脱獄囚である少女と、そんな少女を匿う独身サラリーマンの話。
一応記述しますが、艦隊これくしょんの二次創作品です。
海風メインです。

※pixivに同時掲載。

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改稿した場合は、前書きに追記していきます。

4月22日:字下げ忘れの修正
4月23日:誤字修正


昔の話は出来ずとも

 秋の涼しかった風もとうに過ぎ去り、早いところでは雪の降り始める十一月の下旬。

 ここはキッチン、トイレ、風呂の付いた、六畳程のアパートの一室。この部屋は風通しが悪く、築数十年は経っている。よって、夏はサウナ状態になり、冬は隙間風に苦しむのだ。

 俺はそんな部屋の玄関にいた。今日も元気に会社へ出勤する為だ。

 そして、俺は後ろにいる彼女に、今日のことについて話し始めた。

 

「今日も帰りが遅くなりそうだから、冷蔵庫適当に漁って食べてていいよ」

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 そんな話を、彼女はトーンの低い掠れた声で返す。元々の声は高いのだろうが、今の彼女には覇気がなかったのだ。

 俺はその声を聞いて微かな溜息を吐くと、ビジネスバッグ片手にドアを開ける。俺は鍵を閉めるために振り向く。

 膝の辺りまで伸びた、銀色がかった白髪。その白髪は三つ編みにし、二つの緑色の玉が付いた髪留めで結っている。上は俺のお古の青いセーターを譲り、下は紺色のダメージジーンズを譲った。

 彼女が俺のお古を着ている理由。それは、()()()()()()()()()()()()ボロ布同然の服を、家へ住まわせる際に捨てさせたから。

 そうしてそれらを身にまとった彼女は、まるで幽鬼のようにそこに立ち尽くしていた。

 

「……今日も一日頑張ってきてください」

 

 幼げの残る、その覇気のない言葉を耳にしながら、俺はドアを静かに閉じて鍵を閉めたのだった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おはようございます」

「おはようございます、森山さん」

 

 俺の勤務はこの一言の挨拶から始まる。

 この挨拶をすぎると、待っているのは書類の嵐。昨日のものの修正や本日分の書類。さらには──。

 

「森山君、悪いんだが、この書類を明日までにお願いできるかね」

「分かりました……」

 

 押し付けられた書類の作成。

 

「森山さん、久留羅明(くるらあ)商事からお電話です」

「分かりました、こっちに繋いでください」

 

 その嵐の中でも、商談の電話は待ってくれない。

 しかし、周りの人達は手伝いなどしにこない。もはや、俺の仕事の時間は他人の休息の時間同然だった。

 

「森山! どうしてくれるんだ!」

「申し訳ありません……」

「謝ってる暇があるならさっさと書類を作れ! もう時間が無いんだぞ!」

「二時間で仕上げます……」

 

 そんなことを続けていれば、当然ミスは出てしまう。だが、上の人達はそんなことお構い無しに責任を負わせようとしてくる。

 ──この時の俺は、人肌を欲していたのかも知れない。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 残る仕事を明日に回し、俺はドアの前まで帰ってきた。今は日付変更線が俺の真上を通過しようとしている頃だろう。

 彼女は既に眠っている頃だろうか。

 値引きされていたコンビニ弁当を手に提げた俺は、そっと鍵を鍵穴に差し、ゆっくりと回す。小さくカチャンと音がしたことを手の感覚と耳で把握すると、またゆっくりと回して戻す。そうして鍵穴から鍵を取り出し、出来るだけ音を立てないようにしてドアノブを回す。あとは手前にゆっくりとドアを引く。

 そうして開かれた玄関の様子を見て、俺は自分の目を疑った。

 

「おかえりなさい」

 

 朝の時は幽鬼のように立ち尽くしていた彼女が、壁にもたれかかりながらも俺の帰宅を待っていたのだ。

 

「う、海風、起きてたのか……」

「はい」

 

 海風。それが彼女の名前。苗字などは無い。

 更に言うならば、彼女は俺がここに()()()()()娘である。

 ──彼女はここで、俺の帰りを待っていたのだ。

 

「……ただいま」

 

 俺は彼女に帰省の言葉を呟き、玄関へと進む。勝手にドアが閉まるのを見送ってから、防犯の為にドアに鍵をかけた。それから靴を脱ぐ。

 

