1-8
「小喬ちゃん!!」
横島は唇をかみ締める。このまま小喬を死なせるわけにはいかない。
だから……
横島はその手に栄光の手を発現させようとして――やめた。
「何をやろうとしてんだ俺は……。最悪それしかないってのも分かってるし、覚悟も決めた……」
そう、小喬に言ったように最悪それしかないなら仕方ない。
「でもな!まだ諦めるわけにゃいかねぇんだ!!」
状況は最悪、だがまだ詰みではない。
「くそったれ!!意地でも止めたらぁっ!!」
悪あがきはいつものこと。だったらそれをやるまでだった。
「お姉ちゃん……」
「小喬チャン……」
「これで……もう一人じゃないよね?」
「ウン」
頷く大喬に自然と小喬は笑みを浮かべる。
ああ、これで寂しくない。一人じゃない。
大好きな姉とまた一緒に居られる。
私は――
「安心シテ……」
お姉ちゃんと――
「小喬チャンハ私ガ守ルカラ」
「――――――え?」
大喬の手に小喬の手がもうほんの数ミリで触れる所で、小喬の手が止まる。
当の小喬は目を見開き姉を見つめた。
「私ハオ姉チャンダカラ、小喬チャンヲ守ルノ」
「お姉ちゃ……」
自然と涙が流れた。
小喬は打ちひしがれる。なんということだ……。
さっきの横島の話から歪んではいるが大喬が小喬の願いを叶えようとしていると聞いた。
でも…でもまさか……。
「死んでまで……私を守ろうとしてくれてるの?」
大喬は小喬に手を差し伸べ微笑んだまま動かない。その微笑みは優しさで満ちていた。
例え闇に犯されていたとしても、妹を思うその心だけは……その優しさだけは本物だったのだ。
「はは……私ダメだねお姉ちゃん……。雪蓮様たちに拾ってもらって、館の人に良くしてもらって……。気に入らない男にまで助けてもらって……。ほんと……もらってばっかり」
小喬は思い出していた。
「お姉ちゃんにも……本当の所ではいつも守ってもらってた。あの時だって守ってくれた」
姉が死んだ日。
「こんなんじゃダメだ……お姉ちゃん、安心なんて出来ないよね」
姉が言った言葉。
「寂しいよ……寂しくて寂しくて寂しくてどうにかなっちゃいそうだよ」
姉の最後の願い。
「でも、私頑張ってみる」
小喬が大喬の手を握る。だが、それは逃避行為ではなく、決意のための行為。
「約束……したもんね」
『小喬ちゃん、約束して』
「私……私っ」
『笑っていて』
『私、小喬ちゃんの笑顔が大好きだから……
だから笑って生きて』
「頑張るからっ!お姉ちゃんがいなくても笑って生きてけるように頑張るからっ!!」
そう言う小喬の顔は泣きながらも笑顔だった。
「一人でも……ちゃんと頑張るからっ!」
大喬はそんな小喬に優しく微笑む。
そして――
「大丈夫……小喬チャンハ私ガ守ルカラ」
「え?」
その腕を振り上げた。
「ぁ……なんで、どうして……?」
血が床に落ちる。真紅の血、血液、人の血。
「ぐっ……」
横島の血。
「いでで……な、なんとか間に合った~」
小喬の前には小喬を庇い傷を負った横島がいた。
傷といっても大怪我ではない。大喬の手が横島の肩を掠り、血が少し舞った程度だ。
「アンタ……血が!?」
「大丈夫大丈夫。こんぐらい唾つけときゃ治るって」
「で、でも……」
そういう小喬に苦笑し、横島は視線を大喬へと戻す。
「離セ……!」
「へっ、やだね!将来有望な美少女の手の柔らかさ……何で離さなならんのやっ!!」
大喬から攻撃を受けた際、横島はそのまま大喬の手を掴んでいた。
「離セ、離セ、離セ!!憎イ……男ガ憎イ!」
男であるということ……それは犯され殺された大喬にとって、それだけで憎しみの対象になる。
「ウアアアアアアアアアアAぁ亜嗚アーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
大喬が掴まれていないほうの手で横島へ殴りかかる。それを横島は霊力を纏った手で受け止めた。
「離セッ……離セッ!」
「大喬ちゃん……」
「離セッ………離シテ……」
「お姉ちゃん……」
「離シテ……怖イ……男ノ人……怖イヨウッ!!」
泣いていた。大喬は泣いていた。
ポロポロと涙を流し、泣いていた。
それは小喬が見た初めての姉の嘆き。
人としての意識が少ないからこそ出た、大喬の本当の感情。
小喬も自然とまた涙が溢れていた。
そうだった……、そうだった。
姉は……大喬は小喬がすぐ傍で隠れていることを知っていたから、犯されても、殺される直前でも、弱音を……吐かなかった。
当たり前だ。辛かったはずだ。人を憎むのも当然だ。
なのに、なのに姉は……何よりも自分のことを考えてくれていた。
憎んで幽霊になったんじゃない、小喬のことが心配で幽霊になったのだ。
人を、男を憎む気持ち以上に……妹を安じていたのだ。
「小喬ちゃん……なんでさっき大喬ちゃんが小喬ちゃんを攻撃しようとしたか分かるか?」
「…………」
小喬は肩を震わすだけで答えない。それでも横島は続ける。
「一人でなんて……言うなよ。一人で頑張るなんて寂しいこと言うなよ。そんなんじゃ大喬ちゃんが安心できなくて当然だ」
「…………」
「言ったろ?手伝うって。俺がいる……雪蓮さんや冥琳さん、祭さんに穏さん……館の皆もいる。一人が寂しいのは当たり前だ。だから皆がいるんだ。誰かいりゃ、寂しくないだろ?」
「…………」
「いや、違うか。俺達がいたいんだよ、小喬ちゃんと。これから一緒に笑って生きていきてぇんだよ!」
気づけば、語尾が荒くなっていた。
「はは……結局は二人のためとかいいながら俺は自分のために二人を助けようとしてたってわけだ……。でも、大喬ちゃんをこのままにしたくない。悪霊にしたくないってのは本当なんだ!
