Fate/Grand Apocrypha〜亜種聖杯大戦〜   作:古代魚

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第1話~遠坂凛の事情~

彼女にとって日々の鍛練こそ日常を支配するものだった。

遠坂凛は魔術師の家系だ。それに変わりはない。

ただ違う事があるとするならば、数代前から魔術の鍛錬の他に、武術を取り入れた事だった。

魔術によってではなく、武術による根源到達。それが彼女の家系の目標だった。

 

「一人で型をおさらいするのにも限度があるわよねぇ」

 

彼女が現在習得しているのは八極拳だ。

父親が懇意にしていた冬木教会の神父より手ほどきを受けたものだった。

その神父は今所用で冬木を離れている。

同じように武術を極めようとしていた父は母と共に海外へ武者修行の旅に出ている。

日課の型のおさらいを終えた凛は屋敷の中を探索する。

昔、ある事件で聖杯戦争での根源を至ることを諦めた遠坂家は、武術で根源に至ろうと方針を切り替えた。

されど魔術の鍛錬は武術の鍛錬に通じるものがある。

だからこそ遠坂家は魔術を手放さなかった。

 

「さて、と。まだ読んでない資料が残ってるわね」

 

陽が傾きだした頃、凛は魔術師としての日課を切り上げ、重い腰を上げた。

漸く春休みも終わり、新学期も明日から始まる。

一日中鍛錬に使える日はなくなってしまう。

その前に少しでも解決しておきたい問題があったのだ。

ついこの間から手に浮かび上がった令呪。今の遠坂家には無縁であるはずの聖杯戦争の参加証である。

それが令呪だとわかったのは遠坂家に残された聖杯戦争についての資料を読んだからである。

令呪が現れるのは、聖杯がマスターを選ぶからだ。

しかし第三次聖杯戦争において、冬木の大聖杯は奪われてしまった。

故に、もう二度と聖杯戦争は起きないはずであったのだが。

そうして辿り着いた答えは、聖杯の簒奪者によりばら撒かれた聖杯戦争の仕組みからここで亜種聖杯を作り上げた魔術師がいるということだった。

武術に方針を切り替えたとはいえ、ここは未だ遠坂家の管理する霊地。

セカンドオーナーの許可なく勝手に大規模な魔術儀式をするというのならば見過ごすことなどできない。

 

「とはいえ、もう目星はついてるんだけど」

 

そう、心当たりがある。

数日前にしばらく滞在するからとセカンドオーナーである凛の家までやってきた魔術師が一人。

現在凛は当主代行の立場ではあるが、あの自信と野心に満ち溢れた男を忘れるはずもない。

――アトラム・ガリアスタ。中東に根を張り、最近になって時計塔にやってきたという一族の長である。

わざわざ極東の地にまでやってきた理由は話さなかったが、この手に令呪が浮かんだ前の出来事として考えると第一の容疑者である。

そして亜種聖杯について資料を漁った結果、造り上げた魔術師によって性質が異なるらしいことがわかった。

少ない時は二騎、多くても五騎という召喚されるサーヴァント。

冬木の聖杯戦争で呼び出される七騎には満たないということらしい。

ならば願いを叶える聖杯としての質は、圧倒的に劣るとしか思えない。

そんな戦いへ参加する事に、特に意義は感じない。

 

「本当に犯人があいつだったとして、その思惑に乗るのは癪だけど仕方ないわね」

 

凛はサーヴァントを召喚して、この企ての主を叩き潰す算段だった。

どうせ聖杯戦争というものに参加するならば、勝利しなければならない。

その為に召喚儀式の準備を進めていたのだが――。

 

『なるほど、奇妙な召喚をされたものだな』

「――誰!?」

 

突然聞き覚えのない声が室内に響き、凛は鋭く問いかけていた。

令呪の現れた手が痛み、魔力パスが誰かと繋がった手応えだけがある。

ということは、今声をかけてきたのはサーヴァントであるはず。

 

「儂はランサーのサーヴァント。召喚に応じ参上した」

 