「海風、ご飯は食べたか?」

 

 確認その一、夕飯を食べたのかどうか。

 朝出ていく時にその事については言ったので、食べているはず。

 

「……いえ、何も」

「なにゆえ」

 

 ──そのはずなのだが、どうやら彼女は何も食べてなかったらしい。だからだろうか、つい反射的に疑問を投げかけてしまった。

 

「…………に」

 

 その問に、彼女はボソボソと何かを呟いている。それを聞き取れないのは俺の聴力が悪いわけではなく、彼女の声量が小さすぎるだけなのだ。

 

「……何だって?」

 

 パードゥン。リピートプリーズ。

 彼女の言葉が聞き取れなかったのでもう一度初めから、と促すと彼女は珍しく顔を上げて話し始めた。

 

「その……夕餉は一緒に、と思いまして……」

「…………」

 

 それを言い切るとすぐに目線を下げた。

 まさかその為だけに、何も食べずに俺の帰りを待っていたと言うのだろうか。

 言葉の真意を確かめる為に、通路の死角にあるキッチンを覗いた時、俺の心は大きく揺れた。

 

「お礼も兼ねて……ご飯、お作りしました」

 

 炊飯器、フライパン、少し小さめの厚底鍋。その全てに蓋がしてあるものの、そこに料理が存在していることは誰が見ても明らか。彼女は夕飯を一緒に食べるべく、俺の帰りを待っていたのだ。

 

「今持っていくので、テーブルで待っていてください」

 

 彼女はそう言ってキッチンへと入った。

 俺は手に提げられたコンビニ弁当を冷蔵庫へ仕舞い、言われた通りにリビングへと向かった。

 

 

 

 ◇◆   ◆◇

 

 

 

 俺が彼女と出会ったのは、今日のように残業をして、割引されたコンビニ弁当を買い、電灯の明かりを頼りに帰っていた夜のこと。

 ふと電灯の下に、電灯へもたれて動かない、ボロボロの少女を見つけた。

 何故こんなところにという疑問もあったが、見かけてしまったからには放置するのも目覚めが悪い。

 そこで俺は少女の顔をのぞき込み、彼女の状態を確認した。

 その時に見た、あの全てを諦めたような、底の見えない虚ろな目は今でも印象深く残っている。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

「あ……う……」

 

 彼女の反応を確かめるが、帰ってくるのは濁った返事のみ。通報しようにも、俺の携帯電話は残業時間の長さに勝てず、電池切れを起こしていた。

 埒が明かないと思った俺は、多少のリスクを呑みながらも、彼女を抱えて警察署まで行くことにした。

 

「今警察署へ連れていきますから、我慢してください」

 

 背負う為の説明として、俺は彼女へそう説明した。

 そうして肩に手を回した時、彼女は微かな、それでも確かな反応を示した。

 

「けい……さつ……?」

「そうですそうです。この時間だと病院の受付はやってないので、警察署まで運びますよ」

 

 俺は彼女の砂丘のように滑らかな膝の下へ腕を通す。彼女は嫌がること無く、俺に抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。

 

「いや……嫌…………嫌ァァッ!」

 

 ──しかし、一歩踏み出した瞬間、彼女は俺の腕の中で暴れ始めた。

 その声、動き共に力はなかったが、彼女が明確に拒否反応を示したのだ。

 

「もういやです……海風は悪くないはずです……何故海風が罪を被らなければならないのですか……! 罪を被るべきなのは、あの提督のはずなのに……!」

「分かりました! 分かりましたから!」

 

 俺が必死に宥めると、彼女は徐々に力を弱めていき、終いには腕を下へダラリと投げ出した。

 彼女を静めた俺は、彼女へ一つの言葉をかける。

 

「俺の家は病院の近くなので、取り敢えず俺の家で安静にして、様子を診ます。それでいいですか?」

「…………」

 

 ──彼女は、拒否反応を示さなかった。それを彼女からの肯定と取り、俺は歩を進めた。

 

 

 

 ◇◆   ◆◇

 

 

 

 俺の目の前には白飯、豆腐の味噌汁、アジの開きの焼き魚、レタス多めのサラダなどが並んでいる。

 それはもはや、どこからどう見ても夕食だった。遅い時間だからか、量は控えめなのだが。

 

「美味しそうだ……」

「……ありがとうございます」

 

