堅物はすぐそこにいる。
オレの斜向かいにいる。
生徒会室は沈黙している。部屋には二人しかいない。
居心地の良い優しい沈黙ではなく、居心地の悪い険悪な沈黙だ。
第三者からすれば地獄だ。入りたくもない。オレなら入らない。原因はオレだけど。
部屋の窓を開けて換気したところで、充満する悪い気を流すことはできない。発生源の処理をしていないから無理だ。
互いに無関心であればこうはならないんだけど、こっちはともかくとして、あちらは関心あるから困る。嫌なものほど目につくのだろう。
ちらちらと向けられる視線。ウザい。
オレはチクチクと刺さる視線の鬱陶しさに舌打ち。
タイミングの悪さ。すべての原因はそこにある。
たまたま生徒会室に立ち寄ってみれば、たまたま奴がいただけのこと。
回れ右して帰ることもできた。だけど、負けを認めたみたいで何か嫌だったので意を決して入室した次第だ。
いつもの木彫りの熊を撫でまわしてから椅子に座る。あとはスマホをいじっているだけ。興味もなければ、真面目にやる気もないことを端的にアピールする。
奴こと布仏虚は不真面目な態度を目撃することで眉間に皺を作り出す。
不愉快だ。
持っていた書類――歴とした書類――を机に置くと虚は振り向く。
そして出てくる言葉は真面目にやれ、という小言。
返事はスマホの画面を注視することで知らしめる。
居てくれるだけいいから。
楯無の言葉を免罪符にだんまりを決め込む。
「まったく。アナタみたいに仕事をする気のない人が生徒会にいることは非常に嘆かわしいことですが弁明は多少なりともありますか」
虚が息継ぎを挟む間もなく話す。機嫌の悪い証拠だ。
弁明しろと言う。仕方がない。
スマホから顔を上げる。斜向かいの座る虚が同じく書類から目を離している。律儀だ。
「だって楯無が~」
「話し方がウザいですね」
「居てくれるだけでいい。そう言われているからこそ仕事をしない方向で生きている」
「ニートがいるわ。とっとと卒業か退学してほしいものね」
「退学はともかく、卒業に関してはそっちが先だぜ。布仏先輩」
「お嬢様の負担が増えますね。留年でもするべきでしょうか」
「駄目だろ。それこそ楯無の負担になる。負い目感じさせちゃ駄目じゃん」
「……ふぅ。確かに目先の欲ばかりに集中してしまいました。こういう時にだけアナタは役に立ちますね」
お堅い顔に苦笑を滲ませる虚。
「そりゃどーも。相変わらず盲信してるぞ」
布仏虚という人物の悪いところだ。お家柄もあるのだけれども楯無を盲信し過ぎている。
「盲信ではなく敬愛です。更に言えば布仏は更識家に仕えていますから。お嬢様のことを想うのは当然です」
誇らしげに胸を張っている。
「そしてそれはアナタも同じでしょう。現当主である楯無お嬢様に仕える。分家である私たちの責務のはず」
更識家とその分家の立ち位置。関係のない話だ。
「末端には行き届いてないんだろうさ」
「やる気ないだけでしょ」
「そうとも言うね」
「はぁ。まったく、本音といいアナタといい。お嬢様に対して誠心誠意尽くそうとは思わないのかしら?」
疲れたようにため息を吐き出している。
無茶を言ってくれる。
更識楯無は完璧超人という言葉が似合っている。
何事においても誰も追従することのできない才能の塊人間だ。
だからと言って何も手を貸す必要がないといえばウソになる。人手が必要なことだってある。
だけどオレは楯無を盲信する気はないし、手伝おうことはともかくとして仕えたいとは思わない。
「似合うと思うのだけど……メイド服」
頬を赤らめる虚。
コイツのこういう部分が大嫌いだ。
「死んでも断る」
「死なせるのはこちらも断ります。でも似合うと思うのですが」
「似合うとか似合わないじゃないんだよ」
「大丈夫ですよ。漫画やアニメみたいなミニスカメイドじゃありませんから。やはりメイド服はロングでなければ」
「拒否するポイントはそこじゃない。そもそも着る気がないんだよ」
話の通じない相手になってしまった。
たまらず机に突っ伏す。ひんやり気持ちいい。
虚は真面目で仕事にうるさい。
同時に可愛いもの好きだ。
超が付くほどの可愛いもの好きなのだ。
ちなみに一番可愛いと評価している相手は楯無だ。異論は言わせないらしい。
「ふぅ。お嬢様、今日は遅いですね」
頭を撫でられる。
楯無の時とは違い、ちゃんと手の動きが見えた。あれは規格外だと再認識する。
「撫でんなぁー」
「……つい触ってしまいました」
「本音でやれよ」
「あの子は撫でさせてくれませんので。それに質感的に満足できません」
「知らん」
撫でる手を払う。諦めずに撫でようとする手を何度も払う。しまいには叩き落とす。
七回ほどの攻防を経て虚が手を引っ込める。
ふん、と鼻を鳴らして虚は仕事に戻る。
はぁ、とため息を吐いてオレはスマホで暇つぶしに戻る。
さっきよりかは空気が和らいだ気がした。
「本当に似合うと思うのだけど……メイド服」
耐え切れず生徒手帳を投げつけた。