Fate/Grand Apocrypha〜亜種聖杯大戦〜 作:古代魚
「困ったなぁ」
急いで教室を出ていく友人を見送った後、包みを抱えて白野は途方に暮れた。
けれど果敢にも廊下を横切った隣のクラスの友人に白野は声を掛ける。
そうでもしないとこの弁当は消費しきれないだろう。
――そなたさえよければ、余が一緒に食べるのだが。
脳裏に響く鈴を転がしたような愛らしい声。
呼べばすぐに彼女はここに現れる。それほど近い所に彼女はいる。
けれどそんなことをしたら大騒ぎになることを彼は理解していた。
「あ、士郎。もしよかったら弁当、一緒に食べない?」
隣のクラスの赤毛の男子生徒。
名字で呼ばれることを頑なに拒絶する変わり者、熱血少年。
実のところ家庭の事情らしいが、白野は突っ込んで聞いたことがない。
何となく薄々と察していたから。
そんな士郎がちょうど廊下を横切ったのだ。
「弁当? どうしたんだ、それ」
「今、家にいる人が作ってくれたんだけど量が俺には多くって」
事実だ。
だがこれ以上言えるはずもない。
まさか自分が女性二人と絶賛一つ屋根の下だなんて、言えるはずもない。
下手に騒ぐと困るのは自分でなく、セイバーやキャスターだ、と彼は考えていた。
「ふーん。やきそばパンがトレードマークのお前にしては珍しいな」
「俺もそう思うよ。で、どう? いつも会長と食べてただろうけど」
「それ、一成に少し分けてもいいか?」
全然構わない。むしろ歓迎である。
キャスターが張り切って作っていたことと、この風呂敷の重さからしたら二人でも少し厳しいかもしれない。
しかし一体何を詰め込んだら、この重さの弁当になるのだろうか。
「おーい、一成。今日は白野も一緒でいいか?」
士郎はいつも一緒に昼食を取っている一成に声を掛けた。
白野にとっても一成は頼れる生徒会長だ。
時々生徒会の活動を手伝う事もあった。
「珍しいな。岸波がこんな弁当を持って来るとは。明日は雹でも降る、といったところか」
「助かった。俺もこんなに量があるなんて思ってなくて」
生徒会室で、弁当箱を広げての談笑。
白野はキャスターの用意した弁当がこんなに大きいとは実際に包みを開けてみるまで思わなかったのだ。
大きな容器は二段重ね。一つはいくつかに区切られ、ぎっしりとおかずが敷き詰められている。
そうしてもう一つの容器には彼女が握ったのだろうおにぎりが入っていた。
「岸波は独り暮らしではなかったか?」
はて、と一成が首をかしげる。
確かにこれでは不自然だ。だから白野はありのまま伝えるしかない。
「会長は俺の家の事情知らなかったっけ?」
「おっと。岸波の家庭事情も複雑であったか」
「岸波、それはいかん。まずいぞ」
そうだろうか、と今度は白野が首を傾げる番だった。
「これだけの料理を作れるのだ。恐らく相手は女性であろう?」
ずばりと言い当てられて、とっさに違うと言えず白野は黙ってしまった。
まずいと思ったが、一成は深々とため息をついただけだった。
「その様子だと、さては意識していなかったようだな」
呆れたような彼の言葉に、ほっと頷く。
ここは勘違いさせておいた方がいいだろう。
「親父さん、帰って来てたのか?」
「そうだけど、俺が帰る頃に出かけるみたいで顔は合わせないんだ」
「ふむ。岸波の親御さんは確か医者だったな。海外から帰って来ていたのか」
彼らは白野の家の事情を知っている。
養父は医師として海外に行って長く帰って来なかったということも。
ただ、今回問題があるとすればキャスターを連れてきてしまったことぐらいだ。
しかも、キャスターは養父のサーヴァントなのだと言う。
そのおかげでセイバーとキャスターの仲は険悪と言ってもいい。
――またあのキャス狐の事を考えておるな? そなたのマスターは余なのだぞ!
またセイバーの声なき声が聞こえた。
抗議の声もわからなくもない。
けれど今のところは黙っておいて欲しかった。
「そういえば士郎の方は? 家の事情は落ち着いたの?」
「それを今聞くのか? 岸波も勇気があるな」
「俺は気にしていないから、いいよ」
士郎は軽く言ってくれるが、彼の半生もなかなかにハードである。
病気で養子に出された白野と違い、士郎は小学校を卒業する前に両親を事故で失った。
その後、色々親戚と揉めてある男の後見を得て落ち着いたのだという。
彼の現在の居住地はなんとあの藤村先生の家の隣の大きな武家屋敷である。
「まあ、良いなら良いのだが……」
「士郎の後見人は俺の養父と同じで、海外にいることが多いって聞いたけど、話は進んでいるの?」
「向こうが避けてるけど、俺は諦めない。何故かそうしろって俺の中の何がが言ってる気がするんだ」
士郎は後見人となった男に養子入りする交渉を、高校に入った時から続けている。
そうなると彼の名字は変わってしまう。
だから彼は高校に入った時から、名字で呼ばれることを避けている。
一部の人間以外は彼の気持ちを汲んでくれているのだが。
「あまり学校行事にも来ない人だが、三者面談はどうしていたのだ?」
一成の当然の質問に、士郎は乾いた笑いを浮かべて答えた。
「時々帰って来た時に藤ね……藤村先生と俺の進学について話してるよ。俺はこのままどこか就職してもいいんだけどな」
「そういえばその人の名前ってなんて言うんだっけ?」
白野のちょっとした疑問。答えるように彼は言葉を返す。
「切嗣。衛宮切嗣。付き合いは長いはずなのに俺にもよくわからない人だよ」
口ではそんな事を言っていたが、士郎の声には尊敬が込められていた。
食事を終えた白野は、弁当を片付けて教室へと戻る。
まだ昼休みは半分ほど残っている。
怪談に差し掛かった時、上から駆け足で凛が降りてきた。
いつになく恐い表情で、すれ違う肩がぶつかり合う。
「気を付けなさいよ、岸波くん」
冷たい声もいつもの優等生の姿からは信じられず、白野はぼーっと彼女の後姿を見送るしかなかった。