Fate/Grand Apocrypha〜亜種聖杯大戦〜 作:古代魚
第1話 ~決闘の約束~
午前の授業が終わるチャイムが鳴る。
藤丸はあくびを噛み殺し、立ち上がった。
昼食は買わないとない。
だが、今日はマシュと作戦会議も兼ねて一緒にお昼をすることになっていた。
屋上あたりが話も聞かれなくてよいポイントだと藤丸は目星をつけていた。
だが――。
「藤丸、ちょっといい?」
一年の時から同じクラス。
もちろん昼食は買って食べる派の同級生が途方に暮れた顔で声を掛けてきた。
「悪い、岸波。オレ約束しちゃってて。ってどうしたんだ、その包み」
藤丸の友人であるところの岸波白野は、大きな風呂敷包みを持っていた。
かっちりとした形は弁当箱にも見えなくもない。
それにしてもずいぶんと大きい。
「
「君のお父さんってあの何考えてるかよくわからないお医者さんの?」
「そう、普段家を空けてどこか飛び回ってる養父の」
料理を作ってくれた、というところで藤丸はピンと来た。
きっとその知り合いとは女性に違いない。
と、普段ならこの友人を弄り倒すところだがこちらもそれどころじゃない。
「でもゴメン! 後輩とお昼を食べる約束をしてるんだ」
「そっか。じゃあクラスの誰かと一緒に食べるよ。きっと早弁した運動部とかいるだろうし」
そうして友人が隣のクラスの赤毛の男子に声を掛けているのを尻目に、藤丸はダッシュで屋上へ向かった。
途中で担任教師に見つかったら説教を食らってしまう。
だがそんなことを呑気に考えてる時間はなかった。
初めての待ち合わせで遅刻だなんて、したくはなかったのだ。
「マシュ、待た、せた……?」
「あ、いいえ。時間にして五分ほどでしょうか。大した時間ではないので、早速食事にしましょう」
マシュは日本語が上手だが、独特の言い回しをする。
今の言葉を藤丸の聞きなれた言い回しに変えるとするなら「今来たところです」となるだろう。
つまり、マシュを待たせてしまっていたのだ。
早速昼食にしようと言って、マシュは日当たりのいい貯水タンクの脇へと回る。
「この辺りとかどうでしょう? 今の私なら誰かが近づいて来たら判別できます」
「ああ。ありがとう、マシュ」
そうして向かい合って座り、マシュが下げていた手提げ袋から取り出したサンドウィッチを受け取った。
カリカリに焼いたベーコンと、レタスの挟まったシンプルなサンドウィッチである。
「すみません、作戦会議をしながら食べられるランチのレパートリーがまだ少なくて」
「いやいや、十分おいしそうだよ。ありがとう、マシュ」
一口齧るとカリカリに焼いてあるベーコンの塩気がパンに染み込んでいて、パンの甘みもあって美味しく感じた。
後輩、しかも隣に住む女の子が作ってくれたという事実だけで、味の補正値はぐんっと上がっている。
「あの、先輩。昨夜の事、どこまで理解できました?」
「オレが聖杯戦争のマスターとやらになって、マシュと一緒に戦わないといけないってところまでは」
「そうですか」
改めて、と食事をしながらもマシュは簡単に教えてくれた。
聖杯を求める英霊とマスターの戦い。
この戦いに勝利した者は、聖杯を得ることができる。
何でも願いの叶う、魔力の坩堝。
およそ魔術で出来ることは何でも短縮して行えるだろう。
「ただ、この地に聖杯があったのは60~70年ほど前までだと言われてます」
「……聖杯が、あった?」
「はい。この冬木で過去に三回、聖杯戦争が開催されていた。私が頂いた資料にはそのように記してありました。何でも第三次聖杯戦争でどこかの陣営に奪われたとか――」
マシュの語りに熱が入る。
けれどそれを切り裂くかのように、その場に殺気が走った。
「ずいぶんと詳しいじゃない。どこの魔術師の使いなの?」
凛として冷たい声。ハッとして藤丸が振り返るとそこにはA組の才色兼備の少女。
遠坂凛が立っていた。
