これはタイトルにある通り雪兎の生前・転生前のお話になります。
文章の書き方が兎協奏曲とは少し違う書き方をしておりますのでそこはご注意下さい。
とある前日談
某県●●市、都会とも田舎とも言えない変哲もない地方都市。これはそんな●●市に住むとある人々の話。
「おはよ~、兄貴」
「おはようさん、八雲。直に朝飯出来るから顔洗ってこい」
「はいよ」
村上家。両親は既に亡く、既に社会人で少し年の離れた長男・雪人が高校生の弟(八雲)と妹(時雨)を世話しているシチュエーション的には少し特殊だがありふれた一家だ。
「……おはよ」
そこに末っ子の妹・時雨が眠そうにリビングにやってきた。
「おはようさん、時雨。また衣装作りで徹夜か?」
「うん……次のイベントで着るやつだから急いでて」
衣装というのはコスプレの衣装の事で、時雨は衣装から小道具まで自作で揃えている(主に金銭的な都合で)。しかもクオリティも割りと高い為、その手の業界では有名人らしい。
「そうか。手伝ってやりたいところだが、ここのところ忙しいからなぁ」
「お兄ちゃんこそ忙しいんだったら無理して皆のお弁当まで作らなくていいのに……」
両親がいない為、村上家では朝食と昼のお弁当は雪人。夕食は時間があれば雪人、雪人が遅い日は八雲が作るかお惣菜コーナーの見切り品になる事が多い。
「まあ、半分趣味みたいなもんだから気にすんな………食費も浮くしな」
「お兄ちゃん、いい主夫になりそう」
「はいはい、時雨もさっさと顔洗ってこい」
「は~い」
八雲と丁度入れ替わるように洗面所に向かった時雨を横目に雪人は今日の朝食の準備を終える。メニューはチーズオムレツに焼いたウインナーと付け合わせのレタス、そして雑穀ご飯にマグカップに入ったコスソメスープである。
「いただきます」
「「いただきます!」」
三人揃ったところで朝食を開始する。雪人も下二人の面倒を見るために朝に余裕のある会社に勤めており、このように三人揃って朝食を取る事が当たり前になっている。
「二人共、今日は帰りが遅くなりそうだから昨日の残りのシチューで晩飯は済ませてくれ」
「はいよ」
「らじゃ」
朝食を終えた二人はそれぞれ部活の朝練の為に弁当を持って家を出る。八雲はテニス部、時雨は演劇部に所属している。当初二人は部活には入らずに家計の為にバイトをしようとしていたのだが、雪人に「親父達の遺産も残ってるし、お前らにそんな心配される程火の車じゃねぇっての」と、言いくるめられ青春を満喫している。
**********
家を出てしばらくすると、二人の幼馴染で八雲のクラスメイトの森園慎一が二人を待っていた。
「時間通りか、流石は我が相棒だな」
「オッス、慎。そう言うお前も毎朝早いよな」
「おはよ、慎くん。あとお兄ちゃんから今日のお弁当」
「いつもすまんな……本当にあの人には頭が上がらないぜ」
森園慎一……先も説明したが、二人の、というか村上三兄弟の幼馴染であり、 三兄弟同様両親が不在の為、雪人が弁当等ちょくちょく世話を焼いているのだ。雪人曰く「もう一人の弟みたいなもん」とのこと。
「で、また危ない橋渡ってねぇだろうな?慎」
「……少なくとも雪人さんに迷惑掛けるような事は何も」
「お兄ちゃん、怒ると怖いよ?」
「安心しろ……あの時のようなのは俺ももうごめんだ」
慎一は趣味兼特技の情報収集を使って情報屋のような事をしており、以前に危ない橋を渡りかけて雪人に助けられた挙げ句にキツいお説教を受けているのだ。
「まあ、何かあったらちゃんと俺達にも相談しろよ?」
「わかってるよ……というか、お前は俺の母親か!」
「兄さんが母親だとしたら……お兄ちゃんは父親?」
今更だが、時雨は二人の兄の呼び方をお兄ちゃん→雪人、兄さん→八雲、という風に区別している。
「……全く違和感ねぇな」
「おいっ!俺は男だ!」
「そんな事より早くしないと朝練遅れるよ?」
「ちっ……そんじゃまた後でな、慎」
「じゃあね、慎君」
そう言うと、二人は風のように学校へと走り去っていった。
「……相変わらず嵐のような兄妹だな」
二人と違い部活には所属していない慎一は受け取った弁当を鞄にしまい、ゆっくりと学校へ向けて歩き出した。
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そしてあっという間に放課後。部活が職員会議の為に無かったその日は幼馴染三人で下校していた。
「雪人さん、最近忙しそうだな?」
