ある日の放課後のことだった。
僕の同級生のひとりが、スマホの画面を見てにやけている。
触らない方がいいような気がしたので黙って帰ろうとしていると、僕はそいつから突然声をかけられた。
「おい、どん底。いいもん見せてやるからこっち来いよ」
どん底とはご挨拶だが、まあ僕が勉強でもスポーツでも男女関係でもどん底なのはよく知られたことだから、たぶんしかたがないだろう。ついでに友だちさえいない。
しかし「ぼっち」の悲しさ、だれかから声をかけられればどんなつまらない用件でも、ただ呼んでみただけでも、ついついひかれていってしまう。
「へへへ、この小説、俺が書いたんだぜ」
ふう、やれやれ。
素人が書いたものをこれ見よがしに……。
しかし、ぼっちにとって他人様のお招きは去りがたい魅力だ。
「へえー、糸久ってすごいんだねえ。
僕には小説なんかかけないよう」
ついつい心にもないお世辞をいってしまう僕。
それをまともに受け取って、ますます調子づく糸久。
「見ろよー。俺の作品ついにプラチナ作品になったぜ! イェーイ」
僕も自分のスマホを取り出し、糸久が見ているサイトのHN「位慕の糸」が書いた「作品」とやらを検索する。作品ページには作品名と奴のハンドル、通算閲覧回数などにまじって、投票者数のグラフがある。
その縦グラフは6本あり、他の会員が投票した0点から5点までの総数を表している。
糸久の作品の平均値は4.5だった。
「ふーん、すごいんだねえ」
「ああ、すごいことなんだよー。
ここのシステムを教えてやるよ。
見てのとおり会員が作品を読んだときに『投票するかしないか』を聞かれる。
投票に値しないと思ったらスルーして去ることもできる。
するなら、0点から5点までのどれかを選択することができる。ただし1作品につき1票だけ。
数字はあとから変更できるし、投票そのものを撤回することもできる」
調子に乗ってべらべらしゃべり出す糸久。
僕はてきとーに相づちを打つ。んなこといきなり聞かされても理解できない。
「そしてだな、平均点に応じてランクがつく。
ここのは『石ころ』『くず鉄』『銅貨』『銀貨』『金貨』『プラチナ』の6段階。
投票者の数が不足して評価が付かないのも含めて1未満が『石ころ』、1以上1.5未満が『くず鉄』、1.5以上2.5未満が『銅貨』、2.5以上3.5未満が『銀貨』、3.5以上4.5未満が『金貨』、4.5以上が『プラチナ』だ。銅貨以上には大小もある」
どうもそれに応じたガジェットが作品名の隣に表示されるらしい。
しかしまあ、なんとわかりやすいカーストの付け方なんだろう。
糸久の作品には、小さい方の『プラチナ指輪』が表示されている。
「そして、銅貨以下の作品は、ここでは『底辺』と呼ばれる。
ま、俺は文章が上手いから、そんなことにならないがな」
ふう。
よくもまあそんなご自慢ができるものだ。よほどうれしかったんだろうけど。
「だからさあ、お前もやってみない?」
どうしてそこで勧誘になるのかわからない。
小説とか言われても、簡単に書けるとは思えない。とくに現代国語までどん底の僕には。
「俺が指導してやるからさ。
C組の加藤、知ってるだろ?
