ある日突然、それまで『底辺』をウロウロしていた同級生の加藤の作品が『銅貨』を突き抜け『銀貨』に至った。
作品のページを見ると、満点入れている会員が3人いた。
どうやら、糸久の『ご指導ご鞭撻』が功を奏したようだ。
『カバッター』の方では糸久におべんちゃらかたがた、『やっと自分の実力がサンドリヨンでも認められました』とかはしゃいでいる。糸久は『これにうぬぼれることなく、もっと精進しろ』とか、あいかわらず上から目線。
僕はといえば、その後もちょこちょこ一話完結の短編を積み上げている。
あいかわらず「台本形式は止めろ」「キャラクターが再現できていない」「陳腐なアンチヘイト」「小学校の国語からやり直したらどうですか?」「名作が埋もれるから消えてくれ」といううれしい感想が寄せられる。そう、ぼっちにとっては感想が来るだけでうれしいのだ。
どうせ『どん底』にはプラチナもブクマも縁がない。海底からヒマラヤ山脈を仰ぎ見るのと同じだ。上を見るな、身の程を知れっていったのは家康だっけ。
たとえ底辺でネガティブな感想ばかりでも、「卑屈な負け犬」の僕には、何かを成し遂げただけで自分をほめたくなる。
ある小説の中のぼっちが「自分自身の楽しさを自分一人で証明できないのはどうしてなのか」と承認欲求のためにあくせくする人間を嘲笑していたが、これに関してだけは、ぼっちとして等しく理解できる。
とはいえ、やっぱり加藤がうらやましい僕は、初めて『メッセンジャー』を使って「単冠」に送信してみた。
『どーも。「どん底」です。
このたびは『銀貨』昇進おめでとうございます。
やっぱり努力を続けていれば、報われるのですか?』
それに対する加藤の返事は、こうだった。
『なんだ、お前だったのかよ。
小並以前の駄文書いて、恥ずかしい奴だな。
努力は報われる? 違うよ。いい先生について学ばなければ上手くならねーよ。
勘違いすんな。
まあ、「位慕の糸」先生にクチ聞いてやるから待ってろ』
なんでこんな話になるのかなあ? ただお祝いしただけなのに。
そして小一時間後、今度は糸久から送信してきた。
『なんだあの「台本形式」なんて小学生みたいなまねした恥ずい作品、お前だったの?
文字どおり『どん底』の、限りなく0点に近い『石ころ』で、『どん底』の感想ばかりだな。
しょーがないな、この「位慕の糸」が小説作法から教えてやる』
そのあとは台本形式はやめろ地の文もっと書け。から始まって、語り手の人称、風景描写、静物描写、キャラの立て方、エトセトラエトセトラとどっかの小説の教科書みたいなことを延々と書き並べている。メッセージで1万字とか読みたくないとか思わないんだろうか。だってこれ、教科書紹介してくれればそれで済みそうだ。どうせ糸久の独創じゃない。
あほらしいから返信しなかった。読んでるうちに寝落ちしたとでも言っておこう。
だいたい教科書すら読み解けないから、『どん底』なのに。
しばらくすると、加藤の作品の雲行きが怪しくなってきた。
じょじょに低い点数をつけられて、『銀貨』から『銅貨』に転落し、もうすぐ『くず鉄』になりそうだ。くだんの3人から後、いい点数が付いていない。
『まあ、まぐれがあったんじゃない。カリカリしなさんな』とメッセすると『お前はいいねえ。初めからどん底で何も感じないんだろ。底辺なんて俺にはふさわしくないし、耐えられない。
俺の作品に対する不当採点だ。わかっちゃいねえのが多くて困る。だいたい産みの苦しみも知らない素人以下がいい気になって……』と続いていく。
底辺なのは作品に問題があると認めなければならない。と口癖のように言ってる御仁とも思えない。問題があるから底辺なんだけど、何が問題なのかを知ってるのは読者だけだ。
加藤は『活動日誌』でひととおりいつもの主張を繰り返す。
そしてそれからしばらく、加藤の作品になぜか低い点数が入らなくなった。
妙に思って『採点』のページを見てみると、採点時には100字の『理由』を要求するようになっていた。これじゃ満点の方も入らないだろうと思っていたら、またまた4人の専業読者様から満点を頂戴している。ふーん、いい点数は理由がつけやすく、逆は難しいってことみたい。
