「はい、無事退院、おめでとうございます」
「…どうも」
50は過ぎているであろう女性に素敵なスマイルで言われたところで、昨日聞かされた話を忘れることもなく、あれからずっと気分が沈んだままだった。例え若くて優しいお姉さんだったとしても変わらないだろう。
身体の怪我が治った本日から新しい仕事場で働くことになる。行方不明だった俺が生きていたことで、代理だった重森さんはココで清掃員として働くらしい。重森さんは俺に沢山の仕事を用意してくれた。というか一つも終わらせずに「提督」を譲ってきた。まだ来ていない娘やクラス分けもしなければいけなかったりと、やることが盛り沢山だ。
ゴロンとベットに寝っ転がって昨日の話を思い返してみる。
戦争が勃発した頃、密かに深海棲艦を回収して研究するための施設が建てられた。その場所がどこにあるのかは政府の上に位置する人物しか知りえない情報だという。このまま戦って勝てなかった場合、「敵」の弱点などが分かれば戦争で確実に有利に戦える。が、それと同時に彼らの遺伝子が人間と非常に酷似していることに目をつけた研究者等が、どうやったのか不明だが記憶の削除と共に人間に限りなく近い存在へと組み替えることに成功した。しかし、研究は思ったより大成功とは言えず、特に記憶については、ほとんど削除された者、深海棲艦の頃の記憶が一部残った者、そして、ほとんど残ってしまった者がバラバラに生まれ変わってしまった。これにクラスとして分ける時に使われるのが「A」「B」「C」だったのだ。
「A」クラスは深海棲艦の記憶がほとんど残った者、
「B」クラスは深海棲艦の記憶が一部だけ残った者、
「C」クラスは深海棲艦の記憶が全部削除できた者、
という具合である。
「A」クラスの娘は中身が深海棲艦だという程に人間を恨んでおり、センソウ、デハ、ツカエナイ。
「B」クラスからは信頼関係が築ければ、センソウ、デ、ツカエル。
だがしかし「B」クラスは万が一記憶が戻った場合、裏切られる可能性がある…かもしれない。
なので「C」クラスは、安心して、センソウ、二、ツカエル。
…だからなんだ。俺にどうしろって言うんだ。重森さんから言われた今回の「提督」の使命、それは「戦争を終わらせる」こと。
はじめ聞いた時、吐き気がした。つまり、元とは言え深海棲艦同士で潰し合え、ということなのだろう。いかにも上に立つニンゲンが考えそうな作戦だ。いや、作戦と言うよりも、これはただの
「拷問だろ」
どれだけ、ため息をつこうが、「敵」は殺しにやってくるし、かと言って殺し合わせるのは絶対に御免だ。何とかして話し合いにまで持ち込めれたら、後は日本側が降伏でも何でもして、もうこれ以上、人や深海凄艦の流がす血で海を汚さないようにしなくては。握る拳は固く固く…いつまでも貧乏揺すりが止まらない足を殴る。グッと体を起こし、この部屋にサヨナラを告げる。俺の戦争は始まったばかりだ。
コンコン
司令室から以前聞いたことのある明るい声が返ってくる。そのまま開けて入ると事前に頼んでおいた書籍を高く積み上げて運んでいる吹雪がヨチヨチと歩いていた。非常に重いはずだが、細い身体の彼女達はいとも簡単に持ち上げれる。深海棲艦も生身といえど火力は侮れない、という視点で見ると吹雪なんかは同じだ。きっと他の娘たちも同様に戦闘も行うことが出来る…。
「ふう」
「お疲れ様」
「あ、司令官さん?!お疲れ様です」
「いや…まだ何もしてないけど」
「そ、そうですよねー、あはは…」
吹雪は照れたように頭を掻く。ほぼ初対面の男に少しでも気を使えることができるのは凄いと思う。そんな些細なことに勇気の旗がなびいて、そして胸の奥でギュッと音がした。
わざと負けるにせよ最悪の結果になるにせよ、
「頑張るしかないよな」
「?…は、はい!そうですね!」
コンコン
さっそく政治家様、暇様が来られたのか、と思い気休め程度に制服を整えて気を付けの姿勢をとる。
「失礼します」
心臓がこれ以上ないくらいに彼女の声に反応した。
「新しく鎮守府に配属されました、『古鷹』です」
そう言って敬礼するカノジョ。 俺は涙がこぼれそうな思いだった。姿は少し変わってしまったけれど声は確かに彼女のままで。
あぁ、もう会えないと思っていたのに…こんな形で…
「マリー…よかった…生きてて」
「すみません」
…ん?
「まり?って、誰ですか?」
ボロボロと崩れ落ちる音がした。高く積まれた資料の埋まっている中に「『古鷹』『C』クラス」と書かれてあることに気付くのは直ぐ後だった。