あいつも俺に指導されていまは何とか小説らしくなったんだぜ。
今日もこれから『ムンフロ』で会うことになってる。お前も来いよ」
ムーンフロント、つまりチェーン店の茶店か。
お断りしてもどうせすることもないし……
……というわけで、優柔不断な僕はなんとはなしに糸久についていき、大手チェーンの茶店の窓際のボックス席に座っている。
C組の加藤は「単冠」というHNで『美少女動物園』と陰口をたたかれている某深夜アニメの二次とか10年前頃ブレイクしたパソゲーシリーズ関連の二次を書いているらしい。
大っぴらにしたら僕同様のぼっち一直線だろうなあ。
「ふふふ、見ろよ。閲覧数があっという間に10万超えだ」
「糸久『さん』なら、もーすぐ『ノービス』で入賞できますよ」
「加藤も俺に付いていれば、来週にも『銀貨』入りだな」
「そうですね。早く底辺を脱出したいですからね」
『サンドリヨン』には、人気度で作品順位を決める『グランプリ』なるサブカテゴリがある。
ノービスというのは、毎日24時間以内で伸びた作品順らしい。
作品がノービス入賞、つまり10位以内になると、クラス分けが『ジュニア』に昇格して、今度はその中でレースをする。ジュニア以上には定員があり、圏外になったものは下のクラスに落とされる。ジュニアの上はB級、A級、そしてフォーミュラーとなる。
どこまでも作者間の競争意識をあおるようなシステムだ。
上昇志向の強い人間なら望むところなんだろう。だからこのサイトの作品数は『ラグナロック』とか『ディストピア』にくらべて多いらしい。
でも、僕のような『どん底』には近寄りがたいものしか感じない。入会しても専業読者で、ログインしないと感想を書けない作品に感想を書くぐらいかな。
作者はだめ。そんな気がする。
「うーん。やっぱり僕は遠慮するよ」
「なんだよ、人気作者の俺が指導してやるんだぞ。
身近にプラチナ作者様がいるなんてまずないことだぞ」
「そーだよ『どん底』。なにか一つぐらいどん底でないこと持とうぜ」
僕ははっきりとうんざりした。
こんなコップの中で素人同士が競争して勝ったの負けたのにどんな意味があるんだろう。
おまけに僕は、ここでも『底辺』どころか『どん底』になる未来しか見えてこない。
僕はテーブルの上に自分のコーヒー代を置くと「やっぱ帰る」とだけ言って、店を出た。
ただ『サンドリヨン』には、会員でなければ見ることができないページがいくつかあるのと、ネットサーフィンして見つけた作品で好きなのがあって、その人に一度ぐらい感想を書いてみたくなったので、家に帰ってからノーパソを立ち上げ、フリーメールのアドレスを使って入会手続きだけやってみた。
返信されたメールから登録ページを立ち上げて必要事項を入力すると、会員番号が送られてきたのでパスワードを設定して手続き終了。
会員になってからここにアクセスすると、いままで気にしたことがなかった利用規約や、ガイドラインなる言葉が結構目に付くようになった。
僕がまずやったことは、以前から愛読していた作品の作者さんに感想を送ったことと、最高点を進呈したことだった。その作品はサーチしたと言うより、アンテナサイトで紹介されていたので読み始めたものだった。
くだんの『美少女動物園アニメ』は僕もぼっちの常で見ていたので、カテゴリをしぼって検索してみる。これは最近劇場版がロードショウになった関係で、じょじょに作品数が増えているらしい。以前はカテゴリ消滅の危機にあったようだ
(運営者のお触れを見てみると、たびたび各種作品のカテゴライズとカテゴリ消滅がされている。あまり作品数がへるとやばいらしい)
糸久と加藤の作品もあった。糸久のは例の『プラチナ』。加藤はいまのところギリギリで『銅貨』だった。
糸久の『作者マイページ』を見たら、なんか他のカテゴリ原作でも書いてるね。
どれどれ……
……他のカテゴリで書いているものにはプラチナどころか、『石ころ』しかなかった。
どうも美少女動物園では、ニッチにはまって高評価というところのようだ。よく言えば「オンリーワン」ってことだね。だからあんなにニヤけていたり、有頂天になったりしたんだ。
専業読者にとってはどーでもいいことだ。
いや、ここのシステムは作者側から見れば競争意識と虚栄心をあおられるものだけど、専業読者にとっては利便性がいいことこの上ない。作品数が多すぎて把握しきれないのだから。
まず、糸久の言う『底辺』は読む必要がなさそうだとわかる。このランクの作品は「見出し文」でよっぽどひとの気を引くことを書いて、題名がぶっ飛んでいないと読む気になれないな。
はっきり言えば『フォーミュラー』の入賞作なら普通に面白く読めるというのが専業読者としての僕が思ったことだった。
この『読者基準』は、作者サイドから見たら静止衛星軌道に等しいだろう。
