学年別タッグトーナメント。
全校生徒が一丸になって挑むイベントである。
学年ごとにトーナメント形式で試合を行って優劣を競う。
その場において織斑一夏は困惑していた。
どういうことだ、と。
すぐには事態を飲み込むことができなかった。
ラウラ・ボーデヴィッヒにいきなり叩かれたことよりも。
シャルル・デュノアが実は女の子でシャルロット・デュノアだったことよりも。
トーナメントの一回戦から因縁あるラウラと試合になったことよりも。
それら全てのことよりも飲み込みがたい事態が目の前で起こったのだ。
試合は劣勢だった。
ラウラを前にして経験で劣る一夏が優勢に立つことは至難の業だった。
パートナーのシャルロットは離れたところで箒を相手に苦戦していて助けに入れない状態だった。
だからといって諦める気はなかった。
千冬姉の力だけしか見ていない薄っぺら女にイラついた。
その力を不必要な暴力に使いセシリアと鈴を傷つけたこと。
誰か守りたいと強く想う一夏が食い下がる理由だ。
だから全身全霊で立ち向かう。
しかし、一夏の想いを上回る何かが起こったのだ。
目の前には腕を組んでふんぞり返るラウラがいた。
戦う人間の態度とは思えない。
先ほどまでの攻防がなかったかのように無防備な姿勢だった。試合が始まる前に戻ったのかと一夏が錯覚するほどだ。
「そこまでだ」
その一言で試合が止まった。
ラウラが腕を組んで放った言葉だ。決してAICによって引き起こされたものではない。
一夏としては何故、と思うしかなかった。
「見ろ、織斑一夏」
顎で指し示す先には地べたにうつ伏せで倒れる箒がいた。ISのシールド・エネルギーが切れたのか身動き一つない。
自分のパートナーの敗北にどうしてラウラが余裕を見せるのか。
その理由はすぐに分かった。
「えい、と」
シャルロットが可愛らしい声と共に箒の背中を右足で踏みつける。
「うぐぅ!?」
小さく呻く箒。もはやISが装着者を守る力はない。あの状態でシャルロットの踏みつけは下手をすれば命に係わる。
「シャル。何してんだよ!!」
無抵抗の人間に何をするか。もう、箒を攻撃する理由なんてないはずだ。
しかし、シャルロットは首を傾げるだけで足を退けることはなかった。
「何を言っているの一夏。人質だよ。人質作戦ってやつだよ。効果覿面かな」
それが何、とでも言いたげだった。
理解できなかった。
一夏の頭はいっぱいいっぱいだった。
どうしてシャルロットが無抵抗の箒を虐げようとしているのか。人質とは何なのか、誰に対するものなのか。
「理解できていないようだな。所詮はその程度か」
ラウラが見下してくる。虫けらを見るような目だ。
異常事態を前にして試合中止のアナウンスが鳴ることもなく沈黙を保っている。
観客は事態を飲み込めずにいる。
一体なんのマネだ。
誰かが抱いた疑問。
答えるのは突然の警報とうんともすんともしないドア。
ハッキングによって多くの人間が各アリーナに閉じ込められる。
「助けは暫くこれないかな? こっちにも腕利きがいることだし」
「来たところで大したことはない。所詮は実戦知らずの教員だ。たかが知れる」
「専用機持ちも少ないしね。セシリアと鈴のISは、この前ラウラが修復に時間かかるほど痛めつけてくれたから」
「木端が加わったところで障害にはなり得ない」
シャルロットとラウラは気ごころが知れているかのように話す。
その裏側にどのような思想があるかは一夏には察せないのだが、唯一分かることもある。
グルだ。
雪片二型を構え直す。とにかく目の前の二人が敵であることは分かった。
「構えてるところ悪いけど、ボクの足元見て少し考えてよ。おっかない顔している。足が震えちゃいそう」
主導権を握っているのはどちらであるかは明白だ。
一夏は罵倒したくなるのを抑えて構えを解く。解くしかなかった。
「何が目的だよ。どうしてこんなことしてんだよ」
冷静に勤める。
