?)生き物で、大型犬よりも更に大きく、大人一人が乗っても問題なさそうな体躯のワンちゃんです。恐らく新宿辺りで人を噛み殺して生活していると思われます。
「グダオくんって生き物好きよね? 撫でてみる?」
「いやいいです遠慮しときますっ! さようならっ!」
ジャンヌオルタさんはグダオくんに意地悪です。グダオくんがハチのことを苦手なのをわかってるくせに、ああして時々触れ合わせようとするのです。一度噛まれて以来、ハチとは距離を置いています。
「はー、ただいま……」
「おかえり、グダオくん」
ようやく家に着いたグダオくんを人の良さそうな笑顔で出迎えてくれたのは、ダヴィエ姉さんの夫のロマオさんです。グダオくんからすると義理のお兄さんですが、本当の弟のようにグダオくんを可愛がってくれます。
「今日もお疲れ様。朝からダヴィエのせいで大変だったそうだね……」
「ホントだよもう!ロマオ兄さんからも何とか言ってやって!」
「うん、厳しく言っておくよ。んー、パンの焼ける目覚まし時計って便利そうだしいいと思ったんだけどなー……次は何を作ってもらおう」
「あんたの発案かよ!」
しかも自分で試さずグダオくんに試されるという。弱気で、悲観主義で、根性なしで、そのクセ根っからの善人みたいなチキンって感じのお兄さんです。
「今夜はすき焼きだからね、みんな待ってるよ?」
「すぐ行くすぐ行くー!」
すぐ行かないとアルフネア母さんに全部食べられてしまうのです。二人はドタバタと慌ただしく、居間に滑り込むのでした。
オチなんてない