Fate/Grand Apocrypha〜亜種聖杯大戦〜 作:古代魚
いつぞやと同じ工場地帯の一角。
闇に埋もれた事務所でいつかと同じ三人が顔を突き合わせていた。
今宵、アトラムが常に侍らせている侍女はいない。
より一層込み合った話だからであるが。
前回の集まりの時よりも、不機嫌にアトラムは共犯者たちを睨みつける。
「実に解せない。君の報告書を読んだがね。遠坂凛と君たちを除いたマスターが素人。しかも一人はトワイスの
「あいにく私の方でも予想外でね。だが、あの子は性根がただの一般人だからね。勝ち残ったところで君の魔術に太刀打ちできるはずもない」
トワイスは涼しい顔で養い子の弱点をさらけ出す。
「まあまあ、お二人とも。血気盛んなのは殿方らしいと言えばらしいのですけれど……。修行中のこの身の上には毒でございましょう。我々は一蓮托生。それをお忘れではありませんか」
キアラは合掌し、暗に仲間内で争う事を止めるように示唆する。
彼らは他のマスターが残っている限りは同じ黒幕側。
それまでは休戦協定を結んでいるような間柄なのである。
決裂をキアラが嫌うのにも正当な理由がある。
彼女のアンデルセンは戦えない。
それをトワイスもアトラムも知っているから引くしかない。
戦えない代わりに彼女は聖堂教会の監督役を押さえている。
彼女が聖堂教会への報告にアトラムの事を盛り込めば代行者が飛んでくることになるだろう。
それはありがたくない話である。
「まあ、いいさ。勝者から全て奪い取ればいいのだからな。追加の五騎のサーヴァントはどうなっている?」
「術式は既に起動している。だが触媒が存在しないからね。どのサーヴァントが召喚されるかまではわからない。召喚の確認が終わったら争奪戦が始まる。君もここでサーヴァントを確保しておきたいだろう」
淀みのないトワイスの説明に、どこか満足したかのようにアトラムは頷く。
番狂わせすら発生させる追加の五騎。これが今回の聖杯戦争の目玉であった。
「ふふっ……。アインツベルンとか言ったか。彼らから手に入れた技術だけは素晴らしい。ホムンクルスを効率的に利用するだけで亜種聖杯を形成するのがこれほど楽とは。聖杯にサーヴァントを全てくべた後に得られる魔力がどれほどか、期待が高まるよ」
この亜種聖杯はアトラムが用意したマナの結晶を利用して錬成された。
その材料は鋳造したホムンクルスである。
途中まではどこぞより買い集めた人間を利用していたのだが、アインツベルンがほんの少しだけ技術提供をしていると聞いてアトラムは一族の者を遣わした。
その結果、想定より早く亜種聖杯の完成及び連結を可能としたのだ。
その他アトラムは様々な仕掛けを亜種聖杯に施しているが、他の二人はそれを知らない。
作成した亜種聖杯の位置はアトラムにしかわからないようになっている。
それが彼の圧倒的なアドバンテージでもあった。
魔術の事など全く知らぬ一般市民が眠る真夜中。
人知れず、使い手もおらずその術式は実行される。
亜種聖杯による追加の五騎召喚である。
だが実際の冬木に顕現したのは四騎。
不可視の剣を手にしたセイバー、赤い外套のアーチャー、朱い槍を持ったランサー。
そして目を覆い隠したライダーであった。
違う世界でこの地に縁のあった英霊たち。それをこの世界の人間が知る由もなく。
サーヴァントたちはそれぞれに敵を/獲物を求めて移動を開始する。
ただ一騎、朱い外套のアーチャーを除いては。
「ここは、どこだ?」
そこは新都の駅より離れたところにある住宅街。
アーチャーの視力により見通せる、道標には『この先冬木市民会館』と記されていた。
「私は、誰だ?」
言ってしまえば彼は記憶喪失だった。
サーヴァントとして、記憶喪失は珍しい。
召喚された時に英霊としての記録、聖杯によって与えられた知識を持って顕現する。
だが彼は特殊な事情を持つ英霊だった。
故にこの世界に於いては彼は顕現する時に生前の記録が失われたのだ。
そこへ――。
「またお前かよ。聖杯戦争の度に顔を突き合わせているような気分だ」
朱い槍を手にした青い髪の男が現れた。
そうして混乱のまま体に馴染んだ動きで、双剣を振るう。
記憶がないというのに、その太刀筋は迷いのないものだった。
非常に珍しい事態だった。
言峰は聖堂教会により一時拘束されていた。
理由は簡単だ。彼の義兄によりルーマニアでは大変な事態に陥ったのだから。
ずいぶんと前から義兄とは距離を置いていたが、結託するのではないかと疑惑の目に晒されていたのだ。
それでも構わないと言峰は拘束される事も良しとしていた。
しかし雲行きが変わり、代行者として冬木に派遣されることとなった。
彼の生家である冬木教会は現在他の司祭に預けられている。
かの地で聖杯戦争が始まったと聞き、監督役からの報告を教会は受けたのだという。
その中に違和感を覚えたらしい。
よって冬木を良く知る言峰に白羽の矢が立ったのだ。
しかし、義兄の所業により言峰は魔術協会からの印象はよくない。
「お前が言峰綺礼、だな」
独房のような個室。言峰の生活スペースに司祭と共にその男は現れた。
魔術協会の依頼を受け、言峰を監視する為に派遣された魔術師殺し。
名を衛宮切嗣と言った。
別の世界では死闘を演じる二人ではあるのだが、この世界に於いてそれは起きなかった事。
かくして因縁の糸は収束し、彼らは冬木へ向かう。
その果てに何が訪れるか誰も知る由もない。