 俺が感想を述べると、彼女は照れくさそうに下を向いた。褒められ慣れていないからなのか、まだ回復してないからなのかは分からないが、彼女の表情は浮かない。

 

「早速食べようか」

 

 それを気にしつつではあるが、いただきます、と感謝を呟く。それの後に俺は目の前の箸を持った。海風も俺に続いて橋を持つ。

 まずは一口、焼き魚をつつく。脂の乗った身を口へ頬張ると、魚特有のスッキリとした脂の味が鼻を抜ける。その後で身自体の塩の味が舌に乗る。美味しい。

 

「…………」

 

 海風がこちらの顔を見つめている。恐らく、味の心配をしているのだろう。

 

「美味しいよ」

「…………!」

 

 ──彼女の顔が微かに綻ぶ。

 顔の綻びや料理を作ったことというのは、一般的にはほんの些細なことかも知れない。だが、彼女はそれが出来ないほどにまで衰弱していた。それが僅かにではあるものの、一喜一憂できる程度にまで活力を取り戻している。それが、俺には喜ばしい事に思えた。

 

 

 

 ◇◆   ◆◇

 

 

 

 俺が彼女を拾った次の日。

 床で雑魚寝していた俺が目を覚ますと、彼女は既に目覚めていて、布団を剥いだ状態で呆然としていた。心ここに在らず、と言った感じだろうか。

 

「えー……おはよう」

 

 俺は彼女へと挨拶をする。

 挨拶を聞いた彼女は、錆びついた人形のように首を声のする方へと向けた。

 

「……おはようございます」

 

 彼女はテンションの低い、唸るような声で挨拶を返してくれた。

 

「気分はどう?」

「…………」

「……ああ、うん、無理に答えなくていいよ」

 

 俺が調子を尋ねると、彼女は顔を正面へと戻して俯き始めた

 今日は幸いにも休日。彼女のことについて考えるには丁度よかった。だが、その前に腹ごしらえだろうか。

 

「朝ご飯作るから、少し待ってて」

「…………」

 

 ──返事はなかった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 適当に朝食を見繕った俺は、彼女をテーブルの前へと呼ぶ。

 彼女がテーブルの傍へ寄ると、彼女の前に皿に乗せられたトースト二枚とマーガリン、ブルーベリージャムと、それを掬う為のスプーンを置いた。

 彼女の座しているテーブルの対角線上にあたる、俺の座る位置にもトーストの乗った皿を置く。

 座る際にふと彼女の顔を覗く。彼女はやはり、顔に影を浮かべていた。

 

「用意しておいてあれだけど、食べれる?」

「……大丈夫です」

「そっか。じゃあ食べようか」

 

 俺は手を合わせ、いただきますと呟く。そうして自分のトーストに手をつけるが、彼女は動く気配が無い。ただただトーストを眺めている。

 不思議に思った俺はジャムの蓋を取り、彼女のトーストを一枚手に取る。専用としているスプーンでジャムを少しだけすくい上げ、それをトーストの端の方に一口分だけ塗る。そしてそれを彼女の目の前へと差し出した。

 

「はい。齧って」

 

 ただ俺の手付きを眺めていた彼女は俺の顔を何度か見てから、恐る恐るトーストへと齧り付く。そして齧り付いた部分を噛み切り、咀嚼。トーストに歯形が付いた。そこまでは良かった。

 

「ど、どうしたの!? 嫌だった!?」

 

 突然、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。彼女の瞳に浮かぶ涙の量は徐々に増え、次第に鼻を啜り始めた。

 何が悪かったのか必死に考えていると、彼女は首を振って俺の発言を否定し始めた。

 

「海風……嬉しくて……でも、不甲斐なくて……」

 

 そこで初めて、彼女の名前を知った。

 ──そして、彼女がこの付近で指名手配されている、という同僚の話も思い出した。

 彼女──彼女達は『艦娘』と呼ばれており、海軍にて開発された、対深海棲艦用兵器だという。

 メディアが彼女達のことを報道したのはごく最近のことで、それまで世論は『軍艦が深海棲艦と対峙している』と考えるのが一般的だった。

 

「ヒック……グスッ……」

「…………」

 

