やはりですか。
取るに足らない。
テロリストなど所詮は烏合の衆でしかないというわけですか。
何十と撃ち合いを経験した虚は当然の結果だと結論づけた。
敵は敵ではありながら敵ではない。
所属はIS学園。
仕えるべきは更識家。
実際には更識楯無こそが真に仕える主だ。
少なくとも虚の認識では楯無が至上。
IS学園の生徒として戦っているつもりはなかった。
そもそも自分よりも劣る学園に仕える気など元よりない。
虚は優れた人間だ。
自身ではそう思っている。
父も母も妹の本音も劣る。
主たる更識家の人間もほとんどが虚に劣る。
劣って劣って劣りまくっている。
だから楯無と出会う前の虚は、これから仕えることになる楯無の優秀ぶりも結局は自分に及びはしないと高を括っていた。
結果は逆だ。
自分が及ばない。
圧倒的な才能の前に気持ちが折れた。
折れた部分は自分より優秀な楯無を崇拝する気持ちで補強してしまった。
優秀なのではない。もはや神の領域だと。
神に勝てる人間がいるだろうか。いるはずがない。
ああ、神に仕えることのできる自分は劣りはするが優秀であり、優秀であるが故に神に仕えることのできる自分はなんて幸福なのだろう。
ああ、お嬢様の手を煩わせる無能な者共は厚顔無恥で争いを起こす。
それもお嬢様のお膝元で。
「なぜだ。データになかった。キサマの存在は」
衝撃。
「私のデータがありませんか。一応形式上IS学園に入って三年目なんですけど。それとも生徒の情報すらも収集できないほどに学がありませんでしたか」
嘲笑。
「違う。キサマのデータはあった。それは間違いない」
「何を仰っているんでしょうか? ちゃんと考えて喋ってくださいね」
「くっ!? キサマの戦闘データなどそこらの一般生徒と同程度でしかなかった。どういうことだ」
「ようやく真面な内容になりました。貴女にしては偉いですね」
「馬鹿にするんじゃない!!」
「褒めてますよ。おおよそ褒めてますよ」
劣る人々にしては偉いですね。
「能ある鷹は爪を隠す。というか別に見せびらかすほどのことじゃなかっただけですよ」
「……なるほど。更識楯無の部下だけあると言うのか」
「部下ですか。そんな手に届く範囲での上下関係ではないのですが」
手に届くことはない。届いていいはずがない。
表層的な捉え方しかできないのが凡人の性だ。
虚は冷静に状況を見定めて攻撃を加えていけば、サイレント・ゼフィルスは耐え切れずに撤退を開始した。
「今回は退いてやる」
どうせ次回も退くんでしょうね、と虚は思った。
「次はこうはいかない」
次はどう料理しましょうか、と虚は思った。
虚が敵を追いかけることはない。
追いかけても意味がない。
目的はあくまで降りかかる火の粉を払うだけ。
火元をどうこうする気はない。
ISを解除して周りを見る。
IS学園はその特殊性から堅牢な作りとなっているので、虚がバズーカをぶっ放しても崩れ落ちることはない。
しかし、壁も床もひび割れ抉れている。
まぁ、非常事態故に必要な被害としましょう。
もしくは敵に全部押し付けてしまいましょうか。
何食わぬ顔で虚は楯無と合流することにした。
「では、後は任せるわ」
楯無が言う。
決して大きくはない声。
しかし確実に届いた。
証拠は背を向けた楯無に攻撃することのできない二人が示している。
スコールからダリルとフォルテの二人を分断するのは二機の量産型IS。
レキシー・イケェラシーと刀垣剣豪。
楯無に喧嘩を売って軽くあしらわれた二人だった。
二人は楯無から提供されたISを纏って戦闘を開始する。
「いくぜ、ぶっ殺してやる!!」
「死ね死ね死ね!!」
理性的な掛け声ではなかった。
だが二人は掛け声に反して動きは素人と思えないほどに洗礼されていて、代表候補生でありテロリストでもあるダリルやフォルテにも劣ってはいない。
二人は国家代表でもなければ代表候補生でもない。
しかし、学園内では陰の実力者として一部生徒からは評価されている。
座学の成績は標準的。
運動は好成績。
IS専門学は悪くないんだけどパッとしない。
ただ、本気を出せば代表候補生に喰らいつける人材であった。
だから楯無は独自のルートで手に入れた量産機を二人に与えた。ダリルとフォルテの足止めのため。
楯無は後ろを気にせずに追撃に入る。
吹き飛ばしたスコールが体勢を立て直すより前に接近。
スコールの防衛をするりと抜けて楯無は容赦なく攻撃を叩き込む。
短期決戦を求めているわけじゃない。
攻撃可能な状況であれば攻撃する。当たり前の話だ。
攻撃は最大の防御。絶え間ない攻撃は相手の攻撃のタイミングを潰し行わせない。それが防御に繋がるのだ。
