Fate/Grand Apocrypha〜亜種聖杯大戦〜 作:古代魚
藤丸に紹介されたのは画面越しにものほほんと見える男だった。
白衣にも見える制服のその男は、ロマニと名乗った。
紹介したときのマシュの評価は辛辣だったが不思議なほど暖かさに満ちている。
マシュがサーヴァントになったことを理解しているのか、ロマニは深刻そうにマシュに話しかけている。
『マシュ、これから決闘って本当かい? 君は純正のサーヴァントじゃないんだ。時計塔でも成敗戦争では死人がでてるぐらいなんだ』
「はい、決闘自体はマスターの持ち出した件ですが、セカンドオーナーに断りなく調査に入った私に原因がありますし」
『遠坂家に打診をしなかった我々のミスでもあるわけだけど、マシュを戦わせるなんて』
「同感です」
藤丸はロマニの言葉に心からの同意を送った。
マシュを戦わせるなんてとんでもない。
『理想としては遠坂を味方につけてしまうことだけど、交渉の余地はなさそうなのかい?」
「残念ながら、ご立腹のようでしたので」
マシュの言葉にロマニは深いため息をつく。
戦うしかないところが悔しい。そこが一番の問題だ。
『もうそろそろ時間だろう? そっちの時間で夜、マシュからの定期通信がなければこちらで何か手を打つよ』
「はい。必ず通信できるようにします」
通信を終えてマシュも大きく息を吐いた。実は緊張していたのだろう。
もう行かねばならない。決闘の時間に遅れたらその場で殺されそうな気がする。
ごくりと喉を鳴らし、藤丸はソファから立ち上がった。
夕暮れの近づく教会。
聖杯戦争の関係者以外、誰も近づけないように施された結界を越え、トワイスが扉を開く。
ぎぃっと空いたドアが軋み、明かりの落ちた礼拝堂を、ほんのり明るく照らし出す。
「何だ、お前か。何の用だ?」
礼拝堂にはマスターは見えず、代わりに司祭に扮したアンデルセンがつまらなさそうに椅子に腰かけているだけだった。
「おや、彼女は不在かね?」
「何だ、キアラに用か? 全く、どいつもこいつも俺の執筆の邪魔をしてくるな」
「こちらのキャスターから連絡が入ってね。学校でセカンドオーナーがマスターの一人と決闘をするそうだ」
「何だ、マスターは遠坂の小娘とお前のところの少年だけ判明してると思ったんだが、これで最後の一人か。全て穂群原学園の生徒とは、作為的な物を感じるな。まあ、いいだろう。キアラに連絡しておこう。どうせ本来の監督役のところにでもいるんだろうさ」
アンデルセンは『聖杯戦争』自体には興味がないようで、言葉に全く熱がない。
トワイスにはそれが不思議でならない。
冬木に元々あった大聖杯とサーヴァント召喚の術式を元に亜種聖杯は作られた。
サーヴァントは聖杯に掛ける願いがあるからこそ召喚される。
聖杯を巡る争いに熱意がないのでは、召喚されるはずもないのだが。
「何だ、俺の態度が不満か? 俺はキャスターだが真名を知っての通りただの物書きだ。争いに勝てる道理なんぞない。そもそもだ、俺の興味は聖杯戦争より、その渦中にいるマスターたちにある。キアラによって仕立てられた監督役だが、やりがいは感じているぞ。マスターさえ来れば、だが」
監督役について明かしてあるマスターは現状、凛だけである。
冬木教会に彼女が足を運ぶこともなく、アンデルセンは暇を持て余している。
凛が決闘するというマスターが誰かは知らないが、何も知らない素人であれば話のタネにでもなるだろう。
「喜べ、キアラと連絡がついたぞ。あいつは学校に行ってみるそうだ。お前のキャスターも現場にいるなら、絡むかもしれんが無視してやってくれ」
退屈だとアンデルセンは言いながらも、ペンを走らせている。
「用は済んだな? 俺は本物の監督役が聖堂教会に報告する草案を作らないといけないんだ。これはこれでやりがいがあるが、集中したいんでな」
つじつまの合うように、問題ない報告書に偽装するため、アンデルセンは筆を走らせるのだろう。
トワイスはアンデルセンの言葉に従うように、教会を後にした。
人気の途絶えた校庭。その中心に凛は立っていた。
指定した時間よりやや遅れて、藤丸はここへとやって来た。
アニムスフィアからの使いを伴って。
「ふぅん。逃げなかったんだ? それじゃあ、始めましょ。サーヴァントを出しなさい」
藤丸がどんなサーヴァントを連れているかは知らないが、凛が単身でも見切りぐらいはできるだろう。
全身に魔力を送り、静かに重心をズラして構えた。
「サーヴァントならここにいるぞ!」
「ん?」
