護衛艦でいず! 作:角煮か?
ラノベ的なノリを目指してます。
翌朝。まだ海の上に薄らと霧が漂う中、俺は海の上に立っていた。
そう、文字通り立っている。これが艦娘の力だ。艤装を帯びることで船と同等の浮力を得、自在に海上を駆け抜けることができる。
「どうですか、初めて立ってみた感覚は?」
俺の肩に乗った妖精さんが訪ねてくる。工廠で出会った人(?)ではなく、新たに配属された妖精さんだ。
艦娘を船と例えるなら、妖精さんはその乗組員になるらしい。戦闘のサポートや艦娘一人では手が回らない部分を補ってくれる。
だが俺の艤装は特殊なので妖精さんでも把握するのに時間がかかるとか。だからその間、こうして海に立って体を慣らしてるという按排だ。
「なんか、ユラユラして変な感じだな。でも落ち着く」
まるで母親の腕に抱かれたような――、ここが自分の在るべき場所なんだという安心感があった。
「この船の艤装、かなり難しいです?」
「分からないことだらけ」
「とりあえず、この主砲の構造は何とか理解できました。カイジョージエータイって中々興味深いものです」
三人組の妖精さんが俺の右手の単装砲に飛び乗る。
「Mk.45 Mod.4 62口径5インチ単装砲。装弾数は56発、自動装填式で、毎分16~25発で発射可能! しかし、全弾発射後には給弾完了まで使用する事が出来ません。この砲は、最大四種類の砲弾が同時に扱え、種類はそれぞれ、VT信管付き調整破片弾(対空用)、半徹甲弾(対地・対艦用)、多目的榴弾(対地・対艦用)、そして、半徹甲のVOLCANO弾(対地用誘導砲弾)です。…ただ、最後の弾種はジーピーエスという物がないので、砲弾に内蔵されたアイエヌエスという装置しか使えません。この装置は検出器、センサーって言えば分かりますかね?それで砲弾自身の位置と速度を算出して飛翔します。ですので、距離が開けば開くほど弾着点の誤差が大きく生じるので注意が必要です。」
左目を覆うバイザーに妖精さんが言った通りの情報が表示される。速射砲の下部にマガジンが挿入され、現在対地、対空、対艦用の砲弾が発射可能となっていた。
「機関の解析も何とか終わったですー。噴式戦闘機を更に発展させた飛行体のエンジンを応用するって、なんて変態的なんでしょう」
「低速及び巡航時には電気推進、戦闘速度ではガスタービンを併用することで更なる加速を得られるようですね。蒸気タービン涙目」
「燃料も重油ではなく、軽油ですってよダンナ。補給する時は気を付けるぞ野郎ども」
バイザーの内容が切り替わり、機関部の情報が出てくる。ここら辺はもう訳が分からないが、何とか燃料の残量ゲージだけは把握しておいた。
「あとは目下、調査中! 暫しまたれよ」
そう言って再び艤装の隙間や機関部の合間に姿を消していく。一体何人ほど乗ってるんだろう。
「ゆきづき!」
声が聞こえ、振り向くと皐月が軽快に海の上を走ってきた。背負った煙突からは黒煙が尾を引いている。髪が汚れそうだ。
「どう、調子は?」
「悪くない。というか最高」
波に揺られ気分が高揚したのか、今なら何だってできる気がする。
「そう。なら早速歩いてみちゃう?」
「……やってみるか!」
大きく頷き、右足を前に踏み出す。広大な海原では小さな一歩かもしれないが、俺にとっては大きな一歩になるはずだ。
胸を張って、出所不明な自信と期待に背中を押され、足を踏み出し――。
「っうわぁああ!?」
ドリフのコントばりに盛大に転んだ。
大きな一歩(笑)。
「何やってんですかー」
「最新鋭のいーじす艦がすっ転ぶなんて前代未聞」
「スカート捲れて丸見えー。シマシマー」
やめろ。泣きっ面にハチはやめるんだ! 皐月も爆笑してないで、手を貸してくれないかな?
「クソ……服がびしょ濡れだ」
揺らぐ水面の上に尻もちをつくというのは中々体験できることではないが、今は楽しんでいる余裕はない。
俺は毒づきながら立ち上がる。
「ゴメンゴメン……あまりにも見事に転んじゃうからさ。しかもっ、妖精さんたちが噂するほどの新造艦が……っ! プ、クク」
おい、笑い堪えてるのは分かってるぞ。チクショウ!