「まあな、何でも『やる仕事の範囲が一気に増えた』とか何とか」
「顔には出して無いけど、かなり疲れてそうなんだよね、お兄ちゃん……」
そう、ここ数ヶ月雪人は帰りが遅い日が増えていた。雪人は「朝の時間を融通してもらってるんだから当たり前だろ?」と言って平気そうな顔をしているが、実際には趣味のプラモを作る暇が無いくらいに疲れているのを二人は知っていた。
「もう少ししたら一区切りつくとは言ってたんだが……」
そんな時だった。突如八雲の携帯が鳴り始めたのだ。
「うん?寺川さん(雪人の同僚)から?何だろう?」
『あっ、八雲君!?』
珍しい人からの電話に首を傾げながら通話ボタンを押すと、切羽詰まった様子の声が聞こえた。
「ど、どうしたんですか、寺川さん……」
『ごめんなさい。でも、落ち着いて聞いて……君のお兄さん、雪人君が交通事故で搬送されたの』
「………………えっ?」
**********
「悪いな、寺川。こんな事に付き合わせて」
「そう思うなら少しは休んだらどうなの?雪人君」
時は少し遡り、仕事の関係で社外に出ていた雪人とその同僚の寺川恵の二人。同僚以前にこの二人は中学時代の同級生で、偶然にも入社した会社が同じで、雪人は腐れ縁のようなものだと思っている。その寺川は連日遅くまで仕事をしている雪人を心配してこうして同行していたのだ。
「今の仕事に区切りが着いたら溜まった有休でも使うさ」
「そういうところ、中学から本当に変わってないのね?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
幸い大した用ではなく、既に用は済ませて後は社用車で会社に戻るだけだった。しかし、とある交差点を通過しようとした時に悲劇は訪れた。
「えっ?」
「くっ!」
二人の乗る社用車に信号を無視したトラックが右側に激突し、車は数十M程弾き飛ばされてしまったのだ。
「……うぅ………」
助手席側の寺川には不幸中の幸いというべきか怪我は大したことはなかった。だが……
「はっ!雪人君!?」
運転席にいた雪人の方は血まみれになっており、呼吸も細い危険な状態だった。それから近くの人の通報で駆けつけた救急車で雪人と寺川は病院まで搬送され、緊急手術となった雪人の事を報せるべく、寺川は八雲へと電話を掛けたのだった。
**********
「兄貴!」
「お兄ちゃん!」
それから慌てて病院へと駆けつけた八雲達だったが、そこで待っていたのは泣き崩れた寺川と辛い表情の医者の姿だった。
「ご遺族の方ですか?」
「ご遺族って、まさか……」
「我々も手を尽くしたのですが……」
聞けば雪人はつい先程に息を引き取ったのだと言う。
「嘘、だよね……」
未だに雪人の死が受け入れられない時雨が寺川や医者を見るが、二人は首を横に振るだけで、時雨もとうとう泣き崩れてしまう。
「……事故の原因は?」
「相手のドライバーの居眠り運転だったそうだ」
「急ぎの荷物だったそうで、徹夜で運転していた疲れで眠ってしまったそうよ」
一方で慎一はその事故原因を医者と看護師から聞き、拳を強く握り締め壁を殴りつけようとするが、寸前で八雲に止められる。
「落ち着けよ、慎」
「落ち着けられるか!ってか、何で相棒はそんな冷静なんだよ!?」
「俺だって頭ん中ぐちゃぐちゃで訳がわかんねぇよ!」
もし、この場にそのトラックのドライバーが居れば八雲もすぐさま殴りかかっていただろう。それくらい八雲とて悔しさが滲んでいた。
「……わりぃ、俺よりもお前らの方が辛いよな」
それを察し、慎一も怒りを鎮める。
「……兄貴、いえ、兄の遺体は?」
「こちらです」
幸いな事に雪人の遺体は怪我は酷かったものの見れない程酷い損傷はなかった。また、雪人は自身に何かあったらと、少し高めの生命保険も加入しており、雪人の貯金や両親の遺産に加えて多くの保険金が二人に遺されていた。そして、両親の遺産に至っては八雲と時雨の為にしか使われておらず、未だに多くの金額が残っていた。
「バカ兄貴……少しぐらい楽しても罰なんざ当たらなかっただろうに」
それを知り、八雲は怒りよりも呆れが先にきたと言う。
一方、時雨の方はショックのあまり数日自室に引きこもってしまった。
**********
時雨が何とか立ち直り、雪人の葬儀を終えた八雲と時雨。葬儀には多くの人が駆けつけてくれ、雪人の交友関係の広さを実感していた。特に寺川は何かと二人の心配をしてくれ、時雨が立ち直る切っ掛けにもなってくれていた。
「もしかして寺川さんって……」