こうして加藤の作品は、なんとか『銀貨』の末席まで持ち直した。本当にギリギリ。
そして映画版の影響か、美少女動物園のカテゴリにくる客や作者も増えたようだ。
当然その作者連には凄腕も何人もいる。いい作品が増えるのはいいことだ。
糸久が『カバッター』で必要以上に威張りだしたのがこの頃だった。
いままでは点数でも購読者数でも『美少女動物園』ダントツだったのだが、10位以下まで転落しつつある。
しかも最新作の中には初投稿の日にノービス1位、その週のうちに閲覧数20万を突破して、フォーミュラーの後ろのグリッドに並ぶようになってしまった作品まで現れた。
教室での糸久は、傍目で見ても苛ついている。採点者数でも圧倒的な差をつけられて、いままで他人を見下していた分が自分に跳ね返ってきているようだ。
やれやれと思う。初めからど底辺なら、そんなものに一喜一憂しない……
……しているのがいる。加藤だ。
ブクマが減っただの、低空爆撃だのとスマホ画面見ながらぶつぶつ言っているらしい。
キモがられている。
正直な話、5行も読むとあくびが出てくる作品に、ポロポロいい点数が入るようなら、この僕だって『0.00に限りなく近い石ころ』で居続けないだろう。
いや、これはやっかみだな。
自重しよう……。
次の日、とんでもないことが起きた。
加藤の作品全部に6人ぐらいの会員専業読者が、それぞれ満点を放り込んだのだ。
それと同時に『美少女動物園』界隈で、採点者の少ない作品の『カースト』が下がるという奇妙なことが起こる。確かに奇妙だ、2つ3つでは聞かない数の作品が転落している。
加藤は、ほぼ『金貨』にリーチをかけている。
「わっはっはー、俺の時代が来た。読者数が増えて俺が正当に扱われる日が来た」なんて『カバッター』でほざいてる。
いっぽう、糸久はなんかあとがきで「だれかが自分に陰謀を仕掛けていますが、皆さんもおわかりのとおり私に対するやっかみですから気にしないでください」とか書き始めた。
……大丈夫だろうか。カーストも他のデータも、あくまで目的は読者の利便なのに。
それを尻目に書いたものをアップするだけで楽しい僕は、定期的に更新を繰り返してる。
さすがにみんなあきれたのか、誰も感想を書かなくなっている。
匿名掲示板の作者はたいてい「満点が欲しい。感想が欲しい」なんだけど、批判感想しかなかった僕は、かえってさばさばしている。
そして今週も、定期便のようにろくに推敲もしていない駄文を投下している。
糸久の方は、だんだん投稿間隔が延びている。必死に推敲を繰り返したり、書き直しているんだろう。なんとか上位に食い込みたくて。
僕から見れば、彼の立ち位置でも天にも昇る気持ちになるんだけど……。
そして、数日後。
加藤の作品にさらに5人ずつが『満点』を放り込んだ。しかし……
……最近では「名前の見えない」採点者が増えている。低い方の点数で。
この世界、こんなもんなんだろうか。
僕なんか誰かわかっている会員からの低い点数しかないのに。おもしろいね。
そして季節が変わった頃。夏休みが終わって新学期が始まった。
糸久は何か一日中ぶつぶつとつぶやき、何も耳に入らない様子だ。
ブクマが減り始めているらしい。
そりゃいまでは、僕でも手放しで『面白い』って言っちゃう作品だらけだもんね。
美少女動物園カテゴリーもずいぶん賑やかになった。原作ファンとしてはうれしいことだ。
そして加藤は、……
加藤は、新学期が始まって一週間たつのに、全く学校に出てこない。
何が起きたんだろう? 加藤の作品も跡形なく消えている。
その次の日、糸久の作品がひと月ぶりに更新した。
糸久が『カバッター』で更新報告すると、加藤が『待っていました』とレスしている。
……しかし、いつもなら自慢たらたらで再返信する糸久はだんまりのままだ。
加藤がさらに『利用規約をよく読んでいませんでした。悪気はありませんからいままでどおりおつきあいしてください』と哀願している。それに対してやっと糸久がレスを返した。
『お前、誰?』と……