藤丸の意味不明な言動に首を傾げて気配を探る。
すると彼の隣に控えていた少女の服装が変わる。
魔力が膨れ上がっていく。爆発的な魔力の高まりは、凛の目をも眩ませた。
「マシュ!」
「はい。マシュ・キリエライト、行きます!」
その姿を目にした凛は呆然とするしかなかった。
アニムスフィアの使いの少女。それが黒い鎧を纏い、盾を構えて凛の前に立った。
その身から感じる魔力量は尋常ではない。
「あんたが、サーヴァントですって!?」
信じられないと溢しながら、凛は足を踏み込んだ。
狙いはマスターの方。あちらはどう見ても魔術についててんで素人だ。
彼らが黒幕について知っているならそれでよし、知らなくても令呪を全て使い切らせる。
出来れば暗示もかけて聖杯戦争についての記憶を消してやりたいところだ。
「せいっ!」
一足飛びに藤丸と間合いを詰める。
しかし、サーヴァントである彼女の反応速度の方が上であった。
魔力を込めた拳と、彼女の盾がぶつかり合い派手な音を立てる。
反動でお互い後ろに弾き飛ばされ、着地し体勢を整える。
「盾がメインのサーヴァント。そんなクラスあったかしら」
凛は家に残っていた聖杯戦争についての資料はできるだけ読み漁った。
されど、先祖が聖杯戦争を諦めた時に相当数資料は失われていた。
自分の屋敷が聖杯降臨地として一度選ばれた事さえも、残されていないのだ。
防御に長けたサーヴァントならば、踏み込むのも危険である。
一番の救いは彼女が積極的に攻撃してこない所だろう。
なるほど、これならばランサーのやる気がないのにも頷ける。
「ミス遠坂、提案があります」
「あんたの提案なんて聞かないわ。そういうセリフは私を打ち負かしてから言いなさい」
拳、蹴り。強化を加えた徒手空拳。対する盾の少女は、盾を振りかぶり凛を打ち据えようとするも、その攻撃には大きな隙がある。
守りにさえ徹していれば打ち破ることは難しい。
されど、攻撃となると誰か攻撃役がいなければマスターを守るので精いっぱいだろう。
「惜しいわね。どういう原理かわからないけど英霊の力を人間のあんたが使ってるのね。霊体のサーヴァントと違って生身だと疲れも溜まって来るんじゃない?」
お互いに対峙して一時間は経った時だろうか。
凛に疲れはない。一方で盾の少女は肩で息をしている。
「マシュ……」
「悪いけど、藤丸くんには聖杯戦争の事全部忘れてもらうから」
再度の踏込。今度はマシュの動きが送れた。
今度こそマスターを射程に捉えた、と思ったが割り込む影にそれを阻まれた。
「待つがよい。余は美少女が好きだ。故に両者が争うのは不毛だと思う。余が奏者を得ていなければ二人ともハレムに迎えてやったのだが」
赤いドレスに、眩い金の髪はさらりと流れて。
剣を携えた少女のサーヴァントは見るからに
「待って、待ってセイバー。俺まだ状況が」
そうして現れた凛、藤丸に続く三人目のマスター。
どこにでもいそうな印象の白野が慌てて物陰から飛び出してきていた。
「岸波!?」
「岸波くん、貴方まで……!」
「余はこの愛らしい鎧の少女に味方する。奏者は争いを止めたいと余に願ったのでな」
実質的に二対一。凛には大幅に不利な状況だ。
ランサーを呼べば逆転も可能だが、彼女のプライドがそれを許さない。
「ミス遠坂、私はこの亜種聖杯戦争の調査に遣わされました。どうか、提案を聞いていただけませんか。この事態の解決を図ること、原因を調査することが私たちの目的です」
原因を調査する。それは凛の目的に合致している。
アニムスフィアが何か情報を掴んでいるのならば、有効活用できる。
更に時計塔のロードの一派に貸しを作っておいて損はない。
めまぐるしく計算が脳裏を渦巻き、凛は決断する。
「いいわ。勝手にこの地で調査を始めたことは不問にしましょう。その代わりこれは貸しよ。これだけは譲れないんだから」
「はい。わかっています」
「岸波くんもそうなんだからね。調査に協力してもらうわ。二人マスターが判明したのなら残りのマスターを探すのも楽になるわね」
亜種聖杯戦争に於けるサーヴァントは最大五騎。凛も含めてもう三人もわかっているのだ。
残る二人のマスターを暴けば、黒幕はすぐそこだろう。
これからの展望を予想する凛を、学生である三人のマスターをギルガメッシュは影から見ていた。
「ふん。手を組むなど面白くない。そろそろ残りの五騎――いや、一騎は気に入らぬサーヴァントが抑えていたな。だが冬木という街に因縁のあるサーヴァントが四騎、今宵召喚される。