希少種はそこにいる。
オレの背後にいる。
どたどたと廊下を駆ける女子。どうなんだと言いたくなるほど血眼になって何かを探している。
走る女子はポニーテールを強風に煽られるカーテンのように揺らしながら捜索中。片っ端から空き教室に顔を突っ込んでいく姿は狂気そのものだ。
次々とありそうなところを捜索しては去っていく中で、ついにオレのいるところまでやってくる。
関係ない。
黙々とスマホをいじくりながら過ぎ去るのを待つ。
廊下の隅にしゃがみ込んでスマホをいじくる。うるせー、ボッチじゃないわ。
女子が通り過ぎていく。
失せもので何がしたいのかは皆目見当もつかずだ。
ため息が出る。
有名税は厄介以外の何物でもない。芸能人の強靭な精神には脱帽だ。
去っていく背中の群れに手を振ってみる。これだけを切り取ると絵になる。
内情を知れば嘲笑う最低な場面でしかなくなるが。
背後の壁をドンドンと叩く。痛い。
背後の教室から織斑一夏がひょこっと顔を出す。
「行ったか」
「じゃなきゃ合図をしないぞ」
一夏が教室から出てくる。
織斑一夏は世界的に有名な人物だ。
世界で初めて現れたISを操縦することのできる男子。
姉は世界最強のIS操縦者なので何かしらの繋がりがあるのではと噂されることもあるが知らない。
分かることは彼が世界各国から目をつけられていることだけだ。
「助かったぜ」
「どういたしまして」
「まったく箒の奴。いきなり竹刀振り回して追っかけてくるだから」
ため息が聞こえる。
「変なことでも言ったんじゃないか」
「言ってねぇ。ただセシリアがISについて教えてくれるって言うから頼んだくらいだ」
「ふーん。特に変なことはないな」
「だろ。それなのに、私が教えているのが不満なのかって。いやいや、ISは教えてもらった覚えがないんだけど。聞く耳もってくれないから逃げるしかないだろ」
何なんだよ、と廊下の壁にもたれかかる一夏。明らかに疲労している。
なんとなく分かった。
恋する乙女を前にして一夏の発言は危険だ。
火に油だ。
頼ってほしいと思っているのに違う女に目移りされては面白くない。
「そりゃ逃げるな」
「にしても助かったぜ。あのままだったら二回ボッコボコにされてた」
「二回ボッコボコ?」
「おう。とにかく酷い」
遠い目をする一夏。
経験者は語る。よほど酷いのだろう。
乙女の嫉妬ではない。暴君の虫の居所が悪かっただけだ。
分析ミスだ。勉強不足に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「そうだ。ええと……先輩の名前を教えてもらえませんか」
馴れ馴れしかった言葉遣いが急に変わる。
ああ、リボンの色を見て年上と気が付いたか。
「いえいえ、名乗るほどの者ではござません」
名乗りたくない。だから名乗らない。
織斑一夏などという有名人に名前を憶えられてしまうということは、あの血走った目をした篠ノ乃箒に嫉妬されてしまうということだ。
俺が答えないことを理解した一夏はそれでも名前をしつこく聞いてくる。こんな押しが強い奴なのか。
「オレの名前はアイエスハナコ」
「嘘つくんじゃあねぇ。どう聞いても例文に出てくるような名前だろ」
「例文に出るほどオーソドックスな名前で何が悪い。オレはアイエスハナコだよ」
「ああ……分かった」
粘り勝ち。
「そーいえば、この前の試合見たぞ」
「この前?」
一夏は忘れているらしい。あんなに濃密そうだったのに。淡白だ。
「イギリスの代表候補性セシリア・オルコットとの試合だよ」
「おお、それか」
「パッと思い出せ。パッと」
「無茶言うなよ」
「言ってないって。あれさ、聞けばIS動かすの二回目なんだって。入試の時とその時とで。よくも試合を受けたな。よくもあれだけ粘ったな」
疑問に思ったので聞いてみた。
いやいや、あの世界最強と名高い織斑千冬の弟君にあらせられる織斑一夏様であれば、二回も動かせば感覚掴むことも不思議ではありません。
嫌味たっぷりだ。人間性を再検証したくなる。
ただ、姉が凄けりゃ弟凄いなんてことよくある。楯無と簪は比べてはならないほどの差があるためにカウントしないことにする。
「うーん。男として馬鹿にされっぱなしで引き下がるのも、というのが理由だったかな」
「なんとも不便な理由で」
人生損すんぞ、と喉元まで登りつめた言葉を飲み込む。
一夏は「最初はだけど」と言葉を続ける。目の前は壁しかないというのに前を見つめている。何かを見ているのだ。
「戦ってる最中にさ、ちょっと思ったんだよ。オレは千冬姉の名誉をオレが傷つけてしまうのが嫌だったんだって。あそこで反論しないと千冬姉まで馬鹿にされると思ったんだよ」
一夏は笑った。
「そん時にさ、いつだったかに友達に言われたことを思い出したんだ。で、とにかく全力でやってやろうと思うがままにやったんだぜ」
一夏とセシリアの試合を思い返してみる。記憶力はいい方なので、鮮明に思い出せてしまう。
なるほど一夏の戦い方には変化はない。ただし表情は全く違ってた。
前半戦は張り詰めていた。後がない焦りがあったとも言える。
後半戦は純粋に挑んでいたように見えた。何に対して挑んでいたのかまでは理解の及ぶところじゃない。知らん。
でも、変化はしていた。友達の言葉に変わった。
「何を言われたんだ」
「先輩の本当の名前を教えてくれたら教えるぜ」
したり顔をする一夏。
「っち!」
されたり顔をするしかなかった。されたり顔なんてあったか。