凛の知らぬことではあるが、地下に先祖が用意した召喚陣が残されていたのである。

それも、第二次聖杯戦争で聖杯降臨地として選ばれた際、サーヴァント召喚を聖杯抜きで出来ないかと試した物であった。

当然そんなものが発動するわけもなく、諦めた先祖もうっかり放置していたのだ。

それが今、亜種聖杯の性質から繋がってしまったのだ。

この亜種聖杯は、マスターもサーヴァントも聖杯が選ぶように作られている。

そういった事実を彼女が知るのはまだ先の話だった。

赤い髪に、同系色の中華風の服を纏った男がそこに現れていた。

その立ち方、呼吸の仕方。ただならぬ修練を積んだ武術家であるように凛には見えた。

 

「ランサーのサーヴァント。槍術をメインに扱う武術家と言ったところかしら」

 

相手は今を生きる人間には及ばない神秘を纏った存在である。

それを差し引いても武術の在り方から根源を求める凛にとっては、偉大な先達であり好奇心を疼かせるサーヴァントだ。

 

「何だ、儂の流派が気になるのか?」

「ええ。武術を極めるのが命題だもの」

「ほう、それはそれは。後でお主の功夫を見せて貰わねばなるまい」

 

血気に逸るように、男はにやりと笑ったのであった。

英霊としての真名を告げられることはなかったが、後に凛は自分のサーヴァントが八極拳を習得している事を知る。

 

 

 

 

夕焼けに空が赤く染まる頃、チャイムが鳴った。

今日は来客の予定はなかったはずだ。

不審に思いながらも、凛は応対に出る。

門の外に誰かが立っているが、玄関からではよく見えない。

 

「はい、どちら様――」

 

門を挟んで来訪者と相対する。

だが、そこにいた客は凛の予想だにしていなかった者だ。

 

「お前が遠坂凛だな」

 

青い髪の小柄な姿。子どもかと思っていたがその唇から深い声が紡がれた。

その瞳は長い人生を歩んできたことを感じさせる、諦観のようなものさえ浮かんでいる。

子どものような姿に対してちぐはぐな雰囲気は、神秘に関わる者だろうと凛に推測させるには十分だった。

 

「ええ、そうだけど。貴方は?」

「俺か。一度しか言わんぞ。俺の名はアンデルセン。聖堂教会から派遣された聖杯戦争の監督役だ。まあ、俺には不釣り合いな役どころだがな」

 

そう皮肉気に、彼は愛らしい容姿に似合わぬ悪態をつく。

 

「監督役……でもおかしいわ。この冬木には」

「ああ、この地には聖堂教会の人間がいたな。だが彼はいない。だから俺がここにいる。わかるな?」

 

理屈はわかる。彼が聖堂教会の人間であるのならば、代わりの人間だって派遣されてくるだろう。

でも彼がこのタイミングでやって来たこと自体が信じがたい。

聖杯戦争の兆しがある。けれども凛がそれを知ったのは令呪が現れてからである。

都合よくすぐに監督役が派遣されてくるなんて。

 

「何だ、不満そうだな。何を話せば納得する? 大聖杯が持ち去られたとはいえ各地で亜種聖杯が観測されているのだ。ここにもいずれ、と思っても不思議ではあるまい」

「そうね。そう言うことにしておいてあげる。それで、今日は監督役としてセカンドオーナーに挨拶、といったところかしら」

「そうだな。今日のあたりはそれと監督役として俺が何をしないのかを伝えとこうと思ってな」

「何よそれ」

「俺は徹底的に頭脳労働に特化している。役に立たんと考えてくれ。祭壇にいないときは書斎にこもっているさ。俺はお前たちの苦悩の姿を書き留めなければならんからな。その代わりシスターがいるだろう。そいつ相手に用件を話せば俺に伝わる」

 

話はそれだけだったのか、アンデルセンは帰って行った。

そうして凛は家に戻る。

 

「客が来ていたようだが」

 

玄関に控えていたランサーはちらりと門の方に視線を向けて行った。

とっくに来訪者は去り、そこには誰もいない。

 

「聖杯戦争の監督役だそうよ。でもきっと私たちには関係ないわ。貴方は強い相手と戦いたい。私は聖杯戦争を遠坂の管理地で開催した馬鹿を叩き潰す。それだけでしょ」

「うむ。おぬしの言う通りで相違ない」

 

凛はそれだけ確認して、ドアを閉める。

その音に紛れてランサーが呟いた言葉は凛に届くことはなかった。

 

「確かに儂には関係あるまい。だがマスターはどうだ? アレはいずれかのサーヴァントだろうが」

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