まったりはそこにいる。
オレのすぐ隣にいる。
ギュッと抱きしめると柔らかくていい匂いがする。
くすぐったそうに身動ぎするのを無視してさらにギュッとする。
心がほっこりする。
生徒会室に通う理由の七割が腕の中にすっぽりと納まる存在に占められている。
人がその場所の行くのは何かしらの利益があるからだ。それは直接目に見えるような利益であったり個々人にしか分からない不定形な利益であったりと様々。
いつまでも抱きしめていられる。
しかし解放する。
腕にあったぬくもりの喪失は手痛い。
「あれ、もう終わり?」
ほんわかと邪気のない笑顔。無邪気だ。
「大好きなものほど制限しなきゃ際限なくなる」
抱きしめるのをやめた。代わりに頭を撫でまわす。髪質がふんわりしている。触り心地がいい。
今日は一番に生徒会室に来た。
日課となっている木彫りの熊を撫でまわしたり磨いたりして、それからスマホで暇を潰す。
二番目に生徒会室にやってきたのが布仏本音だ。
本音はこちらを見るなりとてとてと近づいてくるなり飛びついてくる。
オレはそれを受け止めて抱きしめてその柔らかさを堪能していた。
生徒会室は四人のキャストがいる。
生徒会長の更識楯無。別名は完璧超人。
生徒会副会長の布仏虚。別名は硬質真面目人間。
生徒会書記の布仏本音。別名はのほほん癒し系人間。
そしてオレ。
仕事のほとんどが楯無一人によって処理されていく。
虚は補佐として楯無を支えている。
オレは何もせずにだらだらと茶を飲んでいる。
この時点で駄目人間が一人蔓延っている体たらく。生徒会の人員不足の一端を担っている。
そしてもう一人、人員不足の一端を担っているのが本音だ。
本音は生徒会室にくる。
お菓子を食べるために。
眠るために。
オレに抱き着くために。
仕事はしてない。
「えへへへへ~」
だらしない顔を見せる。
「愛い奴め、愛い奴め」
姉とは大違いで愛嬌がある。きっとクラスでもこんな感じだろう。オレのクラスに移動してきてくれないだろうか。
「そっちのクラスはどんな調子だ」
「うーん。おりむーが目立ってるかな」
「織斑一夏か。まぁ、目立たないわけないわな」
「だって初日からクラス代表をかけて戦うって宣言してたからね」
「ああ、見学した。素人だけど素人じゃない動きだったな。高々一週間であそこまで動けるし、怯えもなかったな。天賦の才と凄い胆力。持つもの持ってんね」
「それに今度は二組のりんりんと戦うみたいだから、おりむーはキラキラしてるよ」
「キラキラはしてないんじゃないか?」
「だって、しののんやせっしー、りんりんだよ」
「モテる男はツラいというわけか」
ちょっと気になる。
織斑一夏じゃなくて本音が。
もしかして本音もソイツに好意があるんじゃないかと。
アレば応援でもしてやろうか。それともからかって遊ぼうか。どっちにしろ本音はオレの癒しであることに違いはない。
「モテるで思い出したけど。たっちゃんがおりむーにISを教えようとしてたっけ。たっちゃんもおりむーに気があるのかなぁ?」
顎に指先を当てて考え込む本音。
楯無が織斑一夏に接触したことは聞いている。それも本人から。
しかし、その意図までは教えられていない。あくまで接触してみたと言われただけ。
「そりゃないない」
「えー。せっかく修羅場が見れると思ったのに」
「ドラマで我慢しなさい」
つまらなそうに机に上体を引っ付ける本音。
堅物な姉と違って怠惰な動きをするのが本音。正反対過ぎる姉妹だ。
妹のだらけ具合に関して、虚としては頭痛の種でしかない。
「ほれ、飴でも食べて機嫌直せ」
目の前で飴玉を摘まんで見せびらかす。
「わーい。いただきまーす」
ぱくっとオレの指ごと飴玉を食べる本音。
いつものことなので動じることはない。
ただ、手を洗わなきゃなと思った。
「本音。飴だけ取れ」
「えへへ。ごめんなさい」
いつものやりとりだ。
生徒会室での癒しだ。仕事している二人を前にしても変わることのないやりとり。
無事な方の手で本音の頭を撫でる。
至福の時だ。
楯無と一緒にいても幸せとは感じないし安らぎもない。
完璧超人故に凡人には理解できない部分があるからだ。
あの微笑みの裏側にあるものを想像するだけでゾッとする。今ゾッとしたな。
だけど変に楯突かなきゃ大丈夫だ。謀反の意志ありや、と取られれば瞬く間に叩き潰される自信がある。自分でも嫌な自信だけど。
それに比べて本音はほんわかしているからいい。裏表がないから。
少なくともオレの前では裏表がない。
「……たっちゃんもお姉ちゃんもなかなか来ないね」
「来ないな」
「ふわぁ。寝ちゃいそー」
「寝てもいいんじゃないか。二人が来たら起こしてやっから」
「お願い」
本音が自分の腕を枕にして眠る。
趣味に生きる本音は夜更かしすることが多い。それは大事な用事が控えていても変わることのない習性だ。
日中はほんわかしているのは意識が若干睡魔に囚われているからに違いない。
本音はあどけない顔をこちらに向けて眠り始めた。無防備だ。
柔らかい頬っぺたを突いて暇を潰す。
二人がやってくるまでの間ずっと。