「そんな……ここには誰もいなかったはずなのに」
「魔術で私を探そうとしたのかしら? でも残念ね。魔術では探知できない方法を使ってあげたから。藤丸くんはいいわ。後で何とでもなる。でも貴方はダメ。どこの魔術師かは知らないけど、セカンドオーナーの前で聖杯戦争の話なんて、いい度胸じゃない?」
マシュは身構えるように立ち上がるが彼女の眼力に圧されている。
ごくりとマシュの緊張が高まる。
藤丸も立ち上がるが緊張に身体が震えてくる。
凛に睨まれた男は何も言えなくなるというのが男子の間ではもっぱらの評判だ。
その時は笑い飛ばしたのだけれど、対峙してみてよくわかる。
「……失礼しました。私はマシュ・キリエライト。ロード・アムニスフィアよりこの地で観測された聖杯の兆しの調査で冬木に来ました」
「調査……聖杯戦争の参加ではなく?」
「はい。調査です。私には令呪はありませんから」
「そう? 全部脱いで見せてくれないとわからないんだけど?」
凛の言葉は刺々しい。このままでは危ない空気だった。
嫌な予感が藤丸の頭を占める。
例えばこのままマシュが血まみれになって、倒れる姿が。
藤丸は何か口を出してマシュを助けたい。
けれどマシュは目配せして藤丸に口を出させない。
藤丸はここで女の子にだけ任せて、黙っていられる男ではなかった。
「遠坂さん。マシュはマスターじゃない。マスターはオレの方だ」
言ってしまった。
マシュが慌てて振り返るのも藤丸には見えなかった。
ただ、冷たい凛からの殺気を受ける。
重圧が今度は全て藤丸に降りかかる。
ああ、こんなに痛いものだったのだなと正面から受けて藤丸は感じた。
「へえ、そう。藤丸くんがね……? そうだとしたら自分の目の節穴ぶりにその子を見逃して上げてもいいくらいよ。そうね、放課後――最終下校時刻を過ぎた後の校庭で会いましょう? サーヴァントを連れて、ね」
最後に刺々しい空気を掻き消して、彼女は踵を返した。
凛はかつんと靴を鳴らし、屋上から出て行った。
きちんと靴音がしたという事はこの場に彼女が入って来たというわけではなく、最初からいたということになる。
けれど、マシュは藤丸が来る前に誰かいないかどうかを確かめたはずだ。
凛の靴音が遠ざかった後、ほっと胸を撫で下ろす。
思ったより、身体は緊張していたことを今になって思い出したかのように。
「藤丸先輩……自分からマスターだって明かすなんて、そんな」
「よかった……よかった……マシュが無事で」
緊張が解けた藤丸はそれしか言えなかった。
藤丸は平凡な人間で、聖杯の価値なんてわからない。
けれど目の前の女の子は守りたい。
そんな当たり前の願いを抱いた男子であった。
「……私は貴方に危険な目に遭って欲しくないんです。マスター」
マスターとマシュに言われるとどきりとする。
二人で交わしたサーヴァントとマスターとしての契約。
思い出すとそれ以上何も言えなくなる。
「ですから、作戦会議をしましょう。決闘場所と時間を指定した以上それまでは安全と言えるでしょう」
「どうして?」
「ミス遠坂は魔術師です。人目を避けた戦いになるでしょう。先輩は魔術師の事は知りません、よね?」
不安そうにマシュが腰を下ろしながら確認してくる。
上目遣いのその表情に鼓動が跳ね上がった。
自分の顔が熱くなっていくのを誤魔化すように藤丸も腰を下ろした。
そうして二人は作戦会議に移った。
藤丸は授業が終わり次第速やかに学校を出る事。
マシュは校門前で藤丸を待つ事。
マシュの部屋で凛と戦う前の作戦を練る事。
それだけの内容で、昼休みは終わってしまった。
「では、先輩。放課後に校門前で」
「ああ、うん。すぐに行くよ」
デートに行く約束のような挨拶を交わして、二人は廊下で別れた。
同級生の何人かに目撃されたが構うものか。
あの後輩は誰だなんて聞いてくる友人の追及をかわし、予鈴の鳴る中藤丸は教室へと急いだ。