事件は終息へと向かっていく。
IS学園襲撃事件は多くの犠牲を生み出し、悲しみ憎しみ疑いを各々の胸に生じさせた。
事件に直接的に巻き込まれた哀れな被害者たちに決して普通の生活を送らせることはないだろう。日常への修繕は済んでも、建て直されたソレは辛い過去を思い起こさせる起爆剤にも成り得るのだ。
誰もが日常を謳歌することができなくなってしまっていた。
世界最強と謳われる織斑千冬でさえ今まで友好的に接していた同僚や生徒たちをかつての様な気持ちで相対することができなくなっていた。
誰が敵で誰が味方なのか。
慕ってくれていた少し頼りない後輩は自信のない顔の裏に狡猾なテロリストの顔を隠していた。頑張って生徒と向き合って時に緊張や焦りで失敗をしてしまい落ち込んでいることもあった手のかかる後輩が、向き合ってきた生徒に銃を向けた。
少しでも苦悩を見せていれば、逡巡してくれていれば、千冬としては救いがあった。
まだ引き返せる。良心の呵責に苦しんでいるうちは引き戻せると。
だが、現実は千冬が目にした通りだった。
想いは通じず、真耶はすんなりと銃を生徒に向けるだけで飽き足らず笑ったのだ。楽しんだということだ。
もう擁護できない。
頼りなくも大切だった後輩の姿はなかった。
だからせめて先輩として真耶を止めるべきだ。他の誰でもなく自身が止めてやるべきだった。
無理だったが。
アリーナ内の反乱を食い止めて、改めて真耶の元に戻ってみたが千冬が止めるまでもなく全てが終わっていた。
激しい戦闘があったのは惨状を見れば分かる。
しかし、誰が真耶を打ち負かしたのかは分からなかった。
毒ガスによる衰弱。
未だに意識戻らずに眠り続ける真耶は尋問できる状態ではない。
外傷らしい外傷は見当たらない。怪我をしていないことは医者のお墨付き。
真耶が目覚めれば全てが解明される。そう願うしかなかった。
水面から顔を覗かせた悪意がそう簡単に全てを吐き出してはくれないだろうが、最後の良心の存在を信じたくなるのが千冬だった。
後輩教師が悪しき姿を見せただけでなく、かつての教え子も醜悪な牙をむき出しにして敵意をぶつけてきた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
ドイツで出会った落ちこぼれの烙印を押された少女を鍛えて、千冬の望んでいた通りにはならなかったが立ち直り、IS学園で再び顔を見ることができたことは少なくない喜びではあった。
しかし、千冬の教えようとしたことの半分も理解できなかったラウラは力への信望のみを露にし、とても立派に成長したと言えなかった。
そればかりか、更なる力へとのめり込み悪道へと突き進んでしまっていた。
力欲しさにテロリストに与するとは。もっと心の強さについて教え込むべきだった。
力に洗脳された哀れな少女は自らの力量を把握することもできなくなり、呆気なく千冬の前に膝をついた。
何を口にすればいいのか。怒ればいいのか泣けばいいのかも分からない。
事件後に改めて相対したがその姿はとても酷かった。
教官の強さこそが私の求める力です。
また指導してほしい。
更なる力を。
強くなることで救われた少女は強くあることでしか自分を保てなくなるほど弱くなってしまっていたのだ。
そうじゃなかった。
力が全てではない。それを教えたかった。
周りを見ろ。仲間がいる。友がいる。
首を振って見える範囲を広げるだけでいい。それだけで解決するはずのことだったんだ。
伝えきれなかった後悔。
ラウラとシャルロットの信頼していないお粗末な連携が正しく千冬の指導の失敗を意味していた。
真に二人が信頼していれば千冬とて苦戦した。
シャルロットについては千冬との関係は薄い。
ただ教師と生徒の関係でしかない。
しかし一夏は彼女を救おうとした。助けようと寄り添った。
その救いを無下にしたのがシャルロットだ。
父親からはスパイとして送り込まれた少女はテロリストの一味として一夏すらも裏切った。
だからこその連携のない戦い方。
シャルロットは常にラウラの行動を警戒していた。目を見れば分かる。何人もの生徒を見てきたのだ。小娘程度の思惑など簡単に察せる。
シャルロットは恐れていたのだ。ラウラに裏切られるかもしれないということを。
裏切りはくせになる。
同時に自らも裏切られるのではと疑心に駆られる。
ラウラは一点しか見えず、シャルロットは自分の物差しでしか見えていなかった。
二年生のフォルテ・サファイア。
三年生のダリル・ケイシー。
千冬に関わりのない生徒の中からも離反者が出てきた。
IS学園ですら安全地帯と言えなくなってしまった。
何人の生徒が学園を去るか。
ISがもたらす危険性を感じ取ったか。
事件は千冬を打ちのめすが、決して絶望だけが結果ではない。
今回の事件を体験した一夏は、ISがもたらす脅威や自分の立場を理解し訓練に熱が入っていた。
今まではなんとなく習うだけの形だけの訓練が、確固たる信念を抱いて中身のある訓練へと変わっていた。
守るということの難しさを痛感した、と一夏は言っていた。
シャルロットを守れず、箒も守れず、テロリストに言いようにされた苦さ。
世知辛い事実が一夏を奮い立たせたのだろう。
今はまだ弱いが、千冬が思うにきっと強くなるはずだ。
ラウラのように一点の強さに惑わされず、シャルロットのように他者に気を置き続けることなく。
そしてもう一人。
守落杏地。
もう一人の男性装着者。
彼は今回の事件ですぐにやられてしまった。物語で言えばわき役でしかない。
だが、杏地がいたから千冬は間に合ったし、一夏は動き出すことができた。
千冬からしてみれば今回の事件を解決に導く一手を打ってくれた勇敢な少年だ。
普通の少年が危険に立ち向かうことは難しい。
そのまま控え室で震えていたとしても千冬は責めなかった。有事の際に戦力となるように教育を受けた代表候補生とも、一度襲撃を経験した一夏とも違ってこの前まで普通の少年でしかなかったのだ。
そして、今回の襲撃事件を受けて千冬の中に燻り続けていた一つの疑惑が表に出てきた。
おそらく真耶の件にも、アリーナでの来賓が死んでいった件にも、IS整備室での襲撃者の惨殺死体にも、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの学園離脱の件にも、今回のほぼ全ての件に関わりがあるであろう生徒会。
世界最強の称号ブリュンヒルデを持つ千冬も認める学園最強の存在。
更識楯無。
IS学園の生徒会長にして日本の暗部組織の若き当主、更には自由国籍を持ちロシアの国家代表。
普通の少女ではありえない経歴を持つ楯無は常に千冬を警戒させる存在でもあった。
何を考えているか分からず、教師側のみに回された機密情報もどこからか入手し、学園側と連携することもなく事件を解決する。
敵なのか味方なのか。
一夏に害をなす存在なのかどうか。
答えを得る必要がある。