オレはここに居る。
いつも通りに木彫りの熊を撫で回している。
触感よし。残りも頑張れる。
生徒会室にはまだ誰も来ていない。珍しく一番乗りだ。景品は短いながら独り静かな空間。
木彫りの熊を撫で回して満足すれば、定位置に腰掛ける。
生徒会役員としての活動は皆無なれど、真面目に部屋に顔出している。
意味はない。なんてことはない。
更識楯無、完璧超人がいるからだ。
オレとしてはそれだけで十分な理由になってしまう。
脅されているんだ。弱みを握られて行動を制限されている可哀そうなオレ。相手が悪かったということもあるけど、まさかバレるとは思わなかったんだ。気づかれているとは思うわきゃないわな。
無銭飲食。
自分でも自覚できるほどの最低な行い。それが止められない。我慢なんてすることができないんだ。
当然のように注文して、きたものを食べて、何食わぬ顔で会計を通り過ぎて店を出る。
悪いことは知っている。
でも、知っているからなんだ。
やめられないんだから仕方がない。
「あら、珍しく私が最初ですか」
考え事に夢中になり過ぎて、虚が入ってきたことに気がつかなかった。虚の奴もオレに気がついていないけどな。
昔から気づかれにくいのが自慢だった。気がつかれても気に留められない。監視カメラにがっつり映っていてもだ。意識の外へと追いやられてしまう。
おかげさまで学校で嫌な役を押しつけられることも教師に指名されることもない。
そのおかげでテストは満点の優等生だ。気に留められないのでテストの答案を当然のように閲覧可能だ。それも織斑千冬の目の前でやってもバレやしない。
で、目を付けた楯無によって生徒会に引きずり込まれたのが真相だ。誰が好き好んで生徒会なんて面倒ごとの巣窟に突っ込むもんか。
虚はまるでオレの存在に気づいていない。それでいい。それが普通だ。
楯無が異常なんだ。常軌を逸している。アイツは昔からオレを見つけ出す。そうじゃなきゃここにいない。
虚はこの異常さに気がついているのだろうか。察知しているに違いない。それを含めて敬愛しているんだろう。
存在の秘匿。
オレはいまだに虚に気づかれようとせずにいる。
オレが誰かに認識されるには自己主張しなければならない。自然体で過ごしていると誰からも認識してもらえなくなる。意識的に存在感を出していかなければならないのが大変。
虚が背を向ける。
タイミングよし。驚かせる。そのためだけに背中を向けるのを待った。
「わっ!!」
こうも上手くいくとは。楯無みたいな完璧超人でない虚では平気に背中を晒す。
優越感が身に沁み込んでくる。
気に食わないからこそのポジティブな感覚も虚の次の一手に霧散する。
身体を大きく捻り、振り向きざまに右腕を突き出してくる。指と指の間には鋭く長い針のようなものが挟まっている。
瞳には未知に対する敵意しか感じられない。お堅い顔は、背後から突然発生した脅威を取り除くことのみに全てを割いている仕事人のそれだ。
「あら、アナタでしたか」
攻撃の次には謝罪を要求する。
「謝れ」
「そっちが先ですよ。その登場の仕方はやめなさいと言いましたよ」
「もう二桁分もやってんだから慣れろ。謝罪」
「私たちの立場上、突然現れる気配に慣れることなんてできないでしょう。アナタこそいい加減に学びなさい」
「だからっていきなり仕留めにくるなよ。針なんてあぶねーぞ。ほれ、謝罪」
「致命傷は避けるつもりでした。アナタは難なく回避できたみたいですから結果は目くじらたてるものではないでしょう」
「それ、楯無を相手にしても同じセリフ言えんのかよ。しゃ~ざ~い~」
「私がお嬢様の気配を察知できないとお思いでしたら、それはいくらなんでも軽んじ過ぎですよ。このような事態など起こるはずがありません。あと、謝罪はしませんので」
きっぱりと言い放つ。悪びれもしない顔だ。
謝罪の要求は諦めるほかない。ため息と共に水に流す。
虚は話は終わったとばかりに生徒会として仕事に取り組み始める。
「謝罪を求めるのはこちらの方です。可愛いものを傷つけさせようとしたのですから。これは許容できない悪事よ」
話は終わったのだ。あくまで自分が攻撃した件に関しては。
そして新しい議題として、オレが驚かせたことに対する謝罪を上げてきた。
話が終わってねーよ。
「そうね。私の用意するゴシック服を……ね」
「換金してこいってか。いいぜ、貸せよ。後腐れなく売ってきてやるよ」
「いいえ。着てください。メイド服でも巫女服でもオッケー。というか全部着ましょう。そして愛でさせなさい。アナタにはその責務がある」
「初めて聞いたぞ、その責務。やめーい。その手を引っ込めろ」
頭頂部に伸ばされる手を払う。
再び撫でようとしてくるので払う。二度ならぬ三度も四度も撫でようとするから、その都度払う。
七回目の攻防にて強めに叩き落として虚が諦める。
はぁ、と疲労を滲ませたため息を吐いて、スマホで暇を潰そうとする。
「絶対に似合うと思うのだけど……ゴシック服」
耐え切れずスマホを投げつけた。