だから小喬ちゃんっ――」
「――うん、分かってる」
言葉と同時に小喬は横島の隣まで来ていた。
「ありがとう。横島」
それから、そう言って大喬に抱きついた。
「お姉ちゃんもごめんね。ずっとずっと心配かけてたよね。ずっとずっと守ってもらってたよね」
「ウァ……アア!」
「死んでからも守ってくれてて……本当にありがとう」
「ア……小喬チャ…………ン」
「でももう大丈夫だよ。ううん大丈夫にしてみせるよ。さっきはゴメンね、一人っきりじゃまた心配させるよね。今度は大丈夫……だってね、一人じゃないもん。そうでしょ?横島」
「おう!もちろんだっ!」
小喬は横島の答えに笑みを零す。
「コイツも言ってたけど、私もそうなんだ。
雪蓮様たち本当に優しくて、館の人たちもいい人ばっかで……コイツも、悪い奴じゃなくて……。私、この人たちとなら笑って生きていけると思う。ううん、生きていきたいの」
小喬は大喬から体を離し、見つめあう。顔には心からの笑みを浮かべて。
「だからお姉ちゃん。もう、いいよ。もう大丈夫。お姉ちゃんがいなくても笑って生きていける……。だから――」
後は紡ぐだけ。
「だから――」
その間にも駆け巡る大喬との思い出の数々。楽しかったこと、悲しかったこと。たくさんの、たくさんの思い出。
「だから――」
それらを胸に小喬は紡ぐ。
「だから、さようなら……お姉ちゃん」
別れの言葉を――。
大喬は動かない。黙って小喬を見つめるだけ。
そして――
「うん……」
大喬は最後に生きていた時のように暖かな微笑を浮かべ。
「さようなら……小喬ちゃん」
光を残して消えていった。
「…………さよなら、お姉ちゃん」
そこにはもう大喬は居なくて。もうこれで二度と会うことはできない。
「…………さよ……なら」
彼女が生を全うするその日まで。
「…………」
「小喬ちゃん」
「……何よ」
「無理……しなくていいんだぞ」
「……無理なんてしてない」
「……そんなんじゃ笑えないぜ」
「どういう意味よ」
言葉を返しながら横島を睨みつける。横島は肩をすくめて言う。
「泣きたい時に泣けない奴が、笑いたい時に笑えるもんか」
「っ!」
「言ったろ、俺は小喬ちゃんと笑って生きていたいんだって。だから、汚い胸だけど……貸すぜ?」
――――――。
「……ック……ヒック……」
そうして……
「うえぇぇ……」
小喬は横島の胸に自らのおデコを乗せ、
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃったよぉっ~!!」
「ああ、そうだな」
横島はそっと小喬の頭を撫でた。
「寂しいよぉ!……悲しいよぉ!!」
「ああ、でも小喬ちゃんは一人じゃないぞ」
「……うん、うんっ」
「俺達がいるからな」
「うんっ!」
それから日が開けるまで小喬は横島の胸で泣き続けた。これから笑って生きていくための力を得るように。
「どうなってるの?」
「ほう」
「あらあら」
「むっ」
後日、戦から帰って来た雪蓮たちが見たものとは――
「ま~た女の人の着替え覗いたわねっ横島ー!!」
「ひぃ~小喬ちゃん堪忍してー!!
つい出来心で~!!」
「もうその言い訳は聞き飽きたわよっ!!」
涙目になりながら屋敷を逃げる横島と、怒りながらもどこか楽しげな表情で横島を追いかけるの小喬の姿だった。
続く!
これにて小喬編は終わりです。
お読み頂きありがとうございました❗
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