内気はそこにいる。
オレの目の前にいる。
カチカチカチとキーボードが鳴る。
規則性のないタイピング音は出来の悪い音楽の様に鳴り響き、聞く者を不快に導く。
タイピング音以外に聞こえるのは、苛立ちを含んだため息と頭を搔く音だけ。
踊る指は途中で止まる。
そして思い出したかのように再び奏でる音楽。
繰り返していく。
遅々として進まない作業は生みの苦しみという言葉を思い浮かばせる。
作業の進みは停滞という言葉で表せる。
以前見たときからの進歩はない。
意地によって成り立つ行動だが、意地が邪魔して行き詰っている。
誰かに助けを求めることもできる。
しかし、一人で完成させることで認められようとする気持ちが救いの言葉を妨げていた。
人の意見一つで駄目になることじゃない。
アドバイスが物事の進みをスムーズにすることもあるはずだ。
絶対強者な姉という壁を前にして視野狭窄に陥った妹には何も見えていないのかもしれない。
袋小路に陥った姿に、なんと声をかければいいのか。
顎に手を当てて考えてみても思い浮かばない。
オレは一人っ子だから分からない。
敵わない完璧超人のことなら知っている。
更識簪からしてみれば実の姉だ。
アレと張り合おうなどと甘い考えをもって接すれば潰れる。
オレは戦わない。ただ、雲の上の存在だと区切りをつけて接するのみ。
ビビりじゃねぇし。
簪は缶コーヒーで水分補給。
今回はお汁粉に取り換える悪戯はしない。自販機から撤退してしまったのだ。
「……ぶぅふぉ!?」
だから今回はコーラにしてみた。
人間は思い込む生き物だから想像と違う味がすると驚いてしまう。飲み物であれば噴き出してしまうのだ。もったいない限りだ。
「ま、また」
怒りより先に呆れ。簪はゆっくりと周りを見渡して犯人を捜す。
オレの隠密スキルは並大抵のことではない。
初期状態から意識されにくい体質だった。成長していくに気づかれなくなってしまう始末。
簪を相手にしても見つけてもらえない。
この前も二人目の男子生徒こと守落杏地に気づかれなかったし。
ええ、存在感がないんです。
「あれ、居ないのかな?」
いつまで経っても現れないオレ。出るタイミングを失ったとも言う。
「居るぜ」
面倒なので入口に移動してから姿を現す。正確には存在感を出す。
「あ、居た」
居ると分かるなり作業を再開する簪。一分一秒も惜しい。
コーラとコーヒーを元に戻して、オレは作業を見学する。
一心不乱にディスプレイを睨みつける簪には余裕がない。
打鉄弐式。
簪が一人で組み立てようとしているIS。
元々はプロの技術者達の手で開発されていたISだったのだが、織斑一夏が見出され、彼専用のIS開発によって打鉄弐式は手付かず。
それを簪が頑張って作っているわけだ。
一度、一夏に対する恨み節をつぶやいていた気がする。それも虚ろな瞳で。
追い詰められている。
姉という存在に心追い詰められている。自ら追い詰められたというべきか。
オレでは救えない。
強引で人の話を聞かないような奴が引っ張ればなんとかなる。
楯無の奴は知っていても干渉しない。
現に、このことを報告しても微笑みを浮かべるだけだ。
怖いな。
「用がないなら帰って。気が散る」
取り付く島もない。簪にとっては誰かが同じ空間にいることを許容できない。人がいれば情報が入ってくる。なんてことない話から開発のヒントになるアドバイスまで。
少しでも耳に入れば一人で作り上げたことにはならないと思っているのだろう。
特に楯無の息がかかっている生徒会役員だ。中継器として簪にアドバイスを送りつけてくることを警戒している。
その気はない。
楯無もヒントとなるようなことを口走っていない。
完全に放置している。
「帰らないもん」
「っち、ウゼーな」
「余裕ねえな。言葉が凄いぞ」
「気にしてない」
「言う側はそうだろうけど、普段の口調を知っている側からしてみればさ」
「こんなところにいないで姉さんのところに戻れば」
「戻ってもやることないし。別にべったりでもあるまいて」
べったり。背後から簪にのしかかる。
「重いんだけど。退いて」
「退かぬ。退かしてみせよ」
ウザいことしてる自覚はある。
普段大人しい人ほど爆発すると恐い。オレの視界がぐるりと回転して背中から床に叩きつけられる。
何をされたのかは分かる。投げ飛ばされただけ。それも鮮やかに。
退かしてみせよ、と言葉の通りにがっちりと組みついていた。それを外され投げ飛ばされた。
つまり簪は簪で優秀だ。
今の作業だって決して一筋縄にはいかない。
入学して間もなくの作業。それも元々ISの整備関係の知識を持っていたわけでもないというのに、組み立てを行っている。
並みのことじゃない。
簪は優れている。
決して出来の悪い妹じゃないんだ。
姉の出来が良すぎるだけ。常識外なまでに。
「痛いー」
背中を摩る。全然痛みが抜けない。
「自業自得」
仰る通りだ。