「だと思うよ」
雪人はただの腐れ縁の友人と言っていたが、彼女の方は違ったのだろう。
そして、数ヶ月が経つ頃には八雲も時雨も何とか以前と同じように笑う事が出来るようになっていた。
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一方で、慎一は表面上は変化が無いように見えていたが、ある日を境に学校へ姿を見せなくなった。八雲への最後の連絡では詳細は語らず「ヘマやった」とだけメールしていた。
「……ったく、あんなヘマするとは俺も焼きが回ったわ」
その慎一が今いるのはとある下水道の通路。たまたま収集していた情報にとある"ヤ"のつく者達に関するもの混じっており、流失したその情報を揉み消そうとする過激派から慎一は狙われてしまったのだ。
「いたぞ!」
そして、一週間にも及ぶ逃走劇の果てにとうとう慎一は追い詰められてしまう。
「……一高校生が一週間も逃げ延びれればよくやった方か」
この一週間で慎一も随分と参ってしまったようで、最早逃げるつもりはなかった。
「やるんなら出来るだけ痛くないように頼みますわ」
「ふん、一週間も逃げ延びたくせに最後は随分と潔いではないか」
「ただ単に逃げるのに疲れたんですわ……おたくらしつこすぎますって」
「……最後に確認だ。他にあの情報は洩らしていないだろうな?」
「あんな情報、俺の手に余りますって……誰に流してもガキの悪戯扱いされると思って手つけてませんよ。それくらいおたくらなら調査済みだろ?」
「確かにな……まあいい、ならば望み通りにしてやろう」
「……感謝します」
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それから更に数ヶ月が経った。兄に続き、幼馴染が行方不明となった事で八雲は少しずつ部活をサボるようになった。元々レギュラーでもなかった事もあって部員や顧問もあまりとやかく言ってくる事はなかった。一方、時雨は部活の無い日等の放課後は特に宛もなく町をうろうろするようになった。もしかしたらフラッと幼馴染が現れるのではないかと期待しているのだろう。そんなある日、その日も時雨は特に宛もなく町をうろうろしていた。
「……やっぱりいないか」
普段なら近付かない路地裏等も回ってみたが収穫はゼロ。情報収集を得意とする慎一と違い、時雨はどちらかと言うと直感で動くタイプの為にこのような地道な作業は向いていないのだ。
「……あんまし遅くなるとまた兄さんに怒られるし、帰ろっか」
なんとなく今日はこれ以上の収穫は無いと察し、回れ右をして帰ろうとしたその時だった。薄暗いはずの夕方の路地裏が何故か明るくなったのだ……しかも、時雨の足下から。
「ん?って、なんじゃこりゃ!?」
光を放っていたのは時雨を中心とした"魔法陣"のようなものだった。
「ちょっと待って、これってもしかしたらもしかしてもしかするの!?」
その間にも光はドンドン強くなりあまりの眩しさに時雨が目を閉じると、次の瞬間には路地裏に少女の姿はなくなっていた。
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それから一ヶ月。妹まで行方不明となり、八雲はとうとう一人になった。慎一と時雨の捜索は一応続けられているが、八雲はなんとなく二人は見つからないような気がしていた。
「……流石にここまで立て続けに色々起これば作為的なもん感じるよなぁ」
某学園都市の不幸自慢ならば「不幸だぁー!」と叫んでいるところだろう。
「というか、何でいきなり豪雨なんだよ……天気予報じゃ一日晴れだったじゃん」
その日も部活をサボり、見晴らしの良い高台の上でのんびりしていたのだが、突然の豪雨で高台にある小屋の屋根下に避難する羽目になり、八雲は今朝のニュースの天気予報を思い出し悪態をつく。
「というか、止む気配ゼロだな……」
それどころか雷まで鳴り出している。
「うわぁ……最悪だな。これは風邪引くの覚悟で走って帰った方がいいかもしんないな」
そんな事を考えていた八雲だったが、その時、一際大きな雷鳴が響く。
「……あれ?これ、かなり近くね?」
そう思って上を見上げると、丁度八雲の真上の雲がやけに蒼白い光が灯る。
「あっ、やべ」
次の瞬間、先程よりも更に大きな雷鳴と共に八雲のいた小屋目掛けて雷が落ちた。
これにて本当にISー兎協奏曲ーは一先ず閉幕となります。
それでは次の作品でまたお会いしましょう。