 だが、実際はどうだろうか。

 トーストを一口齧っただけで、ダムが決壊したかのように泣き出してしまった。それ程にまで追い詰められていたのだ。人間のように、苦しみや嘆きを持っていた。

 ──艦娘は人の心を持っている。

 艦娘に対しての第一印象は、そんな感想だった。

 俺は彼女が泣き止むまで、自分のトーストに手をつけることが出来なかった。

 

 

 

 

 ◇◆   ◆◇

 

 

 

 海風が料理を作ってくれてから数日が経った、ある休み日のこと。

 俺は自宅でのんびりとしていた。毎週出るコミック雑誌をパラパラと捲り、読みたい漫画のページで一旦止め、そのページから読み進める。

 海風は壁にもたれており、焦点の合っていない瞳ではるか遠くを見つめている。この前は微笑んでいたのだが、まだまだ時間が足りないということだろうか。

 そういう思考を放棄した時のこと。

 ──ふと、突如来客を知らせる鐘の音がなった。

 

「海風、ドアから見えないところへ動いてくれ」

「……はい」

 

 海風が動いたことを確認すると、まずは玄関へと進む。そして海風用の靴を靴箱へ入れてから、ドア付属の覗き穴で訪問者を確かめる。仮にも海風は指名手配されている身なので、何の拍子にここにいることがバレるか分からない。ドアの前に誰がいるのかの確認は大事だろう。

 

「…………」

 

 そこに居たのは白い軍服に身を包んだ一人の青年と、青年の身長の三分の二くらいの、海風の着ていた服と同じようなものを着た緑髪の女の子。

 居留守を使うべきかとも思ったが、怪しまれても困るので、早々に出ることにした。

 

「はーい……どちら様ですか?」

「私は第八十三鎮守府で司令官をしております、倉本と申します。こちらは秘書です」

「……秘書です」

 

 こんな幼い子が秘書なのか、とは思った。だが、司令官──倉本さんが秘書に指名しているのだとするならば、彼女は優秀なのだろう。

 緑髪の女の子はこちらを見やると、目線で何かを訴えかけてきたような気がした。

 だが、俺はエスパーではない。その真意など図れるわけもなかった。

 

「それで、えーと……倉本さんはどのようなご要件で?」

 

 思考を切り替えて俺がそう質問すると、彼は淡々と口を開いた。

 

「うちの海風がこちらにいると聞きまして」

「はい?」

「うちの海風を返してはもらえないでしょうか」

 

 早い話が、彼らは海風を捕縛しに来た者だった。

 彼らが俺を訪ねに来たということは、彼らには海風がここにいるという決定的証拠があるということになる。

 海風を拾った時の言動から考えると、彼女は何らかの罪を着せてきたこいつから、命懸けで逃げてきたということになるのだ。

 ──気付けば、口が勝手に動いていた。

 

「海風……って何ですか?」

「何を惚けたことを……貴方が匿っている子の事ですよ」

「いや、俺薄給のサラリーマンですし、人を養える程の余裕はありませんよ」

「……シラを切るつもりですか」

「いや、だからホントに──」

 

 俺の言葉を信じようとしない倉山さんは、ついに痺れを切らしたらしく俺の胸倉を掴みあげた。その顔に引き攣った笑顔を貼り付けて。

 

「貴方、自分の置かれている状況が分かってないみたいですね」

「だから何のことですかって、さっきから──」

「とぼけないでください!」

 

 はぐらかし続けていると、遂に怒号を浴びせられた。

 

「海風に取り付けた無線機の電波信号はここから発せられている! 今もだ! 彼女が中にいるんだろう!?」

 

 一度、彼女の服を変える際に服を確かめたが、電波を発しそうなものはどこにも無かった。無かったはずなのだ。

 ──なら、装飾品は?

 彼女を家に入れた時、彼女は二つの緑色の玉が付いた髪留めを使って髪を編んでいた。

 ──それが無線機だというのか。

 

「だからうちじゃないって──」

「もういい! 話にならん! 山風、俺はこの男を押さえておく! 中の様子を見てこい!」

「……分かった」

 

 倉山さんは勝手に玄関へ踏み込むと、掴んでいた俺を床へうつ伏せに叩き伏せる。その横を山風と呼ばれた緑髪の少女がすり抜けていった。

 

『提督の気を引き付けてて』

 

 山風が隣をすり抜けていく際、そんな声が聞こえてきた気がした。それがなんのことか分からないまま、俺はその言葉に従うように身体を揺さぶる。

 

