最強はすぐそこにいる。
オレの目の前にいる。
ボクシンググローブをした女子が女子としてはどうなんだと言いたくなるような雄叫びをあげてパンチを放つ。
鋭い一撃とはこのことか。圧倒的なスピードは容赦なく相手の肉体に打ち込まれノックダウンしてしまうことだろう。
「あらあら」
問題は相手が悪すぎること。
さらっと避けられ、足払いを受けて転ばされる。
ゴロゴロと転がって挑戦者の敗北が決まる。
かと思えば、廊下の曲がり角から竹刀と防具一式を身に纏う女子――見えないけどおそらく女子――が踊り出る。
「死ねぇ!!」
おおよそ武術を嗜む者の言葉じゃない。だけど振るう竹刀の動きは多少なりとも剣道をかじっている。
しかし、多少の剣道経験では何のアドヴァンテージにはなりえない。
「あらあら」
決して広くない廊下で振り上げられた竹刀が蛍光灯を破壊してしまう。
バリンと無慈悲な音を立てて割れる蛍光灯。
そしてたまたま通りかかる教師。
結果なんて言わなくてもいい。剣道着の女子は職員室へと連行されてお裁きを受けることになる。締まらない終わり方をした。
襲撃者二人を難なく退けた――自滅したのがいるけど――ソイツはクスクスと小さく笑ってその場を去る。元々どこかへ向かうところでの襲撃だったのだ。いつまでも立ち止まって時間を潰すことはしない。
襲撃を目撃した女子たちも何事もなかったように散っていく。残されたのは転がったまま動かないボクシンググローブの女子とオレだけだ。
留まる意味なんてない。オレも所詮は居合わせただけの見物客でしかないのだから。
廊下を進む。目的地は生徒会室。
オレは実は選ばれた人間なのだ。
全校生徒と教師の間で板挟みにあって神経すり減らす側の人間に選ばれたのだ。
生徒会はオレを含めて四人しかいない。たった四人だ。この前、匿名で生徒会を増員してほしいという嘆願書を提出したのに。
生徒会室は他の部屋とあまり変わらない。豪華絢爛な扉とかない。二次元じゃあるまいし。
部屋の中は結構さっぱりしている。四人で顔を突き合わせられる程度の折り畳み式の長机があるだけ。多少の小物があるけれど特別な物はない。先々代の残していった木彫りの熊があるだけ。ちょっとお気に入りだ。
とりあえずオレが部屋に入ってまずやることは木彫りの熊を撫でることと、埃とかを払うことだ。
「熱心ね。本当に木彫りの熊好きなのね」
先に部屋に来ていた更識楯無が言う。書類に目を向けながらだ。かくいうオレは木彫りの熊に目を向けている。
生徒会長である更識楯無が真面目に働いている。
その事実はオレの胸を打つことはない。だって、居てくれるだけいいからとスカウトされただけだし。
だからオレは断固として働かない。駄目人間感が凄くて申し訳ない気分になることはあるけど。
「好きさ。魅せられたんだ。ほら、ストラップ。シロクマバージョンもあるんだぜ」
ノーマルな木彫りの熊のストラップに加え、先日遂に届いたシロクマ版の木彫りの熊ストラップ。今度はパンダバージョンに手を出してもいい。
楯無の正面に座る。珍しくお茶くみ担当がいないから勝手ができる。
机にだらける。ひんやりとする。だらしなくても構わないから机にへばりついてやる。
「可愛いわね」
頭を撫でられる。
楯無の動きを見ていたはずなのに、頭を撫でる手の動きが見えなかった。
「へぇへぇ。可愛いですね可愛いですね。オレには不要な言葉だぜ」
「それは失礼しました。でも可愛いの判断基準は個人に依存されるものだから、否定することはしないでちょうだい」
「……りょーかい。でも個人的には認めんぜ」
「鏡見れば嫌でも認めざるをえないわよ」
「だから鏡は見ない主義なのさ。反射するもの全般を避けて生きます」
「鏡貼りの部屋に軟禁したら変わるかしら?」
「その前に発狂死する」
想像するだけでゾッとする。今、ゾッとしたな。
「そんな大げさに。だけど発狂死してしまうくらいなら、私としても実行するわけにはいかないわね」
「そりゃぁどうも。行う気でいたことにびっくりだぜ」
楯無はくすりと微笑みを浮かべるだけ。
やれやれとため息を吐き出す。
完璧超人。
更識楯無を表すわかりやすい表現。
勉強なんてわざわざ授業を受けるまでもないほどの頭の良さ。
アスリートを根こそぎ抜き去るほどの身体能力。
そして多くから認められるカリスマ。
生徒会長・更識楯無はここにあり。
そして生徒会役員として楯無を支えるのがオレ以外の二人。まだ来てないけど。
楯無は書類の山を次々と捌いていく。一枚の書類に使う時間は十秒にも満たない。
「何見てんのさ」
気になって書類を一枚手に取る。
「……ボクの心は大いに揺れている。これが恋心と……ふむぅ?」
書類と思われていたものは小説だ。それも恋愛小説家。
楯無が書いたにしてはお粗末な内容だ。生徒の誰かだな。というか生徒会に持ち込むものか。
「うん。評価しろってことか」
「そうね。持ち込まれた以上は必要なことね。現段階の評価は下の中といったところかしら。言葉悪く言えば見るに堪えない。言葉良く言えばまだまだ発展途上」
「どちらにしろ。芳しくない作品であることは分かった。もう読むのやめれば」
摘まんだ紙を小説の束に戻す。時間の無駄だ。
しかし、楯無は読み続ける。
そして、オレはそんな楯無をぼんやりと見続けるだけ。