深呼吸してゆっくりと問いかける。そうでもしなければ一夏は爆発する。
「キサマのISが目的だ」
「だったら箒は関係ないだろ。放せよ」
「武力で制圧しても構わんのだがな」
「ただ奪い取るのも味気ないんだってさ。趣向を凝らす。上も悪趣味だよね」
まったく不本意なラウラと、やれやれと呆れるシャルロット。
足元で動けないでいる箒は歯を食いしばって大人しくしている。
動くこともかなわず。たとえ動けたとしても何になるのか。
「ふざけるな」
それでも口だけは大人しくできなかった。命を握られても箒は黙れなかった。
「いたって真剣。ふざけて出来ることじゃないよ」
「逃げられるとでも思っているのか!!」
「ボクたちの話聞いてたの箒。助けは暫くこれない。つまりね、ボクたちだけじゃないんだよ」
アリーナ管制室でもラウラとシャルロットの凶行を確認することはできた。
非常事態においては管制室から指示を出すのだ。見えないわけがない。
しかし、救援部隊の一つも送れていない。指示すら出せていない。
織斑千冬は苛立ちに舌打ちをする。
ドアがロックされて出られない。
ハッキングを受けたのか何をしようにも反応がない。
アリーナの状況を映し出すモニターだけが動き続ける。無力な千冬を嘲笑うかのように。
それでも千冬は動けずにいた。
元教え子であるラウラの行動にも、最も大切としている一夏が危機に晒されようとも、親友の妹の命の危機を前にしても。
身体は健康そのものだ。IS専用ブレード葵を振るうことも簡単なほどに。
しかし動けない。
動くことを禁じられてしまった。
「ちょっと動くだけでバン。奥の手は封じられたわけですね」
背後には山田真耶がいる。
千冬の動きを封じている元凶である。
管制室で放送を担当していた生徒に対して拳銃を向けるだけ。それだけで世界最強と名高い千冬を封じたいるのだ。
「山田先生。事と次第によっては手加減できないのだがな」
振り返り副担任の姿を認め得る。よく似た別人であれば救いがあるというのに、その顔は千冬が知る顔から変化してくれない。
「そうですか。でもこちらも事と次第によっては引き金引いちゃいますよ。織斑先生」
ニコリと微笑む真耶。
どういうことだ。
千冬は疑問を感じずにはいられなかった。
山田真耶のことは彼女が代表候補生として訓練に努めている時から知っている。新米教師としてIS学園に赴任してきたときも、それ以前からもおかしな経歴はなかった。
改ざんされた形跡も教師生活中にも不審な動きはなかった。
少々頼りないところを除けば潔白な人物で、決して生徒に拳銃を向けて笑う狂人ではない。
「びっくりしました? 敵だったんですよ。最初から今まで」
「ああ、驚いた。頑張って教師していると思った」
「してましたよ。教師として頑張ってました。でも、それとこれとは別ですよね。織斑先生が織斑くんに対して姉弟と教師生徒の関係を使い分けていたように。私だって使い分けるんですよ。織斑先輩」
「目的は……一夏か」
世界で初めて見つかった男性IS装着者。各国が欲しがるのは自然だ。
「白式の方です。織斑くんはおまけです。もう一人の守落くんも」
「コアが狙いか」
「今や世界最強の兵器ですから。多く持っていれば有利ですよね。それなら狙うは不確かなモノよりも確かなモノ。だから、必要な分をもらっていきますね」
「白式、ブルー・ティアーズ、甲龍、の三つに、二学年の二つ、三学年の一つ、そして開発途中の一つ」
「それと、ここに封印されている暮桜の一つ」
「三人では無理だな。専用機持ちたちがそこまで甘い奴らではないことくらいは知っているだろ、元代表候補生」
「知っていますよ。知っていますけど、私たちが三人だけなんていいましたか。専用機を持った甘くない代表候補生二人がこちら側なんですよ。もっと居ると考えてみましょう。私たち亡国企業はいっぱいいるんですよ」
亡国企業はIS学園にて動き出す。