スコールもただでやらせるほど甘い相手ではないが、楯無は楯無で攻撃の出端を挫き一切の反撃を許さない。
緊張も高揚もなく淡々と機械さながらの冷静さで追い詰めていく。
先読みと的確な行動。一貫して行われる攻撃はスコールから笑みを消し去るだけでなく、間違いを正していく。
学園襲撃に際して、スコールが最も警戒していた敵戦力はブリュンヒルデ織斑千冬だった。代表候補生たちはラウラによって事前に無力化させ、教員たちはISがなければ役に立たない。
残る更識楯無は学園最強の触れ込みだが所詮は学園という囲いの中に過ぎない。仮に最強であったとしても学生の中でしかない最強。
勝ち戦だ。勝って学園を嘲笑うかのようにISを略奪して終わる。
その予定であった。
最高戦力の織斑千冬は真耶の裏切りと人質を使って封じ込めた。
楯無もダリルとフォルテで叩き潰しスコールは状況にほくそ笑むだけ。
しかし蓋を開ければ追い詰められているのはスコール。
楯無を間違えた。
更識楯無は学園最強。
間違いではない。
生徒の中で一番強い。
間違いではない。
学生という括りの中でしかない強さ。
間違いである。
織斑千冬には劣るが強い。
間違いである。
IS学園の中にどのような強者が入り込んだところで更識楯無が学園最強であることは揺らがない。
どのような敵が攻めてこようが更識楯無が学園最強であることは揺らがない。
「舐めていたわ!!」
この戦い始めてようやく繰り出されたスコールの攻撃。
炎を操り敵を焼き尽くすはずが楯無は軽やかに回避してみせる。
後は滅多刺し。
楯無のランスが装甲を無慈悲に抉っていく。
「平等な条件で戦って力の差が分かったかしら」
楯無がクスリと微笑む。
それも一瞬。
感情という概念が存在しなかったかのような無機質さが表層に現れる。
「それとも今からでも三対一にでも変更すべきかしら」
「見下すんじゃない!! 小娘が粋がって!!」
「余裕のなさが哀れね。粋がった小娘に翻弄されて」
負けることはない。
楯無の攻撃に吹き飛ばされたスコールは不利を体験し逃げ出すしかなかった。
ダリルとフォルテもスコールの援護を受けて逃げ出していった。
残された楯無は勝利の余韻に浸ることもない。
勝って当たり前の戦いに感情が高ぶることなどあるはずもなかった。
「行きましょうか」
助っ人二人に労いの言葉をかけた楯無はその場を後にする。
IS学園襲撃事件。
結果的にはIS学園が襲撃犯を撃退。
IS学園の平和は守られた。
世の中そんなに甘くはない。
付いた傷跡は大きい。
壊れたモニター。
倒れ伏す山田真耶。
壁や床には弾痕や焼けた跡がある。
戦いの後には荒廃が残る。
更識楯無はピクリとも動かない真耶を見下ろす。
僅かに息がある。処置すれば間に合う。
学園での山田真耶しか知らない者は彼女がテロリストの攻撃を受けたと判断するだろうが、真実を知っている楯無は救護班を呼びに行くような真似はしない。
暗部の人間としてならば生かして情報を絞り出す。暗部の人間ならば当然の選択だ。
情報など要らない。
必要を感じない。
学園側が勝手にすればいいと楯無は放置を決め込む。
更識の人間として学園に力を貸すわけでもなく、ロシアの国家代表としての責務もなく、IS学園生徒としても協力するわけもなく、ただ多くの一般生徒と同じように自ら蚊帳の外へと出ていく。
今回は行動したが相手が楯無を攻撃対象の一つとして捉えたからだ。そうでなければ対岸の火事を眺めるに留めていた。
山田真耶は放っておく。
部屋の隅。
壁に背中を預け俯く少女を見る。
少数精鋭の生徒会役員にして更識楯無の手駒の一人が死にかけていた。
生きてはいる。
動けなくなるほど疲弊しているだけ。
こうなることを読んでいた。
最高クラスの隠密性と暗殺術を持つ少女は、直接的な戦闘は腕に覚えのある一般人よりかはマシであっても、裏社会を生きる武闘派には勝ち目がない。
IS戦でも結果は同じ。
かつての日本代表候補生にしてIS学園教師陣の中で織斑千冬に次ぐ実力者。
ぶつけてもよくて時間稼ぎにしかならない。
人選ミスもいいとこだ。
楯無一生の不覚。
とはならない。
最初から読めていた。
彼女では勝てない。
直接戦闘で勝てないなら彼女ならどのような行動を起こすか。
手に取るように分かる。
毒だ。
待機状態の量産型ISには毒ガスが仕込まれている。
使った結果が目の前に広がっている。
相打ちだ。
きっと楯無の意図を読み取ったが故の相打ち。
駒。
都合のよい駒だ。
楯無は彼女を持ち上げる。
当然お姫様抱っこ。
学園最強の名を持つ楯無からしてみれば小柄な少女など軽すぎて負担にならないのだ。
後に残るのは虫の息の真耶と、アリーナでの戦闘を終わらせ急いでやってきた千冬だけだった。