「はぁー……しかしこれ、バランスとるの大変だな……」
立ってる分には平気だが、いざ足を動かすとなると、波間の動きや些細な変化に足元を掬われてしまう。全速力で走れるようになるには、まだまだ時間を要すだろう……。
「準備できたか?」
遅れて艤装を背負った菊月が合流するが、びしょ濡れの俺を見て怪訝そうな面持ちになる。
「どうした?」
「……転んだ」
「は?」
「だから、転んだ」
菊月は何とも言えない、微妙な顔つきで今度は皐月を見る。まだ笑い出しそうになるのを必死で耐えている彼女を見、ようやく悟ったらしい。
「まあ……なんだ。初日だし、そう気を落とすな」
「うん……」
その気遣いも心に沁みる。
「なら、まずは歩行訓練から始めるとしよう……皐月姉さんもいつまでも笑ってるんじゃない」
「ゴ、ゴメン。真面目にやるよ」
目じりの涙をふき取り、表情を改める。泣くほど笑うか。
「ほら、ボクの手を掴んで。歩く練習、始めるよ」
俺はジッと差し出された両手を見つめる。
「途中でひっこめたりしないだろうね?」
「そ、そんなことしないから!」
……まあ、訓練だしな。歩けるようにならなければ、マトモに戦うこともできやしない。
皐月の手を掴むとヒンヤリとして柔らかかった。
「始めはゆっくり進むよ」
「分かった」
皐月に引かれ、進み始める。相変わらず倒れそうになるが、支えてもらってるので何とか歩くことができた。
「そうそう、その調子だよ!」
……なんか介護されてる気分になるぞ。
でもこれなら転ぶことなく進めそう――って、うお!?
「わあ!?」
大きく海面がうねった刹那、俺は完全に体勢を崩した。そして皐月を巻き込む形で盛大に倒れ込む。
はぁ……口に海水が飛び込んで、しょっぱい。
「イタタタ……」
「ゴメン……大丈夫?」
「平気だよ。ゆきづきは?」
「平気……だと思う」
身体の方は、ね。
皐月は尻もちをつくように座り込み、俺は前のめりになって伏している。つまり、目の前に皐月の丸見えになったパンツが見えた。
なるほど、白か……なんて眺めてる場合じゃねえ!
『二人とも、怪我はないか?』
本庁舎の司令所で訓練を見守っていた司令官から無線が入る。
「だ、大丈夫」
「ボクもなんともないよー」
俺は邪念を振り払い、起き上がった。イカン、イカンぞ。パンツなんか見たくらいで興奮するなんて……。落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。
『ところでパンツを見た感想はどうだ?』
「ブッ!!」
「ゆきづき!?」
何てことを言うんだ、思わず吹き出しちまったぞ。
『安心しろ。こっちは個人用の無線回線だ。皐月たちには聴こえん』
「し、知らないよそんなの! 見てないから!」
『そうか。ところでお前は何色が好きだ?』
「え? 白……」
『ほう』
「対地攻撃ぶっ喰らわすぞ」
誘導尋問すんな。
「……何を話してるのかは知らぬが、司令官……あまりからかうなよ」
『なに、俺なりのフォローって奴さ』
「いらんわ、そんなの」
むしろ傷口に塩どころか、胡椒と辛子をふんだんにぶち込んでるから。
『ま、ゆきづき』
「ん?」
『頑張れ』
そう言い残し、通信は終わった。
「……言われなくとも」
俺も小さく呟いて、訓練を再開する。
気付けば太陽が水平線に身を隠そうとしていた。
一日の訓練程度で期待できる練度向上など大したことないが、それでも何とか支え無しで歩けるようになったのは嬉しかったな。
……そこまで慣れるのに何度転んだかは割愛させていただく。
『1800を持って本日の訓練は終了だ。風呂の準備はできているぞ。汗と海水を流してスッキリしてこい』
時刻を知らせるラッパの音が拡声器から響き渡る。俺たちは海から陸上に上がり、艤装を工廠に預けてきた。俺のせいで何度も海水を被ったし、燃料は消費する。
基本的に使用した艤装はそのまま工廠で整備してもらい、後ほど返却される仕組みだ。
「ゆきづき、早く風呂入ろ!」
「……風呂ねぇ」
昨日は別に汚れなかったし、歓迎パーティで騒いだ疲れもあったから入らずに寝たけど。