羨望の的、アルプスどころかヒマラヤの峰々であるフォーミュラー様の上位作品が、読み專にとってはようやく「面白い」なのだから。
そんなある日。
なんと「原作:人魚姫」という訳わからない短編が、『サラウンド』という匿名掲示板で話題になっていた。
それは前後2編の短編で、転生トラックに轢かれて人魚姫になってしまった主人公が海の泡と消える運命を避けるため、海に浮かび上がらないように頑張ったり、婆人魚から薬をもらわずに済ませようとしたり、人間化したあとは王子様が結婚する予定の他国の姫と会う前にそのお姫様を暗殺しようとしたあげく、仲良く王子様と一緒に海の泡になってしまうというSSだった。
それをハイスピードギャグでやらかしたので、僕も笑かしてもらった。
そしてその作品は、あっという間にフォーミュラーに参戦してしまった。
その作品は「匿名投稿(※意味はここと同じ)」だったため、僕は「メッセンジャー」ではなく感想欄に「どうやって思いついたのですか?」と書いてみた。そしてその返事は「酒に酔ったノリと勢いで書いてしまった。後悔はしてない」というものだった。
……ふーん。ノリと勢いで書けばヒーローになることもあり得るのか。
というわけで、僕はノリと勢いを総動員して短編を書いてみた。
原作はもちろん美少女動物園。
……結果は、期待しただけ無駄だった。
「台本形式ならラベルつけろよな!」「原作を破壊していると思います」「俺の嫁をヘイトしやがって。警告ラベルつけろ」「あなたは原作が嫌いなのですね」「陳腐なアンチヘイト」とまあ感想欄炎上中。(もちろんこれは要旨であって、実際ははるかに婉曲的な表現)
そして評価は巨大な石ころになった。
まあ、どん底の僕はやっぱりどん底だったと。
おまけに『サラウンド』のスレットフロートにでてきたと思ったら、『ど底辺』として晒し挙げされた。
普通なら泣きながら退会するんだろうが、どん底なのは今に始まったことでもないから「リアルで言われるほど応えないなあ」としか思わなかった。
僕が豆腐メンタルの持ち主なら、とっくに自殺しているのかも知れないが。いや、メンタルは豆腐だ。こたえてるんだから。リアルほどでないにせよ。
件の『サラウンド』には作者だけのお部屋もあるが、これがまあ「作者はプラチナで当たり前」的な空気。そしてブクマの数を神経質に気にしている。ここでもフォーミュラーが王族で、底辺は乞食扱い。「俺はノービスが普通。早く上に上がりたい」とか「全部の作品がプラチナ」とかそんなレスばかり。プラチナなんて数%なのによくもこれだけ集まったと感心する。
そしてそれを揶揄するレスが出ると「底辺のひがみ」「嫉妬」と返される。この掲示板はどこでもそうだけど、勝ち組とその同調圧力はすごいなあ。
一方でウォッチャーの場所もあって、そこでは『活動日誌』に痛いことを書いたり、痛い行動をする会員が晒し挙げされている。
糸久と加藤は『カバッター』のアカウントを持っていて、時間ごとになにか独り言を吐いているが、糸久が次話投稿するたびにアップする独り言に加藤が「待ってました」とか「『位慕の糸』さん、さすがです」とか情けないくらいおべっかを使う。
するとますます調子づく糸久。正直げんなり。
そして「小説の下手な奴に限って原作を破壊することしかできない。嘆かわしい。自分は小説が上手いから原作破壊はしない。いや原作の足りない部分を補完するために表面的に壊すことはするかもね」なんていう糸久の独り言に加藤が「そうそう。『位慕の糸』先生の言うとおり」なんてお追従をしている。タイムスタンプを見るとどうも僕の作品が炎上していたころだ。
僕に対する当てこすりのようだ。なんか某走り屋マンガの都会から来たコンビみたい。
HNが「どん底」なのに、こいつら気がついていない。
それから2ヶ月が過ぎた。
「単冠」こと加藤の作品は、あいかわらず『くず鉄』と『銅貨』のあいだを行ったり来たりしている。半月にいっぺんのペースで。つまり更新に合わせてだね。
糸久はいろいろ『ご指導』なさっているようだが、加藤にいい点数を進呈してやる気はないらしい。ということは糸久も加藤の作品を評価に値しないと思ってると言うことだ。
それでいて便利な子分扱いだけはあいかわらず。いい加減目を覚ませと思うが、加藤はプラチナ作者の子分であることに特別な意義を見いだしているらしい。
その加藤が『活動日誌』でやたら吠えている。
低い点数をつける奴は自分でも書いてアップしろ、とか、悪いところがあるなら点にしないで感想に詳細に書け、とか。
いつまでも「底辺突破」ができないことにイラついているみたいだ。
でも、そんなことアピールしても逆効果だろうに。
だが、その翌週。
いきなり加藤の作品が『銀貨』に躍進した。
『作品データ』を見ると、あらたに3人の会員が満点をつけていた。
続けてれば、そういうこともあるんだな。