鈍い僕が、何が起きているのか知ったのは、匿名掲示板のウォッチャー界隈でだった。
灯台下暗しどころじゃない。
やっとぼくは『トップ』にある『強制退会者一覧』なるリンクを知った。
先月末に、加藤を含む十数人が一気に退会させられている。
理由は『複数会員登録によるカーストの操作(多数)』だった。
――要するに、加藤のシーソーゲームは奴の自作自演だったというわけか。
怪しまないで素直に信じてた僕も、どん底に鈍い。
でも、そんなことしてまで、自分を実力以上に見せたがる心理は、まったくわからない。
それは『虚像』にすぎないし、アクセス稼いで運営者に広告料をもたらす専業読者や非会員のお客様をたばかる行為だ。強制退会、そして二度と登録できないというペナルティもしかたないだろう。僕らは他人様のリソースを使ってやりたいことをやっているし、出資者としては役に立つ作者には報酬を与え、さらに優れた作者を呼び寄せるシステムをねじ曲げる行為は許せない。
しかもどうも、加藤は他の会員複数から『通報』されたらしい。
じゃあ、軒並み他の作品のカーストが下がったのもあいつのせいか……
そういえば、下がった作品がまたもとのカーストに戻ってる。
いやあ、とことん鈍いなあ。
でも、その鈍いことがいいのだろう。
僕は自分の作品の『作品データ』なんか読まない。マイページは作品の投稿とブクマ作品の更新を知るためだけに使っている。
でも、僕のような「作者」はほとんどいない。
きっとみんな加藤のような「複数会員登録」なんてことを考えない、自力で戦い続ける立派な作者たちなのだろう。そして皆が努力を続けていけば、やがて「底辺」は、僕一人になるにちがいない。どん底の僕だけが残るのだ。それは良いことなんじゃないだろうか。
加藤はその後、今度は『ラグナロック』に登録したらしい。
あそこは厳しいカーストもなく、規制もさほどでもないため作者は多いが、ぱっとしないところらしい。
そして加藤はそこでも強制退会させられた。盗作の罪で。
かわいそうに。何が目的かもうわからなくなったのだろう。
糸久は、だんだん更新間隔が開いているが、なんとか更新は続けている。忘れた頃にだけど。
本当ならとっくに終わっていそうな話だけど、ずるずると引きずっている。
もう終わらせて新作書けば良いと思う。地獄なんじゃないだろうか。
趣味は楽しくなきゃね。
そして2年が過ぎた。
あれから僕は、加藤の姿を見ていない。不登校のまま退学したのだ。
僕はFランにも合格できず、さりとて就職もできないので近所のコンビニでバイトしながら、学費の安い通信制大学に入った。卒業できるかどうかわからないけど。
作品は相変わらず投稿している。いまではほぼ放置されている。
どのくらい読まれているかなんて、興味もないから見ていない。
きっと、サイトがなくなるまで兼業作者を続けているだろう。本業は読者として。
ただ、歳を取ったことによる変化はあった。
いまでは『X指定』専門の兼業作者だ。妄想をまき散らしているだけで楽しい。
妄想が形になると、もっとうれしい。
うれしいあげく、ルーズリーフにシャーペンで絵を描いてスマホでパシャしたデータを、『挿絵』としてアップしている。
これについては文句は来ていない。来そうなものなんだけど。
まあ、X指定じゃなければまたまた某所で晒し挙げなんだろうなあ。
感想は相変わらず何もないけど、成人指定なら書いている最中がとても気持ちいい。
糸久はあいかわらず美少女動物園の例の作品を続けている。もう300話を超えてしまった。
もう「ただひとつのプラチナ作品」を意地になって存続させているのだろう。
それで彼が幸せなら、もう言うことはない。
今日も『サンドリヨン』には、夢見る青少年が集ってくる。
集まってくれ。ここを持続可能に発展させるために……。
<『どん底』がルーズリーフに書いてスマホパシャした絵(微妙。閲覧注意)>
あなたは誰かをうらやましく思うかも知れない。
しかし、その誰かも、あなたをうらやんでいてもおかしくはない。
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