今日は流石に入りたい。
入りたいんだけど……。
「無理じゃね?」
中身野郎だし。
ダメでしょ。絶対。
「俺、後ででいいや」
まず理性が耐えられない。確実に。
「え? どうして?」
「諸事情により」
「何それ」
皐月は首をかしげるが、こればかり譲れんのだ。君たちへの配慮でもあるんだぞ。
「別にそれでもいいが……司令官よりも先に入ることを進めるぞ」
「なんで?」
「汚い」
「へ?」
「司令官の入った後の風呂は、いろんなものが浮いている」
「え、普通に無理」
思春期の女の子だけだと思うな。俺だって毛や得体のしれない脂ぎった何かが浮かんでる湯船に入りたくない。
「だから私たちと一緒に入った方がいい。無理にとは言わないがな」
「ぐぬぬ」
『お前ら……聞こえてるからな?』
これでもちゃんと一時間以上身体を洗ってるとか、体臭にも気を使ってるとか、食生活を改めているとか、司令官の長ったらしい弁明を聞きつつ俺は一緒に入ることにした。
風呂。そこは人が生まれたままの姿になる神聖な場所。
入渠ドックと同じ施設内に設けられているが、入渠用の湯船には特殊な入浴剤が使われているようだ。
「広いな……」
下手な銭湯よりも大きそうだ。
……記憶喪失でも、こういうどうでもいい事は覚えてるんだよなぁ。やれやれ。
「さ、汗を流そ!」
何も身に着けてない皐月が湯船に飛び込む。この暑さは浴場に篭った熱だけが原因ではないだろう。かく言う俺も裸体の訳だが……。
それでも胸が平坦なだけ不幸中の幸いと言える。意識しなければ見ないで済むし。大きかったら耐えられそうにない。
「うむ、訓練後の風呂はいい……」
続けて菊月も湯船の中に身体を沈めた。突っ立っていても仕方ないので、俺もなみなみと満たされた風呂に入る。
程よい温度の湯が四肢に染み渡り、訓練の疲れと海水のべたつきを洗い流してくれるようだった。
「確かにいい湯……だ」
俺は目を閉じ、ジッとその感覚に身を委ねる。寄せては引くお湯の流れが波打つ海のように思えてきた。
そのまま思考がゆっくりと沈んでいき……。
「―――?」
鼓膜をくすぐる風。
海の匂いに溢れた世界。
目を開けると、青空と大海原がどこまでも広がっていた。
「あれ……」
そこに浮かぶ一隻の船。
角ばった艦橋……一門しかない砲塔…。船首付近の側面に描かれた『191』という番号。
あの船は……。
「ゆきづき?」
「――あ、あれ?」
まるで夢から覚めたようにハッとする。なんてことはない、そこは海ではなくタイルで囲まれた浴場だった。
「なんかボーッとしてたぞ。夢でも見たのか?」
「……夢?」
だったのか?
別に寝るほど疲れてはないハズだが。
「もしかしたら、のぼせたのかもな。身体を流そう」
あの船……。
〝
「っ」
何だ? 今、何かが意識の中に……。
「ゆきづき、大丈夫か?」
「……ああ、うん。少し疲れただけかも。気にしなくていいよ」
色々あったしな。心は落ち着いていても、どこかで混乱してるのかもしれない。今日はゆっくり休もう。
風呂から上がり、脱衣所に行くと籠の中の制服は洗い立てのものに変えられていた。ほんのりと太陽の匂いがする。
「あれ……髪の毛が上手く結べない……」
扇風機が備え付けられた大きな鏡台の前で結わこうとするが、そもそも結び方が分からん。男だから。
「ボクがやってあげるよ。まずドライヤーで乾かさないとね」
備え付けのドライヤーと櫛を使い、俺の髪の毛を丁寧に乾かしていく。
それから手慣れた動きで髪を綺麗に纏め、リボンで結び付けた。もう片方もあっという間に結んでしまった。
「はい、出来上がり!」
「ん。ありがとう」
そんな折、一足先に髪を乾かしていた菊月が瓶を三本抱えて戻ってくる。
「飲むか?」
「牛乳? 飲む」
「風呂上りはやっぱ牛乳だよね!」
蓋を開け、火照った身体に冷たい牛乳を口に含む。ヒンヤリした爽快感が喉を潤した。
「そうだな……美味い」
不安も多少なりとあったが、これならやっていけそう――かな?
いつまでも転んでるのは情けないしね。