「俺は関係無いから離せって、このっ!」

「ついに本性を表したな共犯者! このっ、大人しくしてろ!」

「ガッ!?」

 

 司令官とやらは、俺の頭を一度床に叩きつけると、何度も何度も持ち上げては叩きつけ、持ち上げては叩きつけ、ということを繰り返した。

 脳への衝撃によって次第に意識が朦朧としてくるが、俺はそれでも抵抗を続けた。先ほどの言葉が幻聴でないとするならば、きっとさっきの子が何とかしてくれる。そう信じて。

 

「オイ、いい加減大人しくしないと、それ相応の罰が待ってるぞ」

「ぐ…………」

 

 背中の中心に感じる、細い円柱状の感触。

 ──拳銃。

 映画の知識で想察するならば、消音機付きのものだろうか。だが、それの出番は無かった。

 

「提督! 対象に動きが!」

「何!?」

 

 そのことに驚いた司令官とやらは、すぐに俺を解放した。だが、脳への衝撃で意識が朦朧としている俺は起き上がることが出来ず、ただ床に伏せるしかなかった。ただ、声のする方に顔を向けると、そこには何か小さな端末を持った緑髪の彼女が立っていた。

 

「この部屋じゃなかったみたい。……すごい速さで、ここから離れてる……!」

「チッ、クソッタレが……おい山風、探索機を寄越せ。俺は先に追ってるから、そいつを脅してから追いかけてこい」

「……了解」

「無駄な時間取らせやがって、この野郎が……!」

「ァッ…………」

 

 そう吐き捨てるなり、司令官とやらは八つ当たりのように俺を壁へと蹴飛ばし、すぐに立ち去った。

 緑髪の彼女も俺を殴る──かに思えた。

 驚く事に、彼女は俺の目の前で立ち止まり、こう言い放つ。

 

「……海風姉を、お願い」

 

 それを一つ言い終えると同時に、彼女は俺の傍に何かを置いて玄関から出ていった。彼女が立ち去ったことにより、辺りが急に静まり返る。

 ──ようやく、嵐が過ぎ去ったのだ。

 俺は朦朧とした意識の中で力を振り絞り、腕と足に力を入れる。だが、糸の切れた人形のように、力を入れることすら出来なかった。頭を何度も打ち付けられたのもあるが、それに加えて緊張が解けたからというのもあるだろう。

 

「森山さん! 森山さん!」

 

 海風が俺の名前を呼んでいる。

 ──緑色の髪の子が何を吹き込んだのか分からないが、海風がこちらを心配しているのは確かな事実。

 薄れゆく視界で彼女の顔を窺うと、既に瞳に光が戻っているように見えた。

 ──大丈夫、少し休むだけだから。

 そう言葉にすることも出来ず、俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 

 突然、あの人の短い悲鳴と倒れる音が聞こえた。

 私を庇ってくれているあの人のためにと、自身の体を奮い立たせようとした。だが、体は今でも()()()を恐れているのか、指すらマトモに動かすことが出来ない。

 そうして身動きの取れない状態で壁にもたれている私の元へ、見覚えのある子がやってきた。

 ──山風。

 私の記憶が正しければ、私の妹分にあたる山風はマジックが得意だった。何も無いところから何かを出すことが。

 新しいマジックを私に披露する事が彼女の楽しみであり、また私の楽しみでもあった。

 そんな彼女は私を見つけるとすぐに駆け寄り、私の髪留めを解いた。

 

「海風姉……今から、マジックをするね」

 

 そう宣言してから、近くに落ちていた新聞を拾い、何も無いことを確かめていく。

 

「今から、この髪留めと新聞紙で、鳩を出したいと思います」

 

 遠くで何かを床に叩きつける音が聞こえてきたが、私は彼女のマジックを眺めていることにした。

 

「まず、新聞紙一枚で、軽く髪留めを包みます。次にこれをもう一枚の新聞紙で包みます」

 

 彼女が手順を説明しながら、その手順通りに作業をする。途中、何度か種が無いことの確認を行い、不正が無いことを私に確かめさせた。

 私から見ると、全く仕掛けがわからないのだが。

 

「そしてこの新聞紙二枚を同時に裂くと──」

 

