護衛艦でいず! 作:角煮か?
タイトル、あらすじ、ゆきづきの容姿、提督の性格などを修正しました。
ストーリーへの影響はありません。
今日はまだ目覚めたばかりだからゆっくり休むよう、岩崎に言われる。詳しい話は後日ということらしい。別に俺はいつでもいいのだが、現状を整理する時間も必要だと思った。
自分の過去や生い立ちに関する記憶はなし。それに関しての焦燥感や恐怖感もゼロ。だから当面は気にしないでもいいだろう。自分の心が落ち着いてるなら無理に荒立てる必要性はない。
そして岩崎との短い会話の中で分かったのだが、俺は艦娘と呼ばれる存在のようだ。海からやってくる侵略者と戦う力を持つ、軍艦の生まれ変わりだと言っていた。
ただ俺は一般的なその艦娘とも異なるらしい。とにかく、なんかすごいそうだ。
「……暇だな」
岩崎と菊月が去った医務室は静かだった。開け離れた窓から心地よい海風が流れ込み、磯の香りを運んでくる。季節は初夏だろうか? 気の早い入道雲が水平線の上でわだかまっていた。
コップの冷たい水を口に含みつつ、改めて俺は室内を見回す。壁も床もピカピカだが、掃除が行き届いているというよりは完成したばかりと言った印象を受ける。あの新築物件独特の匂いが微かに漂っていた。
「……誰? 入ってもいいよ」
俺はまた部屋の外に気配を感じ、声をかける。入ってくる様子はなかったので岩崎たちではないだろう。
「ジー……」
そろそろと扉が開き、そこから顔が半分だけ覗く。菊月と同じデザインの制服と襟足の部分で二つに結んだ金髪。
やはり感じる。菊月と同様の血の繋がり。間違いなく初対面なのに。
「君が妖精さんたちの言ってた謎の新造艦かい?」
「多分、俺のことだと思う……けど」
早くも噂になってるようだ。岩崎の話じゃ俺は特別みたいだし、当然か。
……それにしても妖精さんってなんだろう。
「ふーん……見た目は駆逐艦っぽいね。それもボクや菊月と同じ艦種みたい」
ドアから出てきて俺のことを興味深げに見つめる。
「皐月だよ。よろしくな」
「俺はゆきづき……って名前らしい。よろしく」
「らしい? どういうこと?」
皐月が首を傾げる。
「記憶喪失なんだ。前のことは何も覚えてない」
「あ……そ、そうなの……」
気まずそうに視線を逸らす。
「気にしなくていいよ。俺も深刻に考えてないから。それより、何か用があったの?」
わざわざ俺を見るために来たってワケじゃないだろう。
「ああ、うん。良かったらこの基地の案内を案内してあげようかなっと思って」
「案内?」
「でも怠いなら無理にとは言わないよ。建造された初日は色々と大変だしね」
皐月の言葉に俺は自分の身体を見下ろす。別段、怠くないし丁度退屈してたところだ。せっかく来てくれたんだからお言葉に甘えよう。
「じゃあ頼む」
「まっかせてよ!」
皐月と暁が俺の手を握り、導くようにして俺をベッドから連れ出してくれた。
「ここが艦娘専用の寄宿舎だよ。空き部屋は沢山あるから、好きな部屋を使っていいんじゃないかな?」
医務室から一旦外に出て、煉瓦造りの建物の隣にある木造三階建ての縦長の建築物。こちらも外壁に汚れがなく、新築のようだ。
「……この基地って出来立てなのか?」
だから俺は疑問をぶつけてみる。
「そうだね。まだ完成してから一年も立ってないって、司令官は言ってた」
なるほど。道理で閑散としているわけだ。さっきの視界拡大の時に基地内の人の反応を数えたけど、広さに反して明らかに少なかった。
「じゃあ次はこっちだね。ついてきて」
手を引かれ、また別の場所に向かう。今度は工場のような外見の建物だ。
「ここは工廠だ。艦娘の武装……『艤装』の開発や整備などを行っているよ。あとは艦娘の建造とかもここだね」
両開きのドアを皐月は開け、入るように促される。
「艤装って何だ?」
「平たく言えば武器と防具かな。ボクたちは軍艦の生まれ変わりで、その生前に使用した艤装を扱えるんだ」
工廠の中は用途の分からない機械や部品が乱雑に散らかり、油臭い。換気扇があちこちで回ってるようだが、それでも換気は追いつかないようだ。
「艤装は自分の意志で自由に展開することができるよ。試してみた?」
「ん……ああ」
視界が広がった時のことを思い出す。アレが多分艤装ってやつなんだろう。その理論は不明だが、艦娘の判断に応じて手足のように自由に動かせ、出し入れも自由自在とのこと。
また外部で新たに作られた艤装も受け取ることで組み込める。便利だな。
「おや、もう身体は大丈夫なんですか?」
ふいに機械類の隙間から声をかけられた。見ると、二頭身ほどの作業着姿の小人が俺を見上げている。
「小人……?」
「妖精さんだよ。ボクたちの艤装を直したり、作ってくれたりする頼もしい存在だね」
妖精さんと呼ばれた存在はビシッと敬礼し、俺の肩に飛び乗ってきた。
「貴女の建造に携わった妖精の一人です。名前はないですが、よろしくお願いします」
「そうなんだ。うん、よろしく」
毛ほどの体重も感じない。なんというか、この現実世界の生き物とは異なる体系の存在に思えた。
「じゃ、次は入渠施設に行ってみよう!」
ゆきづきたちが基地内を周っている頃、岩崎は執務室に座り渋面を作っていた。
「……イージス艦か」
パタンと一冊の本を閉じる。『旧海上自衛隊艦艇一覧』と金字で銘打たれたハードカバーの図鑑である。
資料を流し読みした結果、睦月型の名を受け継いだ護衛艦は過去に存在した。しかしその全ては21世紀に入る前か、その初頭に役目を終えて退役している。
肝心のイージスシステムすら当時はまだ試作の域を出ておらず、それが本格化した後でもむつき型護衛艦なんて艦種の記録はどこにもなった。
「じゃあ、彼女はどこから来た?」
現在や過去にいないなら、遥か未来? だが彼女の装備はそこまで大それたものではない。
「まさか
バカバカしいとは思う。だが時としてオカルトは本気で研究される。もちろん今は遠い過去の話となったあの大きな戦の時も……。何よりも妖精たちの存在がそれを証明している。
だが建造システムにそんな機能はない。あくまでも資材と引き換えに、艦娘を呼び寄せるだけだ
船の建造に必要な材料を依代に、散華した船の魂を遠い歴史の片隅から呼び寄せる。そして人の血肉と軍艦の鉄血が混ざり合い、艦娘となるのだ。
「分からない……な」
彼は背もたれに寄りかかる。安物の椅子がギィと軋んだ。
「面倒だが報告、すべきか」
海軍の総本部――大本営に。貴重なイージス艦であり、また艦娘の人権は
色々としがらみのある場所に艦娘を向かわせたくはないが、自分の手元に隠し持っていて良い戦力ではない。どうあっても上からの判断を仰ぐ必要があった。
「司令官」
扉がノックされ、現れたのは菊月。
「準備ができた」
「……もうそんな時間か」
時計の針を一瞥し、立ち上がる。
「まあ――今は面倒なことは忘れるとしよう」