 ──希望の鳩が出来上がります。

 彼女は、そう言ってのけた。否、やってのけたのだ。

 彼女の左人差し指には白い鳩が鎮座し、その足には私の髪留めがついている。

 彼女はマジックの感想を求めて、私の顔を覗いてきた。

 

「海風姉、どうだった?」

「……すごいです、山風……」

 

 彼女は照れくさそうな表情を浮べると、すぐに部屋の窓へ近づき、その窓を開いて鳩を放り出した。放り出された鳩は焦ったかのように翼を広げ、地面スレスレを滑空しながら大空へと飛び立っていった。

 

「…………」

 

 鳩を見送った彼女は窓をそっと閉め、再び私の元へと膝をついた。

 

「海風姉……あとはあの人がやってくれるから」

 

 山風が、私の手を彼女の胸元まで持っていき、優しく握った。彼女の手は震えていたが、離さないという気迫を感じられるものだった。

 

「海風姉は、好きなように生きて。こっちは、あたし達が何とかするから。……だから、自由に……ね?」

 

 その言葉の終わりに、彼女は私の手をしばらく強く握る。そしてどこからともなく何かを取り出し、私の手に持たせた。

 

「これ、明石さんから特別に貰ってきたの。青い袋が、艤装リンク削除用錠剤。赤い袋が、緊急時限定艤装展開パッチだから」

 

 この時、私は酷く驚いた。鎮守府の技術面でトップに立つ明石さんが、私の為に働きかけてくれたのか、と。

 明石さん──工作艦明石は艦種名の通り、工作などを得意とする艦娘。

 しかし彼女のその仕事の多さから、彼女に会うことはおろか、個人的に面会することすら難しいのだ。

 ──しかし山風は、明石さんから薬を貰ってきたのだ。

 そのことに私が驚いていると、彼女は役目を果たしたかのように立ち上がり、背を向けた。

 

「もし……もし、仮に。海風姉が戻ってきたくなったら。その時は、その赤い袋を持ってきて。明石さんが、全部やってくれるから」

 

 彼女はそう言うと、玄関の方へ戻っていった。

 

「提督! 対象に動きが!」

 

 山風が去って、私は何か様々なモノを取り戻したような、解放されたような感覚に襲われていた。

 

 

 

 ◇◆   ◆◇

 

 

 

 司令官の訪問から一ヶ月経ったとある日曜日。

 俺と海風は隣の県にある遊園地に赴いていた。

 

「彩斗さん! 次はあれに乗りましょう!」

「分かった、分かったから一旦落ち着け」

 

 あれからの彼女は、驚く程に生気を取り戻していた。

 それを見て、もう一人でも大丈夫なのでは、と一度彼女に問いかけたことがある。

 ──私一人では、心細くて。

 彼女から帰ってきたのは、そんな回答だった。

 

「すみません! ジェットコースターのチケット二枚ください!」

「かしこまりました」

 

 実は、彼女には俺の苗字を使ってもらっている。

 司令官が突撃してきた次の日に、再び艦娘が家に訪れた。緑色の髪の子──山風では無かったが、海風の姉で春雨と言うらしい。ピンク色の髪の印象が強い子だった。

 そんな彼女はある書類を持ってきた。

 かなりの量があったので簡単にまとめると、『海風の情報を人間の生活用に書き換える』というもの。

 要するに、俺達のように生きていく為に必要な書類だった。

 しかし、海風には苗字が無かった。理由としては、戦艦の名だけを背負って生まれてくるからだとか。

 

「彩斗さん、ワクワクしますね」

「そうだねぇ」

 

 だが、彼女は既に艦娘ではない。()()()()()を手に入れたことにより、()()()()()()()()()()のだ。

 だから、彼女が過去に犯したであろう罪については聞かない。過去について聞いてはならない。

 それが、暗黙のルール。

 だが、俺の心の中には、彼女についてもっと知りたいという自分がいるのも事実だった。

 ──それでも。

 それでも、俺は事実を知ることより、彼女と居ることを選んだ。事実など、彼女から話すのを待てばいい。

 

()()。楽しいか?」

「はい、楽しいです!」

 

 自分の犯したであろう、その(事実)を呑み込んだ彼女は、下降を始める車体の安全具をしっかりと握り締める。そして、次々に飛び込んでくる景色に目を輝かせていた。




たった38字のツイートから、約9300字程の短編作品になるなんて誰が予想したことか……

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